034.天井のない糖度と二条様
ルシアンの膝の上に座り、口に運ばれたパンを食べる。
朝食である。
今朝から、朝食は部屋で食べる事になった。
食堂じゃないんだって。
理由は、ルシアンが私に直接食べさせたいからだそうだ。
……甘さが加速!
軽めの監禁と溺愛の差が分からん!
「美味しい?」
頷くと、ルシアンは嬉しそうに微笑む。
一つ一つ階段を登って、私はルシアンに近付いて行ってた訳だけど、毎回思うのが、このイケメンの糖度の上限が見えない事だ…。
って言うかさ、婚約者になった時だってルシアンは私にめっちゃ甘くて、周りが赤面する程だったんだよ?
気持ちが手に入らなくても私を絶対に手に入れると言ったルシアンに、私が好意を示した事で糖度が上がって、リアル衛生兵に運ばれる女子生徒が出たぐらいに、ありえないぐらいの甘さをルシアンは出しちゃって。
あぁ、でも結婚後は実はさほど糖度は上がってないんだよね。
アルト家の陞爵と私が転生者だって事をオープンにするとなってから、私を他の人間に取られない為にルシアンが私と距離を詰めていた所を、私が斜め上から距離を詰めて、白の婚姻止めて。その後にも糖度は上がったな、うん。アレは何度思い出しても死ねる…。
虹の魔石を作って魂を結び付けられた後、妙に糖度が上がったんだよね。アレはなんだったんだろう??
ロイエキャラメルで私の気持ちを知った(と言っても勘違いしてたけど)後にも上がって、モニカの結婚式の夜にすれ違いが解消されてからの甘々は半端じゃなくて、あれがピークだと思ってた。
だから、後は慣れるだけだと。
その為にも自分も恋愛レベルを上げて、ルシアンに愛情表現が出来るようになったら、諸々解消されて、健全な夫婦生活が訪れるのだと信じて疑わなかった。
でも今は、ずっとお釈迦様の手のひらの上にいたと思い知らされた孫悟空の気持ちデスヨ…。
手のひらの外に出れる気がしない!
「次は…そうですね、この胡桃の入ったパンは?ミチルは胡桃が好きでしょう?」
またしても口に運ばれるパンを大人しく食べる。
食べてる私の頰やこめかみに、ルシアンのキスが降ってくる。
ぅあっ!
声にならない悲鳴を脳内で上げる。
そして何て可愛げのない悲鳴!
大分慣れて、赤面もせずに食べられるようになったと思ってたのに…。
キスの一つ一つが、これまでの触れるようなキスと違ってて、それこそ、ベッドでするようなキスをされるのだ!
それぐらい、何て言うか、気持ちを感じるキスなのだ。凄くない?!キス一つでこんな、毎回愛してるって囁かれてるみたいな気持ちになるって!
ナニコレ魔法?!
「食べさせてる時にミチルが赤面するのを見るのは、久しぶりですね」
そうさせてるのはおまえだーーーっ!!
…とは言えないので、ぐっと飲み込む。
いかん、このままではいかん。
私の身が持たん。
「……あの」
ん?と首を傾げながら、ルシアンの指が私の頰を撫でる。
「ルシアンは一体、私を何処まで甘やかすのですか?私、このままだと溶けます…」
「永遠に」
永遠?!なにそれ、呪い?!
上限を聞いた筈なのに違う答えなのも驚いたけど?!
「そのうち、慣れますよ」
慣れ?!このキスに慣れる?!
常時愛の告白と過度なスキンシップをされてるような気持ちにさせられ、心臓がバクバクいうこの状況に慣れる?!
無理でしょ?!
その前に死ぬってば!!
「無理ですっ、もう、死んじゃうっ」
私が半泣きで抗議すると、ルシアンは困ったように笑うと、「駄目ですよ、ミチル」と言った。
すみません、ルシアン先生!
今、駄目だしするとこありましたかね?!
「可愛すぎる」
ホワッツ?!
「ミチルは自覚がなさすぎる」
なんの?!なんの自覚?!
ポイントはよく分からないけど、ルシアンの何かを私がくすぐってる事だけは分かったよ?!
…とは言え、ゴリムチューデスよ。
五里霧中。いや、本気でそんな気持ち。
この前まで、ゴールが見えてたんだよ?!
たとえて言うなら、赤ちゃん天使が、ゴールテープ持ってる姿が見えてた感じ。
ホラ、ミチル、もうちょっとでゴールだよ、がんばって〜☆と応援されてる気持ちだった訳ですよ。
だからそのゴールに向かって全力で駆け込んで、貴方を愛してますー!と、絶叫した訳ですよ、ワタクシ。
…それなのに、何故?
何故ルシアンは大河の反対側にいるのだ?しかも渡れる方法も分からん。大河が荒波すぎる。
解せぬ…!
私が追いかけていたのは何だったの?
はっ?!まさか幻?!
……っていう現実逃避はそろそろやめよう…。
ため息を吐く。
「全然…追いつかないです…」
本当になんだったんだ、私のこれまでの努力は…。
やっと、抱きついたりキスも出来るようになって、キスマークも、つけ…させられたりしたけど、それも何とかこなして…愛の告白もして、やっと、やっとルシアンに追いついたと思ったのに!
先が長いだけなのか、そもそも無理なのか、どっち?!
「追い付く?」
「ルシアンの気持ちに、私の気持ちがやっと追いついたと思っていたのに…これ以上は難易度高いです…」
うっうっ、助けてママン。
ミチルには無理です。
驚いた顔をするルシアン。
「…私の気持ちに、追いつこうとしたの?」
頷く。
でもこんなキス、私には無理だ…!
前世喪女の私が頑張った所で土台無理だったんだ、きっと…!
肉食女子に転生するしか方法が思いつかないよ?!
どうやんの?!
特訓すればいけるの?!
っていうか特訓中に吐血して死にそうだけど?!
ルシアンの手が私の頰を撫でる。
…?
ルシアン、なんでそんな、うっとり顔に?
「ゾクゾクする……ミチルが、私の気持ちに追いつこうとしてたなんて言うから」
だから、追いついてないよ?
「きっと、同じになる事はないですよ」
妻の努力をたった一言で木っ端微塵にせんでくれ!
喪女のなけなしの勇気と努力が!
このチートイケメンめ!大好きだこんちくしょう!
口を尖らせると、ルシアンはふふ、と笑って私の唇を指で掴んだ。
「ミチルがそうやって、私を想ってくれればくれる程、私の中のミチルを愛おしく想う気持ちが増えていくから。だからきっと、変わりませんよ。…それに、私の方がミチルを愛していたいから、このままで」
そう言って、ルシアンはおでこにキスをした。
ルシアンはそう言うけど、きっと、私はもっとルシアンの事を好きになるよ。
もっともっと、ルシアンを欲しくなってしまうと思う。
*****
カーネリアン先生から手紙が来た。
皇都に着いて、ようやく落ち着いたので、私に手紙を下さったとの事。
先生は最近、魔道学研究院に出入りして、魔道学をもう一度学び直しているらしい。
教師も楽しかったけど、やっぱり研究に身を置きたいと思ったのだそうで。
本当に魔道学が好きなんだなぁ、先生。
私のような、ルシアンに捨てられた時にも一人で生きていけるように魔道学を勉強していた…という俗な気持ちとはエライ違いますね…。それなのにこんな私が先生の助手やってたのかと思うと、申し訳なくなってくるというか?
ルシアンやお義父様からは、まだ植物から魔石が取れるようになった事を誰にも言っちゃ駄目と言われているので、カーネリアン先生とも会えないでいる。
一応ね、自分を分かってるつもりです。
うっかり言ってしまってルシアン達に迷惑かけたくないから、お茶のお誘いとか受けてるんだけど、ちょっと予定が、といってお断りしたのだ。
そして今日、ルシアンが源之丞様を連れて帰って来た。
たまたま会ったんだって。
へー?
…ルシアンほど、偶然という言葉が似合わないというか、不自然な人も珍しいよね?
本当は、私が源之丞様を歓迎するのに時間を割くのが嫌なだけなんじゃないかな?
それか私が作った料理を他の人に食べさせるのが嫌とか、そういうルシアン的ボーダーラインに触れたんではないかな。
そんな考えが脳からダダ漏れだったのか、セラが苦笑してた。
「多分、ミチルちゃんの思った通りだと思うわよ」
デスヨネー?
セラもそう思うでしょ?
しかもさ、何故か今日に限って料理長が作ったメニューがオール和食で。
これもう絶対、ルシアンから指示受けてたよね?って脳内で突っ込まずにはいられない内容だった。
和食好きだから嬉しいけどさ。
源之丞様とルシアンは、話題が途切れる事なく話しているところからして、本当に気が合うんだな、っていうのが分かった。
っていうかルシアンに気に入られる人が存在するなんてびっくりですよー。
この排他人間のルシアンが、笑顔で!
でも話してる内容が戦術なんだよね!
…なんだろう、この、健全なのか不健全なのか答えに迷う感じ。
いや、まぁ、女性の話とか、賭け事の話で盛り上がられるよりはいいんだけどね?
でも思春期男子だと、女性を話題にしている方が健全な気もしなくもない。
ルシアンが楽しそうなので、私はセラと今日の料理の味付けと、今度どんな料理が食べたいかを真剣に話し合っていた。
やっぱり海老、食べたいよね?!っていう結論に達したんだけど。
「奥方、ついルシアン殿を長々とお借りしてしまって、失礼しました」
申し訳なさそうに頭を下げる源之丞様に、笑顔で返す。
「いえ、お気になさらず。こんなに楽しそうなルシアンを見れて、私も嬉しいですわ」
話してる内容うんぬんは置いといて、私以外とも人間関係を構築出来てるみたいで、ミチル安心しました。
「それにしても、皇都に留学している時分から、話に聞いていた奥方とこうしてお会い出来るとは思っていませんでした」
話?
「えぇ、ルシアン殿がよく奥方の事を話しておられましたよ」
ちらりとルシアンを見ても、恥ずかしそうではない。
なんでこう、このイケメンは涼しい顔してるんだろうか…。
そして何故、私の方が照れているんだろうか?!
「そう言えば、源之丞殿にはミチルの話を聞いてもらいましたね」
本人が普通に認めてるー!
普通なら、止めろよとか、なんでだよ、おまえ彼女の事ばっか話してたじゃん、みたいな甘酸っぱい展開は、ルシアンに関して言うなら存在しない。
もっぱらむしろそれを聞かされる私の謎の羞恥プレイタイムとなっている気がする。
何故?!
「えぇ、どれだけ奥方が素晴らしい女人なのかを教えていただきました。婚約者となられてからのルシアン殿の努力といったら、鬼気迫るものがありました」
素晴らしい女人?!それ、ルシアンフィルターがかかってますから!私は転生者というだけで、至って普通ですからね?!
誤解しないで!!
本当、そこ重要なんです!
なんて言っていいのか分からなくて困っていると、ルシアンはふふ、と笑った。
「私よりミチルが恥ずかしがってる」
「…ルシアンは、私を過剰評価しすぎです…」
過大評価じゃなく、過剰評価だよ…。
「ミチルこそ自己評価が低すぎますよ?」
低くないってば。
「源之丞様、燕国のお話を聞かせていただけませんか?」
羞恥プレイタイムは終わりじゃ!
話の内容変えちゃう!
燕国は日本とは違うのは分かってるけど、どんな感じなのか気になる。
源之丞様に話題を振る。
「極東の、小さな島国です」
ほうほぅ、日本もそうだよ!
「
主上って言うかと思っていたのに、公方様って言うって事は、室町時代ぐらいなのか?
いやいや、日本とは違うんだろうしな。
「公方様というと、征夷大将軍の事であってますか?」
「よく、ご存知ですね」
天皇は存在するけど、権威を失ってるのか、それとも存在しないのか、どっちだろう?
「身分制度のようなものは存在するのですか?」
「士農工商というものがあります。皇国とは大分違います」
おぉ、士農工商あるのか。
「源之丞様は武家のご出身なのですよね?階級としては一番上なのではありませんか?」
いやいや、と源之丞様は苦笑いを浮かべた。
「私はしがない武家の三男坊で、二条通りに居を構えておりました」
「だから二条様と呼ばれているんですよね」
ルシアンが言った。
は?
「源之丞様、しがない武家の三男坊が、その名前で呼ばれるなんて、ありえませんわ」
ルシアンが笑う。
源之丞様は困った顔をする。
「本当に、奥方は燕国の事をよくご存知ですね。騙すつもりはなかったのですが…あまり公にも出来ないもので、申し訳ない」
このやりとりからして、ルシアンは源之丞様の素性を知ってるっぽい。親しくしてたみたいだし、教えてもらったのかな。
燕国と皇国は離れていて、そんな場所に何年も留学させられる財力の持ち主で、日本で城の名前と同じ名前で呼ばれてる人がただの三男坊な訳あるか。
本名を知られるのは良くないだったかなんだったか、高貴な人を名前ではなく、階級だったり、屋敷の名前で呼ぶのは、日本でもあった文化だ。
「公方様のご三男なのですね、源之丞様は…」
源之丞殿は驚いた顔でルシアンを見る。
「ルシアン殿の奥方は、本当に聡明でらっしゃる」
いやいや!前世の記憶があるからで!
でもそれを言うのは憚られて。だってルシアンには、この話をした事がなかったから。
いきなりここで話して、なんかよく分からない事になってもいけないから、先日皇城の図書室で借りていた本に書いてあったと誤魔化しておいた。誤魔化せたかは不明…。
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