第2章『皇都編』
001.認識を改めよ
矢のような催促を受けた、と言う割には、馬車の歩みが遅いと言うか。
「アドルガッサー王国の離宮はとても美しいと聞いていたので、ミチルと来れて良かった」
もしもし?急いでるんじゃないの?
「急がなくていいのですか?」
ルシアンは私のこめかみと頰にキスをする。
「ミチルと過ごす時間の方が大事です。
一応、指示は出してますから、安心して下さい」
そ、そうか…。
前もこういう事言ってた。本当、ブレないな、ルシアン。
って言うかいつの間に指示を…?
言葉のすれ違いと申しますか、それが解消されてからのルシアンは、所構わず私にスキンシップをしてくるので、困る。…いや、昔から…?
破廉恥夫婦ですよ、これじゃ!
「いくら夫婦と言えど、人前では駄目ですよ?」
今は馬車の中だから、まだいいけど。
「どうしても?」
「どうしても」
私の予想が正しければ、相思相愛になったと実感した喜びでルシアンは浮かれてしまってるのではないかと。
「じゃあ、我慢する代わりに、二人きりになったら、キスして下さいね?」
なっ!
違うコレ!浮かれてるんじゃなくて、更に悪質になっただけだ!!
充分な広さがあるのに、ルシアンの膝の上に座っての馬車の旅ですよ。
セラは甘過ぎて胸焼けする、と言って別の馬車に乗ってる。
酷い!見捨てられた!
いや、自分も嫌だけどね?人のイチャイチャとか見るなんて。
人は直ぐには変われないもので。
努力はしているけど、私の愛情表現の少なさは相変わらずだ。
愛情表現は増えておりません。断言します。
だって私が最近してる事って、ルシアンを長時間直視出来るようにする、っていう奴だからね。
あっ!今鼻で笑ったな?!
モブが超絶イケメンを至近距離で直視って、心臓に本当に負担かかるんだぞ!
ちなみにそんな私を見て、ルシアンは満足そう。
結婚式で自分を見てなかった、って言ってたぐらいだからね、ルシアンは…。
先日の話し合い?で、ルシアンも認識を改めたようで、私の"好き"と、ルシアンの考えてる"好き"が違う事を理解してもらった。
前世が日本人じゃなかったら、違っていたのかもな、と思ったりもする。
なんて言うか控えめだからね、日本人という人種は。
馬車のカーテンを少し開けて、ルシアンが言った。
薄暗い馬車の中に光が差し込む。
「ミチル、あれが離宮ですよ」
大きな湖の真ん中に、真っ白い宮殿が建っていた。
モン・サン=ミッシェルのようだ。あっちは元要塞の修道院だったかなんかだけど、こちらのは白亜の宮殿だ。
水面が反射してキラキラしてる。
春の空は雲も多くないから、湖面には青い空が映り込み、白い宮殿とのコントラストが素晴らしい。
「まぁ…凄い…!」
こんなキレイな宮殿なら、確かに見せたくなるかも!
観光地だよね、現代だったら。
「そろそろ着きますよ」
え?着く?
あ、もしかして湖の周り歩いたりするのかな?
ワンピースで来れば良かったな。
馬車が止まり、先に降りたルシアンが、私に手を伸ばして降りるのを助けてくれる。
ルシアンの手に支えられながら、右手でドレスを軽く持ち上げ、ステップにそっと足を下ろす。
「ありがとう、ルシアン」
お礼を言って微笑みかけると、ルシアンがにっこり微笑み返してくれた。あぁ、イケメン…。
表情をもう少し出してもいいのが分かって出していたら、ルシアンにアルト家以外の人間の前ではこれまで通りでいて下さい、と言われてしまった。
貴族は難しい…。
ルシアンに手を引かれて向かっているのは、離宮。
離宮、見学出来るのかな?もしかして。
王族専用の離宮。さすがアルト家、見学が許されるとは。
扉の左右に立っていた衛兵が、同時に扉を開いた。
天井の窓から差し込む光が、玄関ホールに差し込んでいる。
長い廊下に等間隔に光が差し込むように計算された天井の明かり取りの緻密さに驚く。
物を知らない私でも、アドルガッサー王国の離宮の美しさは耳にした事があったけど、これは凄い。
外は水面を使って、中は太陽光を使って、宮殿を照らしている。
手を引かれて中に入った私に、ルシアンが信じられない事を言った。
「今夜はここに泊まります」
は?!
え?!
だってここ、王族専用離宮ですよね?!
ちんぷんかんぷんだった私に、セラが教えてくれた事には、アドルガッサーの王太子に、皇都に向かうので通らせて下さいね、と連絡した所、是非離宮に泊まって下さいとの返事が来たそうで。
距離的に、どうしてもアドルガッサー王国で一泊する必要があるらしく、貴族向けの高級宿屋に泊まるつもりでいたら、まさかのお誘いだったと。
案内されたサロンでほっとひと息吐いていた所、離宮で働く侍女がお辞儀をした後、信じられない事を言った。
「王太子殿下がお越しです」
はぁ?!とセラが驚きの声を上げる。
ルシアンは目を伏せた。
一体何があったんだろう…?
扉が開き、私達は首を垂れて、王太子のお越しを待つ。
「お寛ぎの所だったか?」
「…いえ」
いつもの冷静なルシアンの声がした。
「他の者も顔を上げてくれ」
言われるままに顔を上げ、王太子を見る。
銀髪に萌葱色の瞳、誠実そうな顔の青年だ。私よりちょっと上の年齢かな?
普通にイケメンの部類に入るのだろうが、ルシアンやらセラやらフィオニア様、王子、ジェラルド、ロイエ、お義父様、ラトリア様といったハイレベルなイケメンを日常的に見ていた私からすると、標準に見えるという…。慣れって恐ろしい…。
王太子は目を見開いて私を見ている。
目があった瞬間、王太子の頰にさっと赤みが入る。
隣のルシアンから冷気が放たれて、はっと我に返った王太子は視線を逸らした。
「あぁ、淑女をじっと見つめるなど、大変失礼な事をしてしまった。
アルト伯爵の奥方の美しさは耳にした事はあったが、あまりの美しさに言葉を失ってしまった。決して他意はないので安心して欲しい。
それから、先日のアルト伯爵への非礼に対してお詫びになるか分からないが、この離宮を好きなだけ使ってくれて構わない」
私の容姿を褒められた?!
びっくり!
お世辞を言われ慣れてないから、恥ずかしいよ。
恥ずかしさを堪えながら、何とかお礼を返すと、王太子は頰を赤らめて、では、失礼する、と言って部屋を出て行った。
仄暗い笑顔を浮かべたルシアンと、深いため息を吐くセラ。
なんで?
あ、そういえばさっき気になること王太子が言ってた。
「お詫びとおっしゃってましたけれど、何かあったのですか?」
ルシアンの笑顔の黒さが増して、思わず息を飲んだ。
触れちゃいけなかった感じ?!地雷踏んじゃった?!
「アドルガッサーでの事を隠せたとしても、今後もこういった事はあり得そうですし、それに付随した危険がミチルちゃんにも起こり得るんですから、話しておいた方がいいと思いますよ?ルシアン様」
チラ、とセラを横目で見るものの、ルシアンは話そうとしない。
セラは息を吐くと、勝手に話しますからね、と言って説明してくれた。
先日の立太子式典に向かう途中で、この国の王妃だった人がルシアンを気に入って(!)、ルシアンに媚薬を盛って(?!)、深夜にルシアンの部屋に夜這い(!!)に参ったのだそうな!とんでもないな?!
全員気付いてたみたいだけど。そんなにあからさまだったのかな…。
ゼファス様とルシアンが部屋を交換して、事無きを得たと。ほっ。
相手は他国の王族。ルシアンも無礼は許されない。でも相手が皇族のゼファス様になると話が逆転する。皇族相手にとんでも行為だ。
そう考えるとゼファス様が何とかしてくれて本当良かったと思う。
っていうか夫のいる身で、しかも王妃が、そんな事しようと考えるなんて、破廉恥!
「美しい方って、本当に貞操の危機と隣り合わせなんですのね?」
目の前の超絶イケメンと、超絶美人を見て、思わずため息がこぼれた。
本当、ルシアンが無事で良かったー。これで媚薬が効いてたり、部屋交換してなくてとか、考えたくない。
あり得なくない?媚薬使ってそういう事に及ぼうとするその性根が信じられないよ!
犯罪だよ、犯罪!!
「…あれは、無自覚ですね」
セラが口だけ笑って言った。
無自覚?無自覚に人を誑し込むイケメンって事ですか?
それはあるかも。
「………………あぁ」
ルシアンも無表情に答える。
「皇都では夜会にも誘われますよね?自覚させないと危険なのでは?」
夜会ねー。やっぱり行かないと駄目なのかなー。
ダンスとか踊らないとなのかな、やっぱり。
皇都でもルシアンが守ってくれると助かるんだけど…。
「…………いくら言っても聞かないから」
聞かない?
「確かに…」
誰の話?
セラの人差し指が私の眉間をズビシ!と突いた。
「いたっ!?」
あまりの痛さに眉間を手で押さえていたら、ルシアンが慌てて私を抱きしめて私の手の上から眉間を撫でる。
デコピン並に痛かったよ?!
「セラ、ミチルが怪我をする」
「この鈍感娘にはこれぐらい必要です、ルシアン様」
鈍感娘?!それって私の事?!
半泣きになっている私に、セラが目を半眼にさせて言った。こわっ?!
って言うか本当に痛いから!
「ミチルちゃん、貴女、いい加減自分の容姿を正しく認識しなさいよ。そうしないと話が色々ややこしくなるのよ」
話がややこしくなるって何!?
人並みだとは認識してるけど、間違ってるって事!?
「人並み程度の容姿で、妖精姫だの人形姫だの言われる訳ないでしょ!」
「で、ですが、私、これまでルシアン以外に言い寄られた事ありませんわ。王子やジェラルド様が私にそうおっしゃった時には、私、ふくよかでしたし」
「隣で自分を抱きしめてる人をよっく見なさいよ」
横を見る。ルシアンが首をちょっと傾げている。
うん、イケメンですね?
「そんな事したら抹殺されるに決まってるでしょ!隣の人に!」
抹殺?!
そういえばこの前、自分が高校に戻って来た時に、私に他に想う人がいたら殺そうと思っていた、って恐ろしい事言ってたな。
もう一度ルシアンを見ると、物凄いにっこりされた。
うわぁ…。シャレにならない感じがシマシタヨ…。
「さっきだって、王太子がミチルちゃんに見惚れていたでしょう?」
「え?そうでしたか?」
驚いて目を見張ってはいたけど、見惚れてたっけ?
「頬を赤らめていたじゃないの」
そういえばなっていたような?
「誠実そうな方でしたので、あまり女性に慣れていないのかと思っておりましたわ」
「凄い都合の良い自己解釈ね?!
あのね、もう一度言うけど、ミチルちゃんに見惚れたのよ、アレ」
珍しい人だなー。私に見惚れるなんて。
「へー」
またセラの人差し指が眉間を狙おうとした瞬間、ルシアンが私の眉間を守ってくれた。
ナイスです、ルシアン!
「そ、そんな事をおっしゃられても、嬉しくありませんもの。ルシアンという夫もいる身ですし、困るだけですのに、どんな反応をしろとおっしゃるの?
…あ、恐れ多いですわ?」
「そこで疑問形にするんじゃないわよ。でもそれで合ってるわ」
立ったままでセラは紅茶をぐっと煽った。
うわ、一気飲みですよ。怒ってるー。
「セラ、ごめんなさい?」
よく分からないけど、セラに怒られたくはないので、素直に謝る。
ため息を吐いてセラはソファに座った。私とルシアンもカウチに座る。
「話が一向に進まないわ。
ミチルちゃんが自分の容姿に自信がないのはルシアン様から伺っていたけれど、あり得ないのよ、本当に。
それだけの容姿を持ってるのに、何故そこに行き付くのよ?」
「それは、セラやルシアン達を日頃見ているからですわ。お二人を筆頭に、私の周囲は美しい方が多くて、私のように、エマやリュドミラのお陰で成り立つ見た目とは違いますし」
セラとルシアンがお互いを見合った。それから私を見て、もう一度お互いを見合う。
がくっ、とセラは項垂れると、それはそれは深いため息を吐いた。
「ミチルちゃんは、美貌で有名なアレクサンドリア家の中でも群を抜いた美貌の持ち主なのよ。
髪と瞳の色から妖精姫と呼ばれているし、その崩れない美しい顔と無表情とで人形姫とも呼ばれてるぐらいなの。
全てはその見た目から来てるのよ」
そこまで言われるとさすがに恥ずかしい。顔を両手で覆うと、ルシアンにおでこにキスされた。
顔を上げると、イケメンの優しいアップが。
「では、私、ルシアンに釣り合えてますか?」
「え?」
「ずっと、私のような人並み程度の者がルシアンの横に立つ事を申し訳なく思っていたのです。
ルシアンに釣り合える見た目なのでしたら、とても喜ばしいですわ」
良かったー。家柄とか見た目とか釣り合わないと虐められちゃうからさー。
本当、女の世界って厳しいよね。
うふふ、と笑うと、ルシアンに抱き締められてしまった。
力が強くて痛いッス!
「話が脱線しまくるわね」
「あ、ごめんなさい」
そしてこの腕の中から助けてくれると助かります。助けを求めてセラを見たのにスルーされた。
「ルシアン様に釣り合う容姿と言う事は、目を惹くって事よ。夜会なんかに行けば間違いなく、ダンスに誘われるだろうし、酒も勧められるわ。下手すればそれに媚薬も入れられるでしょうね」
人妻に?!
爛れてる!爛れすぎです!!
「アルト一族は媚薬が効かないけど、ミチルちゃんは効くだろうから、気を付けるのよ」
「お酒は身体に合わないで通す事になっているのです。でも、媚薬をと言う事だったら、お酒以外にも入れられてしまいますよね?」
どうしろと?!
何も飲むなって事?
「夜会ではルシアン様から基本離れないようにね。ワタシやフィンもなるべくお側にいるようにするけど」
トイレに行きたくなったりしたらどうしよう…。
みんな男性だし。
「セラ、例の話は…?」
例の話?
「皇都の屋敷に既に配置しております。到着後お目通りさせて下さい」
ルシアンが頷く。
??
「ミチルちゃんの護衛の話よ、この前言ったでしょ」
あ、そうか。
女性だって言ってたもんね、護衛の人。
助かります!
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