003.護衛騎士とマッドサイエンティストと甚だしきご寵愛

皇都にはすぐに入れた。

皇室からの許可証がないと、何しに来たのかだとか、色々質問を受ける事になるらしいんだけど、さすがに皇室の要請を受けて来てるからね、そんな事されたら帰るよね。


「ここがこれから過ごす屋敷です。ミチルが気に入るといいのですが…」


そう言ってルシアンに案内されたのは、ルーマニアのペレシュ城のような見た目で、可愛い色合い!


馬車から降りて、ルシアンの横に立つ。

セラは準備があるからと言って先に行ってしまった。


「こんなステキなお屋敷に住めるのですか?」


可愛い!落ち着いたら見学させてもらおうっと。


「気に入りましたか?」


はい、と笑顔で答えたら、ルシアンに頰にキスされた。

昨日の、公衆の場ではしないと言う約束は何処へ?

意義申し立てをすべくルシアンを見ると、ふふ、と笑っていた。

あ、これ、そもそも守るつもりなかったな?


「ルシアン、お約束と違いますわ」


「その事についてなんですが、もう一度きちんと話し合う必要があるかと」


それは本当に話し合いになるんですか?

これまでも話し合いとか言って、なし崩しになった事が多々ありましたけど?

抗議の意味も込めてルシアンを軽く睨む。


「そんな顔をしても、可愛いだけです」


私のおでこにルシアンはキスをし、にっこり微笑んで言った。


「私のミチル」


ルシアンの腕が私の腰に回され、抱き寄せられる。

う…最近このテの密着多い…。

私の、っていうのも頻繁に言われるようになった。


啄ばまれるようなキスをされる。


「本当の事でしょう?」


違いましたか?と耳元で囁かれて、恥ずかしさで涙が出てきた。


ど、どうやったらこういうのって、慣れるの?

ルシアンとは夫婦なのに、未だに慣れる事が出来ない。

恥ずかしくて顔から湯気が出そう。


「慣れませんね、ミチルは。そこがまた、堪らなく可愛いけれど」


ふふ、とルシアンは笑うと、私の手を取った。


「行きましょうか」




屋敷に入ると、私達より先に皇都に入って準備してくれていた使用人達が玄関ホールに勢揃いしていた。

見知った顔が多くて、ホッとする。

環境が180度変わるのはやっぱり大変。勝手知ったる人が側にいてくれるととても心強い。


「ここにいる面々は、伯爵家より連れて参りました。

あちらは最低限で問題ないとロイエも申しておりましたので。

今回新しく採用した者に関してはサロンにてご紹介させていただきます」


セラとは思えぬかっちりした喋り方で、ちょっと違和感。背中がカユイ。


ルシアンに手を引かれながら、セラの案内でサロンに向かう。

赤い絨毯は新調したのだろうか、真紅でとてもキレイだ。

壁は白く、木という木には全て装飾が施され、光沢がある。天井から光が差し込むものの、天井そのものの高さがある所為か、ちょうど良い採光具合だ。


なんか芸術品の中に住んでるみたいな気持ち。

どうしよう、粗忽者なのに、こんな高級そうな物に囲まれて、生きていけるだろうか…。


カウチにルシアンと並んで座っていた所、エマがお茶を運んで来てくれた。


「皇都で流行りの紅茶を用意してみたわ」


茶器も皇都で用意したのだろうか、カーライル王国では見たことのない色合いと柄だ。

ラトリア様がいたら、興味を持つんだろうな。


「茶器が気になりますか?」


「いえ、ラトリア様がいたら、興味をお持ちになるだろうと思っただけですわ」


「茶器なども、気に入らなかったらおっしゃって下さい。新しいのに変えましょう」


さすが生粋のセレブ!

この茶器だって絶対高級なのにそれをサラッと買い換える発言ですよ。


「いえ、私には十分すぎる茶器ですわ」


「家具もそうですが、遠慮せず。貴女に不快な思いはさせたくありませんから」


そう言って私の頰を指でなぞるルシアンに、心の中で絶叫する。


あまーーーーーい!!


ドアをノックする音がした。


「どうぞ、入ってー」


セラが答えるとドアが開き、4人入って来た。

一人は老齢の紳士。多分ロイエの代わりのルシアン専属執事だと思われる。

それから、騎士服の二人の女性。あともう一人、侍女のお仕着せを着ている。


「久しいね、レシャンテ」


珍しく砕けた様子のルシアンの口調に、ちょっとびっくりした。表情も柔らかいし。

レシャンテと呼ばれた紳士は、恭しくお辞儀をして、にっこり微笑んだ。


「奥様にはお初にお目にかかります。

ルシアン様が幼き頃、アルト公爵家にてお仕えしておりましたレシャンテ・ルフトと申します」


ルフト家といえば、カーライル王国の伯爵家で、名門だ。

その名門が、アルト家の執事やってるとか…!


「孫がお世話になっているかと」


孫?


「ロイエのお祖父様よ、レシャンテ殿は」


と、セラが教えてくれた。


ほらやっぱり、ロイエも良いお家の令息だったー!!

来ました、アルト家あるある!


「ルシアン様が溺愛なさる奥方様に、ようやくお会いする事が出来ました。お噂通り、大変お美しい。

ルシアン様は気が気じゃありませんな」


容姿を褒められ慣れてないから、居心地悪いデス。

なんかちょっとこそばゆい感じ。


「ミチルの事もよろしく頼む」


「無論にございます、旦那様。不詳レシャンテ、奥方様に近付く害虫は全て始末致します」


あぁ、うん。間違いない、ロイエのお祖父様ですね。

こんなに人の良さそうな見た目なのに、しれっと毒を吐く感じ。血統なのか?

害虫呼ばわり。しかも始末て…。


レシャンテとお呼び下さい、と笑顔で言うと、そのままルシアンの背後に立った。


セラが目配せすると二人の女性が並んで立ち、胸の辺りに拳を当てた。護衛騎士が着る、シンプルな騎士服を着ている。カッコいいです!


「イーギス・テイラーと、アメリア・ベネットです。

二人ともミチルちゃんの護衛をするわ」


ポニーテールにした女性が一歩前に出て頭を下げる。


「イーギス・テイラーと申します。

この身に代えても奥様をお守り致します。」


「よろしくお願いします、イーギス」


長い髪を三つ編みにしたもう一人の女性が、下がったイーギスと入れ替わるようにして前に出て来た。


「アメリア・ベネットと申します。

命を賭して、奥様にお仕え致します」


「よろしくお願いしますね、アメリア」


…うん、順調に逆ハーが整いつつありますね!


イーギスもアメリアも、何故騎士を選んだのですか?と聞きたくなるぐらい美人で、世の紳士が嘆いた事だろう。

いや、騎士になっても結婚は出来るけどね、やっぱり女性騎士は縁遠くなると聞いた事ある。

だからカーライル王国には殆どいない。


でも、皇国は皇帝が女性なのもあって、その護衛任務を務めるのに女性騎士が多く登用されるようになり、結構な数がいるのだろうと思う。

それに世継ぎの御子も姫だしね。


「クロエ」


侍女のお仕着せを着た、真っ白い髪にマリンブルーの瞳の美少女が前に出てきて、カーテシーをした。

ん…カーテシーだよね?今の。


「孫のクロエです。奥様付きになります。ロイエの妹でございます」


レシャンテが言った。


と、言うことは伯爵令嬢じゃないですかー!


「クロエ・ルフトと申します、奥様。心よりお仕えさせていただきます」


「よろしくお願いしますわ、クロエ」


クロエの目に熱がこもってるのは何故ですか?


「クロエはロイエよりも薬物に特化しておりますので、ご安心下さい」


すみません…どのへんを指して安心とおっしゃいました?


ロイエの上を行く薬物中毒。いや、それだと意味が違うな。マッドサイエンティスト的な?




挨拶を終えた私は、何故かルシアンに膝枕をしてもらっている。してあげてるのではない。してもらっているのだ。

膝枕に邪魔だと、あっさりと解かれてしまった髪を、ルシアンはうっとりした顔で指でずっと梳いてる。


何だろうか?この状況は?


「…ルシアン?」


「何ですか?」


「あの…この状況は一体…?」


「嫌ですか?」


嫌じゃないけど、何なの?この、甘やかされてる状況は?


「嫌ではありませんけれど…ルシアンは何をなさりたいのかと思いまして…」


「私ですか?」


そう言ってルシアンは私の髪を一房手に取り、口付けした。


「ミチルを甘やかしています」


なるほど?

やっぱり甘やかされているんだな?この状況は。


「ずっとこうやってミチルを甘やかしたかったんですが、ミチルがいつも逃げてしまうから」


「逃げてましたか?」


「逃げていましたね」


頰を撫でられる。温かくて大きな手。


「甘やかされるのは嫌?」


「嫌ではないのですが…恥ずかしいです」


「ミチルは本当に恥ずかしがり屋ですね」


嬉しいんだけど、恥ずかしさでいたたまれなくなってしまうのだ。


「その逃げる姿があまりに可愛くて、情欲を感じます」


言われた瞬間に顔が熱くなった。


すとっぷ!!

お願いそこですとっぷ!ぷりーず!!


もー!どうしてこう、ルシアンは直球なの?!


「なので、こうしてキスしたり、撫でたり、抱きしめさせていただけたら、情欲に直結しない気がするのです。ですから、ちょっと我慢して下さいね?」


えぇ?

そういうものなの?!


釈然としない私を、起き上がらせてお膝抱っこにすると、おでこ、瞼、頰、耳と、キスしまくる。


「私のミチル」


そう言われて全身が熱くなるのを感じたけど、耐える。

恥ずかしい!恥ずかしいけど、耐える!


「良い匂いがしますね」


頰、首、髪、指、背中?!はては太もも?!まで撫でられるのを必死に耐え、首筋に顔を埋められてそのまま抱きしめられるのにも耐えた!


愛してるとか、可愛いとか、いっぱい耳元で言われて腰が砕けるかと思ったけど、耐え切った!!


耐え切った私に、ルシアンが言った。


「ごめんなさい、ミチル」


え?

それは、何に謝ってるの?


「こんなに頑張って下さったのに、とても申し訳なく思うのですが…耐えてるミチルの顔が思いの外扇情的で、我慢出来そうにありません」


「?!」


全然申し訳なさそうな顔してないよね?!


私をひょいと抱え上げると、寝室へ…。


「る、ルシアン!駄目です!お約束と違います!」


腕の中で必死に抵抗する。


「慣れぬ馬車の旅で疲れたのでは?」


「疲れておりませんっ!」


酷い!詐欺だ!

絶対確信犯だ!!


「そうですか?先程撫でた時に、随分疲れてらっしゃるように感じましたよ?」


マッサージ師か!

っていうか嘘吐けっ!絶対嘘に違いないっ!


「ほぐしてさしあげますね?」


私をベッドに下ろし、私に跨ると、シャツをするりと脱いだ。

鍛えられた身体が目に入り、恐ろしい程の色気を放つ目と視線が合って、目眩がした。


「ほぐすのにシャツを脱ぐ必要はありませんーっ!」


「あぁ、そうですね。脱ぐ必要があるのは、ミチルでしたね」


そう言うと、実に器用に私のドレスの紐やらなんやらを解いていく。


いやーーーーーっ!!!


「やめて下さいませっ!」


私のドレスを脱がそうとするルシアンの手が止まる。

あ、これ、あかん奴。


「自分で脱ぎますか?」


「い、嫌です!」


「我儘を言うミチルも可愛いですね」


我儘じゃない!全然我儘じゃないってば!!


「ミチルは二択を嫌いますからね、三択にしましょうか。

私に脱がされる、自分で脱ぐ、着たまま。どうしますか?」


「……っ!!」


どれもいやーーーっ!!




「随分ご機嫌ななめね?」


カウチの上で体育座りしながら、恥ずかしさに耐える。


うっうっ、またしてもルシアンの良いようにされてしまった…。


「ご寵愛をいただくのがそんなに嫌なの?」


セラは私の前に氷菓の盛られたお皿を置いた。


「ふ、普通の淑女は、恥ずかしくは思わないのでしょうか?」


「思わないんじゃない?」


そう言ってセラは、自分用のソルベを口に入れた。

美味し☆と言って幸せそうな顔をするセラ。その仕草、ほんとに男か?!


「むしろ、ご寵愛を得る為に努力するものよ」


そんな後宮の女性みたいな!!


いや、でも、そうだよね。

子孫を残して家を繋いで行くのが貴族の至上命題なのだから、夫に愛されなければ子は出来ないもんね…。

恥ずかしがってる場合ではない…むしろ誘惑するぐらいでなければいけないのか?!


「そもそも、恥ずかしいから嫌なの?幸せは感じないの?」


幸せ…?


「愛される喜びとか、求められる喜びとか」


それ、前世でも愛され女子が言ってた…!


「…セラ…やっぱり女性なのですね?」


そしてなんか、ハーレクインみたいな事言ってる、この美人!


「違うから!」


溶けるわよ、と言われて慌ててソルベを口にする。

ライム味で甘いけど酸っぱい。

美味しい。


「で?どうなの?愛されている実感とか、あるんでしょ?」


「なんと言うのか、色々いっぱいいっぱいで、そんな事を思う余裕もありません…」


「いっぱいいっぱいって何よ?」


「何と聞かれても…そのままの意味です」


「ルシアン様に何をされると心臓が高鳴るのか言ってごらんなさい」


ルシアンに見つめられているとそれだけで緊張するし、目が合うと、あまりのイケメンぷりに心臓がドキドキするし、名前なんて呼ばれたら腰が砕けそうになるし、髪を撫でられても、肌を撫でられても、キスをされても心臓が痛いぐらい高鳴る。

抱き締められなんかしたらもう、全身が一つの心臓になってしまったみたいになってしまうし、唇にキスされると段々脳の思考が止まる。


と、説明した所、セラに呆れられた。


「ルシアン様が皇都から戻られて高校から過ごす時間も増えて、丸々2年は一緒にいたのに、未だにそうなの?」


「以前はルシアンに激しい事をされると意識を失ってましたから、今は大分良い方なのですよ?これでも」


セラははぁ、とため息を吐いた。


「それは、暴走しないと愛の言葉も言えないわね」


そうなのだ。


あの目で真っ直ぐに見つめられた状態で好きとか言うのは、本当に毎回勇気のいることで、大変なのだ。

普通の触れ合いですらこうなのに、閨事なんて、よく意識が持ってるな、自分!って思うぐらいに目まぐるしくて、頭の中はもう真っ白なままだと言うのに。

そんな私の何処に幸せを感じる余裕があると言うのだろうか、いや、ない(反語)。


なんだかんだ言っても、少しずつ慣れてきている気はする。以前よりはお膝抱っこも、頰とかおでこにキスされるのも平気になってきたし、食べさせられるのも平気になってきた!


「なるほどねぇ。ルシアン様の過剰なスキンシップは、ミチルちゃんに慣れさせる為かもね」


触りたくて触ってるのかと思ってた!


「それは無いとは言わないけど、ルシアン様が本能のままな訳ないし。何処まで計算づくなのかしらって疑問に思う事の方が多いし」


むむ、確かに…。


慣れれば、もう少し余裕を持てるのかなぁ…。

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