004.初めましてアレクシア姫
朝から念入りにキレイにされて、髪も結い上げられ、お義母様がデザインして下さったフォレストグリーンの落ち着いたドレスを着て、ルシアンと共に皇城に登城しております…。
胸元が露出するデザインは苦手なので、襟元までレースで隠れているこのドレスはお気に入りだ。エンパイアスタイルで広がり過ぎないのも好き。
結い上げて一つにまとめた髪は、そこから5つに分けて細かい三つ編みにし、ドレスと同じ色のリボンを絡ませるようにしてまとめてるらしい。
リュドミラの手先の器用さに脱帽です。
ルシアンは学園の時とは違って、髪を少しまとめており、黒い宮廷服がよくお似合いです!カッコいい!!
クラヴァットには私の瞳と同じホーリーグリーンのネクタイピンをしている。
新しいのをプレゼントしたくなってきた。
今度探すか作るかしようっと。
ルシアンに連れられ、謁見の間に行く。間も無くして、皇族が出入りする扉の前に立った男の人が言った。
「世継ぎの御子、アレクシア様のお越しである!」
ルシアンが頭を下げ、慌てて私もカーテシーをする。
カツン、カツンと音をさせて誰かが奥から謁見の間に入る。複数人の足音がする。その内の一人が壇上の玉座に座った。アレクシア姫のようだ。
世継ぎの御子という事はまだ、皇位を継いでないという事なのに、玉座に座ったと言う事は、事実上のトップと言う事なのか、そう思わせる為なのか。
「大義です。面を上げなさい」
ルシアンが顔を上げた気配がしたので、続いて私も顔を上げる。
玉座にはカナリヤ色の髪にヒヤシンス色の瞳の、とても可愛らしい、庇護欲を掻き立てそうな方が座っていた。
アレクシア姫!ヒロイン顔!
アレクシア姫は私の顔を見るなり、驚いたようにちょっと目を見開くと、頰を赤く染め、横に立つ初老の男性に扇子で口元を隠した状態で何やら話している。
…な、何だろう…貶されているとかじゃないといいんだけど…。
内緒話を終えたアレクシア姫は、扇子を口元から話すとルシアンを向いて言った。
「こちらのお方が、アルト伯爵の奥方様なのですね」
会う人会う人そう言うんだけど、何で?!
ルシアンの妻だから注目度が高いって事?!
どんだけ有名なの、このイケメン?!
「妖精姫の話はかねがね伺ってましたが、噂に違わぬ美しさですね」
なして?!
「恐れ入ります」
淡々と答えるルシアンに、冷や汗が出る。
まさかこんな所で妖精姫のあだ名を聞く事になるとは…!
「アルト伯爵にも、皇都に戻る際には是非、妖精姫を連れて来てくれるよう頼んでいたのですが、お願いした甲斐がありました」
そう言ってアレクシア姫はふふふ、と笑う。
いやいや、姫さま、笑いごとじゃないヨ…。
「一年も愛し合う二人を引き裂く訳には参りませんからね。そんな事をしたら、私、アルト伯爵に亡き者にされてしまいます」
ルシアン…一体どんな風に認識されてるんですか…一体どう言う事なんですか…?
「二人共、まだ時間は許されるのでしょう?そろそろお茶の時間ですから、付き合って下さい」
丁寧なのに、逆らえない言い回し。
これを、たった数年前に修道院にいた人が使いこなすのか。元々頭が良いか、生まれ持った資質なんだろうな。
皇族がいる時のみ利用出来る、来客用サロンに案内される。
白い壁面にスカイブルーの装飾が施されている。そのお陰で、壁面の白さが落ち着いて見える。スカイブルーの柔らかい色合いは必要以上に目立つ事なく、かと言って埋没するでもなく、程よく調和されている。
さすが皇帝の居城です。
ルシアンの隣に座る私は、緊張でカチンコチンである。
それに比べて日常的に王族と接点を持つルシアンの落ち着きといったら…いや、でもこの人が緊張してる所見た事ない。きっとそういう神経みたいなの無いんだと思う。
そんな私の手をそっと撫でるルシアン。顔を上げると、優しく微笑んでいる。私の緊張をほぐそうとしてくれてるんだろう。優しい…。
「ここでは、普通にお話し下さいね」
突然砕けた口調で姫が言った。
そんな訳にはいかないよ?!
「アルト伯爵夫人が戸惑っているよ、アレクシア」
初老の紳士は苦笑して言った。
なるほど、この距離感と年齢差からして、アレクシア姫の祖父、クレッシェン公爵みたいだな。
皇国に来るのに、皇国の貴族年鑑ノーチェックで来ました私ー!いぇーい!
「私、自分と同い年ぐらいの方に知り合いがおりませんもの。今日、アルト伯爵夫人にお会いするのが本当に楽しみだったのです」
あ、近い年齢の人がいないから会いたかった?
そうだよねー、やっぱり同い年ぐらいの友人とか欲しいよねー?
…ってそんなわけあるか!
皇国にはいっぱい同年代の令嬢がいるだろうに!
まぁ、立場的に難しいんだろうけどさ。
「畏れ多い事ですが、光栄にございます、姫殿下」
そう言って微笑むと、姫が頰を赤らめた。
「伯爵、独り占めしたくなる気持ちが分かりますわ」
「ご理解いただけて何よりですが、差し上げられませんので、ご了承下さい」
独り占めとかそういうの、お世辞でも恥ずかしいよ。
セラは私の容姿が結構良い方だと言ってくれたけど、これまでそんな認識持ってなかったから、どう振舞っていいのかさっぱり分からん。
っていうか何言ってるんだい、ルシアン!
「伯爵夫人は燕国のお菓子がお好きだと伺っているので、城の調理人に小豆を使ったお菓子を作らせましたの。
お口に合うと良いのだけれど」
何故それを知ってる?!
「アルト公爵から伺いました」
お義父様?!
テーブルに並べられたのは、羊羹だった。凄い!こっちの世界で羊羹が食べられるなんて!
姫が口にし、クレッシェン公爵とルシアンも羊羹を口にする。
ルシアンには、媚薬などの事もあるから、自分が食べてから口にするようにと申しつけられている。
「美味しいですよ、ミチルもいただいて下さい」
安全確認が済んだので、私も羊羹を口に入れる。
あぁ、この凝縮された小豆!しかもこしあんタイプですね!美味しいーっ!!
表情に出さないようにして、黙々と羊羹を口にする。
うむ、今度作ってもらおう、そうしよう。
それでレシャンテと縁側でお茶飲みながら羊羹つまもう。
「さすが、アルト伯爵の妻ともなると、出された物をおいそれと口には出来ませんな」
クレッシェン公爵が苦笑して言った。
ルシアンはそっと目を伏せ、返事はしないものの、沈黙は肯定と取られる。
「そうなのですか?」
姫が驚いたようにクレッシェン公爵に尋ねる。
「アルト伯爵が以前皇都に留学にいらしていた時は、アルト伯爵と何とかお近付きになろうと、媚薬なんかも用いられたと聞いているからね」
お近付きになる手段が媚薬っておかしいだろ!!
媚薬と聞いて、姫の顔色が青ざめる。
「恐ろしい事…!」
姫、良い人っぽいなー。
「そうなりますと、伯爵は夜会での夫人が心配になりますわね?」
ルシアンが頷く。
それ、私も不安です。
そんな物好きがこの世にいるのかは分からないけど!
「お祖父様、伯爵夫人を魔の手から守るにはどうすればいいと思われますか?」
姫、本当に良い人だな?!
クレッシェン公爵は笑って、「最強の守護者が隣にいるのだから、大丈夫だとは思うが、アレクシアは心配かい?」
と聞いた。
「勿論です!伯爵夫人に何かあったら、伯爵に皇国が滅ぼされてしまいそうです!」
えぇ?!
「ルシアン、あの…」
そっとルシアンに声をかける。
「何ですか?」
にっこり笑顔で私を見るけど、なんか黒いものを感じるよ、ルシアン。
「姫殿下にこのような印象を持たれるような事をなさったのですか…?
先程もそうでしたが、何やら不穏なのですが…」
さっきも亡き者にされるとか、恐ろしい事言ってたし。
「皇室の建て直しに力を貸して欲しいと頭を下げた宰相を、伯爵が一言で切り捨てたのです」
ふふふ、と姫は思い出して笑う。
「これ以上妻と引き離すつもりなら、貴方を弑し奉ろうと思いますが、よろしいでしょうか?と、伯爵がおっしゃって、宰相が真っ青になったのです」
いやーーーーーーっ!!!
何それ恐ろしい!!
「な、何という事をおっしゃるのですか、ルシアン…」
「いえ、最初からそう答えていた訳ではありませんよ。
きちんとお断り申し上げていたのですが、一向にお引きいただけないので、分かりやすい言葉にしただけです」
分かりやすいっていうか、それ脅迫!!
「申し訳ございません…」
代わりにもならないけど、謝罪すると、姫も公爵もいやいや、と首を横に振った。
「カーライル王国の貴族である伯爵に、皇国の建て直しをする義務はありません。それをお願いするのですから、こちらが譲歩するのが当然です」
姫、人格者でもあるのか…凄い…!
それにしても、それで皇都で過ごす為の屋敷とかって話になるのか…。
「それに、皇女シンシアの事でも伯爵にはこれまでも大変ご迷惑をおかけしておりますから…」
あー、そう言えばいたね、そんな人。
すっかり忘れてた。
あれだけの事?をされておいてなんだけど、私はどうも、記憶をさっさと抹消する傾向にあるらしい。
キャロルといい、皇女といい。
その上皇室の建て直しで私と引き離されると。
「ルシアンは大変ですね」
ルシアンが苦笑する。
「私より大変な思いをしたのはミチルですよ?」
これだけのイケメンと結婚したのだから、仕方ないと思うなー。
僻みややっかみは仕方ないとして、襲われたり誘拐はさすがに普通ではないか。
あー、でも、乙女ゲーだと嫉妬に駆られた悪役令嬢に階段で突き落とされるとか、暗殺者を差し向けられるとか、ボートを転覆させられるとか、色々あるよねぇ。
「でも、全てルシアンが助けて下さいましたわ」
笑顔を向けて、ルシアンに感謝を伝える。
キャロルからも、教団からも、ルシアンが守ってくれた。
ただの貴族同士の結婚だったなら、命を狙われるような事もなかったとは思うけど、こうして助けに来てもらえるとも思えない。
ルシアンが無表情で私を見てる。
「…帰ったら、お話があります」
えっ?!
褒めたのに?!
姫は扇子で顔を全部隠してる。微かに見える耳が真っ赤で、身体がぷるぷる震えてる。
「いやぁ、凄いな。あのアルト伯爵が借りてきた猫のようだ」
驚いた顔でクレッシェン公爵が言う。
借りてきた猫?
ルシアンが?何処が??
あのって何?
「?」
「私がミチルには敵わない、という話ですよ」
そう言ってルシアンが私の頰にキスをした。
「!」
姫と公爵の前なのに!
慌てて私は顔を扇子で隠す。
帰ったら私も、ルシアンに抗議せねば!!
ルシアンに連れられて、宰相の執務室を訪れた。
ドアをノックすると、中から聞き覚えのある声がした。
「どうぞ」
中に入ると、キース先生が机に座っていた。
何故?!と思った次の瞬間、あぁ、そうだった、と思い直した。
ルシアンが、お義父様とキース先生に皇国の建て直しを命令されたと言っていたもんね。
キース先生は顔を上げ、ルシアンと私の姿を認めると、にっこり微笑んだ。
うん、イケメンだね。
視線を感じて、隣の人物の顔を見上げると、ルシアンがじっと私を見ていた。
「?どうなさいましたの?ルシアン」
「いえ」
「そのようにじっと見つめられると、恥ずかしいですわ」
恥ずかしくて顔が熱くなるから、止めて欲しいー。
「ミチルが可愛いすぎるからいけないんですよ」
そう言ってルシアンは私のこめかみにキスをする。
「そこで睦み合ってないで中に入ってくれるかな?」
睦み合ってません!!
恥ずかしくて思わずルシアンの背中に顔を埋めたら、ルシアンに抱き締められ、耳元で、囁かれた。
「帰ったら、睦み合いましょうね」
「……っ!!」
へなへなと座り込んだ私に、キース先生が言った。
「ほら、継続しないでこっち来て」
ルシアンに抱き上げられて、そのままキース先生の前まで行って、下ろしてもらう。
「やぁ、ミチル。私と兄上の所為で皇国まで引っ張り出してしまって申し訳ない」
まったく悪いと思ってないキラキラした笑顔で、キース先生が言った。
腹黒さを隠す気なしですね?!
「ルシアンは酷使される予定なんだけれど、そうするとミチルも暇でしょう?だからルシアンの手伝いをしたらどうかな?
そうすればルシアンも屋敷に早く帰ろうとはしないだろうし、心も満たされるだろうし。」
なんですかその社畜化みたいな提案は…。
っていうか、そんなに酷使されちゃうの?!
お義父様よりエゲツない、この人…。
「ミチルを人目に触れさせたくありません」
「我が甥ながら、独占欲が凄まじいね。まぁ、ミチルを見ればその心配も分からなくもないけれどね。
でも、家に閉じ込めている間に見知らぬ貴族がミチルの元を訪れる事だって考えられるよ?
レシャンテが駆除にかかるだろうけど、今後皇国で宰相をやっていく私としては、それは困るんだよねぇ。
だから、ミチルも登城すればいいよ。それでルシアンのお膝の上にでも大人しく座っててくれれば、ルシアンの効率も上がると思うし」
わぁ…エゲツなさが炸裂してる。
お義父様にそっくり。
とは言え、キース先生のおっしゃる事ももっともではあるので、ルシアンを見る。
「ご迷惑でなければ、ルシアンのお手伝いをしたいですわ。極力、ルシアンから離れないようにします」
無表情のまま、ルシアンは何やら思案した結果、キース先生の方を向き直り、分かりました、と簡潔に答えた。
「その上で皇城内でミチルに何かありましたら、叔父上の奥方にも同様の事が起こると言う事でよろしいですね?」
それまでへらっとしていたキース先生の笑顔が固まった。
「姫と公爵とも協議の上、防犯などは徹底するよ…」
「では、そのように」と、にっこり微笑むルシアンの笑顔は黒かった。
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