050.出張のお知らせ

「ミチルが軟禁されてると聞いて、父としては我慢出来ないから会いに来たよ」


そう言って笑顔になるゼファス様。

嘘くさいです、この教皇!このぺ天使!


何故かお義父様もいるし。


「…サボタージュでは?」


うふふふふ、と微笑んでごまかすゼファス様。


「遅かれ早かれ、ミチルは監禁されると思ってたんだけど、思ったより早かったね。うちの息子、ミチルに関して本当に病的だね。困ったねぇ」


のんびりと、全く困ってない様子のお義父様は、アビスの淹れた紅茶を飲む。


私はため息を吐く。

このコンビ、困る…。掴み所がなくて。ツッコミどころは満載なのに、暖簾に腕押し状態だし。


魂胆は分かってる。

言いなりは嫌だけど、付き合ってあげようではないか。暇すぎて痴呆になりたくナイ…。


「それで、ただお茶を飲みにいらっしゃった訳ではございませんでしょう?何をお手伝いすればよろしいのですか?」


パアッと顔を輝かせて、ゼファス様は側近のミルヒに視線を向ける。

ミルヒは鞄から書類を取り出し、テーブルの上に置いた。


………えっ、分厚いよ?

10cmぐらいあるよ?ナニコレ?


「……これは、何ですか?お父様」


「教皇が決裁しないといけない書類」


待て待て待て!何故それを私の前に!

思ってた以上に重いの来た!


「ミチルが私の子になって直ぐに、教会での立場を与えたからね、問題ないよ」


は?!

問題だらけですけど?!


「私は既婚者ですよ?」


動揺する私とは対照的に、ゼファス様はニコニコしている。


「うん。だから、助祭だよ」


……助祭って何よ?


ちんぷんかんぷんな私に、ミルヒが説明してくれた。


教会の聖職者の階級は上位と下位に分かれるらしい。

上位は

教皇→枢機卿→大司教→司教→司祭→助祭→副助祭

の順。

下位は

侍祭→祓魔師→読師→守門

の順になっているらしい。ほう?

ちなみに、助祭以下は既婚者でもなれるとのこと。

だから私は助祭なんだ…へぇ…。

っていやいや!おかしいから!


「階級的に見て、助祭が教皇決裁の書類を目にするのは許されない事だと思いますわ」


えー、と口を尖らせるゼファス様。

えーじゃないよ!

もっと素人でも手伝える奴持って来てよ。何でイキナリ真打ち持ってきてんのよ。


「でも、私は枢機卿の時、教皇決裁の書類扱ってたよ?」


枢機卿と助祭を同じ扱いにするな!

それに教皇が亡くなってて、秘密裏に対処してたのとは訳が違う!


「ミチル殿下の場合は、特例扱いになります」


ミルヒが言った。


特例?!

こういう時の特例って大体ロクなもんじゃない!


「助祭という階級にはなりますが、皇族というお立場がありますから、大司教と同等の扱いになります」


皇族すげぇな。

ってそうじゃなく!


「教皇として働かれませ、お父様!」


ぷいっ、と顔を背ける。


「やだ」


やだ?!

今やだって言った?!


「ミチル、それが終わったら父上に何かおねだりしてみたら?」


お義父様は言って優雅にお茶を飲む。

他人事だと思って…!いや、他人事だけど!


「これを代わりにやってくれるなら、何でもお願い聞いてあげるよ。私の代わりに領地を治めてみたいとかもありだよ」


何処まで私を使う気なの?!


って言うか、ミルヒは自分のとこの教皇がこれで良いんだろうか?

そう思って表情を伺うと、困ったように笑った。

ホラ、困ってるじゃん!


「この決裁が完了しませんと、後続の作業が行き詰まってしまいまして…中には皇室と連携するものもありますので、本当に困っております」


…なんだろ。言葉の端々に、おまえ代わりにやれ、って言われてる気がスル。


「…私よりもミルヒがこなした方が良いのではなくて?」


とんでもない、とミルヒは首を横に振る。


なんで助祭で部外者の私が教皇決裁の書類を見るのはオッケーで、教会関係者のミルヒがNGなのよ?!おかしくない?!


ゼファス様は絶対やらないだろうし、ミルヒはこんなだし、なんかさっき皇室がどうのとか言ってたから、もしかしたらルシアンにも関わる事かも知れないし…。


ゼファス様としばしの間笑顔の睨み合い。

……

………

…………

ああああ、もう!

やればいいんでしょ、やれば!


「判断の付くものしか出来ませんからね?」


「勿論」


二人がのんびりお茶を飲んでる横で、せっせと書類に目を通して判断していく私。

おかしい。この状況、絶対おかしい。

おかしいんだけど、やるって言っちゃったから、とりあえずやる。


預かってやろうかと思ったら、1枚でも決裁していただけると…とミルヒに言われてしまったので、私だけ働いている。

ミルヒはうきうきした顔で私の横に立ち、私の疑問に答えている。


………解せぬ。




8割方終わらせたところで、ゼファス様が天使の笑顔で言った。


「これから毎日、ミルヒが教会とここを往復する事になるから、よろしくね」


what's?!

これで終わりじゃないの?!


「ご褒美に領地の経営を任せるんだから、これぐらいではあげられないよ」


「領地の経営はいりませんっ」


何を勝手に話を進めてんですか!

私にはアレクサンドリアがあるの!


「ゼファスの領地はかなり良い所だよね。風光明媚で」


そういう事じゃありませんよ…。

そういう事を言ってるんじゃないんだってば。


身を乗り出して、笑顔でお義父様に話しかけるゼファス様。


…おい、働け。


「ルシアンとミチルの子をそのまま領主にして、兄上の子と結婚させたいんだけど、どう?リオン」


ちょっ!


「あぁ、それは良いね」


良くない!


アルト家の後継者と、アレクサンドリアとで二人は産まなくちゃいけないのに、更にもう一人?!

自分達が産まないからって勝手な事を!


「3人も無理です!」


「アレクサンドリアはアルト家に取り込む事になると思うよ。ミチルはディンブーラ皇国の皇族だし。

だから、子供は2人は必要だね。3人いたら楽しそうだけど」


……え。


アレクサンドリアの事でアルト家に迷惑をかけるのは、って思ってたけど、アルト家に振り回されてるし、アルト一門のアビスがアレクサンドリアを見てたし、なんかもう、既に迷惑かけちゃってるわー、って思っていたけど、そもそもの話だったのか。

籍がディンブーラ皇国に移ってしまってるという事なのか。そりゃそうか。

私を皇族にしたのはお義父様なんだし、アルト家に吸収してもらおう、そうしよう。

自分がいるうちはアレクサンドリアの領地経営はしたいけど、許されるだろうか?


「…ルシアンにおっしゃって下さいませ…」


頭が痛くなってきた。


考えたくないから、とにかく直ぐに解決出来そうな目の前の書類を捌いていく。

現実逃避という奴です。




あいもかわらず遅くに帰ってきたルシアンは、私を膝の上に乗せ、私の髪を撫でる。


「おかえりなさいませ、ルシアン」


そっと頰に触れる。


疲れているだろうに、疲れが顔に出てないのは、このイケメンが若いからか、それとも超人だからなのか?

ちゃんと夕飯食べてるのかな…心配。


「今の仕事が片付いたら、一度カーライルに戻ります」


今の仕事が終わるのはいつよ?

っていうか、終わるの?


「ミチルが皇族になった事で、カーライルで諸々片付けなくてはならない事が出来たのと、私の個人的な用があるので、少し時間がかかりそうです」


えっ。


「それなら私も一緒に行きたいです」


困ったように笑うと、ルシアンは首を横に振った。


「連れて行きたいですが、待っていて下さい」


えぇーー、ただでさえ屋敷で一人でいる事が多くてつまらないのに、この上ルシアンまでいなくなるなんて!


ルシアンの大きな手が私の頰を包み込む。


「貴女がここにいないと、私は心配で何も手に付かなくなってしまう」


それ、ズルイ。

そんな風に言われたら何も言えないじゃないか。


「私が不在の間、ミチルが寂しくならないように、母上とロシェル様がこの屋敷に滞在します」


え?ロシェル様来るの?


「ロシェル様は婚姻の準備でお忙しいのでは?」


「ひと月ぐらいなら大丈夫だとご本人はおっしゃってるそうです」


お二人が屋敷に来てくれるのは嬉しいけど、ラトリア様との婚姻が遠ざかるって事はあるまいな?


「ついでに兄も来ます」


ついでなんだ?!


「私の代わりに宰相代行をします。馬車馬のように働いてくれる事を期待しています」


そう言ってふふっ、と黒い笑顔を浮かべるルシアン。


…ねぇ、もしかして兄の事キライ?


それにしても、ひと月はルシアンと離れるのか。


「ミチル」


「はい」


ルシアンは私を強く抱きしめた。

温もりとルシアンの香りに包まれて、ホッとする。

ルシアンの胸に顔を寄せる。


次の言葉を待っているのに、ルシアンは何も言わず、私を抱きしめているだけだった。

キスもして来ない。


いつもと違うルシアンの様子に、カーライルでの個人的な用が気になった。

…教えてはくれないんだろうけど。


「…ルシアン」


「はい?」


「甘やかして下さい」


ルシアン欠乏症になる事は目に見えてるから、今のうちに甘えるのだ。


ルシアンは私から身体を離すと、艶っぽい目で私を見る。


…あ、これ、あかん奴。


「まさか、ミチルからそんなおねだりをされるなんて」


「違います!そっちじゃないです!」


顔のあちこちにルシアンのキスが落ちてくる。


慌てて身体をルシアンから離そうとするのに、強く抱きしめられて、距離をとれない。


「そっちって?」


「えっちじゃなくて!スキンシップと言うか!」


「スキンシップというなら閨事が最適では?」


確かに?!


って、いやいや!違うの!


「私の言うスキンシップはそっちじゃないのです!

抱きしめて下さるとか、キスしていただくとか、髪を撫でていただくとか、そういう事を言ってるのであって!」


耳朶を噛まれる。


ひーーーっ!

お助けをーーーっ!


「やはり閨事についておっしゃってるように聞こえます」


抵抗の甲斐もなく、私の身体はベッドに押し倒される。

両手はルシアンの片手に掴まれて、拘束される。


こっちは両手なのになんでびくともしないのーっ!


「違うのですーーっ!」


「お望み通り、甘やかしてさしあげますね」




ルシアンがカーライルに発つより早く、ラトリア様とロシェル様が皇都にいらした。

私とルシアンで出迎える。


「元気そうで安心したよ」


ラトリア様はいつものように優しく微笑む。隣のロシェル様の目がキラキして怖いデスが…。


「愛する弟の為に死ぬ程働いていただけると伺っております、兄上」


黒さ全開の笑顔を向ける弟に、ラトリア様が怯える。


「ルシアン…兄をもうちょっと労ってくれないかい…」


「私が戻った時に仕事が片付いていたら、感謝します」


片付いてなかったら感謝しないの?!


「代行する事に感謝はしてくれないんだ?」


相変わらずだなぁ、この兄弟…。


「お義兄様も、ロシェル様も、遠い所までようこそお越し下さいました。サロンにお茶を用意させましたので、そちらに」


玄関で立ち話もなんだから、サロンに行こうよ、と提案したところ、ルシアンが微笑んだ。黒い笑顔…。


「ミチル、ロシェル様の歓待をお願いします。私は兄上を連れて登城しますので、後はよろしくお願いしますね」


そう言って長旅を終えて到着したばかりのラトリア様を連れてルシアンは屋敷を出て行った。


スパルタだわぁ…。


私はロシェル様を連れてサロンに移動した。


「さすが元皇族が住んだお屋敷ですわね。意匠を凝らした素晴らしい建物ですわ」


壁に施された装飾を眺めながら、ロシェル様は言った。


「婚姻準備でお忙しいのに、皇都に来ていただいて、大丈夫だったのですか?」


ルシアンは私が寂しくならないように呼んだ、みたいに言ってたけど、まさかそんな為に呼んだんじゃないよね?


「婚姻準備はもうほとんど終わってますのよ。

それに、こんな事でもなければ、女性が母国を離れて暮らすなんて、出来ませんもの」


それは確かに。

留学も男子はするけど、女子はしないもんね。何かあるといけないから。


「あぁ、楽しみですわ!

美味しいお店に行ったり、お買い物に行ったり、しましょうね!」


ロシェル様ってば、女子だなぁ。

まぁ、人の買い物に付き合うのはキライじゃないから、良いかな。

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