効能の差異<ロイエ視点>

皇都にいる妹から伝書鳩が届いた。


ミチル様が、鹿蹄草の効能が、あちらとこちらで違うとおっしゃってるとの事で、ロイエ家の写しを送って欲しいとの事だった。


クロエからの手紙を、セラが横から覗き込む。


「何か気付かれたのかしらね、ミチルちゃん」


父の元での再教育が始まってから、セラの体重は激減した。毒入りの食事しか食べられないのだから、当然と言えば当然だ。微毒とは言え、身体は不調を訴えている筈だ。

食事の度に嘔吐し、発熱による倦怠感と、嘔吐に伴う脱水症状。

ルフト家でもないセラが、いつまで保つだろうか。


「そこまでは書かれていない。あまり知られたくないか、大した事でないか」


クロエが鹿蹄草の効能を知らない訳はない。それに、皇都にある図書館などでも調べられる物の筈だ。


ミチル様の知る世界では、他の効能があると言う。それがこちらの世界にもあるのか、ないのか。


薬草図鑑の鹿蹄草のページを開く。


「ロクテイソウ?」


「そのようだ」


扉をノックする音がした。

どうぞ、と入室を促すと、ルシアン様のご友人、二条様が入室して来た。

セラは二条様にお辞儀をすると、入れ替わるように部屋を出て行った。


帰国しようとしていた二条様を、リオン様が強引にカーライルに連れて来たのだ。

蛇に睨まれた蛙状態だったよ、とフィオニアが苦笑いしながら言った。




「初めまして、二条殿」


「お初にお目にかかります」


噂によく聞くリオン様を前に、二条様は緊張を隠しきれなかったようだ。


「うちの愚息が、貴殿に大変お世話になったという話は以前より聞き及んでいたのに、満足に礼もせず、大変失礼をしたね」


「世話になったのは私の方で」と、二条様が答えようとしたところを、リオン様は言葉を被せておっしゃったらしい。


「そのようだね。貴殿の幼馴染を助ける為に、友人の妻が危険な目に遭いかけたのだものね」


リオン様の言葉に二条様は石化したように固まって、何も答えられなかった。

ルシアン様がリオン様を止めたものの、そなたが不甲斐ないから友が巻き込まれたと言う事が分かっているのかな?と言われてしまったのと、二条様自身もルシアン様に向かって、首を横に振って良いのです、と答えた。


ルシアン様は一度言葉を飲み込んだものの、それでも責は自分にありますと言って引かなかった。


「己の浅慮を認めるのも良いけど、口だけではいけないよ、ルシアン」


「肝に銘じます」


リオン様は二条様に向かってにっこり微笑むと、予想外の事をおっしゃられた。


「今回の事で留学の予定が狂ってしまったと聞く。どうかな、せっかくだから、カーライルに遊びに来ては?」


拒否を認めない声だった。




「二条様、何か御入用ですか?」


二条様は頷き、「頭痛薬を頂きたい」と言った。


どうやら昨日、リオン様とルシアン様の3人で深酒をしたらしい。青白い顔はしているものの、背筋は伸ばしたままでいらっしゃるのは、流石だ。


「二日酔いの薬ですね、直ぐに用意致しますので、そちらにお掛け下さい」


「…かたじけない」


二日酔いの、ムカつきや頭痛などを緩和する効果があるものを処方する。


ソファに腰掛ける際に、私が開きっぱなしにしていた薬草図鑑に目を止めた二条様は、イチヤクソウ、と呟かれた。


私の視線に気付いた二条様は、軽く首を横に振り、「この一薬草の開花期に全草を取り、干した物を鹿蹄草と言う」と教えてくれた。


初めて知った。

鹿蹄草はト国や燕国でしか採れない薬草の為、こちらに運ばれて来た時には、乾燥後だ。


「一つの薬草で多くの病気に効果がある事から、一つの薬の草と書いて一薬草と呼ばれている。葉から出る液汁は止血、止痛、虫刺されにも効き、干したものはむくみや脚気の利尿薬として使われるし、強心効果もある」


それは私も知っている。

とは言え、二条様は何故こんなに鹿蹄草に詳しいのか?

聞けば燕国のいと高きお血筋だと聞く。


「子が出来ては困るから、常に持たされている」


子が出来る?


「…二条様、ロクテイソウには避妊効果があるのですか?」


ミチル様が知りたい効果というのは、この事なのではないだろうか?


考えながら、二日酔いに効く薬草を取り出し、薬研に放り込んでいく。


「ト国でも取れるようだが、避妊効果は無いらしい。燕国で採れた一薬草から作った鹿蹄草のみに見られる効果だから、知らなくとも何ら不思議はない。ディンブーラ皇国圏内との薬草貿易はト国が独占している」


「では、燕国の鹿蹄草はいずれの国にも販売していないと言う事ですか?」


「ト国と違って我が国は国土が狭いのでな、一薬草は貴重な為、貿易量を厳しく制限し、売るにしても高額で取り引きしている。雷帝国の、何という名だったか、大公には販売していると聞いている」


大公?


「イェン・ライ大公ですか?」


ざわつく気持ちを薬研の中の薬草にぶつけ、表面上は無表情を貫き通す。


「そんな名だったような気がする」


二日酔いに効く薬草を薬研で粉にしたものを、薬包に包んで二条様に渡した。


「かたじけない。それにしても、あの二人はザルだな」


薬を手にし、そう呟いて二条様は部屋を出て行った。

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