愚か者に相応しき末路<バフェット公爵視点>

訴えるような目を向ける執事に、私は言った。


「私はどうも病を患ったようだ。治るまではどなたにも会えん」


「旦那様…」


責めるような執事に、私はため息を吐いた。


「あのような愚鈍な者どもに会ってどうする。自業自得だ」


私に会いたいという者がひっきりなしに屋敷を訪れる。

理由は分かっている。


「お助けにはならぬのですか?」


「助ける?何の為に?」


リオン・アルトの嫡子ルシアン・アルトの妻であり、転生者としてマグダレナ教会の庇護を受けるミチル・レイ・アレクサンドリア・アルトが、マグダレナ教会の教皇であるゼファス・フラウ・オットーの養子になり、皇籍に入る事が正式に決まった。


本来、ありえない事だ。

異例にも程がある。


妻であるリンデンはアレクシア姫を女帝とする事を望んでおり、その為に動いているアルト家と敵対する気はない。

アレクシア姫が望むならとアルト伯爵夫人を自分の養女にする事すら提案した。

そんな当家が何故、夫人に嫌がらせを働き、あまつさえ先日のような夫人を穢すような真似をした者共を保護せねばならんのだ。


己がした事に対する責任は、己で取る。

それすら出来ぬのなら、大人しくしていれば良いだけだ。

それを、尻拭いを当家にやらせようなど、片腹痛い。


「オットー家の養女に入る事が決定したと言う事は、公爵家七家のうち、提案したオットー家と当家を除く5家の賛同を得ていると言う事だ。リンデンも、己の娘にならぬ事を残念に思うだろうが、反対はすまい。

それが、どういう事か、分かるな?」


さすがにここまで言われて理解したらしく、執事の表情が固まった。


「いくらオットー家とはいっても、全ての家の賛同を得る事は難しい。それを現実のものにするだけの力が、アルト家にあるという事だ」


「アルト家は、皇国をどうするつもりなのでしょう?」


「さぁな。だが、奴が本気になれば、大概は不可能な事も可能になる」


奴とはリオン・アルトの事だ。

以前は敵対していたが、今はリンデンの意向を受けて争ってはいない。


「話は終わりだ。分かったらこれ以上愚か者共の事で私を煩わせてくれるな。時間の無駄だ」


「お手を煩わせまして申し訳ございません。ですが良く分かりましてございます。今後は公爵家もしくはアルト家、一門の者以外はお断りさせていただきます」


そうしてくれ、と答えると、執事は頭を下げ部屋から出て行った。


鬱陶しい視線を送る者がいなくなって、これで落ち着いて仕事が出来ると言うものだ。


執事と入れ違いにリンデンが入って来た。

私は立ち上がり、愛しい妻を抱きしめ、まぶたに口付けを落とした。

リンデンは私の腕の中でふふ、と笑う。


「あからさまに肩を落として去る者ばかりだそうだ」


カウチに腰掛けたリンデンは、テーブルの上に置いてあるファッジを口に入れた。

私が食べるようではなく、リンデンが食べるように置いてあるファッジだ。


「今頃己の仕出かした事に震えているだろう」


私は扉を開け、ベルを鳴らして侍女を呼び、お茶を持って来るよう命じた。


「オドレイなんぞは自害するかも知れんなぁ」


剣呑な事を、軽く言ってのけるリンデン。


「娘と息子の不祥事をあれだけ穏便に済ませてもらっておきながら、危害を加えようなどと、上手く立ち回っているように見えたが、アレもただの小者であった訳だ」


それにしても、と言うと、ファッジに手を伸ばし、リンデンはため息を吐いた。


「オットーにミチルを取られたのは面白くない」


なんだ、その事か。


リンデンの横に座り、彼女の白魚のような手を撫でる。


「気持ちは分かるが、さすがに当家の養女は難しいよ、リンデン」


「それでもだ。

皇城は今やあの娘が持ち込んだ文房具を使って職務を行うのが当然のようになっている。

変化を嫌うあの者達があれほどすんなりと外からの物を受け入れるのだ。

他にも色んなものを知っていそうだ」


それは私の耳にも当然入っている。

やはり、転生者というのは、興味深い存在だ。

この世界にないものを、作り出す力がある。


「リオン・アルトは粛清後、どうするつもりだろうな。

愚か者共を排除した後、速やかに皇国の建て直しをせねばなるまい。アレクシアは今回のミチルの事でとても心を痛めておるからな。早めに憂いは取り払いたい」


「それなら問題ないだろう。あの男がその程度の事を考えずに動く筈がないからな」


「それもそうだ」


リンデンは頷いて、ファッジに手を伸ばそうとしたので、それを止める。

さすがに食べすぎだ。


「そんなに食べていたか?」


「考えごとをしながらだと、貴女は食べすぎる傾向があるよ、リンデン」


頷くとファッジから手を引く。


「宰相の妻だった女の実家、なんといったか、賊に入られて皆殺しにあったそうだな」


そう言ってリンデンは口元に歪んだ笑みを浮かべた。


アルト家を裏切って、タダで済む筈もない。


「親戚筋は誰も爵位を受けようとしなかった為、取り潰しになり、領地諸共全て皇室に返上されたよ」


ほぉ、とリンデンは二度程頷いた。


アルト家に目をつけられ、皆殺しにされた家など、誰も継ぎたいとは思うまい。


「見せしめか」


「だからこうして当家に来ているんだろう」


リンデンは苦笑した。


「よしんば当家が尻拭いして助かったとしても、賊に襲われる未来しかあるまいよ。大人しく、己が行いの報いを受ければ良いものを、往生際の悪い」


「君の姉君の元に嘆願に出た者もいたようだよ」


リンデンは目を細めた。

彼女は実の姉を心底嫌っている。


「女帝の元に、彼女の息子の髪が一房届いたそうだ」


「それでは動けまいな、さすがに」


扉をノックする音がした。

入室を許可すると、侍女がワゴンを押して入って来た。


テーブルの上にティーセットを並べ、リンデンの前のティーカップに紅色の液体が注がれる。

リンデンの好きな紅茶の香りがふわりと広がる。

目配せをすると、侍女は黙礼して退室した。


「皇国腐敗の原因は我らにもある。アレクシアの為にアルト家に協力する事は吝かではない」


リンデンはそう言って紅茶を口にした。

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