友との再会<源之丞視点>

皇国に留学に来た私は、皇国の貴族令息よりも小柄で、あまりない黒髪に黒い瞳だったし、顔立ちも地味であったから、浮いていた。

埋没といった方が正しいか。

息を詰めながら、とまではいかないものの、周囲と一定の距離を取って過ごす生活に慣れた頃、昇級した。

そこで初めてルシアン殿に出会った。

私よりも小柄で、分厚い眼鏡をしていたルシアン殿を、皇国貴族はあからさまに馬鹿にした。

女帝が己の娘と婚約させる為に強引に呼び寄せた存在だと言われていたから、ルシアン殿は悪い意味で目立った。しかも、皇国圏内でも名の知られたアルト家の次男だったものだから、余計に。

将来、皇太子の補佐をさせる為の泊付けとして女帝に目を付けられたのだ。権力者による、よくある理不尽な人事。

見た目通りにおどおどした気質なのかと思えば、揶揄ってくる令息達を相手にせず、皇女の事も面倒そうに相手している姿を見て、ルシアン殿に興味がわいた。


学院は優秀さを明確に示す事で、生徒の勉学意欲を刺激するという方針を取っていて、毎月実力を測る試験が行われる。

ルシアン殿は二学年目からこちらの学院に入った訳だが、早々に座学で学年一位になり、それからずっと主席の位置を誰にも譲る事はなかった。ただ、身体を使う科目は苦手なようで、とは言っても、上位ではあったが。古武術を身に付けた後は身体的な科目でも学年一位になる。


何かの折に、講師が曖昧にしか答えられないような事があり、講師が、もしかしたらルシアン殿なら答えられるかも知れないと言うので声をかけたのが、ルシアン殿と私の馴れ初めだった。


ルシアン殿にご教授いただいた事の礼に、私で教えられる事があれば何でも聞いて欲しいと言った。

元からルシアン殿に関心があったから、この質問でせっかく出来た縁を更に強く出来ればとの下心があっての事だった。


「では、燕国独自の武術を教えていただけませんか?」


「…古武術の事ですか?よく、ご存知ですね」


ルシアン殿は己が体格的にも恵まれていない事をよく分かっていた。けれど、剣術の腕を磨く必要があるのだと言った。


彼の潔い所は、異性関係に関して、揶揄われても気にしないし、隠しもしないことだ。

本国に想う女人がいて、まだ想いも伝えられていない間柄だけれど、いつか想いを伝えたいと思っているとはっきり言った。

けれど、ルシアン殿が皇国に来ている間に、王太子と騎士団団長の息子が、彼の想い人に異性として関心を寄せている事が、叔父からの手紙で伝えられたのだそうだ。3人もの上位貴族から想いを寄せられるのだ、さぞかし美しい女人なのだろう。

その女人の心を得る為に、騎士団長の息子に匹敵する程強くなりたいと思ったものの、身体的な面で負ける事は分かっている。でも、強くなりたい。

そんな時に私が現れたので、燕国独自の武術を教えて欲しいと言ったのだそうだ。燕国の人間は皇国圏内の人間に比べれば小柄だ。

小柄な身体ならではの動きを軸としている。

燕国の剣術や体術の方が、皇国圏内のそれより小柄なルシアン殿には向いているだろう。


自国の武術でなくていいのかと問えば、ルシアン殿は笑って、己に適した方法を見出し、目標を達するのが最も効率的だと言った。

規格に外れる事を良しとしない貴族社会において、その考え方は異端に取られてもおかしくない。

結果として馬鹿にされていた。本来の手段で強くなれないからと、外法に頼るとは、と。

でも、ルシアン殿は何を言われても気にしなかった。


ルシアン殿は笑顔で言った。


「自分に向いた手法を考え、見出す事を教えてくれたのは、私の想う女性なのです。だから、私は誰に何と言われても気にしない」


とても柔軟な思考で、令嬢らしくない。でも、好感がわく。

形ばかりに囚われては、何かあった時に対応出来なくなるし、その枠からはみ出たものを排除するだけの閉鎖的な社会になり、その先に待つのは緩やかな死のみだ。


舞踊は王太子がとても上手らしく、それを受けてルシアン殿は猫背気味だった姿勢を直した。誰と踊っても卒なく支える為、令嬢達はルシアン殿を褒め讃えた。淑女に恥をかかせないと。


馬術も始めた。これはどうやら想い人本人が関心があって始めた事のようだった。私も燕国では乗馬を嗜んでいた為、ルシアン殿とはよく遠乗りに出た。そこでよく戦術の話や歴史の話をした。

私自身の事、燕国の事、これからの夢も話したものだ。


ルシアン殿は土が水を吸うようにありとあらゆるものを会得していった。

どんな時も淡々としている為か、人間味がないだとか、元々才能があるなどと言われているが、2年間側にいた私が見ていたのは、どんな時も懸命に何かを学び、考え、行動に移していくルシアン殿の姿だった。

ただ、ひたすらに、想う人に振り向いてもらう為に。

正直、たった一人の女性の為にここまで出来るものなのかと疑問に思う程に。


目が悪いのかと思っていた眼鏡は、人と目を合わせて話すのが嫌いだったからで、目は悪くないですよ、と言って古武術の練習時にも邪魔になるからと外した。

黄金色の瞳で見つめられると、心を見透かされるようで、かと言って落ち着かなくなるのとはまた違って、彫刻のような顔の美しさに、目を奪われる。

成長期とあいまって、ルシアン殿の身長は羨ましい程に伸び、鍛えられた身体はしなやかで、ネコ科の動物のようだった。

この頃から皇女を始めとした、皇国の令嬢達がルシアン殿に色めき始めるが、ルシアン殿は全く相手にしなかった。


ある時、恐ろしくご機嫌なルシアン殿が、「ミチル様に婚約を受けていただけたのです」と、美しい顔をうっすらと頰を染めて言った時には、その姿を見た令嬢が気絶しそうになっていた。

ここまでルシアン殿が想う女人を気にならない筈もなく、絵姿を見せてもらった時の私の素直な感想は、蓼食う虫も好き好き、だった。

ルシアン殿が膨よかな女人がお好みとは知らなんだ。

率直にそう言うと、ルシアン殿は笑った。


「源之丞殿も、女性に見た目の美を求める方なのですね」と言われた時には、咎められているような気がして少し恥ずかしかったが、それをこの美丈夫が言うのかと思った。

むしろ美丈夫故に、寄ってくる女人に辟易しているのだろうか?

いや、皇国に来たばかりのルシアン殿の見た目はそうではなかった。

だからこそ、姿形が変わった途端に態度を変えた令嬢達に嫌悪を感じたのかも知れない。


「私はミチル様が好きなのです。健康を害さないのであれば、膨よかでも痩せていても、どちらでも良い」


最終的には舞踊も、乗馬も、剣術も、他の追随を許さない領域まで上り詰め、わずか2年の間に高等部で学ぶべき科目も全て終え、本国に帰国する事になった。


「やっと、彼女に会える」


短いその言葉に込められた想いが、眩しかった。

自分の生涯で、これ程までに欲しくなるような女人に会えるだろうかと。

人は見た目ではないと言う。

きっとミチル殿は、素晴らしい女性なのだろう。




そのミチル殿が、今、私の前にいる。


婚約者であった彼女とルシアン殿は結婚出来たようだが、結婚前はルシアン殿を盲愛する平民にミチル殿が襲われたり、皇女の妨害などもあったと聞き及んでいる。

あれ程の男子と婚姻するのだ、正直あの容姿では、いくら内面が優れていても嫌がらせは免れないのだろうと思っていた。

だが、目の前にいるのは、以前見せていただいた絵姿とは似ても似つかない姿だった。


すらりと伸びた手足は細く、華奢で、色白な肌に形の良い薄桃色の唇は目立ち、目を惹く。髪はアッシュブロンドという色合いで、髪は綺麗に結い上げられ、青いリボンで編み上げられている。

瞳は深い森のような落ち着いた色合いで、肌や髪の色とあいまって、皇都で読んだ妖精の姿を思い出させた。


あの絵姿は何だったんだと言いたい。

痩せた結果なのだろうが、誰がこんなに美しいと想像しただろう?

ルシアン殿は容姿にはこだわっていないと言っていたが、ミチル殿の美しさは並ではない。ルシアン殿と並んでも違和感がない。


ミチル殿は気付いてなさそうだが、何人もの男子がミチル殿に秋波を送るものの、ルシアン殿や、信じられない事だが、女人のように美しい背の高い男子──がミチル殿と秋波を送る男子の間に入り、ミチル殿と決して視線が交わる事がないようにしていた。


異常な程の警戒態勢ではあるが、ミチル殿のあの美貌では無理もないと思う。

ルシアン殿と話している際にこぼれた笑顔が、自分に向けられたなら、冷静でいられる自信がない。

あの眼差しが、自分を見たなら。

そんな邪な考えが過ぎる程、ミチル殿は美し過ぎた。

皇都で散々美しい女人を見てきた。でも、ミチル殿は別格だ。


令嬢達は、ミチル殿の容姿と、ルシアン殿から注がれる愛情に嫉妬して、嫌がらせをしたらしい。

辺境の伯爵家出身の令嬢風情が、という事が嫉妬を更に助長させているらしい。転生者だからルシアン殿の妻になれただけだと口さがなく言う方もいる。


世継ぎの御子である皇女アレクシア姫への挨拶も終わり、皇女と雷帝国皇弟とのダンスが終わり、ミチル殿はルシアン殿と踊った。

美男美女の踊りは、ため息が出来る程に美しかった。熱のこもった眼差しでミチル殿を見つめるルシアン殿の姿に、その想いが偽りではない事は一目瞭然だ。


ルシアン殿の手から奪うように、皇弟殿下がミチル殿を連れて行った際に一瞬、ルシアン殿から殺気が出て冷やりとした。

直ぐに殺気は消えたものの、もしルシアン殿がその気になったなら、タダでは済まなかっただろう。


ルシアン殿と踊っていた時は、ミチル殿は笑顔だったが、殿下と踊っている今は、仕方なく微笑んでいた。貴族の微笑みという奴だ。

じっと、ルシアン殿は殿下を見ている。二人が話している内容が気になるのだろう。

ルシアン殿は読唇術を得意とされていたから、殿下が何をミチル殿に話しているのかを、読んでいるのだろう。


アルト家は色々と規格外だ。

本来読唇術は嫡子以外が覚える技術で、次男のルシアン殿は将来、兄君を補佐する為にと教え込まれたそうだ。

結果として、兄君ではなく、ルシアン殿が嫡子になられた訳だが。


曲が終わると、逃げるように殿下から離れたミチル殿は、まっすぐにルシアン殿の元に向かった。

ちょうど、私から人一人分程の間隔を空けた前方をミチル殿が通り過ぎようとした所で、誰かがミチル殿に脚をかけた。

驚いたミチル殿は、衝突を覚悟して目を閉じる。

咄嗟に飛び出し、ミチル殿の腕を掴み、反対に身体をひっぱり、体勢を起こす。


「…大丈夫ですか?」


ミチル殿は驚いた顔をしていたが、私が助けたのだと分かったらしく、お礼を口にした。


近距離で見るミチル殿に、目を奪われる。

これは危険だと思い、私は手を離した。

ミチル殿は恐ろしい程に美しい。


ルシアン殿が近付いて来て、私を見るなり笑顔になった。私も笑顔を向けた。


「源之丞殿、ご無沙汰しております」


「ご無沙汰しております、ルシアン殿。

皇都にお戻りとは聞いていましたが、ご挨拶にも伺わず、大変失礼しました」


あと1年でこの留学も終わる。

思ったよりも早くに本国に帰ってしまったルシアン殿と、またこうして会えた事は僥倖だった。

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