聖下のご息女<ゼファスの侍従視点>

私はミルヒ。

幼い頃、ゼファス様に拾われからずっと、お側にお仕えしている。

ゼファス様が皇族でありながらマグダレナ教会に入られた時には驚きはしたが、この方の側が私のいる場所と決めていた為、一緒に聖職者になった。

皇族であるゼファス様は直ぐに司祭の地位に就いた。

私はただの平民であるから、本来であれば守門から始めるのだが、司祭であるゼファス様のお側付きという事で、副助祭に就いた。

ゼファス様はトントンと枢機卿に登り詰めた。皇族だからではなく、きちんと職務をこなしていき、その地位に就かれ、亡くなられた教皇の代わりも大過なく果たされた。

誰もが次期教皇にはゼファス様が相応しいと思っていたけれど、ゼファス様だけが拒否していた。

リオン様に勧められた時、どういった心境の変化がゼファス様の中にあったのかは分からない。


いつもいつもつまらなさそうにしてらっしゃるゼファス様だが、ご友人のリオン・アルト様とお会いする時と、養子になさったミチル殿下といらっしゃる時は楽しそうだ。


ミチル殿下は誤解してらっしゃるが、枢機卿達の殆どが高齢になり、職務に支障を来す方も増えてきた。

その分の職務をゼファス様が一手に引き受けて、来る日も来る日もこなしてらっしゃったのを、遊びにいらしたリオン様が、ミチルに手伝ってもらえば?とおっしゃったのが、元々だった。


皇族であるゼファス様に、はっきりと物をおっしゃる方は多くない。おっしゃれない、が正しい。

皆、一様に媚び諂う。

それなのに、養子となられる前からミチル殿下は、ゼファス様に媚びなかった。

挙句、国民の血税がどうのとおっしゃるものだから、あの時は冷や冷やした。

そんなミチル殿下を、ゼファス様はいたく気に入っていた。だから、ミチル殿下が養子に入られた時には嬉しかった。ゼファス様に笑顔が増えると思った。

ミチル殿下が天使と表現されるゼファス様のご容姿を、ゼファス様本人は嫌ってらっしゃる。

長兄である殿下に、散々その容姿について貶されていたゼファス様は、ご容姿について触れられるのがお嫌いなのだ。今でもお嫌いだろうが、ミチル殿下に言われるのは不快じゃないようで、感謝祭でも結局、ミチル殿下に言われた通り笑顔を振りまいてパレードに出られた。

途中、感激している様子のミチル殿下を見て、大変ご満悦になってらっしゃったのは、秘密だ。


「お父様、カテドラルの施工を行っている職人達が熱中症になりましたので、明日、明後日は工事をお休みさせて下さい」


「ネッチュウショウ?なにそれ?」


職人達にしたのと同じように説明をされるミチル殿下。


ふぅん、と興味なさそうにゼファス様は答えたかと思うと、「塩は教会から出してやると良い。カテドラルを建てるのに死人やら病人が出るのは、教会としても印象が良くないからな」と言って、ミチル殿下がお土産に持って来て下さったシュークリームを召し上がる。


塩は、買えばそれなりの値段がする。ディンブーラ皇国は海に近くない。必然的に塩の値段は上がる。

砂糖も同じだ。南国から取り寄せるから高くなる。


「それにしても、全部私に押し付けてらっしゃっているのかと思っておりましたら、ご自身でもなさっていたのですね。安心しましたわ」


書類の山に埋もれているゼファス様に向かってミチル殿下がおっしゃる。

ミチル殿下はゼファス様に遠慮ない。


「ミチルさ、私の事をなんだと思ってるの?」


呆れ顔で殿下を見つめるゼファス様に、殿下は笑顔を返す。


「隙あらばサボタージュしようとする不良教皇だと思っておりました。訂正致しますわ。意外に働いてる教皇に」


「意外にって、失礼だなぁ」


そう言いながらまんざらでもなさそうな様子に、私は笑いを咬み殺す。


本来に、楽しそうにしてらっしゃる。


「それで、今日は何か用があってここに来たんじゃないの?ネッチュウショウを予感して来た訳じゃないでしょ?」


そうでした、と殿下は手を叩く。


「御守りを作りたいのです」


「アミュレットを?」


「いえ、御守りですわ、お父様」


話が長くなりそうだと思われたのだろう。

ゼファス様は殿下と、アルト公爵夫人、殿下の未来の義姉ーーロシェル様が座っているソファの方に席を移した。


殿下が説明されたのは、殿下の前世でジンジャという、教会のような場所で販売されていた護符の話だった。


祈りの文言を書いた紙を身に付けておく事で、無病息災であるとか、カナイアンゼン?の願いを叶えてもらうものらしい。

これを、毎年購入して、前年の護符はジンジャで焼いて神に返すのだそうだ。


「アミュレットやタリスマンは高いし、平民にはなかなか手の届かないものだし、いいかも知れないね。

でも、紙もそれなりにするけど?」


「失敗した紙を集めれば、なんとかなります」


「そうなんだ。それならいいんじゃない」


珍しくゼファス様が乗り気だ。


金属は貴重だ。

紙も決して安いものではないが、金属よりは安い。

殿下の中で、紙の問題は解決しているらしかった。


「ゼファス様、その護符を入れる袋について、ご相談がございます」


アルト公爵夫人が話し始めた。


「ミチル殿下はご自身の領地で、教会に孤児を集め、生きていく為の力を学ばせておりました。それを皇都でもなさってはいかがでしょうか?せっかく、ご本人が皇都におられるのですから」


「そうだね、良いと思うよ」


うん、とゼファス様は頷く。


「その中で、裁縫も学ばせたいと思うのです」


「それに御守りを入れる袋にするって事?」


はい、と公爵夫人はにっこり微笑む。


「でも、その布は何処から捻出するの?」


至極もっともなゼファス様の問いかけに、あら、と夫人とロシェル様が口に手を当てる。


「皇都には服飾を営む店が多くありますから、その店からハギレを譲り受けてはいかがですか?失敗しても困りませんでしょう、本来なら捨てられる物なのですし」


殿下がそう提案すると、三人が同時に頷いた。


「教会だけで孤児を育てるのは難しいですから、貴族から寄付をいただきたいですわ。私に不要な贈り物を送って下さるぐらいなら、教会に寄付して下さればよろしいのに」


「それ、いいね!」


ゼファス様はにやりと笑った。

また、エゲツない事を考えてらっしゃらないといいのだが…。


「名誉を重んじる貴族なら寄付をするよ。姫にも言ってみよう。皇族がやれば皆、やらざるを得ないでしょ」


皇国貴族の怠慢に日頃から苦言を呈されているゼファス様からすれば、格好の餌を見つけたようなものだ。


「城に行こう、ミチル」


「皇城ですか?」


「ミチルの知識をどう使っていくかを、ルシアンやリオンに相談しないといけないでしょ」


「そうですわ、お義父様に相談しなくてはいけないのでした」


留守番を言い渡されてしまったのは残念だったが、ゼファス様が楽しそうだったので、笑顔で見送った。

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