032.キャラ変か…?!

駄目だ…!

頭に本の内容が入って来ない!

さっきからずっとルシアンの事ばかり考えてる自分がいる!

いや、今までも考えてる方だったと思う。今何してるのかなーとかそう言うのは、いつもの事だった。

でも、現状のはちょっと違う。

なんて言うの、そう!


「ルシアンに片思いしてるみたいな!」


頭を軽く叩かれた。見たらセラだった。

いつの間に?!


「セラ、いつの間に?」


「ツッコむ所そこじゃないし、さっきからいたわよ。

それより何を馬鹿な事を言ってるの。ルシアン様に聞かれたらお仕置きされるわよ?」


まったく、と呟きながらセラはチャイを淹れにキッチンの前に立った。


お仕置き!それは駄目!

この前のネグリジェで、ある意味ベビードールネグリジェの頂点を極めたような気がするし、そうしたら次のお仕置きは何?!

怖い!考えたくない!

…はっ!もしや、混浴か?!そんなラブラブな?!

ラブラブ?!え、じゃあ、ありなの?!

いやいやいや!確かそれは男のロマンであって、女のロマンではない筈だ?!

ググりたい!正しい男女交際をググりたい!!


「それで?」


私の前にセラはチャイの入ったカップを置いた。


なんでそう思ったのか?って聞いてるんだよね、きっと。


「いえ、なんだか頭からルシアンが離れなくて、今までもルシアンの事を考える事は多かったのですよ?でも、そう言うのとちょっと違って、本当に、頭から離れないんです。

セラ、私、病気ですか?」


セラが無表情になった。目が半眼だ?!

なんていうのか、もはやデコピンすら生温いみたいな目ですね?!


「ミチルちゃんって、謎の生物よね?」


えっ?UMA扱い?!ひどない?!


「普通ね?そういう状況になってから、自ら口付けしたくなるとか、段階を上がってくものだと思うんだけど、逆に段階下がってない?」


下がってるの、コレ?!

えぇ…そんなぁ…。

私的に、最近順調に恋愛レベルアップしてるつもりだったのにー。


「相手の顔を思い出して片思いとか言ってる人が、あんなネグリジェ選ぶ訳ないでしょ。意味分かんないわよ」


ひっ!何故それをご存知で?!


「とりあえず早くそれ飲みきって」


私の手元のカップをセラは指差した。


「?分かりました」


さすがセラ、猫舌の私用に、程良い温度になってる!

出来る!さすが出来る執事!


チャイを飲み終えてほっ、と息を吐いたら、セラがカップを持って行ってしまった。

おかわり?はとりあえずいらないよ?


「ルシアン様は今、訓練場にいる筈よ。場所は中庭を抜けた先よ」


えっ?訓練場?


「ほら、早く!」


急き立てられて部屋を追い出されてしまった。

なんで?!

抗議しようとドアノブに手をかけたら、カギかかってるし?!

えぇ…私の部屋なのに。いや、ルシアンとの共有の部屋だけどさ。


仕方ないので、訓練場に向かう。これで訓練場に行かなかったりしたら、セラに怒られそうだし…いや、ルシアンに会いたいとか、そう言う事じゃないよ?!いや、会いたいけどね?!


もやもやしながら、訓練場のドアの前に立つ。

カギかかってたら入れないよな、と思いながら、そっと手を伸ばすと、開いていた。

そーっとドアを開けて中を覗く。


中には、ルシアンとレシャンテがいた。

えっ、レシャンテに相手してもらってるの?!レシャンテは大丈夫なの?!


レシャンテの襟にルシアンの手が触れたと思った瞬間に、ルシアンの身体が反転して床に叩きつけられていた。

ツォードがやられてた奴だ!


「レシャンテには敵わないな…」


そのままの体勢で上体だけ起こし、首を左右に振ってルシアンは言った。私に背を向けているから、顔は見えない。


「何をおっしゃられます。そのようにキレイに受け身を取られてしまってはこちらは投げ損です、若様」


おぉ、受け身。

っていうか達人の会話過ぎて、もう何が何やら?


「若様と呼ばれるのも久しぶりだ。思えばレシャンテはあの頃から、兄上ではなく俺の事を若様と呼んでいたな」


!!!

ルシアンが!!!

別人トークです??!!

俺?!俺って言った?今?!


「そうでしたかな?」


ふぉっふぉっ、とレシャンテは笑ってごまかす。


「それにしても、あの若様がこのように成長されるとは、恋は人を変えますなぁ」


恋、という言葉が聞こえて、自分が言われてる訳じゃないのに、顔が熱くなる。


「ミチルに相応しい男になりたかったから、必死だった」


何度も聞いてる筈なのに、ドキッとする。


「その思いだけでここまではなれますまい」


そう言ってレシャンテはその場に正座した。


「惰性だった」


え?


「ミチルに会うまでの俺は、惰性で生きていた。父の才能に畏怖し、兄のように従順に生きる程の覚悟もなく」


そう言う声は何処か自嘲が含まれていた。


「若様は、奥様の何処に心惹かれたのですか?出会われたばかりの頃、失礼ながら奥様の容姿は、残念でありましたでしょう?」


ぐさっ!


レシャンテ、事実だからって何を言ってもいい訳じゃないですよ!

って、私がいないって思ってるから、こんな会話してるんだよね。

盗み聞きしてる私が何か言えた義理はナイっす。

でも胸が痛いです…。


「…あの頃の俺は、何処にいても、辛かった。自分以外の何者かにならねばならないといつも思っていた。それなのに、自分以外になるのは嫌だったんだ。矛盾しているだろう?

ミチルはあの時、太っていた。そんな自分を変える為に走っていたんだ。自分に目を背けて逃げるのではなく」


デブ全盛期の時ですね?!

あの時のルシアンは、確かに何処か所在なさげで、何かに怯えてるみたいな、小動物みたいだった。

そんな心情だったのか。


「走っても無駄だと笑う者もいたし、見苦しいだの言う者もいた。彼女も自分がどう言われているのかなんて、分かっていた筈だ。

でも、走り続けたんだよ、ミチルは。自分から逃げていた俺とは違う。

…なんて強い人なんだろうと思った」


自分の事を言われてるのを聞くのって、恥ずかしいね?!

でも、ルシアンはいつも、私の全部が好きとしか言ってくれないから、あの時どんな風に思っていたのか分からなくて、卑怯だって分かってるけど、聞き耳をたててしまう。


「そんな時に、薄汚れた黒い子猫を見つけて、あまりのみっともなさに、自分を見てるみたいでたまらなくなって、母の事も考えずに拾ってしまった。その時にミチルと初めて出会った。

猫を一生育てられるのかと聞かれて、答えられなかった。何も考えてなかったから。とりあえず、なんとかしたかっただけだから。本当に愚かだろう?」


ルシアンは髪をくしゃりと握った。あ、初めて見る仕草だ。


「…ミチルが、自分が猫を育てると言って連れて行った時、何故だか、自分を拾われたような気持ちになったんだ。猫と自分を同一視するなんてと思うだろうが…。

それから、偶然行った図書室に彼女がいて、猫の話をした。それからはミチルに会う為に図書室に通った。彼女から大切にされる猫の話を聞くと、何故か満たされるような気持ちになった。

家族があれだけ大切にしてくれている事にも気付かず、自分一人で生きてるような気でいたからな、あの頃は。

ある時、俺はミチルに1番にならなければならないのが辛いと零した。家族は誰もそんな事を俺に言った事はない。だが、父上も兄上も、常に1番だった。俺もそうでなければならないと思っていた。

でも、ミチルはそれを否定したんだよ。こなすべき事をこなしているのに、何故それでは駄目なのかと。

アリスならきっと、何故1番を目指さないのかと俺を罵ったと思う」


…アリスって誰?

ミチル、初耳です!


「確かに、アリス様なら、間違いなくそうおっしゃいますね」


レシャンテも知ってる人?!


「それからも、俺は素直に自分の弱さをミチルに話したと思う。でも、ミチルは軽蔑しなかった。人には向き不向きがあるんだから、出来る事をやれと。どうしてもやらねばならないなら、自分に適した方法を見つけろと」


「ほぅほぅ。なんとも奥様らしいご意見ですな。素晴らしい」


褒め…てるよね?

それにしても、というか、そういえばそんな事あったな、程度だったんだけど、まさかあの時のやりとりをルシアンがずっと覚えていてくれたとは…えっと、ごめん?軽いノリで答えてたように思う。


「俺は、父上を超える事も、兄上のようになる事も止めた。家は兄上が継ぐだろうから、もういいと思った」


「おや、これは聞き捨てならぬ事をおっしゃられますな」


軽く咎めるようなレシャンテに、ハハハ、とルシアンが笑う。少年らしい笑い声に、ミチルびっくり、あんどドッキドキですよ?!


「ミチルを好きだと思った」


!!


ちょ、イキナリ告白きた!!呼吸止まるかと思った。

ヤバイ、ちょっと心臓に矢が刺さった!!


「なるほど、それでアリス様との婚約の話をお断りされたのですね?」


?!

ちょっとお待ちになって?!

アリスって誰だろう、ってずっと思い出してたけど、アリスって、アリスって…まさかジークの義姉のアリス姫じゃないよね?!

カーライル王の弟、王弟殿下の一人娘で、王弟殿下とその妃が不慮の事故で亡くなって、王が引き取ったのだ。

大公の娘だから公女なんだけど、便宜的に姫と呼ばれている。確か年齢は2つ上。

今はサルタニアに嫁入りしてるので、国内にはいない。


「王は婚約に至らなかった事を残念がっておられましたな」


やっぱりですか?!

ええええええ??!!公女との婚約蹴って私?!

ちょっと待って!呼吸が別の意味で止まりそう!!


「アリスは喜んだと聞いてるが?」


「それが、皇都から戻られた若様を見て惜しまれたようで、王にご自身から若様との事を口にされたようです」


!!

姫ーーーっ!!!

変わり身はやすぎですーー?!!


「知らなかった」


「そうでしょう。当主様が手酷く姫をやり込めましたから」


お義父様?!

公女をやり込めるってどういう事ですか?!


盗み聞きしてるだけで私の寿命とHPが減ってってるけど?!


そこから、宮中であった、お義父様が姫をやり込めた話を、レシャンテが説明した。


今のルシアンとなら婚約しても良いとおっしゃる姫に、当主様が、既に婚約者がいるからとやんわりとお断りされ、王も自分で婚約したくないと言っていたではないかと、姫を窘めたのだそうだ。


でも姫は悪びれもせず、あの時のルシアンは冴えなかったけれど、今のルシアンなら夫にしてあげても良いとおっしゃられたものですから、当主様がお怒りになって、とレシャンテはコロコロと笑う。

いや、そこ笑うとこじゃないよ?!


今のルシアンが良く見えるのであれば、それは婚約者のミチル嬢のお陰でしょう、ルシアンはミチル嬢に相応しくありたいと己を変えましたから。婚約もルシアンからの強い希望ですしね。

姫とのお付き合いは2年程ありましたが、ルシアンをそのような気持ちにはさせられなかったご様子。

姫と婚約したら、昔の冴えないルシアンに戻ってしまうかも知れませんね、と当主様は言って姫を黙らせたようです。


あばばばばばばばぱ。

ヤバイヤバイ!いっそ止まって欲しい、私の呼吸!!


レシャンテの話を聞いて、ルシアンがまた笑った。

ルシアンは笑えるだろうけど、私は笑えないよ?!


「それで突然隣国への輿入れが決まったのか」


左様です、とレシャンテが答えた。


…知らなくていい事を知ってしまった気がスルヨー。


「一門から奥様の為に若様がご自身を変えたというのは聞いておりましたが、そういった馴れ初めがお有りだったのですね」


「あぁ」


「若様は、奥様に助けられたのですね」


「そうだな」


えぇ?!そんなつもり全然ないよ?!


「ミチルに会っていなかったらと考えた事がある。

俺はきっと窮屈な思いをしながら、適当に生きていただろうと。

…ミチルは、俺に捕まらなければどんな人生だったんだろうと」


「間違いなく、王太子か騎士団長の息子の元に輿入れしてるでしょうね」


いや、ないって!


「誰の元に行っても、ミチルは愛されるだろう」


だから、ないって!

欲目が過ぎるよ!!

否定したいけど、今更出て行けない!


「ですが、今は若様のものでしょう」


そうですよ、レシャンテ、良い事を言いますね!

もっとルシアンに言ってやって下さい!!


「今所か、永遠に自分のものにしたくて、強引に魂を結びつけてしまった」


「セラから聞いておりますが、それについて奥様はなんと?」


「自分に飽きても、ずっとそばにいるから諦めろと言われた。

…そんな日、永遠に来ないだろうに」


そう言ってルシアンはその場に寝転がり、私と目があった。


「!」


しまった!!


大急ぎでドアから離れて逃げる。


盗み聞きしてたのバレた!!

絶対コレ、お仕置きされちゃう!!


って言うか何処に逃げれば?!


目の前のドアに手を伸ばそうとした所、後ろから伸びた手がドアを抑えた。


「追いついた」


この声は…ルシアン…!


怖くて振り返れない私の耳元に、ルシアンの顔が近付いたのが分かった。


心臓が!心臓が破裂する!


「ミチル」


後ろから抱きしめられる。


駄目!今、本当に死にそうだから!

離して欲しい!!


「何処から聞いていたの?」


耳元で囁かれる声は、何処か責めているように聞こえて、申し訳なさで目をぎゅっと瞑る。


「…最初から…」


「…いけない子にはお仕置きしなくてはね?」


やっぱり!やっぱりお仕置き!!


「あぁ、でも、もしミチルの秘密を教えてくれたら、お仕置きしないであげますよ?」


レシャンテとルシアンのさっきの会話が頭の中で再生される。


私が、誰の元に行っても、愛されるだろうという、ルシアンのあの言葉が、頭にこびりつく。


「…部屋に…行きたいです…」


ルシアンは私を軽々と抱き上げると、部屋に向かって歩き出した。

私は恥ずかしくて、ルシアンの胸に顔を埋めた。

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