045.姫の拒絶
「アレクシア皇太子殿下、ミチル殿下、リンデン殿下、ご入場です!」
わぁ…………消えたい……。
殿下とか、呼ばれてるし……。
地面にめり込みたいヨー。
レーフ殿下にエスコートされてアレクシア姫が、ルシアンにエスコートしてもらって私が入場する。
本当はバフェット公爵夫妻の後に入場するんだけど、今日は私の祝賀パーティな為、姫の直ぐ後に入るとか何とか。
姫はいつものように、壇の上へ。
私は壇の上には登らないものの、姫のすぐ側に立つ。姫を間に挟んで反対側にバフェット公爵夫妻。
貴族による挨拶タイムの開始です。
まずは、皇族。それに続いて各国の王族。それが済んだら皇国の貴族。各国の貴族と続きます。
そんな訳なので、皇族の方達からお祝いの言葉をありがたく頂戴し、ひたすら笑顔とカーテシーで返した。
最後に挨拶に来てくれたのは、ゼファス様の直ぐ上の兄、シミオン・レミ・オットー様。オットー家現当主。
今回の養子縁組で、戸籍的には伯父になる人だ。
「ようやく話が出来たね。私はシミオン・レミ・オットー。貴女の伯父にあたる。ミチルと呼んでも構わないかい?」
ブロンドに青い瞳の、30代半ばのとても品の良い男性だ。ゼファス様と同じ色素だ。
私はシミオン様にカーテシーをする。
「お初にお目にかかります、シミオン様。
どうぞ、ミチルとお呼び下さいませ」
笑顔で返す。
「ありがとう。私の事も伯父と呼んでくれると嬉しい。
ゼファスから貴女の話は聞いていてね、以前から会いたいと思っていたのだよ」
そう言って柔らかく微笑まれる。天使の兄も天使系だわぁ。思わず両手を合わせて祈りたくなる美貌だ。
若干、ゼファス様からどんな私の話がいってるのか気になる。そしてあんまり良い予感はしない。
ゼファス様の事だから、変なヤツとか言ってそう!
シミオン様はルシアンを見て笑いかける。
「これから、よろしく頼む、アルト伯爵」
ルシアンは深々と頭を下げ、「勿体ないお言葉にございます」と答える。
「では、改めて」
軽く手を挙げると、シミオン様は去って行かれた。
皇族の挨拶が終わったので、カーライル王国から来ている王太子夫妻のジーク殿下とモニカが挨拶に来た。
殿下は胸に手を当てて頭を下げた。モニカはカーテシーをする。
「ようこそ、ジーク王子」
アレクシア姫が声をかける。
「本日は祝賀パーティへのご招待ありがとうございます」
「ミチルはカーライル王国ではジーク王子の学友であったと聞き及んでいます」
「はい、同年の学友として、ともに学ばせていただいておりました」
貴族令嬢らしからぬ言動を王子やモニカから暴露されたらどうしようとハラハラしていたら、当たり障りのない会話が続き、挨拶は終わった。ホッ。
モニカは私を見て口元に笑みを浮かべると、王子に手を引かれて去って行った。
暴露大王が去ってひと安心ですよー。
モニカは要注意人物だよね、ことこういう事に関して。
ルシアンが横でふふ、と笑う。
「?」
見ると、困ったように笑いを堪えているルシアンがいた。
何か楽しい事があったかね?イケメン君?
「モニカ様が何を言いだすかと気が気ではなかったのでしょう?」
「……よく、お分かりになりましたね?」
もう、妖精姫ってあだ名はバレてるんだけどさ。
でもさ、自分でも封印しちゃってるような、恥ずかしい話を掘り起こされたら軽く死ねるじゃない?
いや、目の前のイケメンにはそんなものないんだろうけどさ。
ルシアンは左手を上げた。私の右手も上がった。
「!」
無意識にルシアンの袖を掴んでいたらしい。
顔にジワジワと熱が集まる。
「もっ、申し訳ありませんわ…」
ふふふ、とまたルシアンは微笑む。
それから、私にだけ聞こえる大きさで、「可愛い」と言って、更に私を赤面させた。
抗議の声も出せない為、必死に目で訴える。
泣くぞ!こんにゃろ!
帰ったら、帰ったら!絶対くすぐってやる!!
そのままにしといてくれれば良かったのに!
ううううぅ!ルシアンの馬鹿!
絶対絶対、くすぐりの刑だ!
ごめんって言っても許さないんだ!!
「ミチル、さぁ、前を向いて。皇国貴族による挨拶が始まりますよ」
ルシアンに言われて、は、と我に返った。
皇国貴族という事は、オドレイ侯爵達が来ると言う事だよね。
呼吸を整えて、前を向き直す。
ぎゅっ、と扇子を握る。
侯爵家の挨拶が続き、オドレイ侯爵が姫の前に立とうとした時、姫は侯爵の後ろにいた伯爵の名を呼んだ。
オドレイ侯爵の顔色は真っ青になった。
広間が瞬間的に沈黙し、姫の声だけがした。突然順番が来た伯爵も動揺はしているものの、姫に挨拶をし、二言三言会話を交わす。
次もオドレイ侯爵の名は呼ばれず、別の伯爵の名が呼ばれる。
姫はオドレイ侯爵を飛ばした。それはつまり、挨拶を受ける気がないと言う事で、明確な拒絶だ。
オドレイ侯爵はバフェット公爵夫妻に救いを求めるように顔を向ける。
ホホホ、と公爵夫人の笑う声が聞こえた。
その後、オドレイ侯爵と手を組んで私を陥れようとした貴族は姫から挨拶を拒絶され、真っ白い顔でパーティを辞した。
ルシアンは5つの家と言っていた。オドレイ侯爵を筆頭に残りの伯爵家も、伯爵位の中では上位の家柄だったみたいだ。
「この程度の事で顔色を失うのなら、あのような愚行に出なければ良いのに、愚か者の考えている事は分からぬ」
呆れた顔で公爵夫人が言った。
この程度って…結構キツい事されてると思うよ?
いや、許さないけどね?
ただ、姫がこんな風にしてくれるとは思ってなかったし、公爵夫人も助けてあげなかった訳だし。
ルシアンやお義父様が何かしてくれているからだろうけど、正直に、嬉しい。
まぁ、端的に言えば、オドレイ侯爵ざまぁ!です。
ちょっとスッキリ!
その後に続く貴族達は、必死に私に媚びて来たけど、ごめん!君達の生殺与奪権を握ってるのは私じゃない!ルシアン様です!
皆、ルシアン様に五体投地千回ぐらいした方が良いと思うよ!
最後に挨拶をした貴族達が広間に現れた時、会場がざわついた。
何でだろう?
姫に丁寧ご挨拶をした後、ルシアンにも丁寧に挨拶をしていた。
もしかして知り合い?
「なるほどのぅ」と、バフェット公爵夫人が呟いた。
夫人は分かったみたい。
伺うようにルシアンを見ても、にこっと微笑まれて終わりだった。
帰ってから聞いてみよう。教えてくれるか分からないけど。
長かった挨拶が終わって、楽団が曲の演奏を始める。
一曲目はアレクシア姫とレーフ殿下。
二曲目はバフェット公爵夫妻と、私とルシアン達、皇族と呼ばれる人達。
三曲目からは全員参加自由。
私はルシアンと3曲踊って、本日の定位置に戻った。
レーフ殿下が私の手を取った。
「ミチル殿下、私と踊っていただけますか?」
この人はどうしてこう、断れない誘いをするかな…。
仕方ないので、了承する。
「勿論ですわ、レーフ殿下」
アレクシア姫の手をルシアンが取り、頭を垂れた。
「姫、私に姫と踊る栄誉をお与え下さい」
「喜んで、アルト伯爵」
…ちょっともや…。
いやいや、我慢我慢。普通の事だし。これまでが異常ですし。姫はフィオニアが好きだって言うし。
次の曲が始まるという所で、レーフ殿下に手を引かれてホールに入る。
偶然にも前回踊った時と同じ曲だ。
…アレ?
ちょっと違和感を感じる。
この人、こんなリードする人だったっけ?
「そなたが皇族になるとは、思いもよらなかった」
殿下の言葉に私は苦笑した。
「私も、思いもよりませんでしたわ」
「アルト公爵の駒として使われる事に、疑問はないのか?」
おや、皇族らしからぬ発言ですね、殿下。
皇族なんてこんな事の連続だろうに。いや、連続だからこそ、同じように駒になっている私に同情したのかな?
「貴族の娘として生まれたからには、家の為に役に立つのが当然ですわ。そこに疑問はありません」
模範解答しました!
実際問題、そんな事1ミリも思ってないけど、この世界で争っても無駄だという事は分かってる。
女の立場は弱い。妻は夫の所有物である。ルシアンはしないけど、妻を殴る夫だっているのだ。しかもそれが許される世界。
前世でこんな事やったらDVで捕まるけど。世界が違えば常識も違う。
「それはそうであろうが、自分の意志ではあるまい。辛くはないのか?」
そう言って私の顔を覗き込む殿下の目は、本当に私を案じているように感じた。
「私は駒として使われて構わないのです。ただ、目的は教えていただきたいとお願いは致しました」
しかし、と殿下は納得していないようだった。
「ルシアンが、必ず私を守って下さると信じておりますから、私は大丈夫ですわ。お心配り、ありがとうございます、殿下」
レーフ殿下の瞳が揺れる。
「…そうであったな、そなたは夫を、愛しているのだったな」
人からそんな風に言われると恥ずかしい!けど!
「えぇ、誰にも負けませんわ」
そこらの容姿と地位だけに目が眩んで寄ってくる令嬢達には負けないよ!
「…伯爵が、羨ましいよ」
お世辞言われたわー。
曲が終わった。
…あ、そうだった。
「殿下、先日は危ない所を助けていただき、誠にありがとうございました。こうして私がいられるのも、殿下がお助け下さったからですわ」
「いや…無事で良かった、本当に」
感謝を込めて笑いかけ、カーテシーをして振り返ると、ルシアンがこっちを見ていた。
私が戻って来るのに気付いて、手を差し伸べてくれた。その手に、そっと手を重ねる。
…それにしても、今日の殿下はこの前と違って、凄く優しいリードだったな。
あれかな、私があまりにも下手だから、優しくリードしてくれたのかな。
それに、何か全般的に優しかった。
私があんな目に遭いそうになった現場に遭遇しちゃったから、どう扱っていいか分からないとか、そういう感じ?
私だったらどう接していいか分からないなぁ。
大丈夫か?とか聞けないし。大丈夫な訳ないし。
忘れたいと思ってるだろう事を聞けないよね。
あの殿下も人並みに優しさがあるんだね。ただの傲慢皇子かと思ってたよ。反省です。
「まだ踊りますか?」
私は首を振った。
「もう十分ですわ。後は皆様にお楽しみいただきたいと思います」
フレッシュジュース片手に、姫や公爵夫人と話をしたり、公爵と今回の大発見?である植物の話をした。
公爵は植物に大変詳しいという事で、今回の発見を受けて自分も試してみたらしい。興奮気味に話していた。
どうやら、この話を私としたかったらしい。
王子とモニカも来て、ルシアンの4人でたわいのない昔話をしたり、人生初の平和?な夜会を体験し、パーティは終了した。
ベッドの上で正座ですよ。
ルシアンも正座です。
「どうしたんですか?今日はパーティに最後まで参加しましたから、疲れてるでしょう?」
疲れてますよ?
疲れてますけど、抗議はしてから寝たい。
「ルシアンに申し上げたい事があるのです」
「はい」
大変素直でよろしい。
「私が、ルシアンの袖を掴んでいたのを、何故秘密にしておいて下さらなかったのですか?」
わがまま言ってるのは分かってる。分かってるけど、あの時、皆いたし!
ルシアンがくすくす笑いだした。
「もしかして、怒ってるのですか?」
顔がカッと熱くなる。
「怒ってるっていうか、恥ずかしかったのです!だから、もう!怒ってます!ルシアンは、くすぐりの刑です!」
ルシアンの脇をこちょこちょしてみる。
…ぬ。無反応。
じゃあ、こっちはどうだ!
脇腹をこちょこちょしてみる。
「アハハハハハ、ミチル、くすぐったい」
身をよじって嫌がるルシアン。
おぉっ!我、ルシアンの弱点見つけたり!
ここぞとばかりに脇腹をくすぐるうちに、ルシアンの身体がよじれて寝っ転がった。
隙あーり!!
重なるように上に乗って脇腹に手を当てた時、ふふふ、と笑う声がした。
ルシアンを見ると、色気たっぷりな目で私を見てる。
………アレ?
ルシアンの手が私の髪を撫で、髪を結んでいたリボンが外された。
「悪さをする手は、結んでしまおうかな」
「?!」
慌てて逃げようとした私の右手を、ルシアンの左手が掴んだ。
「る、ルシアン、もしかして…!」
「ふふふ、くすぐったいのはくすぐったいですよ?」
騙された!
本当に脇腹が弱かった同級生は死ぬ程よじれてた!
ルシアンのあんなのはよじれたうちに入らないぐらい。
「それとも、逃げられないように、私の手とミチルの手を結んだ方がいいかな」
このヤンデレめ!…そう思うのに、今すっごいきゅんとしちゃったんですけど?!
ルシアンの右手が、私のあごをなぞる。
「両手を結ぶのは、また今度にしましょうか」
「イエ、アノ、今後モ遠慮イタシマス」
手首を掴まれていた右手は、恋人繋ぎに変わった。
「ミチル」
ななな、なんですかなんですか、その、甘い声は…。
「キスして」
うわっ、ヤバい!
緊張してきた!
顔がっ、顔が熱い!
ルシアンの右手が抱え込むように私の頭の後ろに回され、顔が近付く。
「キスして?」
ひぃっ。
イケメン怖い!
それでも抵抗していると、ルシアンは私ごとゴロリと転がって、私の上に乗った。
右手に持っていたリボンを、恋人繋ぎが維持されたままの私の右手首とルシアンの左手首にぐるぐると巻き付けると、器用に右手を使って結んでしまった。
えええええぇっ?!
ちょっ、これ、どーすんの?!
えぇっ?!
「ルシアンッ!リボン外して下さいませ!」
「駄目」
ひぇぇぇっ!
ルシアンは私の右手にキスをした。
キスをしながら、私を見るのだ。
その目にくらっとする。
「私の弱点を知られてしまったのだから、ミチルの弱点を調べないとね?」
いやっ、だって君のそれ、全然弱点じゃなかったよね?!
「全然平気だったではありませんかっ」
「平気じゃありません、くすぐったかったから」
フリだったよね?!
「嘘つきっ!」
必死に抵抗するも、利き手じゃない方の手だし、力が入らない。上に乗られてるのもあって、びくともしない。
「あぁ、もぅっ!ルシアンの意地悪っ!」
「ご期待に応えて、いじめてさしあげましょうか」
ええええええぇっ?!そうくるの?!
「ちがっ、やだっ!いじめられたくありませんっ!」
ルシアンの目から漏れる色気は減る事はない。
あれだ、スイッチ入っちゃったんだ、もう。
「優しく、甘くとかしてあげますね」
とかす?!
初めて聞くけど?!
ちょっとそれ、私、大丈夫?!
何度も角度を変えてキスされる。
ルシアンの唇が触れてない場所はないぐらいに、あちこちにキスされていく。
死んでしまう…これは本当に溶けそう…!
「絶対に、誰にも、渡さない」
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