047.先生との再会
「カーネリアン先生、ようこそお越し下さいました」
お手紙をいただいた後、すぐに返事をしたためてアビスに渡した所、直ぐにお茶会をする日取りが決まった。
それが今日。
「ミチル様、お久しぶりでございます」
先生は私にカーテシーをした。
「この度は皇族の一員となられました事、心よりお慶び申し上げます。
お気に召していただけるかは分かりませんが、心ばかりの品をお持ち致しました」
先生の目配せを受けて、先生の従者が箱を持って一歩前に出た。アビスがそれを受け取る。
この従者に会うのも久しぶりだなぁ。
「ありがとうございます、先生」
にっこりと微笑む先生は、いつもと変わらず艶やかで、本当に美熟女だと思う。
ソファに腰掛ける。先生にも着席を促す。
いつも促される側だったのに、促す側になってしまって、まだちょっと慣れない。そわそわ。
「先生、挨拶も済みましたし、いつも通りにお話しいただけませんか?どうも、落ち着きません…」
私がそう言うと、先生はあら、と短く答えてふふふふふ、と笑った。
エマが紅茶と焼き菓子を持って来てくれた。
先生は甘いものがお好きだからね。色々と用意致しましたよ!
「理由があったとは言え、先生のお誘いをお断りする事になってしまって、本当に申し訳ありませんでした」
先生は笑顔で首を振った。
「何か理由があったのだろうと思っておりました所に、皇族籍入りと、植物の魔石の話ですもの。これは誰にも伝えられない事だったと直ぐに理解しましたわ」
「お優しい言葉、感謝致します、先生」
先生はミルフィーユをぱくりと口に入れる。幸せそうな顔だ。ちなみに私はミルフィーユをナイフとフォークで食べるのが若干苦手だ。
「それにしてもミチル様には驚かされますわ。
魔力の器の際にもそうでしたけれど、その発想に毎回驚かされます」
「あちらの記憶を思い出しまして、それを実行に移してみただけなのです」
感謝祭で大量に出た花が勿体ないから何か出来ないかと思って、植物から魔石を抽出する方法を調べていた所、皇室主催の夜会で供された海老を見て、今回の方法を思い出した事。そしてそれが当たりで、もう一つの事実も知った事。
「あっさりとお話になってますけれど、花が勿体ない、というのがまず、貴族らしからぬ発想ですわね」
ぎくり。
分かってオリマス。その辺、重々認識しておりますヨ。
「魔石の抽出方法そのものはシンプルですけれど、平民達が利用するのは難しいですわね。まず平民の家には冷蔵庫がありませんし」
そうなんだよね。
物凄いお金持ちじゃないと持ってない。
しかも魔力通さないといけなくて、それがまたお金がかかる。
結局色々心配した訳だけど、大きな変化は起きにくいだろうという結論に達した。
枯れた花からは魔石が取れないからだ。植物が生き物として死を予感しないまま、衰弱?して死ぬ?状況では、魔石は出来ないという事がクロエの調査で判明した。
簡単に調べられる内容で本当良かった。
そんな訳だから、いくら植物を凍らせれば魔石を抽出する事が可能になっても、冬まで植物を保たせられないから、冷蔵庫を持っているようなお金持ちの平民しか魔石を作れない。鉢植えなどで維持するにも、室内や温室が必要になってしまうから、平民には無理だろうという事になったのだ。
それに抽出出来る魔石の量も多くはない。
「枯れた植物からは魔石が抽出出来ませんでしたから、平民が直ぐにどうこうというのはなさそうですわ」
ただ、貴族にとっては良い知らせになったみたい。
大概の貴族は冷蔵庫を持っているからね。
ルシアンが言ってたけど、不正を働いていた貴族の整理が済んだら、魔石関連の問題を処理すると言ってた。
とりあえず今は様子見をして、想定外の事柄が発生しないかを見守るようだ。
皇都にいくつかある、魔石を取り扱っている店舗についても調べさせてるみたい。悪質な業者は潰される事だろう。
私はクロエにお願いして、植物から抽出した魔石をそのまま取っておいてもらっている。抽出も引き続きお願いして。
作るぞ!ミチルを駄目にするクッション!
「先生がなさっている研究というのは、どういうものなのですか?」
私の質問に、先生は困ったような笑顔を見せた。
あ、これ聞いちゃあかん奴だったみたい。
「申し訳ありません、お忘れになって下さいませ」
先生は首を横に振る。
「我がカーネリアン一族特有の病気があるのです。呪いとも言われています」
カーネリアン一族だけの病気?遺伝って事かな?
「その病気を治したくて、ずっと研究しているのです」
変成術で薬を作ろうとしているって事かな?
「そうなのですね。もし、私にお手伝い出来る事がありましたら、遠慮なくおっしゃって下さいませ」
「ありがとう」
先生の笑顔は、何処か悲しげだった。私からの申し出を迷惑に思っていると言う風ではない。
「ミチル様は変成術は今もなさっているのでしょう?文房具の情報がカーライルのカーネリアン家にも届いておりましたし」
「はい、ルシアンの職務に有効そうな文房具を何点か作りましたわ。早速カーネリアン家のお店で作って下さるようになったので、今は作っておりませんけれど」
あからさまにホッとした顔のカーネリアン先生。
「そうなのですね。変成術はあまり頻繁になさらない方が良いのですよ」
「そうなのですか?」
先生は頷く。
「魔石作成で消費された魔力は眠る事で割と直ぐに補充されますけれど、変成術で消費した魔力は復活しにくいのです」
魔石作成は、魔力を結構消費する訳だけど、直ぐ補充される。でも変成術は消費する魔力こそ少ないけど、消費分が回復しにくい。
知らんかった!
あの本に書いてあった、変成術は消費魔力は少ないけど術者の身体に負担がかかるっていうのは、そう言う意味なのかな?
献血した場合の血は比較的早く造血されるけど、みたいな感じだろうか?
一時期凄い作ってしまってたけど、最近全然やってないから大丈夫かな?!
その事を話すと、先生は頷いた。
「大丈夫ですわ。今後、変成術をする場合は、気を付けて下さいね」
あー、だから学園の授業でもあんまり変成術をやらせてくれなかったのかー。
でも先生の手伝いで色々作ったような気も?
ちらりと見ると、先生はふふっ、と悪戯がバレた子供のように笑った。
確信犯だな、コレ…。
「先生、魔道研究院の院長はどんな方なのですか?」
「才気煥発な素晴らしい方ですよ。そう言えば、今日、ミチル様に会う事を話しましたら、羨ましがられましたよ」
「何故ですか?」
「魔力の器に植物からの魔石抽出と、短期間で新しい発見をなさっているミチル様に、会いたがるのは当然の事ですわ」
そういうもんですか?
でも、私のは行き当たりばったりだから、あんまり難しい事聞かれたりしたら困るなー。
「偶然が重なっているだけですから、そんな風に言われてしまうと恐縮してしまいます」
ご謙遜を、と先生は言うけど、事実っす!
今度魔道研究院を案内してもらう約束をして、他愛のない話をして、先生とのお茶会は終わった。
アビスが教えてくれたんだけど、魔道研究院もマグダレナ教会と同じぐらい古くからあるから、建物も歴史ある貴重なものらしい。
さほど建造物に興味も造詣も深くはないけど、やっぱり歴史的価値のある建物を見ると、いくらかなりと心が動くと言うか。
それにしても、教会が古くからあるのは分かるけど、魔道研究院も随分古くからあるんだなぁ?
たまたま同時に建て直しただけかも知れないけど。
先生の研究を邪魔しない範囲で見学させてもらえると嬉しいな。
院長は、なんか過度に私に期待?してそうだから、会う前から既に緊張すると言うか。
*****
「君達は最後ね」
ゼファス様が言った。
えっ。なんで。
「だって君達、祝福いらないでしょ?」
あー、まぁね。
肝試しに参加した人達は、無事、墓地の最奥からお札を取ってこれたら、ご先祖から加護があるようにと祝福されて、お札を取ってこれなかった場合は、勇気が増えるようにと祝福されるらしい。
そんな訳で、参加しに来た私とルシアンは、最後に行けと言われて、やって来た人達を見送り続けた。
あちこちから聞こえる悲鳴…。ひぇー…。
脅かすのは神官やシスター達らしいんだけど、肝試し開始前に教会に来てびっくりした。
…みんなガチで参加者を脅かす気満々で。
え、それメイクなの?!って言いたくなるぐらいよく出来たグロテスクなのとか、絶対神官達の中に前世の記憶ある奴いるだろ!と言いたくなるぐらい、脅かす側が本気の準備をしていた。
脅かす人達の存在が分かっていても、あの角から何か出て来るんじゃ?!という緊張感に耐えられない。
全方位怖い…。
ちなみにゼファス様は教会の2階から望遠鏡で覗くだけらしい。
なんかずるい!私もそこがいい!安全地帯にいたい!
そう訴えたんだけど、ゼファス様は「やだよ、私はルシアンに殺されたくないもの」と言って拒絶してきやがりまして。
って言うか、何でそれでルシアンに殺されるの?
仕方ないので私とルシアンは教会の一室で順番を待っています。ルシアンに一方的にイチャイチャされながら…。
私は肝試しの事を考えると気持ちが落ち着かないと言うのに…。そんな余裕があるなんて…いや、君、肝試しを舐めているね?
って、経験した事ないから、怯えようもないのかも知れないけど。
「そんなに不安ですか?」
「ルシアンがいるので、大丈夫なのは分かっているのです。でも、怖いのです…緊張します」
「大丈夫ですよ、多分」
多分?!
そこは大丈夫と言い切る所なのでは?!
「実際、幽霊などに遭遇した事がありませんから、その時の自分がどういった行動を取るのか、分からないので」
……いや、君はそのまんまだと思うよ?間違いなく。
「ルシアンは大丈夫だと思いますわ」
「そうですか?」
「ルシアンに怖いものはあるのですか?」
私の失礼な言い方に、ルシアンは苦笑する。
「ありますよ?」
あるの?!
もしかしてお義父様とか?!…あ、お義母様とか?!
「ミチルに嫌われる事、ミチルを他の誰かに奪われる事、でしょうか」
え…っ、本気?!
何故に両方私関連?!
「冗談をおっしゃらないで、ルシアン」
ルシアンは真面目な顔で、「冗談じゃありませんよ?」と答える。
私がルシアンを嫌うっていうのは、ちょっと想像つかないけど。更に私を奪うって言うのもちょっと分からん。
この前みたいな、媚薬うんぬんはあるかもだけど。
あぁ、そういえばあの時私に何か言ってきてる人がいたな。何一つ覚えてないけど…。
……自分的にはあり得ないと思うけど、実際あんな事もあった訳だから、気を付けなくては。
ルシアンの手をぎゅっと握る。
「どちらも嫌です」
ルシアンが困ったような、嬉しいような、複雑な表情になった。
「ルシアン?」
「何でもありません。ちょっと、困っているだけなので」
困る?
ふふ、と笑って、ルシアンは私にキスをした。
「ルシアン!」
ここ、教会だから!
いくら私達しかいないからって、おイタは駄目!
「順番が来れば呼ばれますから、それまで、ね?」
良い訳ない!
ね?じゃないの!
「駄目ですっ!」
楽しそうにルシアンは笑っている。
私を揶揄って遊んでるんじゃあるまいな?!
「大分参加者を見送りましたから、そろそろ私達の番だと思うんですが…」
早く順番来てー!
とっとと終わらせて帰りたい…!
ドアをノックする音がして、「ミチル殿下、アルト伯爵、順番になりましたのでご準備をお願い致します」と、声をかけられた。
あわわわわわわ。
遂に来てしまったよ、肝試し…!
ルシアンは私を膝から下ろすと立ち上がり、私に手を差し出した。
「参りましょうか、私の姫」
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