046.粛々と進む淘汰と違和感

祝賀パーティが終わり、屋敷にひっきりなしに皇国貴族からの贈答品が届いているらしい。お祝いという事で。

それは全部ルシアンの命令で返品されているらしい。

夜会の招待状なんかもわんさか来ているらしい。

らしいらしいなのは、エマから聞いたからだ。


なんとまぁ、分かりやすい!

これで貴族やってけんの?!


アビスにエルギン一族とかオドレイ一族諸々がどうなったのか聞いても、瑣末な事です、と言って教えてくれませんでした。全然瑣末じゃないよ?

祝賀パーティでもちょっとスッキリはしたものの、水●黄門的な勧善懲悪とか、好きなんですけども。


仕方ないのでレシャンテを小豆のお菓子で誘き寄せて、色々聞き出してみた。


「エルギン一族は、当主のエルギンと、殺人などの重いものに関与した者は全て、斬首になりましたな」


って事は、殺人もやってたのか、あのエロ侯爵。どクズだな!滅んで当然ですよ!


殺人などには関与していないものの、不正に長年携わっていた者達は軒並み顔に犯罪者の烙印を押され、皇国の西にある贖罪の塔と呼ばれる牢獄に放り込まれたらしい。

烙印は罪により押される場所が変わる。罪の重さに応じて身体の上側、つまり、隠しにくい場所に押される。

だから、顔という事は斬首まではいかないものの、それに準ずる罪を犯した者、という事になる。

塔の中では労働をさせられる。貴族として生きてきた彼らが、まともに労働なんて出来ないだろうけど。


その妻や娘達も、罪科に応じた罰が与えられたらしい。

この世界では、平民であろうとなかろうと、女性は髪を伸ばす。大体腰ぐらいまであるのが普通だ。

罪を犯した女性は、軒並み髪をバッサリと切られ、伸ばす事が許されないし、胸元に罪人の烙印を押される。

まともな職には付けないから、大抵、娼館に入り、恐ろしく安い価格で身を売る事になる。

不正にまったく関与してなかった令嬢は修道院に入れられたと聞く。ただ、髪は切られているし、烙印は押されているそうだ。修道院を逃げ出した時を想定されての事らしい。


貴族としての教育が始まってしまっている子供達は、背中に奴隷を表す焼印を押され、他国に引き渡されたとの事。

皇国圏内に置いて、成長して徒党を組まれない為に、そもそも外に放逐してしまったようだ。そうすると、バラバラに買われて行く為、まず生涯で出会う事はないだろうとの事だった。


物心も付いていないような幼い子供は、各国の孤児院も兼ねているマグダレナ教会に引き取られていった。

これは、監視的な意味合いも若干含まれるらしい。


「奴隷として他国に売って得られたお金は、皇国に入るのですか?」


「多分そうなるでしょうな」


えぇー、なんかそれは駄目じゃない?


「ご不満ですかな?」


「不満ですわ。被害にあわれた方達への救済はないのですか?そもそも、皇室の混乱が貴族の腐敗を助長させたのであれば、粛清するのは当然の事で、それにより得た金銭を懐に入れるのはおかしいです」


レシャンテはほぉほぉ、とお茶を飲みながら頷く。


「それは良い案ですな。貴族の腐敗により落ち込んだ皇室の威厳を取り戻すのに、いくらか効果がありそうです」


リリーは気が触れているという事で、投獄しても反省も何もないだろうというのもあったし、苦しみが比較的少ない毒杯を渡されたという。


オドレイ一族も爵位を剥奪された。オドレイに関して言えば、不正はしていなかったらしいのだが、今回の私にやった事が不敬罪に当たるらしい。

正しくは、家族総出で姫のご威光に背いた、という事で不敬罪。不敬罪凄いよねー。

領地は没収。財産についてはある程度持ち出す事を許されたらしいけど、娘も息子二人も、妻二人も罪に問われて投獄されたので、誰も資産を持ち出せないという事で結局の所没収らしい。

侯爵本人は姫から毒杯を賜ったとの事なので、もうこの世にはいないんだろう。


オドレイ侯爵にくっついてた他の4家は、それなりに不正をしていたらしいので、当然の如く、例に倣って処刑されていったようだ。

この短期間で6つの貴族が潰されてしまったけど、問題ないのかな?


レシャンテに尋ねると、「若様が考えなしに行動される事は考え辛いですからな、解決策も実行されてらっしゃるでしょう」と言われた。

それはそうか。


若様と言えば、源之丞様はもう燕国に帰ったのかな。

留学終了までもう少しだったのに、とんだ事に巻き込まれて、本当に申し訳ない。


…それにしても、今日は随分ルシアンの帰りが遅いような?


「ルシアン、何かあったのでしょうか?」


宰相代行になってから、ルシアンの忙しさは増した。

これまでキース先生とルシアンで分けてやっていた事を今は一人でやっているのだから、当然と言えば当然で。

そこに来て今回の粛清で、片付けなくてはいけない事が山程あるのだろう。


私は皇族になってしまったのもあって、もうお手伝いには参加出来なくなった。

手伝うなら、アレクシア姫がやってる事の方を手伝うらしいけど、それはどうかと思うナー…。


「確かに、最近お戻りが遅くなってらっしゃいましたが、これ程遅いのは珍しいですな。先触れが来てから結構経ちますし、距離は近いですから」


レシャンテと二人で不思議に思っていた所、何やら部屋の外がバタバタしている。


「?何かしら?」


「おかしいですな。ちょっと見て参ります」


レシャンテは立ち上がると、オリヴィエに目配せをし、部屋を出て行った。


オリヴィエは私の側に立ち、にこりと微笑んだ。


「姫の側を離れる事はございません。ご安心下さい」


…正直に少し怖い。

あれから、一人で部屋にいるのが苦手だ。

立ち上がって、引き出しからいざという時用の簪を取り出し、髪に挿しておく。

鉄扇も持つ。


少しして、部屋の外のざわめきは落ち着いて、ドアがノックされた。


「ミチル」


え?!ルシアンの声?

いつの間に帰って来たの?さっき外でバタバタしていた時?


オリヴィエは私を見て頷くと、ドアを開けた。

ルシアンだった。しかも既に着替えている。


「??」


部屋に入るなり、カウチに腰掛ける私の隣に座った。

いつもと変わらないように見えるけど、なんとなく、違和感を感じる。


「お帰りなさいませ。今日は遅かったのですね」


「えぇ、待たせてしまって申し訳ありません」


「大丈夫ですわ。それよりも、こんな遅くまで。お疲れなのではありませんか?」


ルシアンはにっこり微笑むと、「ありがとう、大丈夫ですよ」と言った。


この違和感は何なのだろう、と思っていたら、ドアをノックする音がして、アビスが入って来た。

そっとルシアンに耳打ちして、お辞儀をして去って行く。


魔王の参謀が、魔王に耳打ち…!

勇者が攻め込んで来たのか?!

…という冗談はさておいて、うん、これは、何かが絶対あった。


ルシアンは私の視線に気付いたようで、私の頰を撫でた。


「ごめんなさい、ミチル。今調べさせている所で、私も話せるだけの材料が揃っていないのです。

分かりましたらお話しますから、もう少し時間を下さい」


「…分かりました」


何かがあった。でも、絶賛調べ中と。


ルシアンは食後直ぐに書斎に行ってしまった。


なんとなく気持ちが落ち着かなくて、ルシアンもいないし、特にする事もないし、カーネリアン先生から来た手紙を読もう!

レシャンテが持ってきてくれてたんだけど、オドレイ達の話を優先したから、まだ開封してないんだよね。


封蝋を折り、封筒の中から二つに折られた便箋を取り出す。カーネリアン先生が好きでよく付けていた香水の香りがした。

先生のキレイな字が、便箋に並んでいる。


"ミチル・レイ・アレクサンドリア・アルト・ディス・オットー殿下


早星の候、空の青さが夏らしく輝いて参りました。

この度は、ディンブーラ皇国の皇族となられました事、心よりお慶び申し上げます。

略式ではありますが、まずはお手紙にてお祝いの言葉を申し上げさせていただきます。

次にお目にかかる際に、改めてお祝い申し上げさせて下さいませ。


近頃、私は魔道研究院の院長からご指導をいただいております。

私よりも遥かに年若いお方ですが、その探究心、研究熱心な姿勢は学ぶべき所が多いのです。

幼き頃より私が解明したいと思っておりました事も、この方の元であれば解決出来るのではないかと、そんな希望を抱く日々です。


ご都合の良き日をご指定いただけますなら、何を置いてもお伺い致します。


暑さも増して参りました。お身体をご自愛くださいませ。


デネブ・カーネリアン"


仕方のない事だけど、お手紙の文章がかしこまってらっしゃいます。そう、これは仕方ない!そしてそんな事はどうでも良い!

カーネリアン先生から返事が来て、また会ってくれるという事が大事!

会ったらお詫びしないと…。


それにしても、先生が昔から研究してる内容って、何なんだろう?

幼い頃からって書いてある。そんな子供の頃からしてる研究かぁ。筋金入りの魔道人間だよー。


ほうじ茶を淹れていた所、ルシアンが戻って来たのと同時にオリヴィエが部屋を出て行った。


カウチに座っているルシアンの横に腰掛ける。


「お仕事は、大丈夫なのですか?」


ルシアンは頷いて微笑んだ。


「今日やるべき事は終えましたよ。それに、これ以上ミチルと離れていたら死んでしまいそうです」


そう言って私を膝の上に座らせると、私のまぶたにキスをする。

なんだかよく分からない不安がある所為か、ルシアンの体温にホッとする。

おでこや頰にされるキスが心地よくて、目を閉じる。


「大丈夫ですよ、心配しないで」


私の不安もまるっとお見通しなルシアンは、私の髪を撫でて、私の不安を和らげようとしてくれる。


「そういえば、次の祝祭は夜にやるんですね」


あぁ、そうなんだよね…何しろ肝試しだから…。


「はい…」


「ミチルはあまり乗り気じゃなさそうですね」


ソウデスネ…。

結局押し切られたからね…。


「なにをやるんですか?」


「…肝試しです…」


「キモダメシ?」


肝試しの概要を説明する。

なるほど、とルシアンは頷いた。


「ミチルと二人きりで墓場を散策するイベントですね」


何処からそういう結論に達した?!


いや、二人きりはそうだけど、肝試しで一番重要な部分、まるっと無視してるよね?!


「楽しみですね」と微笑むルシアン。


ねぇねぇ、私の話聞いてた?本当に聞いてた??


どうせあれですよ。幽霊とか悪魔とか、全然怖くないんでしょ?緊張とか恐怖とかの感情関連皆無な魔王だし。

っていうかもしかして、この人こそ、恐怖の対象だったり?アハハ。

アハハ?


「ミチルは怖い?」


「これまで見た事はありませんけれど、存在は信じていると言うか……えぇ、怖いです」


言い訳しません。怖いです。

だから肝試しなんか絶対やりたくないのです!


「ルシアンは、幽霊を見た事ありますか?」


「いえ」


だよね。知ってた!


「いるともいないとも、どちらとも判断が付きません。実際目にする機会があれば信じると思いますよ」


そうなんだけどさ!

でもなんか、怖いのよ!


「怖い時は私に抱きついて下さいね」


……ん?


「幽霊に怯えるミチルに寄り添いながらの墓場散策。楽しみです」


…この人、本当にブレないなー…。

っていうか、少しは私以外の事を考えた方がいいんじゃないかなー…。


「…先祖に勇気を試される祝祭ですのよ?」


そもそもが何だそれ?って内容なんだけどさ、ゼファス様が聞かないもんだからしょうがない。


「勇気」


ルシアンに無縁っぽい単語だよね、うん。


「それは、勇気を出せと言う事ですよね?」


「先祖に脅かされても怯えない勇気とか、そんな意味不明な事をおっしゃっていた気がしますわ」


「日頃、勇気が出なくてミチルに出来ない事をして良い日という事ですか?」


待たれよ!!


「何のお話ですかっ!」


曲解しすぎだから!!

っていうか何よその、勇気が出なくて出来ない事をして良いって?!


「ルシアンが何を考えてらっしゃるのか分かりませんけれど、駄目ですよ?!絶対に駄目です!」


「…そうですか…」


いや、だから、何でそんなにがっかりしてんの?!

肝試しなんだってば!


「それはさておいても、楽しみです」


絶対、分かってない、この人!!

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