005.宮仕えスタート!
私がルシアンと一緒に皇城に登城する事を伝えると、クロエが言った。
「雑事のお世話をしとうございます。毒味役としてもお役に立てるかと」
毒味?!
どんな伯爵令嬢ですか?!
最初はクロエが付いて来る事に難色を示していたレシャンテも、毒味役と聞いた途端に、許可を出した。
孫の身は心配じゃないのか?!
「幼き頃より己が身で毒物や薬物の実験をするような娘ですから、奥様より耐性がございます」
そう言う事じゃなく!
っていうか、耐性があったら毒味役に向かないから!
そんな訳で、私はセラ、クロエ、イーギス、アメリアの5人を連れて登城する事になった。
なんか仰々しくて申し訳ない…。ルシアンのおまけなのにナー。
話を終えて、部屋で二人、寛ぐ。
こっちの屋敷でも、ルシアンが用意してくれたので、私専用のキッチンがある。
ダイニングキッチン、いいよね。
「こんなに連れて行って、迷惑ではないかしら?」
「大丈夫でしょう。護衛以外は働かされると思いますが」
人手不足だもんね…。
頑張ってお手伝いしよっと。ってお手伝い出来る事があるといいんだけど。
「ルシアン、怒ってませんか?」
私もお城に行きたいなんて言ったから。
「怒ってはいませんよ。叔父には一度思い知っていただこうかな、とは思っていますが」
普通にお怒りじゃないですか!
「…お手柔らかにお願いします。私がルシアンの側にいたいと思ったからですし」
これは事実。
皇都見学もしたいはしたいけど、ルシアンと離れてる時間ばかり多いのはさすがにね。
いや、普通の貴族の妻は、家で夫の帰りを待つって事は分かってるんだけども。
どうもね、そういうの向いてない。それなら手伝える事があるなら手伝いたい。元秘書として。
その辺の淑女らしからぬ部分は、転生者なんでということで押し通したい訳なのです。
「ミチルは」
ルシアンの手が私の頰を包み込む。手が大きいから、私の頰はすっぽりと包まれてしまうんだけど、それがまた、安心する。
「叔父の事は、もう何とも思っていないのですか?」
…ああ!なるほど!
だからキース先生の所に行った時にあんな反応したんだ。
「もしかしてルシアン、妬いてるのですか?」
「当然です。一度はミチルの気持ちを攫った相手ですよ?気にならない訳がない。
そもそも、ミチルの理想に、努力せずとも一番近かったのは叔父ですし」
攫ったって…本人にそのつもりはなかったと思うヨー。
こういうのって難しいな。
なかった事には出来ないし、あの時点でキースが私の理想に一番近かったのは事実だけど別に理想的通りだった訳ではないし。
しかも存在すら忘れてたし。
見れば確かにイケメンだとは思うんだけど、気持ちなんて1ミリも動かないし。
今のルシアンへの気持ちを思うと、キース先生への気持ちはただの憧れだったなぁ、と分かる。
「私は、ルシアン以外を好きになりませんよ?」
ルシアンの瞳が揺れる。
「…そうであって欲しいです」
私の顔を抱えるように抱きしめ、髪にキスをする。
「例えルシアンに瓜二つの人が現れても、好きにはならないと思います」
「…本当ですか?」
うん?
ルシアン、なんか誤解しているような?
「あの、ルシアン?私、確かにルシアンの容姿も好きですけれど、姿形だけでルシアンを想っている訳ではありませんよ?ルシアン程私を想って下さる方もいないでしょう?」
明らかに動揺するルシアン。何故だ。
自分は私の内面が好きだから見た目の問題じゃないとか言ってなかったっけ?
「もし、私と同じ見た目の人間が現れて、ミチルを求めたら?」
ん。また言葉がちょっと足りなかったか。
私の事を好きでいてくれるから好きっていう事でもないんだけどね。
それにしても、そんな奇特で残念なイケメンがこの世にもう一人現れたら、ちょっとこの世界の行く末に一抹の不安を感じる。
「私は取り立てて面白みのない人間です。
父上や兄上のように場を盛り上げる会話が出来る訳ではありませんし、愛想もありません。ミチルは私といてつまらないと思った事はないのですか?」
うわぁ!ルシアンが人並みな事言ってる!新鮮!!
人の子だった!安心した!
最近、本当に魔王なんじゃないかって思い始めてたからね。
「一度も思った事ありませんわ。
それを言うなら私だって、面白みに欠けると思いますわ。他の淑女のように可愛げもないですし、甘える事も出来ませんし、社交も不得手です。ルシアンのお役に立てる事がないですし」
…胸も小さいし……うぅ、全然大きくならないよ…。
淑女の美しさには、豊満な胸も条件に入るのに、私のは大きくならない…。
牛乳じゃ駄目なのか?!
「それでも、ルシアンは私を好いていて下さるのでしょう?」
ルシアンは勿論です、と答え、私の瞼にキスをする。
「同じ事ですわ。私はルシアンに面白みを求めた事もありません。そんな事がなくとも私はルシアンが好きです」
ルシアンの背中をそっと撫でる。
「愛してます、ミチル。本当に、ミチルの事しか考えられない」
病気ですね、えぇ。
間違いない。
……でも、その病気が、ずっと治りませんように。
「ミチル、私の不安を取り除いて下さいませんか?」
ん?
見ると、ルシアンの表情は捨てられた子犬状態だ。
「私を抱きしめて、愛してると言って欲しいです」
うっ、そう来ましたか!
「キスして欲しい」
そ、そこまでなら、決死の覚悟でいけば可能か?
そう思うものの、恥ずかしさに俯いてしまう。
「それから、私を食べて欲しい」
!!?
見ると、ルシアンが悪戯を思い付いた子供のような目をして、口元に笑みを浮かべてた。
アレッ?!さっきまで子犬モードだったのに?!
「ど、どこまでが本心だったのですか?!」
くすくす笑いながら、ルシアンは私の腰に腕を回した。
「私が面白みのない人間という事は事実ですね。それと、ミチルが愛しくて制御出来ない事も」
えぇ?!
それじゃあさっきのアレ、なんだったの?
「例え私と同じ外見の人間がいて、ミチルに想いを寄せたとしても、私のミチルへの想いが変わる事はありません。邪魔をするなら排除するだけです。たとえ、相手がどんな人間であっても。
もしミチルが叔父に再び好意を持つ事があれば、その時はそうですね、ミチルもおっしゃってましたし、あれでも一応叔父ですから、優しく排除しますね?」
そう言って真っ黒な笑顔を浮かべるルシアンに、口をパクパクさせるしかない私。
ま、魔王!
人の子だと思ったのに!やっぱり魔王だったんだ!
「逃がしません、永遠に。私だけのものです。
ようやく私のものにしたのに、誰かに渡す筈がないでしょう?」
頰と耳にキスが落ちてくる。
「……っ!!」
こんなヤンデル事言われてるのに、嬉しくなっちゃうなんて、私も相当ヤバイと思う…。
あぁ、でも駄目だ。
嬉しすぎて、胸がうずうずする。
「叔父の部屋で中断された続き、しましょう?」
ええぇっ!
抵抗しようとルシアンの腕の中から逃げようとするものの、がっちりホールドされて逃げられないどころか、より一層身体が密着した。
「る、ルシアン、最近そればっかり…!」
「そうですね」
認めた?!
そんな事ないとか、言わないの?!
逆に潔い!
「ミチルの好きの意味を履き違えていた為に無駄な時間を消費しましたから、それを取り戻さないとね?」
取り戻すって、何だ?!
「皇城にミチルを連れて行く事に不安もありますが、一緒にいられる時間が増える事を嬉しく思うのも事実です。
カーライルに戻ったら、女性の登用も考えてもいいかも知れません」
もしもし?それ、かなり個人的都合入ってるよね?
カーライルに戻ったら私、アレクサンドリアの事とかあるからね?
「そうすれば、24時間ミチルの側にいられます」
病んでる!
本日からルシアンのお手伝いとして、皇城に登城します。
私如きに何が出来るのか、っていうのもあるけど、ロイエならきっとこう言うに違いない。
「奥様がご一緒する事で旦那様の処理能力が向上し、通常の倍には上昇すると思われます。それにより周囲の補助をする人間が酷使される確率も比例して上昇しますが、それは瑣末な事です」
ロイエが言いそうな事を、立て板に水を流すようにクロエが言った。
クロエ?!ロイエのコピー?!
驚愕する私に、セラが呆れた顔をした。
「頭は凄く良いのよ。ただちょっと残念なだけで」
ちょっとか?
登城した私はルシアンにあてがわれた執務室に入った。
部屋の中にいた人達が、ルシアンの姿を見た途端、半泣きで駆け寄って来た。
「アルト宰相補佐官!帰って来て下さったんですね!」
「良かった!これで家に帰れる!」
あちこちから聞こえる声に、乾いた笑いしか出なかった。
家に帰れるって聞こえたよ…?
ルシアンは囲まれている間、言葉を発しなかった。
まぁ、周囲の人達が一斉に喋ってるからね、話せないのかも知れないけど。
わーっ!っと捲し立てた官僚達は、ルシアンの視線の先にいる私に気が付いたようだった。
「補佐官、こちらの方は?」
ルシアンは私を引き寄せ、笑顔で言った。
「私の妻の、ミチル・レイ・アレクサンドリア・アルトです。本日より私の補佐として登城する事になりました」
官僚達が騒めき、声が漏れ聞こえる。
「おぉ、この方が補佐官の奥方様…お噂通りお美しい」
「転生者の…」
総勢10人の視線が注がれる。
…みんな年上の男性という事もあって、一斉に見られると若干怖い。
「補佐と言う事は、我らと共に補佐官の手伝いをすると言う事ですか?」
キツイ目をした、いかにもインテリ系ですなメガネをかけた男性が言った。
「失礼ですが、足手まといになるのでは?」
直球で失礼な物言いに、思わずぽかんとしてしまった。
いや、ちゃんと表情には出さないようにはしてますよ?
セラが私の前に立って言った。
「ミチル様は転生者としての知識でこれまでいくつもの問題を解決して来られました。その実力を軽視するのは如何かと思いますが?」
私が言い返さないのを良い事に?その官僚は言った。
「いくら転生者としての知識があるとは言え、その知識を現実の物にしたのは、アルト公爵家や王家に仕える官僚達でしょう。知識だけで城務めが出来るとは思えません」
直球だなぁ…。
この人、貴族らしからぬ人柄だけど、大丈夫なのかな?
「ミチル様を侮辱していると受け取りますが、よろしいですか?」
おぉ、セラ様がお怒りです。
「ステュアート、それ以上言うなら私の元で働かなくて良い。ミチルがここで私の補助をする事は宰相閣下がお決めになられた事だ。それが受け入れられないのであれば、ここを出るといい」
ルシアンにはっきりとお前要らね、と言われてしまい、ステュアートと呼ばれた官僚は、耳まで真っ赤にして顔を背けた。
多分あれだね。ルシアン信者だね、彼は。
予想するに、私が我儘を言って夫の職場に来ちゃった☆をかましたと思ったんだろう。
まぁ、自ら飛び込んだ部分もあるから何とも言えないんですけれども。
「ルシアン、ご挨拶をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
挨拶する前に色々言われてしまったからね。
ルシアンは優しく微笑むと頷いた。その笑顔に官僚達が騒つく。
うん、そうだよね。きっとみんな、ルシアンのこんな顔見た事ないよね…。
私はスカートの裾を摘み、軽く膝を折った。頭は下げないけども。
「ルシアン・アルトの妻、ミチル・レイ・アレクサンドリア・アルトにございます。
クレッシェン宰相閣下のご命令により、本日付けでアルト宰相補佐官の補助をさせていただく事となりました。
初めての事ばかりで色々と至らぬ故にご迷惑をおかけする事と思いますが、ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願い申し上げます」
それから頭を下げた。
顔を上げると、みんな何故か呆然とした顔をしている。
セラは満足そうに頷いている。
ルシアンはふ、と微笑み、私の髪を撫でた。
めちゃくちゃ好意的で、腹の中では何を思ってるのか分からない態度で迎えられるより、一人ぐらい敵意剥き出しの人がいる方が、そこにみんなの意識がいくからやりやすいかも知れない。
という訳で、ステュアート様、ありがとう。
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