053.ギルド新設と熱中症と水不足と

カテドラルの工事現場で起こった熱中症は、やはり呪いと思われていたらしい。

正しい知識がなければ、健康そのものだった人が突然頭痛や目眩、吐き気、果ては痙攣を起こしたり意識を失って絶命するのだから、呪いだと思ってしまっても不思議ではなかった。

不幸中の幸いなのは、呪いだと言って教会がそれをお金に変える手段にしていなかった事だろうか。


どうやって呪いではないと分かってもらうか。

飲食店でも同じような事が起きるのでは?と思って尋ねたところ、飲食店と呼ばれるものは大体飲み屋を兼ねている為、夜しか経営しないとの事。

湿度がさほどないからか、夜は気温が下がる。砂漠ほどではないけど。だから飲食店は大丈夫そうかなー。


大概のお店は出来合いの料理を販売するにとどまっており、ごく稀に食べられるスペースを用意しているお店があるとの事。

となると、日中に調理している販売系のお店が危険だろうなぁ。火やオーブンを使うお店なんかは危険だよね。

それから、食べ物を扱うお店に関して言うなら、食中毒的な心配もある。

それを伝える。


「ショクチュウドク?」


「そうです。食べた物で中毒症状を起こす事をいいます。中毒症状によっては死者も出ますから、とても大事な事です。梅雨時もそうですが、夏の間もとても危険です」


「梅雨時と夏に危険が高まるのは何で?」


何でって、当たり前じゃん?…と思って気付いた。

この人達ってばやんごとなきご身分だから、いつも新鮮なものしか食べてないんだ。

いや、やんごとなくない今生の私もそうだけどさ?


「……食材の品質の劣化する速さが、暑さにより加速する事はご認識でしょうか?」


ゼファス様以外が頷いた。


さすが皇族?!

それすら知らないとは!


「へぇ、そうなんだー。

暑さにやられるのが人間だけじゃないのは分かったけど、梅雨時は何で?涼しいよね?」


「雑菌が繁殖しやすい環境だからです」


「ザッキン?」


……細菌の概念、まだないかも知れないな…。

っていうかこの世界のお医者さんって、どんな感じなんだろうか…。


えー…コレ、何て説明すればいいのー…。


「人間の目では見えない程に小さな存在がありまして…」


妖精さんのお話みたいになってきた!


「その小さな存在を菌と呼びます」


こんな説明でいいのか分からん。本当分からん。


「その菌が繁殖するのに適した環境が、梅雨時です」


イマイチしっくり来てない4人。


デスヨネー。

自分自身よく分かってないものを説明するとか難し過ぎるわー。


「分かりやすく説明しますと、カビなんですが…皆さんカビを見た事は…?」


反応がイマイチ!


「地下室に行くとひんやりしませんか?あの不衛生な感じを思い浮かべていただけると分かりやすいかなと思うのですが…」


あぁ、と皆が頷いた。


つ、通じた!


「少し話が脱線してしまいましたが、大なり小なり、生き物はそれぞれ生きていくのに適した環境というものがあります。菌も色々あります。人間にとって有益なものもあれば、害にしかならない菌も存在するのです」


なんの話でこうなったのか段々分からなくなってきた。


「有益な菌って何?」


「お父様、フカフカのパン、お好きですか?」


「好きだよ?」


「あれは、イースト菌という菌を使ってあのようにフカフカなパンを作っているんですよ」


「えっ!」


「ブルーチーズの青いのはカビですが、食べても身体に悪影響はありません。基本的なカビは身体にとって悪影響ですが」


ゼファス様が複雑な顔になってる。


「良いものと悪いものを選別すれば良いだけなのですから、そんな顔をなさらないで下さいませ」


分かった、と頷くゼファス様の表情はまだ微妙だったけど、放っておこう。


「えーと、梅雨時の食品の事をお話していたのでした。

菌類は一定の温度と食品と水分があると繁殖しやすいのです。人間も食べ物と飲み物が必要ですし。

ブルーチーズのカビは特殊ですが、基本的にカビは口にすれば身体に悪影響を及ぼします。ですから、食品の管理はとても重要なのです」


これで話を元に戻せたかな?


「人体に害を及ぼす菌が繁殖してしまった食物を口にすると、食中毒になるという事で合ってますか?」


「その通りです、ルシアン!」


嬉しくて思わず拍手してしまった。

さすがです!私の要領を得ない説明をまとめてくれてありがとう!


ふふ、とルシアンが笑った。


…はっ!皆の視線が生温い!


「…コホン」


咳払いして話を変える。


「食中毒を防ぐ為にも、食品関連のギルドが必要なのではないかと思います」


ふむふむ、とラトリア様が頷いた。


「熱中症になる可能性があるのは、火を使う職種、日中に炎天下の中で作業する者達です」


室内にいても熱中症になる可能性はあるんだけど、逃げ場がないからなぁ…。

エアコンないし。エアコンあったらあったで地球温暖化だの何だの色々あるし…。


打ち水をするのもありだけど、お風呂の残り湯でもいいとか言うけど、平民は家にお風呂が無いと聞くし…。


あとはなんだろう。

植物のカーテンとか?

プランターがないから…地植え?


…はぁ…室内での熱中症を防ぐ方法が思いつかん…。


「炎天下で作業するとなると、今回のような石工を生業にする者達か?」


ゼファス様の問いかけに、ラトリア様が答える。


「カテドラルや貴族の屋敷は石工でしょうが、平民の家屋は木工が殆どですね」


建築ギルドもいいかも知れない。

現代日本なら、電気、ガス、水道なんかもあるけど、こっちにはないもんね。


「ミチル、他にアイデアはないの?」


「先程から考えていたのですが…。

打ち水、緑のカーテン、庇、川が流れるですとか…」


順に説明しろと言われたので、打ち水の効果を説明する。


「キカネツという言葉を初めて知りました」


珍しく関心した顔のお義父様とルシアンとラトリア様。

さすがの物知りファミリーでも知らなかったようだ。


「大衆浴場が水をどう廃棄しているかを確認しましょう。捨てているのであれば、その水を打ち水に使えばいいでしょうし」


おぉ、大衆浴場があるのか。それは期待大かも!


「緑のカーテンは、陶器職人にその、鉢植え?を作らせればいいのかな?」


お、ラトリア様、楽しそうですね。


「はい、つる植物がオススメです。秋になって取り払わないのであれば、地植えもありかと」


ラトリア様的には鉢植えを使って欲しいだろうけどね。


「庇って何?」


「庇というのは、窓や玄関など外に面した部分に出た出っ張りです。日除けや雨よけになります。それがない場合は、シェードなどを設置すると、日差しが直接建物の中に入らないので、室温が上昇するのを防ぎますわ」


「メインストリートにシェードを重ねて張るのはどう?」


お義父様が言った。


「日差しが入ると暑くなるのなら、道だって陽の光で熱せられて熱くなる訳だし、街灯をうまく使って、シェードとかいう布を高い位置で張れば、道も家も熱くなりにくいのではないかな?大通りに面していない家々には申し訳ないけれどね」


それ、砂漠の街がやってたかも!


「さすがですわ、お義父様」


紫外線を反射する白とか、紫外線を透過しにくい黒とかあるけど、紫外線を説明出来る気がしないので、お口チャック。


それにしても、さすが知識と暗殺のアルトファミリーですね?!

次々に私の知ってる事をこちらの世界でも使えるようにするなんて!


…とは言え…。


「川はさ、噴水を使えば良いと思うよ」


ファッジを口に放り込みながらゼファス様が言った。


「昔、皇都の地図を見た事があるんだけどさ、中央広場の噴水は、皇都中を走る水を制御するのに使われていた筈」


えっ、何それ?


「噴水から吹き出た水はそのまま道の横の側溝を流れて、皇都の城壁に当たると地下に落ちて、中央広場の地下に流れていき、それを噴水が汲み上げてるんだよ。

今じゃ水を張ってないから、名ばかり噴水だけど」


「それは魔石を使うので止められているのですか?」


「いや、水の問題だった筈」


と、いう事は、どうやって汲みあげるんだろう?

何処ぞの運河みたいな事でもしてるのか?


「水槌ポンプという事ですか?」


「よく知らないけど、皇都の地下を流れる水に上から水を注ぐと、噴水から出るんだってさ」


お義父様、ラトリア様、ルシアンの3人は分かったみたいだけど、私には分かりません。

なにその、スイツイポンプって?


ちんぷんかんぷんな私に、ルシアンは微笑むと、後で説明しますね、と言った。

アホでも分かるように説明していただけると大変助かります!


「その水があれば、大衆浴場からの水は要らないかもね」


「大衆浴場とその側溝を上手く繋いで排水させれば良いのでは?」


「それが一番無駄がなさそうだ」


話がどんどん進んでってますわー。


「ルシアン」


「はい」


お義父様がルシアンを見た。


「キースから治水関連の知識と手法は学んだかね?」


「知識に関しては完了しております。いくつかの治水工事についても伝授頂きましたが、その知識だけでは皇都の水不足を解消するのは難しいかと思われます。

これまでの治水工事により、今までよりも水が皇都に流入するようにはなっておりますが、肝心のフェイダール山の貯水率が下がっているのです。

皇都の人口も増加しておりますし、そう遠くない未来に、皇都はかつてないほどの深刻な水不足に悩まされると思います」


「フェイダール山の貯水率が下がった原因は判明しているのかい?」


「いえ、3年前の山火事から貯水率が激減しているようです」


木が減れば山の貯水率は下がるだろうし、雪解け水で氾濫するんじゃないの?


「雪解け水で川が氾濫するなども起きておりますか?」


「何故それを?」


ルシアンのびっくり顔珍しい。


「木が水を蓄えると聞いた事があります。

雪が溶けて土に染み込んだ水を、張り巡らせた木の根が土が流れるのを防ぎ、山そのものが水を保ち、土に浸透する中で濾過され、キレイな水が湧き出ると」


「山の斜面が崩れる事と、雪解け水で川が氾濫するのは、同じ理由だと言う事ですか…。

直ぐに植樹したとして、直ぐに地中に根が張り巡らされません。成長を待つ前に皇都は水不足に陥ります」


ダムみたいなのを作ればいいんだろうけど、ダムは一つの環境破壊だからなぁ…。


「溜池をいくつか用意して、氾濫を少しでも防ぐというのはいかがですか?」


「溜池ですか?」


「はい、深めに掘った溜池を4つ程作っておき、普段は水を堰き止めておくのです。それを水が不足しそうな時に流して、川を流れる水の量を調節していくのです」


ダムがない時は溜池で水を管理してたんじゃなかったかなー?多分だけど。

ただ、その溜池だって無限じゃないから、一時凌ぎにしかならないよねぇ。

うーむ…。


「ノウランドのような雪国から、冬の間に積もって硬くなった氷を何処かにためておければいいのかも知れませんけれど、難しいですわね」


「フェイダール山の麓に、大きな洞窟があるのです。真夏でも温度が低いままだと聞いております。そこに雪が固まって凍った氷をためておくのは、とりあえずの対策として有効かも知れませんね。

皇都の北、北の離宮がある土地は、掻いた雪の扱いに苦心するそうですから」


木が山に根を張り、安定して水を供給出来るようになるまで、それか、他により効率的な方法が見つかるまでは、それもありなのかも。


水問題は本当に難しいよね。


「さて、今日はこの辺にしておこう。

ルシアンもラトリアもまだ仕事があるだろうからね」


「父上、ミチルに兄上の補佐に入ってもらう事はやはり問題になりますか?」


私の前世の知識が使えるかも、って事だよね。


「姫が喜ぶと思うよ。後はゼファスが拒まなければ」


お義父様の視線を受けて、ゼファス様は肩を竦ませた。


「いいよ、屋敷にじゃなく、皇城に書類運ぶだけだから」


皇城にも付いてくるのか、教皇決裁が…。

まぁ、ゼファス様にかかる負担を考えれば、良いかな。


「新設するギルドを監督する貴族を早急に決めるように。皇室主導のギルドだから、ギルド創設費用は不要とする。

それから、ネッチュウショウ対策はギルドが後々管理するにしても、当面は商人ギルドが対応するように」


それはそれとして、と言葉を切ると、お義父様がラトリア様を見てにやりと笑った。


「ラトリア、責任重大だね?」


ラトリア様は引きつった笑みを浮かべた。


「可愛い義妹の為です。全力を尽くします」


「弟は可愛くなかったのですか?」


ルシアンのツッコミにラトリア様は突然あたふたし始めた。


「そう言う意味じゃなくてね、ルシアン」


この兄、弟の事、好き過ぎると思うんだ…。

なんであんな、浮気を責められてる男みたいになってんだろうか…。

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