048.肝試しとルシアン不足

人の悲鳴が、遥か前方から聞こえる。

悲鳴とか怖い、って思ってたけど、この沈黙の方が耐えられない。


ホーホー


「!」


梟の鳴き声すら、恐怖心を煽ってくる。


ヤダヤダ!


明かりなんかない。有るのは手に持ってるランタンだけ!

しかもそれだってうすぼんやりした明かりで!


ランタンを持っているルシアンの腕にしがみつく。

ちゃんと利き手じゃない方を掴んだけど、こんなにガッチリ私にしがみつかれては、ルシアンも動けないんじゃー、とは思うものの、離れるなんて無理!


ルシアンはこの場にそぐわない、とろけるような顔を私に向けている。


「ミチルから、こんなに強く求められるなんて」


求めてない!求めてないよ!しがみついてるだけだから!


「毎日肝試しでも良いぐらいです」


止めて、心臓がもたないから!

でも言わない!

ルシアンに限ってはないだろうけど、変に否定して腕にしがみつくのを拒絶されたら、死んじゃうよ!!


全方位に警戒しながら進んで行く。

墓場は皇都の端にある。とは言っても歩いて行けない距離ではない。

それなのに、どうしてこんなに静かなのー?!!


自分達が歩く、草を踏んだ時に出るサク、サクという音だけしか聞こえない。

それから時折梟が鳴く。その度にビクッとしてしまって、ルシアンにしがみつく腕に力が入る。


心臓はバクバクいいまくりで、涙も浮かんできてるし。


あああああ、早く終わってー!!


そんな状況にも関わらず、ルシアンは私のおでこにキスとかしてきやがるのですよ。

何その余裕?!

いや、そういう人だって知ってましたよ、分かってましたけどね?!

でもさ、色々初めてな訳じゃない?もうちょっとさ、緊張とか、あるでしょ?


…いや、待てよ?二人して緊張して、誰かから脅かされた時に私を放ったらかして走って何処かに行かれたら…?!


恐怖!!!


今はひたすらにルシアンの平常心に感謝ですよ!!


「!」


な、何か柔らかいモノ、踏んだ…?!

墓場で?!墓場で柔らかいモノって何?!

まさか…?!

いやいや…それはないでしょ…教会の人が何か置いたに違いない!そうだ!そうに違いない!


そう思った瞬間、足首を掴まれた。


「ーーーーーっ!!!」


声にならない悲鳴を上げてルシアンに抱きつく。

ルシアンは私を抱きしめて、背中を撫でる。


「大丈夫、気の所為ですよ」


ソウダヨネ!気の所為ダヨネ!


さっきのも、教会の人がね、足を掴んだんですよ、そうそう。うんうん。

っていうか淑女の足を掴むなんて、けしからん!けしからんよ!!

ゼファス様が思い付いたんだろうか?!断固抗議せねば!!


私達の前の人達が無事終わったのか、リタイアしたのかは分からないけど、はっきり分かるのは、墓場で肝試しをやってるのは私とルシアンしかいないって事DEATH。

デスメタルの語尾みたいになっちゃってるけどもう、本当勘弁して欲しい!

墓場の最奥何処よ?!


ふふふ、と笑うルシアン。

ごめん、墓場での笑い声とか地味に怖いから止めて。


「想像以上にミチルが可愛い」


はぁ?!


「帰ったら」


ルシアンが変な所で言葉を区切って、私と反対の方向を見てる。


な、なになになに?!何がいるの?!


そうかと思ったら、私の方を向いて、私ではなく後ろを見る。


ああああああああ、これはこれで怖い。

私が気付けない何かにルシアンが気付いちゃってるって事だよね?!

幽霊じゃないよね?!人だよね、教会の人だよね?!


「……私達以外の参加者が終わっているからでしょうか。皆さんが私達の周囲に集まってますね」


わぁ……総勢で脅かそうとしてくれてるって事?

サービス過剰ダヨー。ノーサンキューだよー。


ルシアンは突然私をお姫様抱っこした。


「?!」


「これなら、怖くないでしょう?」


…確かに。

ナニカを踏んじゃう事も、ナニカに足を掴まれる事もない。


「この状況もなかなか悪くありませんが、帰ってミチルを独り占めしたい」


んなっ?!

何言ってんの何言っちゃってんのルシアン?!


顔がカッと熱くなったのが分かった。


でも、イイヨイイヨ。

アレな発言もこの際問わないヨ…。

とりあえず早くここから脱したい…。脱したい!


さっさと歩くルシアン。

気が付けば前方に壇のような物が見える。

あ、もしかしてあれが、ゼファス様の言うお札が置かれた壇かな?


お札を手に取ると、ルシアンは来た道を戻って行く。


…なんか、ちょっと、違和感。

さっきまであんなに私にキスとかしてちょっかい出していたルシアンが、今は何もして来ない。


「ルシアン…?」


小声で話しかけてみる。

ルシアンはにっこり微笑んだ。


「しっかり捕まっていて下さい。舌を噛むといけないので」


「…はい」


行きの恐る恐る進むのとは比べ物にならないスピードで、進んで行く。

私を抱えてるのに、早い。

重いだろうとかそういう事ではなく、急いでいるように感じるスピードだ。


なんとなく感じた違和感は、胸騒ぎに変わる。

さっきルシアンが言ってた"皆さん"というのが、教会の人だけじゃなかったら?

近頃粛清だなんだと色々やってたから、下手したら、いや、下手しなくとも恨みを買ってる可能性があって。

ただ、私は皇族になった訳で、そんな私に手を出したら処刑待ったなしです。

だけど、全てを失った人には処刑?だから何?状態になってる可能性もなきにしもあらず。


いざとなったら、私も簪で応戦した方がいいの?

逃げる為の時間稼ぎぐらいしか、教わっていないけど。

そうなったら、私、完全に足手まといで。


ルシアンが立ち止まった。


…まさか?

敵?が来ちゃったとか?!


「お迎えに上がりました」


アビスの声だった。


アビス!迎えに来てくれたの?!


「姫」


あ、オリヴィエの声も!


ルシアンは私をその場に下ろすと、私をオリヴィエに預ける。

アビスとオリヴィエがそれぞれランタンを持って、迎えに来てくれていた。

仲間が増えて、ホッとした。

多勢に無勢かも知れないけど、マイナス戦力の私を抱えたルシアン一人の状況よりは大分マシだろう。


「先に行って下さい。私はちょっと義父上と話してから帰ります」


そう言って私の手に持っていたお札を取ってしまう。


でも…!

せっかく人数増えたのに、一人になるなんて!


「大丈夫ですよ」


ルシアンはにこっと微笑むと、私の髪を撫でた。


「アビス、オリヴィエ、ミチルを頼む」


二人は頷いて、渋る私を連れてその場を離れた。

ルシアンの持つランタンの光がどんどん遠くなっていく。


「ご主人様、有事があったとしても、旦那様なら大丈夫です」


「ですが…」


「レシャンテもおりますから」


え?いたっけ?!


「アビスもルシアンの元へ…」


アビスは首を横に振る。


「私もオリヴィエも絶対にご主人様の側を離れません」


オリヴィエが頷いた。


この前の事があるから、確かに一人にはなりたくない。

でも、相手が複数人だったら?

ルシアンが襲われたら?


「レシャンテは私やオリヴィエよりも遥かに強いです」


そうなの?!


「ですから心配はご無用にございます。先に帰って旦那様をお待ちしましょう」


有無を言わせぬ強さで、アビスに言われてしまった。


ルシアンは何故、一緒に来なかったのだろう。

ゼファス様との話は今日じゃなきゃ駄目なんだろうか?


私を安全な場所に行かせる為に、自分が残ったとかじゃないよね?


不安な気持ちのまま、オリヴィエに手を引かれ、あれよあれよという間に馬車に乗せられた。


私とアビスとオリヴィエを乗せた馬車が走り出す。




屋敷に戻ってしばらくしてもルシアンが戻って来なくて。

ソワソワと落ち着きのない私に、アビスがほうじ茶を淹れてくれた。


アビスは雑談をしない。話しかければ答えてくれるけど、自分からは話しかけない。これが正しい執事の姿だと思うし、アビスの事がどうこうという事じゃないけれど、セラが恋しい。


「明後日、王太子殿下と王太子妃殿下はご帰国の途につかれます」


姫との謁見も終わってるし、皇族になってしまった私のお祝いも終わっているから、いつ帰ってもおかしくない。


「そうなの」


寂しくなる、と言いたい所ですが、まぁ、とにかくあの二人は自分達の世界を全開で作ってましたので、私としてもあぁ、そうだ、あの二人、皇都にいたんだった、ぐらいのテンションでしたよ、えぇ。フッ。


階下で人がバタバタと動く気配がする。


ルシアン、帰って来た?!


立ち上がろうとした所、アビスに止められた。


「旦那様は直ぐにこちらにいらっしゃいますから、ご主人様はどうぞごちらでお待ち下さい」


そう言われてしまうと、出迎えに行けない。


淑女としては、バタバタと走って迎えに行くのはいかん訳で、でも、この家の主人が戻って来たんだから、出迎えはした方が良いんじゃないの?


口で言えないので、脳内でアビスにぶーぶー抗議していた所、ドアがノックされ、ルシアンが入ってきた。


ルシアン!


立ち上がってルシアンに駆け寄る。


「怪我は?」


ルシアンの全身をチェックする私を見て、ルシアンは笑った。


「大丈夫ですよ。あの後、義父上にお札を渡して少しお話をしたぐらいですから」


「…本当に?」


「本当に」


拍子抜けして、力が抜けそうになる私を、ルシアンの腕が支えてくれた。


「良かった…」


ルシアンのキスがあちこちに落ちてくる。


「大丈夫だと言ったでしょう?」


「そうですけれど…心配で…」


ホッとした。

さっきまでの胸騒ぎは何処へやら、である。

本当、ゲンキンだな、自分。


ひょいとお姫様抱っこされ、カウチに座る。


「肝試しというのは、良いものですね」


満足そうに微笑むルシアン。


「全然良くありませんわ」


ルシアンの言う、良いもの、って、多分意味合いが違う。


「私の腕にしがみつくミチルが可愛くて、冷静さを保つのが大変でしたが、良い鍛錬になりました」


何の話?!

鍛錬?!


ふふ、とルシアンは笑うと、私の頰を撫でる。


「途中で足を掴まれたミチルが私に抱きついた時は本当に危険でした。その場でキスしそうでした。ミチルの足を掴んだ人物は特定しましたので安心して下さいね」


あの瞬間、私には別の危険も迫ってたらしいよ…。

そして私の足を掴んだ人よ、さようなら…。


「想像はしていたのです。

怯えるミチルが私の手を恋人繋ぎしてくれたり、驚いた瞬間に腕にしがみついて下さるかな、と。

ですが最初から腕にしがみついて下さっていたし、驚いた時には抱きついて下さったから。

あぁ、本当に可愛かった」


うっとりした顔で私の頰を撫でるルシアン。


私はあんなに怖かったと言うのに、そんなこと考えてたんだ、このイケメン…。

いや、表情からそうだろうなとは思ってたけど。

首尾一貫して私の事しか考えてないな、本当に。


「…私はもう参加したくありません…」


「そうでしょうね」と、ルシアンは笑いながら言った。


「肝試しは怖かったですし、ルシアンはあの場に残ってしまってなかなかお戻りにならないし…嫌です」


「ごめんなさい、ミチル。許して下さい」


にこにこしながらの謝罪って、許したくなくなるね。

怒ってないけど。


「本当に、心配したのですよ?」


ルシアンの頰を両手で掴んでムニムニしてみる。

うぬ…無駄な肉がないから掴みにくい…。


「どうしたら許してくれますか?」


引き続き笑顔のルシアン。

もー、悪いって全然思ってないでしょー。

怒ってないけどさ、ただただ心配だっただけで。


「怒っておりませんわ」


「怒ってますよね?」


「怒ってません」


「怒ってる」


「本当に怒ってません」


何故そんなに私を怒ってる事にしたいんだ??


「ミチルの怒りがとけるまで、愛情を身体で表現しますね」


「?!」


それか!

その為に私を怒ってる事にしようとしてるんだな?!


「ですから!」


ルシアンの身体から離れようとするも、がっちり腰をホールドされている。


「怒っておりません!」


「怒ってるじゃありませんか」


「これは、怒ってないと申し上げてるのに、ルシアンが一向に分かって下さらないからですっ」


なるほど、とルシアンは頷いて、腰をホールドしていた腕の力をとく。


…おや?


「それなら良かった」


私を膝から下ろすと、私の髪を撫でる。


「今日は疲れたでしょう?入浴して、先に休んでいて下さいね」


頰にキスを落とすと、ルシアンは部屋を出て行ってしまった。


…自分の望んだ通りになったのに、何か納得いかない。納得いかないって言うか、肩透かしを食らったと言うか。


もしかして私、あのままルシアンにされる事を期待して…?


いやいやいや!そんな、破廉恥じゃない!

破廉恥な人間じゃない筈!


そう思うのに、何だか物足りなさというのか、何か足りない感がある。


よく、◯◯が足りない、とかって表現するけど、それが一番しっくりくる。


……ルシアンが足りない。


肝試しであんなにしがみついたり抱きついたりしておいてなんですけど!

あの後は甘い空気どころか、ちょっと怖い状況になってたし。ルシアンは教えてくれなかったけど。


あんまり深く考えちゃいかん、と思い直してエマとリュドミラに入浴を手伝ってもらい、寝る支度をして寝室に入る。


先に寝てって言われたので、ベッドに潜り込む。

潜り込むものの、寝付けない。

ついでに言えばルシアンも来ない。


ルシアンは今も仕事してるんだから、邪魔しちゃ駄目!と思うのに、ルシアンの事ばかりを考えてしまって、眠気が何処かに行ってしまって、目が冴えてしまっている。


ベッドの中でゴロゴロしてみる。いつもルシアンが横になる位置で寝てみたりもする。

せめてルシアンの匂いでもすれば良いのに、毎日シーツは取り替えられて清潔に保たれているので、匂いなんてするはずない。


その後も寝れず、時計を見ると2時を回っていた。

2時過ぎかー、丑三つ刻じゃないですかー。

………丑三つ刻?!

幽霊が出ちゃう時間帯じゃないの?!


怖い話とかしてると霊が寄って来るとかって言うけど、お墓に行った私にも憑いて来てるとか、ないよね?!


窓の外からの音や、廊下からのちょっとした音すら、怖く感じてしまう。


そう思っていたら、ドアがイキナリ開いた。


「!!!」


「ミチル?」


夜着姿のルシアンだった。


ルシアンは体育座りしている私の横に腰掛けた。

私はホッとして、ルシアンに抱きついた。


「…ミチル?」


うううううう、怖かったよー!


「どうしたの?」


半泣きな私の髪を優しく撫でてくれる。


「一人が怖かった?」


「…怖かった…です…」


よりによって丑三つ刻とか思い出すし。

前世でも木目が顔に見えちゃって泣く子供でした。


「お待たせしてしまいましたね」


本当です!でも、来てくれたから、もう良いです!


ルシアン人形でも作ろうかな。ルシアンがいない時用に。

………壊されそう、ルシアンに。即破壊。

きっとシアンに横流しされるに違いない。


「すぐ、寝れそうですか?」


ルシアンに抱きしめられて、ルシアンの匂いと、体温を感じてホッとしてきた。スリスリしちゃう。


「はい、ホッとしたら眠くなってきました」


そうですか、とルシアンは言った後、ごめんなさい、ミチル、と謝った。


何で?


「すぐには、寝かせてあげられないから」


………はっ!

この流れは…!


抵抗しようとして、躊躇う。

頭の中で天使エンジェルミチルと悪魔デビルミチルが争いを始めた。


天使:ルシアンに流されちゃ駄目でしょ!

悪魔:夫婦なのに流される流されないもないでしょ。

天使:夫婦だからと言って、節度は必要だよ!

悪魔:節度節度言ってるけど、それ、本当に必要?

天使:なっ?!必要に決まってるでしょ!

悪魔:そんな事ばっかり言って、さっきルシアンがあっさり引いた時、凹んでた癖にー。

天使:うっ!

悪魔:大人しく受け入れるべし!

天使:うぅ…っ!反論出来ない…!


…悪魔ミチルの勝利で終わった模様…。


「珍しいですね、抵抗しないなんて」


基本抵抗してますからね、私…。

普通は抵抗しないんだと思うんだよね。貴族の妻として、本当あるまじきなんですよ、分かってるんですよ、えぇ。


「……私の中の…ルシアンが、足りないので…」


もう、これが限界!

ウェルカム的発言は出来ないし、だからと言って拒否してまた何処か行かれたら泣きそうだし!


ルシアンの目が艶っぽくなったよ?!


「…私が、足りないの?」


色気にぞくっとする。

心臓がバクバクしてきた!


そして、端的に言えば、ワタクシ、言葉のチョイスを間違えました!

ルシアン的に言えば、煽ってしもうた!!


前もあった。こういうの。

その度に大変な事になった。

これは、あかん気がする!


「私も、ミチルが足りない」


ルシアンの指が顎に触れる。


「キスして欲しい、ミチルから」


このイケメンはどうしてこう、おねだり上手なんだろう…。


キスをする。

唇を離すと、ルシアンは私の頰にキスをした。


「ミチル」


耳元で名前を呼ばれて、ゾクゾクする。

あぁ、この耳が弱点なの、なんとかならないかな!!


耳にキスをされ、まぶたにもキスが落ちてくる。


「私で貴女を満たしたい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る