052.知識の有効活用について会議始めます

ゼファス様に連れられて久々の皇城へ。

お義母様とロシェル様とは別行動だ。端切れをもらいに行くんだって。

私を見て近寄ろうとした貴族達は、隣のゼファス様を見て怯み、去って行く。


っていうか、そういう事をした結果があの粛清なのに、この人達、なんで同じ事するんだろう?

アホなのかな?

まぁ、それはいいとして、見事に避けられてるね、ゼファス様。


「…お父様ってば、嫌われてるんですのね?」


「ねぇ、私のお陰でアイツらに囲まれずに済んでるのにその発言はどうなの?」


「そうですけれど、凄いですわ、誰一人寄って来ませんもの」


ゼファス様の新たな活用法を見つけました。不敬だけど、お父様なんだしいいかなって。

散々嫌だって言ったのに強引に養子にしてくれちゃったんですから、パパとして頼ろうではないですか!


「いいけどさ」


いいんだ?!


宰相の執務室のドアを、ゼファス様がノックもせずに開けた。


ひぇっ?!


ノックもせずに突然ドアが開いた為、執務室内の視線が一斉にこっちに向いた。


私ジャナイデスヨー、ゼファス様デスヨー。


「ミチル」


ルシアンが立ち上がって、私に駆け寄る。

あっという間に腰に腕を回され、頰に手が触れる。

凄い、衆人環視とかものともしてない。


「どうしたんですか?突然皇城に来るなんて」


ちらりとルシアンがゼファス様を見る。


「ミチル一人だと危ないから、子煩悩な父として一緒に来たんだ」


ナニが子煩悩ですか、このぺ天使めが!


ゼファス様はラトリア様を見た。

あんなとこにいた!

生きてた!良かった!なんかヨレヨレで輪郭が点線気味だけど!


「ラトリアもおいで。私のお茶に付き合いなさい」


さすが皇族。強引!!

っていうかこんなん許されんの?!っていうのも許されるんだから、皇族って凄い。


「ルシアンもね」


「承知致しました」


「誰か、リオンにも知らせて。サロンに来いって」


この忙しい宰相執務室の人間に、使いっ走りを頼むとは!


皇族専用サロンに入る。

直ぐに侍女がやって来てお茶を淹れてくれる。


「お義兄様、ご存命で何よりですわ」


同じ屋敷に寝泊まりしてる筈だけど、全然会えないもんね。

大分痩せてるなー。キラキラ感が損なわれてるし…。

キラキラは健全な精神と肉体に宿るもんなんだな。メモ。


「ねぇ、ミチル、もっと別の言葉はないの?大分ルシアンに毒されてない?」


「いえ、心からご存命を喜んでおりますわ。無事ではないようですのに、ご無事で何よりとは言えませんもの」


生存確認は出来た!


実の兄をここまでしたルシアンは、私の横に座って、私の手を撫でている。

私とラトリア様の会話はまるっと無視ですね。さすがです。


「ルシアン、お義兄様をいじめてらっしゃるのですか?」


「いえ、そんな事はしてません。執務から離れた期間が長過ぎたんでしょうか、感覚を取り戻させるのに無駄に時間を使いました」


無駄って言った?!


今の毒舌によるダメージで、ラトリア様の口からエクトプラズム出てるよ?!


「お待たせしたかな?」


ドアが開き、お義父様がやって来た。


「早く座って。この場で暇な人間はリオンしかいないんだからね」


お義父様は苦笑しながらラトリア様の隣に座った。


「おや、ラトリア。随分やつれているね?」


ちらりとルシアンを見て、またラトリア様に視線を戻す。


「厳しい弟を持つと兄は大変だねぇ」


とは言うものの、手加減をしてあげなさい、とは言わないところが、お義父様だな、と思う。


「さて、この集まりの目的は何かな?」


凄いな、と思うのが、お義父様が来た途端に、場を仕切るというか、中心がお義父様になる事だ。

全員個性溢れるキャラだと言うのに。


「ミチルの転生者としての知識をもっと活用したい」


「そう思いたくなるような事があったという事だね?詳しく聞かせてくれるかな?」


熱中症になってる職人達を助けた事を説明する。


「面白いね」


そう言ってお義父様は微笑む。


「ミチルは医学には詳しくないと言ったけれど、この世界ではその知識は医学と表現されてもおかしくないんだよ」


そうかも知れない。


「ミチルが広範囲に渡る知識を持っている事は皆、知ってるね。本来であればもっと色んな知識を披露してもらう筈だったのが、皇女シンシア等の事もあって、思うように進んでいないのが実状だ」


ラトリア様が頷く。


「でも、ようやく準備は整ったよ。

ミチルはディンブーラ皇国の皇族となり、マグダレナ教会が庇護する対象となった。神と相反する存在ではない事も確約された」


あー、よくあるよね。

突出した存在が、神の権威をどうたらとかいう奴。

権威主義とか、そういう団体に宗教が成り下がってる場合は異端とされがち。

教会関係者になりかけてる私は、そういう心配がないって事ですね。それは大変有り難い!

むしろやる事なす事教会すげー!に繋がる感じ?


「それで、ここ数日、教皇の代わりに執務をしたミチルの感想は?」


「聖職者の高齢化が進んでいる事が、教会の活動の動きを全体的に鈍化させているという印象がまず第一にあります」


うんうん、とゼファス様が頷く。


「枢機卿でなければ出来ないとなっている職務を大司教でも可能とするか、枢機卿自体に年齢制限を設けるか。

無難なのは、枢機卿に次の枢機卿になる事が決定している者を付け、事実上の枢機卿として職務を行っていただく。問題が発生した場合は、枢機卿が代わりに責任を取って職を辞します」


会社だとこんな感じだよね。

名誉職扱い。いざという時の首切りポジション。


「第ニは?」


「教会を運営する資金が圧倒的に少ないです。あまり潤沢に資金が入るのも腐敗に繋がるので問題ですが、そもそもの問題として、足りておりません。

かなりの部分をお父様の資産で賄ってる現状は、お父様だからこそ教会を支えられているのであって、他の人間では事実上無理であり、遠からず教会は破綻します」


大量の書類と格闘していて分かったのは、ゼファス様が思った以上に教会を大切にしてらっしゃるという事だった。

今日執務室に伺った時に見たあの書類の山は、枢機卿決裁のものばかりだった。

という事は、高齢化してまともに職務を遂行出来なくなった枢機卿の代わりにゼファス様が働きまくってて、その分はみ出た教皇決裁の書類が私の元に来ているという事で。

っていうか、どっちかって言うと、枢機卿決裁の方の書類の方を私に下ろしてくれれば良いのに、とも思ったけど、教皇決裁で失敗した場合、責任を取るのはゼファス様になる。私の失敗を枢機卿に取らせない為に、ご自身のを私に渡しているんだろう。

なんて言うか、分かりづらいんだけど、ゼファス様なりに私を守ろうとしてくれてるんだよね。

そんな気持ちが分かっちゃったら、元日本人としてはさ、気持ちを返したいじゃない?


「それについて、現時点で何か案はあるのかい?」


「今、私が思い付いているのは、御守りの製造販売と、孤児院の創設です。これは教会に安定した収入をもたらします。その為の人員確保として孤児院を使いたいと考えております。

これにより、教会に対する印象、ひいては教皇であるお父様の権威が上昇します」


ルシアンが軽く手を上げる。


「孤児による窃盗に関しては、こちらにも報告が上がっております。最近の窃盗団は孤児達を使って盗みを働き、その売り上げを奪っているようです」


うわっ、最低!

殲滅したい!


「ですから、孤児を教会で保護していただき、カーライル王国の教会のように、孤児達に生活する力を付けさせ、将来犯罪者になる可能性の芽を摘み取るのは、長い目で見ても大変有効だと思います」


ルシアンの説明にうんうん、と頷く。

ってそこまで考えてなかったけど。


カーライル王国では、アレクサンドリア領での教会運営の成功を受けて、王室がそれを各領地に命令したんだよね。

教会が孤児院を併設し、その運営を領主が補助する事。補助は金銭でなくても構わない。

アレクサンドリアで言えば、お金でなければ買えない物も多いから、寄付金と、販売に適さなくなった食糧は教会に寄付してもらう。その寄付の代わりに、文字を教える。

これにより識字率が上がってきている筈だし、ゴミが減るし、悪くなりかけとは言え、まだまだ十分に食べられる野菜を、たっぷり子供達に食べさせられるし、子供達には料理を教えられる。

ゴミが減った事で、町の衛生面も向上した。


「それで、孤児達に御守りを作らせると言うのは、どうやるんだい?」


「金属で作るアミュレットやタリスマンは非常に高額で、平民の手には入り辛いものです。ですから、御守りは紙で作りたいと考えております。

紙は市販されている紙を使用すると高くなりますから、廃棄される紙を使用します」


子供の頃にやった、和紙の手漉き体験を思い出す。


「燕国にもある技術かもしれませんが、和紙を作ります」


「燕紙と呼ばれる物があるが、それと同じかも知れないね。製法は秘匿されている」


秘匿されてるのかー、それだとちょっと申し訳ないかもだけど、まぁいっか。


「廃棄された紙を細かく千切り、水の中に入れます」


「紙を溶かすの?」


ゼファス様の質問に頷く。


「細かい金網を張った木枠をその水の中に入れると、金網の上に紙が入ります。紙の溶かし具合によっては乾かしてまた紙を入れて乾かして、といった工程が必要になります。乾いた紙は平らではありませんから、上から圧力をかけて平らにする必要があります」


「あの紙はそうやって作られているのか」


ふむふむ、とラトリア様が頷いた。


「和紙職人という職業もありましたから、立派な技術だと思いますわ」


「そうやって作った紙に、ある程度の階級以上の聖職者が祈りの言葉を書きます。紙ですからそのまま持っていては破れたりしてしまいますので、布で作った袋に入れておきます。軽くて小さいものですから、何処にでも持っていけます。

それからこの護符の効果は一年です。新年に教会に来ていただいて、回収し、燃やします。そうする事で、護符を持っていた者の感謝の気持ちが神に届くと教えておくのです。そしてまた、新しい護符を購入していただくサイクルとなります」


なんだったらおみくじも作ってみても良い。

元日本人に宗教改革なんかやらせたら、和洋折衷、なんでもござれだよね。


「教会は運営資金を確保しつつ、孤児を保護する事で労働力を得、かつ社会貢献を果たし、皇都の治安保護にも寄与する。とても有効な案だと思います」


「資源の循環と、教会に親近感を抱かせるのにはうってつけだね。なかなかに理に適っている」


お義父様が2度頷いた。


「あ、さっきミチルとも話していたんだけどさ、貴族にも寄付させようよ」


教会での会話を思い出したらしいゼファス様が言った。


「寄付?するでしょうか?貴族が」


ラトリア様の問いに、ゼファス様がにやりと笑った。


「馬鹿だなぁ、ラトリア。するんじゃないよ、させるの。私達皇族が揃って孤児院に寄付をしたら、奴らもせざるを得ないだろう?」


「あぁ、確かに」とラトリア様が頷く。


「無駄に貯め込んでいるんだろうからさ、少しぐらい持たざる者に分け与えても罰は当たらないよ」


同感ですわー。

っていうかノブリスオブリージュですわ。

権利には義務も付き物ですよ!


「いいね、実に良い」


お義父様はそう言ってにっこり微笑んだ。


「ミチル、私とルシアンは近い内にカーライルに行くけれども、気にせずその知識を皇国の為に使ってくれると嬉しい。

皇国が力を持ち直し、皇国圏内にその権威を再び振るえば、守りは堅くなる。

帝国にも、ギウスにも対抗出来るようになる」


えー…そんな大国と張り合えるような知識は持ち合わせてませんよー?

ハードルが急に上がってしまったような気がして、気後れする。


私の不安を読んだのか、ルシアンが笑った。


「ミチルは、その辺りを意識する必要はありませんよ。

貴女の持つ知識が、どの分野において有効なのかを考えるのは私達の仕事です」


そう言ってもらえると安心する。

さすがイケメン、頼りになります。


私はご立派な専門知識なんか持ってないし。

秘書と言う名の事務員でしたし。雑学も同居人から仕入れたものが殆どだったしね。

でも、熱中症の対処法とか、そういったものなら知ってる。大きく歴史を変えられる知識なんてないけど、少しでも皆の役に立つなら、それは正直に嬉しい。


「分かりましたわ」

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