026.あなたに触れたい
”拝啓 ミチル様
カーライル王国では春の雨が降り注ぎ、大地に芽吹く草花に潤いを与えております。皇都の春は雨も少なく、青空が広がる天気が多いと聞き及びます。
皇都に移られてからひと月が経ちましたが、いかがお過ごしですか?
このたび、諸事情あって学園の魔道学教師を辞めました。今は皇都に移住する為の準備をしている所です。
この手紙がミチルの手元に届く頃には、カーライル王国を出立している事でしょう。
皇都にて、また貴女にお会い出来る日を、楽しみにしております。
敬具
デネブ・カーネリアン”
「えっ?!」
手紙を持って部屋に戻ろうとしたらルシアンが許してくれず、仕方なくルシアンのお膝の上でカーネリアン先生からの手紙を読んでたんだけど、あまりの衝撃に声に出してしまった。
「ルシアン、カーネリアン先生、学園をお辞めになったのですって」
びっくりですよ!
だって先生、まだ引退するには若いし、ずっと教師をやっていたのに。
「理由は?」
首を横に振る。
「いえ、諸事情とだけ。それから、皇都に向かってらっしゃるのだそうです」
「…そうですか。何も書いてないとすると、
そうなんですよねー。
他の生徒よりは親しくさせていただいたとは言っても、プライベートで接点を持つ程の仲の良さでもなかったし、ちょっと理由とか聞きづらいわー。
…あ、でも、魔力の復習を始めた所だから、カーネリアン先生が皇都にいらっしゃるのは、嬉しいかも。
「それで、ミチルは魔力関連の本を読み始めた理由を、いつ私に教えて下さるのですか?」
エ?
「ん?」と首を傾げてルシアンは優しく微笑む。
早く言え、という笑顔である。
あれ?ちょっと怒って…?
「…クロエに植物の魔力の調査をお願いしている時に、魔力について疑問が湧いてきまして…それで図書室に行って本を借りて参りましたの」
なるほど、とルシアンは頷いた。
「それで図書室で殿下と鉢合わせたと」
「?!」
何故それを?!
あ、もしかしてセラから聞いたのかな?
図書室での事を思い出したら、自然とため息が零れた。
はぁ…あの俺様殿下…会いたくない…。
「…皇都の未婚の令嬢達は、殿下に夢中だそうですよ」
「へー」
まぁ、ルシアンと同じ見た目で、皇弟という身分だもんねー。令嬢達が浮足立つのも分からなくもない。
興味ないけど。
っていうか、皇弟の妃なんて、絶対嫌だけどなー。
大切になんてしてもらえなさそうだし、自分以外にも妃いっぱいいそうだし、果たさなきゃいけない義務とかいっぱいありそう!
「ルシアンに言い寄っていた方達が全員、あちらにいってくれると嬉しいですわ」
そして戻って来なくていいです。アディオス!
「ミチルは、殿下に興味はないのですか?」
…それ、夫のルシアンが言うのは問題あると思うヨ…。
っていうか気になるのかな。
キース先生の事も聞いてきたぐらいだしね。
素直に話しておいた方が良さそうです、ルシアンの精神衛生と私の身の安全の為に…。
「…私…殿下のような俺様な方、好きではないので…」
「俺様?」
「皇弟殿下ですから、あの態度も理解出来なくはないのですけれど…あの傲慢な態度がどうも…」
だから、ジェラルドも好みじゃないんだよね。殿下程ではないけど、ジェラルドは俺様キャラだったから。
イケメンだとは思うし、遠巻きに見るのは眼福だとは思うけどね。それだけです。
「なるほど」
俺の女になれ、とか言われたら鳥肌立ちそう。嫌過ぎて。
あぁ、全国の俺様好きの皆さん、ごめんなさい。私はその良さが分からない不心得者です。
壁ドンとか無理です。
それとも好きになったらきゅんきゅんしちゃうんだろうか…。
ルシアンに壁ドンされているのを妄想してみる。
…あぁ、これはありかも…でも…ルシアン限定でお願いしたい…。
…あれ、そういえばアレクサンドリア家の借金の事で高利貸しの元に行った時のルシアンは、割と強気と言うか、俺様的というか…。
でも、嫌じゃなかったなぁ。むしろドキドキしちゃって、その後ルシアンの顔が見れなくなったんだった。
あれれ?
殿下に口説かれるのを想像してみる。
…あぁ、うん、嫌ですな。ムカつきますわー。想像だけでこのムカつき。リアルでやられたら殴りそうー。
ってまぁ、そんな状況はまずないとは思う。
ルシアンにちょっかいを出す目的以外では。
えっと、つまり、俺様が得意ではない私も、ルシアンに言われるのはオッケーって事?
ルシアンに壁ドンされて、おまえはオレの事だけ考えてればいいんだよ、と言われているのを想像。
…うーん…それだとルシアンと言うより殿下みたいで、なんか受け付けない。
じっとルシアンを見る。にっこりと、それは優しい微笑みを向けてくれるルシアンに、胸がぎゅっとする。
「好きです、ルシアン」
一瞬、驚いた顔になったルシアンは、すぐにまた笑顔になって「私も、愛してますよ、ミチル」と言ってくれた。
「私をあ」
ルシアンの口に手を当てて、それ以上言わせない。
分かっておりますよ、えぇ。
ミチルも大分学習しました!
愛してるなら私にほにゃららとか言って、キスさせようって魂胆だって事は、分かってます!
私に口を押さえられてるのに、何処か楽しげなルシアンの目に、見透かされてる気がして、ちょっと悔しい。
でも好き。
遅まきながらに、好きな相手に触れたいという欲求が私の中に沸き起こっていて。
い、いや、前からあったんだけど、恥ずかしすぎて出来なかったの!今も恥ずかしいけどね?
だから、ルシアンのお膝の上とか、嬉しくてたまらない気持ちになる。
今も、ルシアンの唇に手が触れてる事にドキドキする。
ルシアンは私の手を口から離すと「キスして」と、恐ろしい事を言った。
顔が瞬間的に熱くなる。
恥ずかしい!恥ずかしいけど!
そっと、ルシアンにキスをする。
離れがたくて、いつもみたいに、直ぐには唇を離せなかった。
唇を離すと、ルシアンが言った。
「もっとキスして」
それから、触れるだけのキスを、何度もした。
「ミチル、私に溺れて」
耳元で囁かれた言葉が、ぼぅっとしている私の頭の中に、じわじわと染み込んでいく。
ルシアンは私にキスをした。
部屋に戻ると、セラがにやにやしていた。
「ミチルちゃん、顔が赤い上に、にやけてるわよぉ☆」
えっ?!
にやけてる?!
ルシアンとのキスを思い出してたから?!
私もあんな風にキス出来るようになって成長したなとか思ってたんだけど、それが顔に出てた?!
顔に手を当てると、確かに少し熱い気がする。
恥ずかしいので、口はぎゅっと閉じる。
「随分良い傾向だわぁ。どういう心境の変化なのかしら?」
椅子に座ると、セラがほうじ茶を淹れてくれた。
「どういうって…言われても…」
「あ、そういえばこの前、部屋に閉じこもったじゃない?部屋から出てきたルシアン様がすっごいご機嫌だったんだけど、何があったの?」
瞬間的に顔が熱くなった。
ヤバイです、湯気出そう!
「なっ、何でもありませんっ!」
「何でもないのに、ルシアン様があんなにご機嫌になる筈ないもの」
ほらぁ、言っちゃいなさいよぉ、と鼻をツンツンされた。
何それ、セラ、女子なんでしょ、やっぱり?!
「ルシアンと私の秘密です!」
ごまかすようにお茶を飲む。
「徴付けたんでしょ」
「ゲホッ」
お茶が変なとこ入ったぞな、もし!!
「大当たり〜☆」
喉が焼けるように熱い。お茶が気管に入った!
ナ●シカの気持が分かった。
少し肺に入った、ゲホッ!
あんな感じです。って本当に痛い!
「み、見てた?!」
「見ないわよ」
馬鹿ね、と言われてしまった。
カップをテーブルに置いて体育座りする。
「ミチルちゃんも素面で遂にそこまで出来るようになったのねぇ☆なんだか、感無量よ!」
感無量の使う所、そこでいいの?!
っていうかアレは、強制的にやらされたんであって!自発的なものでは…!
いや、もう、その先にいってるんだから、恥ずかしがる所じゃないんだろうけど、恥ずかしい…。
「殿下と見分けが付きやすいように徴を首に付けておくってどう?」
「破廉恥!!」
2度と登城出来なくなるから!
「ミチルちゃんは、本当、ルシアン様一筋なのねぇ。
殿下に全く靡いてる様子がないわね」
「私が殿下を唯一好意的に思える所は、ルシアンに顔が似てる事だけですわ」
まったくもう。
イケメンだからって調子に乗るなって言うんですよ。
「…そんなに嫌いなの?」
「世の中が何でも自分の思い通りになると思ってる、傲慢さが滲み出た態度の男が、ルシアンと瓜二つなのが許せません」
「…かなり嫌いね?そしてさっき言った事との矛盾が激しいわよ?」
「当然です。本当の所は分かりませんけど、ルシアンに関心を持ってるのも不愉快です。まさか自分の顔が大好きで、瓜二つのルシアンに恋に落ちた訳じゃないでしょうし。
そうなるとルシアンが何かに巻き込まれるかも知れないという事ですもの。
皇国ならまだしも、帝国なんて、圏外じゃありませんか」
自分の事は自分で!
兄弟喧嘩?は自分達で解決!他所様を巻き込まない!
「ミチルちゃんって、権力とか富に関心がないの?」
殿下に靡かないから?
「生きていくのに必要な富には関心ありますよ?
権力はあまり。権利には義務が付き物ですし」
モニカとか凄いなって思う。
王太子妃、最終的には王妃だよ?!
どれだけの義務を負うんだろう。想像も付かないよ。
はぁ、ルシアンが王族じゃなくて良かった…!
「ないのねぇ」
ほうじ茶を飲む。うむ、美味しいです。
「もしよ?ルシアン様が王族になったら、ミチルちゃんどうする?」
「どうもしませんよ?」
不満そうにセラが口を尖らせる。こら、美女!止めなさい!可愛いから!
「どうもしないってどういう事?」
「そのままの意味ですよ?成すべき事をします」
「え?」
「王族として相応しい振る舞いですとか、知識ですとか、勉強しますよ?当然」
ルシアンがうっかり間違ってそうなってしまったら、その時は腹を括るしかあるまい…。嫌だけど…。
この前ハウミーニアが国として消滅した時、新しい国を作るかという議論も上がったのだそうだ。
その際に、国王として推されたのは、他でもないお義父様で。ってなるとルシアン、王太子になっちゃう訳で。そうすると恐ろしい事に、私、王妃になっちゃう訳です。側妃かもだけど。ルシアンの事を考えると、正妃にされそうな気がするし…。
凄くないですか、もしそんな事になったらしがない伯爵令嬢から一国の王妃ですよ。まさに乙女ゲーム!下克上ですよ!
結局お義父様が、そんな面倒な事は嫌だよ、と一蹴したからカーライル王国に併呑されたけど。
こんな事、そうそうある事ではないとは思うけど、アルト家のチートな面子を見てると、不可能ってないんじゃないかって、別の意味での可能性を感じました、えぇ。
そしてその可能性は潰えて欲しいデス。
「え?ミチルちゃん、頑張るの?」
「そうなった場合に、私、ルシアンから離れるという選択肢があるのですか?」
「ないわね」
「ですよね?ですから、成すべき事をしますわ」
「そうね。愚問だったわ」
うん、と力強くセラが頷いた。
愚問て…。そこまで言わんでも…。
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