揺らぐ権威<ラトリア視点>

ルシアンとミチルから手紙と贈り物が届いたと言う事で、私とロシェルはアルト公爵家を訪れていた。

母とロシェルは届いた珍しい布に興奮して、二人して部屋を出て行った。


父と私は書斎に入り人払いをしてからソファに腰掛ける。


「あまり、良くないのですか?あちらの状況は」


ルシアンが手紙を寄越す時は、何かあった時か、何かを起こす時か。


「ミチルが世紀の大発見をしたよ、ラトリア」


世紀の大発見?ミチルが?

今度は何をしたんだろう、あの子は。


「植物から魔石を抽出する事に成功した」


?!


「不可能と言われ続けていた事ではありませんか?!」


動物の場合は死の瞬間に魔石を生成する事は子供でも知っている事だ。だが、植物の場合は死の定義が判明せず、魔石を抽出出来なかった。それを?ミチルが解明した??


「相変わらず予想もつかない事をしてくれるよね。

感謝祭で供えられた花が勿体ないから、魔石を取ってみたらしいよ」


らしいよ、で済む内容ではないんだが…さすがに話が大きくて、父上も若干投げやりだ。


「今現在はどの植物から魔石が抽出出来るかを調査してるという事だが、大体あたりはついているようでね、この大陸に昔からあるものなら抽出出来る可能性が高く、外来種は植物も動物も人も、無理だろうと」


顔を上げ、父上を見ると、父上も私の目をじっと見ていた。


「それは、少し前にミチルが発見した定義に通じるものがあるのでは?」


我ら貴族と平民は祖が異なる。それは、知る者は知る事実だ。隠された事ではない。


「そうだね」と父は息を吐く。


「植物から魔石の抽出が可能になった場合、懸念されるのは魔石の販売価格の急落ですか?自然破壊も考えられますが」


「ルシアンが懸念しているのは、魔石の抽出が容易になる事による、貴族の権威の失墜だ」


「あぁ」


貴族が平民の上に立ち続けられる最大の理由は、その身から魔石を排出する事が可能であり、その魔石でもって領地に張り巡らせた結界を維持するという責務を負うからだ。


動物からも取得出来るが、結界は日々維持しなくてはならないものだ。動物を常に屠り続けて魔石を取得するのはなかなかに骨が折れる。

そんな中、植物から取得出来るとなれば、魔石の価値そのものが下がる。


「先日追い出した皇子と皇女の価値も変わる」


頭が痛くなってきた。

ようやく片付いた問題が、まさかの方向から掘り起こされる。


「抽出方法は特別な手法ではない。今回公表を見送ったとしても、いずれ解明されるだろうと書いてある。私も同意見だ。

むしろ、これまで手法が解明されなかった事が不思議なぐらいに、シンプルだ」


差し出された紙を受け取り、抽出方法を見る。

まさか、こんな簡単な方法で…?本当に、よく誰も気がつかなかったなと言うレベルだ。


「…確かに、いずれ知られる事でしょうね。

こんな言い方はよくありませんが、先に見つけたのが平民だったらどうなっていたのだろうと思いました…」


「発覚直後はさほど劇的な変化はあるまいが、植物を大量に育て、魔石を抽出する為の氷室などが用意されるようになれば、状況は簡単に覆る。軍部の兵の大半は平民だ。どうなるかは想像にかたくない」


ため息が出た。


「とは言え、どうしたものか…」


いずれ貴族と平民が並び立つ世の中になるとしても、支配層と被支配層が急に混じる事は不可能だ。


「ルシアンは、他に何か書いてきているんですか?」


「例えば領主が貴族から平民に変わった場合、平民の予想に反して魔石の値段が高騰するだろうと書いてある」


植物や動物から採れるのだからと貴族が魔石を、市場に回さなくなるだろう。貴族とは矜持で生きているような所があるから。

そうなると、平民は金で魔石を手に入れなければならなくなり、経済状況が悪化し、平民との関係が更に悪化するとルシアンは読んでるのか。


悪くなる未来しか見えない。

どうすれば良い。

どうすれば、平民達と関係を悪化させずに、植物からも魔石を抽出出来るようになる?

慢性的と言われる魔石不足を解決する為にも、植物からの魔石抽出は取り入れたい技術だ。


「現在普及している結界用装置に、植物から採取した魔石を入れた場合に、正常に動作するのかは調べる必要がある事、平民は魔力を持たない為に、細かい粒状の魔石を結合出来ないから、その点でも貴族の手が必要になるだろうとも書いてある」


「確かに」


結界用装置は大抵、領主の屋敷の中にあり、魔石をはめ込む事で効果が発動する。

街の大きさによって必要となる魔石量は異なる。都市の数が多くある領地なら、更に必要となる。


アルト公爵家はアルト領に3つの都市を持ち、南にもイスタニャという領地を持つ。イスタニャには2つの都市。ルシアンが管理しているノウランドにも、規模は小さいものの2つの町がある。

ミチルのアレクサンドリアには、大きな都市が一つと、村が3つもある。

これだけの領地に結界を張れるのは、領主が貴族だからに他ならない。例え潤沢な資産を持つ平民だとしても、日々消費される魔石を購入し続けるのは難しい。貴族が不足分の魔石を金で購入するのとは訳が違うのだ。

それを何とかしようとすれば、領民への増税が考えられる。


頭が痛い。


「貴族と平民との軋轢を生まない方法を、ルシアンの方でも考えるとは言ってるが、我らにも考えて欲しいとは書いてある。

それが決まらない事には、魔道学院にも報告は出来ないからね」


「はい、父上」


私宛に送られてきた、日須ひま切子を見つめた。

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