024.殿下

何日かぶりに皇城に登城した私を待っていたのは、虐めとか嫌がらせとかではなく。


アレクシア姫にルシアンと一緒に呼ばれた私は、ルシアンそっくりさんを紹介された。


「レーフ・ミロスラフ・リヴァノフ・ライだ」


鷹揚にそっくりさんは名乗った。

口元には笑みを浮かべている。ルシアンがしない表情なので、ちょっと新鮮だ。そしてやはりイケメンだ。


「雷帝国の皇弟殿下ですよ、夫人」


雷帝国皇帝の弟?!このルシアンそっくりさんが?!

確かにルシアン、殿下って呼んでた…!


戸惑いを隠しきれなかった私を見て、姫は笑って言った。


「アルト伯爵にそっくりで驚いてますね?」


いえ、姫、そこではありません。

私が驚いてるのは、このイケメン顔は、高貴な家に生まれるって決まりでもあるのか?という事です。

ルシアンも侯爵家だったし、殿下は殿下だし。


「殿下はしばらくの間、皇国に滞在されます。伯爵とよく似てらっしゃるので、間違えないように触れを出しておかなくてはね。

夫人も、夫と間違えてはなりませんよ?」


揶揄うような言葉をかけられてしまった。

姫が相手なので言い返さないですけど、間違えないと思います、多分。


執務室の官僚達の間でも、ルシアンと殿下がそっくりな事が話題になっていた。


「最初、殿下だと分からずに、補佐官と呼びかけてしまいまして…お許しいただいたものの、冷や汗ものでした」


ブルブルと震える官僚に、苦笑する。


だよねー。

あっちは雷帝国の皇弟だもんね。

何か問題起こしちゃったら、国際問題ですよ。


私は見分け付くけど、ルシアンをそう詳しく知らない人とか、遠巻きに見た場合なんかは間違えてしまいそうだよねー。


なるほど、とルシアンは呟く。


「ルシアン?」


「無用な混乱を生まない為にも、カーライルに帰りましょうか、ミチル」


にっこりと良い笑顔でルシアンは言った。


そうきたかー。そうきちゃいましたかー。

まぁ、賛成です、えぇ。


官僚達の顔色が悪くなる。

帰ったら絶対戻って来ないだろう事が分かるからだと思う。


「ふ、夫人は、見分けが付くの、ですよね?」


私は頷く。

多分だけど、私はルシアンと殿下を間違えないと思う。


「見分けるコツを教えていただけないでしょうか?」


コツ?


ルシアンをマジマジと見つめる。微笑むルシアン。


私が間違えない理由は私にしか使えないから、教えても意味がないと思われる。


「…そうですね、ルシアンは私とお揃いの結婚指輪をしていますから、それで見分けてはいかがですか?」


官僚達はルシアンの左手の薬指を見る。

結婚式に交換した結婚指輪がそこにある。

こんな形で役に立つとは思いませなんだ。


「あぁ、ありがとうございます、助かります」


みんなが必死すぎて不憫…。




今日は久々にサンドイッチを作った。

ルシアンの好きなてりやきサンドイッチを。

迷惑をかけてしまったから、そのお詫びも兼ねて。


あとコロッケサンドとツナサンド。

めっちゃ高カロリー!

でもルシアンなら平気。私は駄目だけど…。

ちなみに自分用には卵サラダのサンドイッチときんぴらごぼうのサンドイッチにした。

いっぱい作ったけど、セラとクロエもいるので問題なかろう。


サロンをひと部屋借りて、クロエに紅茶を淹れてくれるよう頼んだ。濃いめのサンドイッチが多いので、さっぱり目の紅茶をお願いした。


コポコポ、と音を立てて紅色の液体が純白のカップに注がれる。いい匂い。


「これは…迷いますね…」


「どれから召し上がるかを、ですか?」


ルシアンにおしぼりを渡す。おしぼりを受け取ると、手を拭きながら頷く。


「はい。ミチルのイチオシはどれですか?」


てりやきチキンサンドは前に食べた事もあるからなー、そうだなー。


「そうですわね、こちらのコロッケサンドからお願いします」


料理長に手伝ってもらって、って言うか、私が何か作ろうとしてる事を知った料理長に押し切られて、厨房で作ったんだけどね。


ひき肉と玉ねぎを入れたコロッケにしたかったから、じゃがいもは丹念に潰してもらった。


いっそのこと、自分だと面倒で手抜きしちゃう部分を料理長と愉快な仲間達に手伝ってもらおうと思い至った。

そんな訳で、今日のコロッケのじゃがいもは大変なめらかな口当たりだと思われる。

ひき肉より少し大きめな玉ねぎ。食感が欲しくてね。大きめです。ひき肉は炒め過ぎると固くなっちゃうから、すっかり玉ねぎがきつね色になってから加えたりして。


サクサクコロッケに、繊維感を残した細切りキャベツ、中濃ソースたっぷり。


ルシアンの口にコロッケサンドが入る。

口がぎゅっとしたのを確認!よし!今回も成功である!


「美味しいですね、じゃがいもの口当たりがとても滑らかです。ひき肉もスパイスが効いて、美味しい」


うふふふふふ。コロッケサンド美味しいよねぇ。私も好き。この前の宴でのカロリーオーバーがなければ、私も食べたかったです!

本当にねー、コルセットがあるとは言えですよ、淑女は軽々しく太れないのですよ。

っていうか皇都に来てから全然運動出来てない。ストレス!エクササイズマシーンぷりーず!


美味しそうに食べるルシアンを見ながら、自分用のきんぴらごぼうサンドをひと口食べる。

セラとクロエにも、皇城では気にせず食べるように言ってある。

二人も興味のあるサンドイッチを手にする。

お、セラはツナサンド、クロエはテリヤキチキンサンドにいきましたな?


「ミチルの食べているサンドイッチは、何ですか?」


「きんぴらごぼうサンドです」


「きんぴらごぼうとは、あのきんぴらごぼうですか?」


私が食べてるのが気になったらしく、ルシアンはコロッケサンドの次はきんぴらごぼうサンドを選んだ。


「きんぴらごぼうの食感が、予想外にパンと合いますね。

シャキシャキします」


そうでしょう。噛む事で満足感を早めに得ようという、乙女の切実なサンドイッチですよ!


「そうなのです。ごぼうサラダを挟んだ物も美味しいので、今度作りますね」


是非、と微笑むルシアンが可愛い!このイケメン、可愛いよ!!


「そういえばミチルちゃん、クロエに花の事聞かなくていいの?」


そうでした!すっごい忘れてました!

っていうか、セラ、よく覚えてたねー?


クロエが顔を上げる。


「先日の感謝祭で大量の花が供されたでしょう?

あの花を魔石に出来ないかと思ったのだけれど、動物と違って命を失う定義が植物の場合は曖昧でしょう?クロエはいつも植物に向き合っているから何か知らないかと思ったのです」


頷くと、クロエが説明を始めた。


「ミチル様がおっしゃる通り、魔石の作成には条件がございます。

人は己の意思で魔力を魔石として排出可能ですが、動物はそうではありません。魔石を排出するという思考を持ちませんので。

死の瞬間を迎えますと、魔力が心臓に集まり、それが結晶化して魔石となります。これが、死んだら魔石が出てくると言われる所以です」


ほほー。

そうなんだ。


「植物に関しては、魔力を微量ながら保持している事は確認されておりますが、魔石の生成に至るまでの魔力量に達しないというのが、魔道研究院の見解です」


「精油を作成する時のようにしてみたら抽出出来たりとか…」


というか、魔力って血液でも体液でもないから、どうやって抽出するのか不明。


「植物から魔力を抽出可能かの実験は、大変有意義であると思料します。これまで植物から有効成分を抽出する手段としましては、水蒸気蒸留法を使用しておりましたが、別の手段を用いるのも有りなのではないかと愚考します」


?!

…ハイ、よろしくお願いシマス、クロエ様。


クロエが教えてくれた方法は複数あって。

1.水蒸気蒸留法。これが一般的。熱で壊れちゃうような成分は抽出出来ないらしい。ほほー。

2.圧搾法。柑橘系果実から精油を抽出する場合に有効との事。

3.溶剤抽出法。水分や熱、圧で壊れてしまう成分を抽出する場合に使う方法。

4.油脂吸着法。脂に精油成分が吸着しやすいという性質を利用したもの。魔力ではどうかなー。

5.アルコールに溶け出させる方法。


この説明をしている時のクロエの目が、いつものどんよりした目から、キラッキラに変わって、ミチルびっくりでした…。


そもそも、魔力って何なんだろうね?

血液でも体液でもなくて、平民なんかは持っていない。

なくても別に困らない。


…ふむ。どうせ私はルシアンのお仕事で手伝える事も少ないし、暇だから魔力についてもう一度勉強してみよう!

皇都にしかない資料とかもあるかも知れないし!




ランチ後、セラとイーギス、アメリアを伴って、図書室に訪れてみた。

魔力に関するコーナーを見つけて、これかなーという本に当たりをつけて、開いてみる。


学園以来ですよ、図書室とか。

前も魔力について知りたくて、図書室とか通ったなー。そこでルシアンと会ってお話したりして…。

いやぁ、今思うと懐かしい…。

そういえばルシアン、本を読む為じゃなく、私に会う為に図書室に来てたって言ってた…。


頬に熱が集まる。


ルシアンって、あんな草食そうに見えたのに、既に肉食だよね…。

っていうかあの時から私の事好きだったって言ってた…。


「その本は、そのように頬を赤らめるような事が書いてあるのか?」


声が上から降ってきた。


「?!」


見上げると、レーフ殿下が上からこっちを見てた。

手すりによりかかり、意地悪そうに笑っている。


「殿下…ご機嫌うるわしゅう…」


カーテシーをして挨拶する。


あぁ、びっくりした。

誰に話しかけられたのかと思った。


殿下は階段を下りて私の前にやって来た。

バラけていた筈のセラとイーギス、アメリアも気が付いたら集まって来ている。

さすが護衛ですね、素早いです。


「これはこれは、随分過保護な事だ。それとも、私が警戒されているのかな?」


呆れたような笑いを浮かべて殿下は言った。目の奥が笑ってないけど。


「婚姻関係や婚約関係を結んでいる訳でもない男女が二人きりになる事は、慎むべき事です」


セラが咎めるように殿下を見据えて言う。殿下は鷹揚に構えている。


「それぐらいは知っているさ。だが、私は夫人の伴侶に酷似しているのだから、夫といるのだと誤解するのではないか?」


「殿下と我が主が瓜二つである事は、この城の者も知っている事でございます。むしろ、夫によく似た殿下と二人きりでいる事の方が問題となりましょう」


セラ、さすがですね。

殿下相手でも一歩も引かないとか、カッコいいです!


「夫人はどうだ?私と二人きりになるのは嫌か?」


「恐れながら申し上げさせていただければ、勿論、嫌にございます」


本当なら、恐れ多い事ですとかなんとか言うのが正解なんだろうけど、この人、そう言わせて、自分の思うように持っていくタイプに見える。なので、超絶無礼だって分かってるけど、拒否してみた。


私の反応が思ったものと違っていたからだろう、殿下は驚いて目を少し見開いている。

皇弟だもんね。無礼な発言なんて、生まれてこの方された事ないんだと思う。

いや、私だってしたい訳じゃありませんけどね?


「夫以外の男性と二人など、考えるのも嫌でございますわ」


「こんなに似ていてもか?」


何言ってんだ。見た目が同じだって別人でしょ。


「どれだけ似ていようとも、夫とは別人にございますもの」


殿下は目を細めて、「面白い」と言った。


「そなたのように私にはっきりと物を言う淑女はおらぬ」


「躾が行き届いておらず…申し訳ございません…」


セラに魔力関連の本を数冊渡すと、殿下にもう一度カーテシーをした。


「それでは殿下、御前を失礼させていただきます」


なんかよく分からない人だから、関わりたくない。

早く逃げよう。三十六計逃げるに如かず、ですよ。


「…ルシアンはまた、よく分からない方に目を付けられてしまったようですね」


執務室に向かう途中、セラに言うと、セラがため息まじりに頷いた。


「あれ、絶対揶揄っているものねぇ。めんどくさい人増えたわー」


本当ですよー…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る