025.魔力について復習です
執務室に戻った私は、ルシアンを見て、思わずホッと息を漏らした。
机に向かって真面目に仕事をしているその姿は、欲目抜きにカッコいい。
ルシアンの姿を見て気持ちが落ち着いた私は、自分の席に座って図書室で借りてきた本を読み始めた。
何か見逃しがあるのかも知れないと、分かっている内容でも、読み進めていく。
あぁ、そうだったな、と思い出すものもあったりして。
1冊目はそんなに分厚くない本だったので、割と直ぐに読み終えてしまった。
「図書室に返しておいていただけると助かるわ」
執務室から出て殿下に会いたくない…。
クロエは頷くと本を持って執務室を出た。
私は次の本に手を伸ばす。
ちょっと古びた表紙の本だ。前世だったら、いつ誰が書いたかなどの記載があるけど、こちらにはそんなのない。
分厚い表紙をめくる。
[魔力とは、素質を持つ者のみに許された特殊な力である]
確かに平民は持ってないからね。
[体液や血液とは異なる物であり、体外へ排出出来るものではない。
気力とも違い、豪胆な者だからと言って魔力を多く保持するものでもない。
動物が死せし時、全身を巡る魔力が心臓に集まり、魔石を形成する。生きながら解剖してみた際に、心臓に魔石はなく、絶命した瞬間に魔石が生成された]
…うわっ、ちょっとこの本、グロい。
内容的にはベストだけど。
[体外に排出せずとも何ら不利益を被る事はない。動物などがその良い例である。
植物もまた魔力を有するが、消滅の瞬間が無い為か、魔石を生成しない。もしくは、生成する程の魔力を有しないかのどちらかである]
…なんだろう…何か違和感を感じる。
貴族と、動物と、植物は魔力を持ってる…動物と植物すら魔力を持ってるのに、何で平民は魔力を持ってないんだろう?
ルシアンは貴族と平民は祖が違うって言ってたけど、動物と植物は持ってる…。
祖が違うから、持ってないんだとするなら、動物と植物が持ってるのがおかしい。
人間だけなら、分かる。っていうか、納得がいく。
何故平民だけ持ってないの?
動物や植物にも、魔力を持ってないものってあるのかな?
植物はちょっとその確認が難しそうだから、動物で確認してみたい。
紙に気になる点をメモする。
人が死んだ場合には、死者を冒涜してはいけないから、死体から魔石を取ったりはしない。そんな事すると呪われるとも言われている。実際問題呪われるって事はないだろうけど、戒めとして言われているんだろう。
魔石は高く売れる。その魔石の持ち主が、元は人間だったのか、生きている時に自分の意志で作成したのか、殺されて魔石を取られたのか、魔石からは見分けはつかない。
「ミチル」
顔を上げるとルシアンが目の前に立っていた。
「帰りましょう」
え、もうそんな時間?
窓の外を見ると、日が暮れようとしていた。
セラに本とメモを渡し、ルシアンの手を取って立ち上がる。
廊下を歩いていると、正面から殿下が従者と一緒に歩いて来るのが見えた。
今日はエンカウント高いな…。
私とルシアンは廊下の端に寄り、頭を下げる。
私達の前で殿下は一瞬立ち止まると、こちらを見た気配がした。顔を上げてないから、誰を見たのかは不明。
でも、何も言わずにそのまま立ち去った。
自分と同じ顔を見るって、どんな感じなんだろう?
「参りましょう」
ルシアンから私に向けられる笑顔に、私も微笑み返す。
あぁ、やっぱりルシアン好き。
「はい、ルシアン」
そっと手を伸ばしてルシアンの手を握る。
ルシアンは一瞬驚いた顔になって、それから直ぐに優しく微笑んでくれた。
馬車の中でも安定のお膝抱っこに、最近追加された恋人繋ぎ。我ながらよくぞここまで…!と、思う。
いや、本当に褒めてあげたい!天晴れ!ビバ!素晴らしい!マーベラス!いや、褒めすぎ。
でもですよ、へたれな私がここまで慣れるなんて、誰が想像しただろうか?!いや、むしろここまでへたれな事に驚かれてた…。
肉食化はしてない(と思う)けど、慣れてきたんだよ、色々と!
ここに至るまで、それはもう、山あり谷ありの心臓への負担ギリギリの熱愛生活!
一見幸せに見えて、実際は命懸けっていう!いや、幸せですけどね?
この超絶イケメンを見てても、きゅんとはしても、興奮で鼻血出そうにはならなくなってきたし!いや、出た事はないよ?!でもこう、鼻の奥にくって来るから、やばかった時は間違いなくあった。そんな事になったら、淑女生命の危機です!
あぁ、もっと早く慣れていたら、結婚式のルシアンをガン見出来たのかと思うと、過去の己のへたれさを殴りたい!
「ミチル?」
「はい?」
名前を呼ばれて顔をあげたら、キスをされた。
「…っ!」
な、何をするんだ、このイケメン!
キスすら自然とか!
いくら、馬車の中で二人っきりだからって…ふ、二人っきり…。
いやいや、二人っきりなんて、いつもなってるでしょ。キスだって、ルシアンがキス魔だから沢山されてるし。
婚約時代からロイエの策略?で二人きりにされたりとか何回もあったし、結婚してからだって、二人きりなんて数えられないぐらいしてきたでしょ?毎晩同衾してる訳だしな…。
その二人きりの時に、いつも破廉恥な事をされて…。
あああ、何でこんな今更な事で頭がぐるぐるしてるんだ、私!
「顔が赤い」
知ってる!だって、顔熱いし!湯気出せそう!
いや、別に、思い出したりしてないし!本当に!
またキスが落ちてきた。
やめてやめてー!きゅんきゅんしすぎて死んで蘇生しそう!
「そんな可愛い顔をしていると、食べてしまいますよ?」
えっ?!
ここで?!
「だっ、駄目です!こんなとこで…!」
慌ててルシアンから身体を離そうとして、身体を抱き寄せられる。
前言撤回である!
私はまだまだ、慣れておりません!!
ルシアンはくすっと笑い、私の頰にキスをする。
「ここでとは言ってませんが、ミチルがお望みならここでも構いませんよ?」
「構います!駄目です!こんな所では嫌です!!」
ふふ、とルシアンは微笑んだ。
…あ、コレ、またしてもやられたんじゃ。
「では、屋敷でね?」
「ちがっ!そんな意味ではなくて!ルシアン!!」
困ったようにルシアンは微笑む。
「諦めて下さい、ミチル。私は貴女が可愛くて愛しくてたまらない」
「…っ!」
囁かれた甘い言葉に、心臓がぎゅっとする。
「愛してます、ミチル」
泣きそうになる。
「わ…私も…」
ルシアンの首に抱きついて、顔を埋める。
私の心臓の鼓動、きっとルシアンに伝わってしまってる。
いや、顔真っ赤だし、もう、バレバレですよ!
「愛しい人」
!!
もうやめて、ルシアン!
私のHPはゼロよ!
「馬車に乗ってただけなのに、何でそんなにぐったりしてるのよ?」
馬車から降りて直ぐにルシアンに抱き上げられた私は、まだ顔の赤みが取れないままだ。
セラがちらりとルシアンを見る。
「口付けと愛を囁いたぐらいしかしていない」
十分ですから!!
「ミチルちゃんもまだまだねぇ」
厳しい!アルト家の人達、厳しいよ!!
エマとリュドミラに手伝ってもらいながら着替える。
はー、コルセットきつかったー。
登城するようになったから、毎回コルセットを着用する羽目になり、私は声にならない悲鳴を上げる日々です。
お義母様が作ってくれたワンピースに着替え、セラが淹れてくれたほうじ茶を飲んでほっと息を吐く。
「殿下…面倒そうな方よねぇ…」
セラの言葉を聞いて、図書室でのやりとりを思いだし、げんなりする。
「どう見ても、ご自身にそっくりのルシアンに関心を抱いてらっしゃるわよね…」
うんうん、とセラは頷く。
あれは、私に関心があるんではないと思う。一番ルシアンに近い存在の私にちょっかいを出す事で、ルシアンを知ろうとしているのだろうと思う。
さすがに自分を見る視線に、異性への関心みたいなものが含まれているかぐらいは分かる。むしろ、前世ではそういう好意も関心も含まれていない目しか向けられてなかったから、よく分かってる!
…あ、やばい、ちょっと心の傷が開いた…。いいんだ…後でイケメンを見て心の傷を癒すんだ…。
「帰りに廊下ですれ違った際も、ルシアン様の事を見てたもの。引き抜こうとか考えてないといいんだけど…」
引き抜く?ルシアンを…?
「え…替え玉と言う事ですか?」
そうよ、とセラは頷く。
「雷帝国皇帝は、弟の優秀さを昔から煙たく思っていてね、命を狙った事も一度や二度ではないと聞くわ。
そんな人が自分そっくりの人間を見つけて、そういった活用方法に思い至らない筈がないもの」
えええええええ!メーーーーワク!!!
「…それにしても、セラ、よく帝国の事までご存知ですね?」
「ちょっとね…調べたのよ」
さすがアルト家。諜報一家だけありますね。
「それでね、ミチルちゃん」
セラの真剣な様子に、思わず姿勢を正す。
「はい、セラ先生」
「ルシアン様は、単体であればかなりお強いから、殿下がどうこうしようとしてもそう簡単にはいかないと思うの。殿下やあの従者がどれ程のものかは分からないけどね。
でも、ミチルちゃんが関わったら分からないわ。ミチルちゃんを誘拐して、自分の替え玉になれって言ったら、なると思うのよ、ルシアン様の事だから」
!!
あり得そうで怖い!!
「だから気を付けて。
それから、またトレーニングを始めましょう」
トレーニングって、まさか逃亡ブートキャンプですか!?またやるの?!
「逃亡の練習もそうだけど、今回はもうちょっと前衛的なものを覚えていきましょう」
前衛的って…前に教えてもらったのだって、髪に刺してる櫛で相手を刺すとか、結構前衛的だったと思うよ?もっと上を行くってこと?!
さようなら、私の淑女人生よ…!
「そういえば、ミチルちゃん、どうしてまた魔力の勉強をイチから始める気になったの?」
あ、そうでした。
セラには自分の思ってる事をちゃんと伝えておかないとね。
「クロエから話を伺っていて、そもそも魔力とは何なのかと思いまして」
ふむふむ、とセラは頷いて、みたらし団子を口に入れる。
実はこのみたらし団子は、私が食べたくて仕方なくなって適当に作ったものなのだが、適当な割になかなか美味しく出来た。
さすが皇都と申しますか、白玉粉が手に入るんだよね。カーライルだとなかなか手に入らない…。ハウミーニアで作ってくれないだろうか…。
かつての同居人が、春はやっぱり団子だろう、と言って毎年団子を作っていたのを、手伝いもせず横で観察していたのを思い出し、作ってみた。みたらしは舌の記憶ベースだけど。
串には刺さずに食べますけどね。
あとでルシアンにも食べさせてあげようっと。
「白玉は食べたことあるけど、このたれ、甘いのにしょっぱさもあって美味しいわねぇ」
「みたらし団子と言うんですのよ。燕国でも食べられているのではないかしら」
燕国ではやっぱり、串に刺してあるんだろうか。
「それで、魔力とは何ぞやと思って、本を読み直し始めたの?」
あ、そうだった。
「魔力は血液でも体液でもないもので、体外に排出する必要はないという事は、溜まらない。体内で循環するか、消費されても補充されるか」
寝れば回復するMP的な。
「何故補充されると思ったの?」
「カーネリアン一族を見ていて、単純に魔力が消費されるだけのものであれば、あれだけ日常的に魔力を使用していれば枯渇すると思ったからです」
なるほどね、とセラは頷く。
「それから、何故、動物や植物にまで魔力があるのに、平民にはないのかが不思議なのです」
「そういうものだと思っていたけど、確かに言われてみれば不思議ねぇ」
「貴族と平民は元々の祖が違うとルシアンが言ってました。もしかしたら、それが関係しているのかも知れません。でも、貴族の血が混じる事で、平民でも魔力を持つ事もある訳ですから、絶対ではないのです」
平民の遺伝子の方が強いみたいだけど。
「動物は全て、魔力を持っているのかが知りたいのです。だから何だという訳ではないのですが、魔力を持っている存在と持っていない存在の差を明確にしたいと言うか」
まだ本も読み始めたばかりだから、もっと核心に触れるような事が書いてあるかもだけど。
「あ、私、ルシアンにみたらし団子を届けて参りますわ」
団子が固くなる前に持っていかねば。
ルシアンは書斎でカーライルからの手紙を読んでいるらしい。
報告書とか色々届いているんだろうなー。
いつ休むのかな、ルシアン…心配。
書斎のドアをノックする。
「ルシアン、ミチルです」
返事の代わりに、ドアが開いた。
わざわざ開けに来てくれるとは…このイケメン…やりおる。
「会いに来てくれたんですか?」と言って私の頬にキスをする。
「みたらし団子を作ったので、ルシアンに召しあがっていただこうと思ったのです」
「ミタラシダンゴ?」
私の手にある器に視線を落とす。
「白玉に似てますね」
ルシアンは私の腰に腕を回すと、室内に招き入れてくれた。
そういえば、この屋敷に移ってから、ルシアンの書斎を見るのは初めてだなー。
「白玉にあまじょっぱいたれをかけたものです」
あ!しまった!お茶を用意するの忘れてたー!
ルシアン甘いの得意じゃないのに。
「お茶を淹れて参りますから、召し上がっていて下さいませ」
器を押し付けようとするも、大丈夫ですよ、と言ってルシアンは私から手を離さない。
そのままカウチに座らされる。
ルシアンはテーブルの上にあるベルを鳴らすと、直にドアが開き、レシャンテがやって来た。
「お茶を」
レシャンテは頷いて、直にお持ちします、と答えて去って行った。
「ミチル、食べさせて下さい」
こうなるとは思ってましたけどね?
スプーンで白玉を掬ってルシアンの口に運ぶ。ぱくりと、口の中に消える白玉。
「モチモチして、美味しいです」
「甘過ぎたりはしてませんか?」
「大丈夫ですよ、しょっぱさもありますし」
ドアがノックされて、お茶を持ったレシャンテが入って来た。
テーブルにお茶をそっと置いて、そっと去って行った。
さすがロイエの祖父、気配が薄かったです。
みたらし団子を食べ終えると、ルシアンはほうじ茶を飲んでひと息吐いた。
「美味しかったです、ミチル。ありがとう」
ルシアンの笑顔が嬉しくて、私も笑顔で返す。
「それにしても、白玉というのは不思議な食感ですね。
モチモチして柔らかい」
「茹でる時の目安は、耳朶ぐらいの柔らかさなんですよ」
豆知識を披露すると、なるほど、とルシアンは言って顔を近付けてきて、私の耳朶を唇で噛んだ。
「!」
「なるほど、確かに柔らかいですね」
慌ててルシアンを両手で押し返す。
「ご自身の耳朶を触って下さいませっ!」
ふふ、とルシアンは笑うと立ち上がり、封筒を差し出した。
「カーネリアン先生からお手紙が届いてますよ」
カーネリアン先生から?
モニカやお義母様達なら分かるけど、カーネリアン先生から来るとは思ってもみなくて、驚きだ。
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