058.ディンブーラとは

殿下は私を睨んだ。

美形の睨みは怖いです。

ルシアンとそっくりだから、別人だと分かってるのにダメージが…。


「…ありえぬ」


信じたくない気持ちは分かる。分かるけど、私の知るこの草は、様々な良い効果をもたらすけれど、それとは別に避妊効果があるのだ。

前世で読んだ本で、夫の子を身ごもりたくない貴族の妻が飲んでいた。

それで調べたら、確かに避妊の効果があると書かれていた。


「思わず申し上げてしまいましたが、私の前世では、この薬草にそっくりな草は避妊薬としても使われておりました。ですがこちらの世界でも同じ効果があるかは分かりません」


さっきは驚いて口にしてしまったが、あっちとこっちは完全に一致する訳ではないのだ。


私の言葉に、殿下も少し冷静さを取り戻したようで、目を閉じて息を吐くと、すまない、と謝罪を口にした。


「義姉上は、兄上に相応しい、あの叔父の娘とは思えぬ程に清廉なお方なのだ」


そうかー、良い人なのかー。

色々と一番胡散臭い人の娘だから、義姉上が皇帝にお茶を飲ませてるのが鉄板なんだけどなー。

最初っから後宮に入ったんだろうし、皇帝に避妊薬飲ませられただろうし。

でも、殿下からしたら、嫌だよね。信じている人に裏切られる訳だから。


「例え兄上を亡き者にするにしても、どうせなら子供がいた方が良いだろう」


確かにね。

皇帝の血を引いた子供がいれば、陛下と殿下がいなくなっても問題ないもんね。

そう考えると、義姉上は怪しくないのか。


「義姉上は週に一度、マグダレナ教会のカテドラルに、子が出来るようにと祈りを捧げに行く程に熱心な信者だ」


帝国にもマグダレナ教会があるんだ?

マグダレナ教会はディンブーラ皇国圏内にだけ存在するのかと思っていたんだけど、違うんだね。

ゼファス様の所に遊びに行こう。書類に埋もれているといけないし、話のネタとして帝国でのマグダレナ教会の事も聞いてみたいし。


「では、これで失礼致しますわ」


「帰るのか?」


「はい。確認したい事が済みましたので」


仕事済ませてから教会行きたいからね。


「ご機嫌よう、殿下」


少し残念そうな顔の殿下にカーテシーをして、図書室を出た。




「説明が面倒」


帝国にもマグダレナ教会があるのは何故なのかとゼファス様に尋ねたら、膠もなく断られてしまった。


酷くない?


「興味があるなら本貸すから、自分で調べて」


「お父様、冷たい」


「やだよ。マグダレナ教会の歴史は長いもの」


そんなに?

まぁ、カテドラルもかなり年代物だからね、魔力の本にも書いてあったし、古いのは分かってましたけど。

あ、魔力の本と言えば、あの本の下巻、教会にないかな?


「お父様、私、本を探しているのです。"マグダレナの加護"という題の本なのですが、ございませんか?」


机に向きながら書類を読んでいたゼファス様は、怪訝そうな顔で私を見た。


「何でその本を知ってるの?」


何でって、何で?


「皇城の図書室にあったのです」


なんだろ、実は見ちゃいけない本なの?

そんな印象は受けなかったけど。マグダレナの民とオーリーの民がどうのという所が問題とか?


「何か問題がありまして?」


「その本は皇族のみしか入室が許可されない、皇宮図書館に本来ある本なんだよ。

内容は別に問題ないけど、歴史的価値のある本だとかで、皇宮図書館で管理しているものの筈」


皇宮図書館!

そんなものが!


「私も入れるのでしょうか?」


名ばかり皇族なんだけど、入るの許されるかな?


「当たり前だよ。

それよりさ、父親が目の前で苦しんでるのを見て、手伝おうとか思わないの?」


「娘の知的好奇心を素気無く袖にしたお父様のお手伝いなんてしませんわ」


「酷くない?」


「全然」


ぷっ、と吹き出す音がして、視線をそちらに向けるとミルヒが失礼しました、と謝罪した。


「申し訳ありません、あまりの仲の良さについ…」


私はわざとらしく息を吐き、ゼファス様を見た。


「どれを手伝えばよろしいのですか?」


ナイスです、ミルヒ。

本当は自分から手伝うと言いたかったのに、ゼファス様にあんな言い方をされて、ちょっと手伝うといいにくくなってたのだ。


「その山だ」


そう言って指さされた書類は、どの山よりも高かった。


シレッと一番多い奴を振ってきおった!!

このーっ! …とは思うものの、少しでも負担を減らしてあげないとね。


机とペンを借り、書類を捌いていく。アビスも手伝ってくれたのもあって、なんとか山を瓦解させる事が出来た。

出来たけど、おなか空いた…!


「お父様、もうこんな時間です。本日は当家で夕食はいかがですか?」


「私はまだ少しやっていくよ」


「あら、残念ですわ。今日は生姜焼きですのに」


生姜焼きが食べたい! と料理長にリクエストしてきたので、今日は間違いなく生姜焼きの筈だ。


「ショウガヤキ?」


「興味が湧きましたね? さ、参りましょう」


アビスに目配せし、強引にゼファス様を教皇の執務室から引っ張り出し、馬車に乗せた。


「ちょっと強引過ぎない?」


強引の塊の皇族に言われたくないけど?


「長時間働けば良いというものではありませんわ。

きちんと栄養のあるものを食し、睡眠をとり、気分転換をなさって下さいませ。そうしてこそ、仕事への集中力も、効率も上がるというものです」


「乳人みたいな事を」


そこはせめて母親じゃ?! と思ったけど、皇族だもんね、母親に直接育てられないだろうしなぁ。

そうなると乳人なんだろうね。


「娘ですもの。父親を心配するのは当然ですわ」


「……当然なのか?」


「当然ですわ」


そうか、と言ってゼファス様が凄く嬉しそうに笑うから、少し胸が痛くなった。

この人は、寂しがりで、責任感が強くて、頑張り屋さんだ。話す内容こそ天邪鬼だけど。


ご縁があって親子になったのだから、親孝行しますよ!


「そういえば、兄上が遊びに来いって言ってたよ」


ゼファス様が言う兄上というのは、次兄のシミオン様の事だろうな。


「お父様のお手元がもう少し空かないと、無理なのでは?」


「ミチルさ、この前コイツに書類を整理しろって命じたでしょ」


コイツ、と言われて指を指されているのはアビスだ。


同じような内容が来てるから、その辺チェックして欲しいとは言いましたな。

それの事を言ってるのだろうか?


「あの後コイツ、私の部屋に来て物凄い勢いで書類を整理してってさ。それまであった書類が半分に減ったんだよね。だから前より余裕あるよ。

今日、ミチルが一番大きな山を片付けてくれたし」


半分に減ってもあんなにあるのか!

っていうかやっぱりアレ、一番多い奴だったのか!


「だから今度兄上の所に遊びに行こう」


「分かりましたわ」


やっぱりもうちょっと教会内もテコ入れした方が良さそうだなぁ…。




生姜焼きをぺろりと平らげ、満足したゼファス様が帰った後、ゼファス様から借りたマグダレナ教会の歴史を記した本を読み始める。

確かにまぁまぁ分厚い。説明したくないと言いたくなる気持ちも分からなくもない。

この本を読み終えたら、皇宮図書館にある、"マグダレナの加護"の下巻を借りるんだ。


[ 創造神ペレストフは世界アマルスフを作られた後、三柱の神を生み出した。

一柱は力を愛する神、オーリー。もう一柱は知恵の神イリダ。最後に生まれた慈しみの女神マグダレナ。

創造神は三柱の神に、己が民を作り、導くが良いと仰せになり、お眠りになられた。

力の神オーリーは南に大きな大陸を作られ、人間を生み出した。民はオーリーの民と呼ばれた。

オーリーの大陸から少し離れた東に、知恵の神イリダも大陸を作り、己と同じように知識を愛する民を作った。イリダの民である。

末の女神マグダレナは、兄弟の大陸からかなり離れた場所に大陸を作り、兄達に倣って民を作り出した。

マグダレナの民である。

女神マグダレナは、己の大陸に生まれたありとあらゆる生物を愛し、加護を与えた。魔力である。


ある時、力の神オーリーが、己の民こそ他の民より優れていると言い出した。

それに対し、イリダは力に任せるだけのオーリーの民よりも、知恵を駆使するイリダの民の方が優れていると反発した。

どちらが優れていると思うかを問われたマグダレナは、微笑みながら、マグダレナの民は優れた民よりも一段劣るものの、平和を愛する民です、と答えた。

マグダレナの言葉を鼻で笑い、オーリーとイリダの言い争いは続く。

遂には民同士が戦を始めた。長い戦いの末、知恵を駆使するイリダの民に、オーリーの民は敗けを喫する。


オーリーの民に勝ちはしたものの、その為にイリダの大陸は穢れてしまった。イリダの民はオーリーの大陸に移り住み、オーリーの民を追い出してしまった。

敗けたオーリーの民の多くが穢れたイリダの大陸に移り住み、僅かな民が救いを求めてマグダレナの大陸に逃げて来た。女神マグダレナは彼らを受け入れたが、加護は与えなかった。


オーリーの民とイリダの民が争っている間、マグダレナは己の民に魔力の使い方を教えた。

神と違い寿命があり、弱い存在である民が少しでも幸せになれるようにと。

民は女神に感謝して神殿を建てた。神殿の長には女神に倣って、女性が就き、女皇と呼ばれた。

女皇は女神に国を興す事を許され、女皇は国名を女神ディン慈悲ブーラと名付け、皇位は代々女性が就く事を決まりとした ]


「ふわー…」


教会の歴史だから、神話から始まるのは分かっていたけど、まさかディンブーラ皇国の興りがこんなとこにあったなんて思わなかったよ。


これはあれですね、ディンブーラ皇国の歴史書も合わせて読みたい感じです。

神話と歴史書の比較。


まだ読み始めたばかりだけど、女神マグダレナがこの大陸を作ったと書いてある。人も動物も植物も。

だからこの大陸の生き物は魔力を持っているんだ。対して外来ものは、オーリーだかイリダだかの大陸から来てるから、魔力がない。


今現在、この大陸には3つの国が存在する。

女神マグダレナが作る事を許した国、ディンブーラ皇国。雷帝国、ギウス国。この2つの国の事は別途調べるとして、一つ分かった事は、この大陸には女神マグダレナを祀った教会が点在してておかしくないという事だ。

だから、帝国にマグダレナ教会があるのもおかしな事ではない。


雷帝国とギウス国の民は、この神話に出て来るオーリーの民とかイリダの民だったりするのかな?


「ご主人様、本日はそこまでになされた方がよろしいのでは?」


アビスに言われて顔を上げる。


確かに、今日は文字をいつもより見てる気がする。


「そうですわね」


「クロエが淹れましたハーブティです」


ちょっと癖のある香りがするハーブティだ。


「ありがとう」


今日は殿下と話を沢山して、分かった事がかなりある。

というより、知っていた情報がほぼ真逆の可能性が高く、悩ましい。


猫舌の私は、少し温度が下がったのを確認してからハーブティを口にした。

味は美味しいとは言い難いものの、スッキリとした味わいのするハーブティだ。


殿下の話に出てきた薬草を思い出した。


「アビス、クロエを呼んで欲しいの」


かしこまりました、と答えるとアビスは部屋を出ている行くと、すぐにクロエを連れて戻って来た。


「奥様、お呼びでございますか?」


「クロエ、ロクテイソウという薬草を知っていて?」


はい、とクロエは即答した。


「ロクテイソウの効能を教えて欲しいのだけれど」


さすがというべきか、クロエはロクテイソウの効能を何かを見るでもなく、口にし始めた。

それ自体は、私の記憶と、殿下から見せてもらった図鑑の効能と差異はない。


「避妊効果はないのですね?」


クロエは目をパチパチさせた。


「ございません」


否定された。

やっぱりこっちの世界とあっちでは違うのかー。そりゃそうか。ヒガンバナとかもなかったしなー。


「…奥様、少しだけ調べるお時間を頂戴できますか?」


「えぇ、勿論」


クロエが調べた結果、避妊効果がありました、となった時に、犯人コイツでしたとなる訳だけど、当の本人が知らなかった場合、もしくは知らなかったとしらばっくれた場合も考えられる訳で。

そこの証明が難しいよね。


頭使ってるなー。知恵熱出そう。

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