002.肉食女子のススメ

離宮の最上階、つまり屋上にいる。

この屋上から見える夜空は、星が瞬いて美しいという事で連れて来てもらったにも関わらず、私は全然星が見えない。

何故ならば、私のおでこに、ルシアンがキスをしまくるからだ!

視界はルシアンオンリー。

星空を!星空を見せて欲しい!

私は星空を見に来た筈?!


「もう大丈夫ですから、ルシアン、止めて下さいませ」


ベンチでお膝抱っこ状態のまま、ルシアンからおでこキスの猛攻を受けている訳ですよ。


「まだ少し赤いですよ?」


そう言ってまたおでこにキスをする。


「それは、ルシアンがキスするからです!」


キスし過ぎでむしろ赤くなってると思う!


「本当に大丈夫ですか?」


心配そうに私の顔を覗き込む。

うっ、そんな顔をされると、心配してくれてるのを無下にするみたいじゃないかー!


「お陰様で、もう大丈夫です。ルシアン、ありがとう」


「良かった。ミチルに痛い思いなんてさせたくありませんから」


そう言って微笑むルシアンの笑顔が!

笑顔が甘い!!


甘っ!今日も甘い!

恥ずかしいぐらいに甘い!

でも、これを乗り越えねば!


そう思って、こんな甘い事をサラリと言ってのけるルシアンの顔をじっと見る。

優しい目で私を見つめてる。はぁ…ひと言で言い表すなら、イケメンです。

本当に、毎回この言葉しか浮かんで来ないなんて、私って、馬鹿なんではないだろうか。


「ミチル?」


はぁ…声も良い。

この、私的に丁度良い低さの声。

あの声が少し低くなって耳元で囁くと破壊力抜群で、腰が砕けるんですよ。

声優になれるんじゃないかな、ルシアン。

いや、顔が良いから、俳優かな?


こんな超絶イケメンを前にしてタジタジするしか出来ない己の草食さが憎い。

ゲームでならいくらでも肉食になれたと言うのに。

大体乙女ゲームのヒロインって、草食系に見せかけた超肉食女子だと思うんだよね。

凄いよね、ピンポイントで急所を狙って着実に落としていくんだよ?!

逆ハーとか、凄いもんね。何故男達の間で諍いが起きないのか不思議だ。手練手管とか、そういう?あそこまで来るともう、信者だよね。崇拝。

あんなに純粋で健気そうに見せてるのにね。

最強の肉食女子だと思うんだ、ヒロインってば。

あそこまでいかなくていいから、私ももうちょっと肉食化したい。

そうしたら目の前のイケメンを食べちゃったり…。


「無理!」


「何が無理なんですか?」


ひぇっ!

極まり過ぎて思わず声に出してしまった!


言えないよ、そんな事!

肉食女子になって、ルシアンを食べちゃいたいなんて、そんな破廉恥な事、絶対言えない!!死ねる!


首を横に振る私を見て、ルシアンがにっこり微笑んだ。

何で今、目の色気が増した?!


「ミチルに私を食べてもらう為には、ニクショクジョシになってもらえばいいんですね?」


何故心の声が?!ホワイ?!


「それで、そのニクショクジョシというのは、どういう意味ですか?

音の響き的に強い女性の事かと思ったのですが、それだけではないような印象を受けました」


そこまで分かってるなら聞かないでー!!


私の頰を両手で挟んでにこっと微笑むルシアン。ハハ…逃げ場なし。


「れ、恋愛に積極的な女性の事ですね。

私のように、自ら動けないような女性の事を、草食女子と言います。草食動物の草食ですね」


自分が草食である事をアピールしてみる。


「なるほど、その肉食と草食なんですね。それなら私は肉食ですね、ミチルに対してのみですが」


ソウデスネ?!

分かってるけど、はっきり言われると動揺しますよ?!


「肉食なミチル、というのはちょっと想像がつきませんが…」


そうでしょうそうでしょう、無理だって分かってもらえればそれで良いですよ。


「そんな貴女も見てみたい気がします」


ルシアンの指が私の唇をなぞる。

きゃーーーっ!!!

色んな意味で身のきけーーーーん!!


「だ、駄目ですよ、ルシアン。肉食女子は、一人ではきっと満足しません。常により良い殿方を狙い続けるのですから!」


そう言って目の前のルシアンを見る。当然目が合う訳で、ルシアンがにっこり微笑む。


…ルシアンの上をいく男子って、世の中にほとんどいないんじゃ…?


「満足しない…それはどういった点で満足しないんですか?善処します」


分かんないよ?!肉食女子の思考なんて?!


「分かりませんけれど、見た目ですとか、家柄ですとか、資産ですとか、とにかく色々あるのではないでしょうか」


そう考えると、貴族令嬢って肉食女子多いな!


「直ぐに向上させられそうなのは、家柄ぐらいでしょうか…」


いや、一番難しい所じゃないの、貴族社会でそれって。

何をサラッと。


「王族になれば良いという事ですか?」


実現しそうで怖い!


「肉食女子になったとしても、私、王妃なんて嫌ですわ、向いておりません。今でも分不相応ですもの」


公爵夫人だって荷が重いのに!王妃なんてとんでもない!

お願いだから、色々諦めてくれ!お願いだから!


ルシアンはふふ、と笑った。


「王妃になれば、何かと外に出なくてはなりませんからね。ミチルを必要以上に人目に晒すなんて、私が耐えられそうにないです」


そっち?!


「ところでミチル、ご褒美を下さいませんか」


ご褒美?

そんな約束してたっけ??


「人前で貴女に触れ過ぎないようにしたら、貴女からキスをもらえるという約束です」


約束してないから!

勝手にルシアンが言っただけで!!


「約束しておりませんわ。ルシアンがおっしゃっていただけです」


はぁ、とため息を吐くと、ルシアンが私の髪を指でいじりながら言った。


「約束を守っていただけないのなら、もっとキスすれば良かった。髪だってもっと触りたかったですし、抱きしめたかったのに。明日からはそうします」


待たれよ!

公衆でのいちゃいちゃ宣言?!ありえぬ!


「節度というものがございますっ」


「夫婦が仲良くする事に何か問題が?」


開き直った?!

おかしいから!公衆の面前でのいちゃいちゃとか、この世界ではありえないから!


「駄目です!」


「では、私が室内でミチルと二人きりになった時は、遠慮しませんが、それで良いですね?」


お待ちになって!

今までだって遠慮なんかされた気がしないんだけど、まさかあれで遠慮してるとか言わないよね?!


「ミチル、大丈夫ですよ、明日も馬車での移動ですから、ちょっと歩くのが不安定になっても問題ありません。

何でしたら私が抱いて歩きます。あぁ、それが良いですね、是非そうしましょう。それなら一日中、ミチルに触れていられます」


それのどの辺が大丈夫に該当してるんですかね?!


うっとりした顔でルシアンが私の顔を撫でていき、耳に触れる。

あああああああ、寿命が縮む…。


ルシアンはくすくす笑っている。


「どうしますか?私はどちらでも幸せなので、どちらでも結構ですよ?」


しばらく無言の抵抗をしてみたり、顔を背けてみたりしてみたけど、気まずくなってるのは私だけで、ルシアンは通常運転ですよ…。


諦めて、ルシアンの頰を両手で包んで、キスをする。

頰も唇も、ちょっと冷たかった。ずっと外にいたからだと思う。

私の事はルシアンがブランケットで包んでくれてるから寒くないけど。


ルシアンからキスされそうになったのを、口に手を当てて止める。


「身体が冷えてますわ。もう室内に戻りましょう」


ふふ、と笑ったルシアンの目に再び色気が混じった。

アレ?!私、回避したつもりだったのに?!


「冷えた身体を、ミチルが温めて下さるんですよね?」


「?!」


そうではなく!

っていうか、さっきと言ってる事が違う!


「ちがっ!」


ひょいっと軽々と抱き上げられ、室内に向かう。


「温め合いましょうね?」


のぉーーーーーーっ!




何故か翌日、アドルガッサーの王太子に見送られて離宮を出た。


立ち上がれなくなっている私をルシアンがお姫様抱っこしており、本当に恥ずかしい。

本当に詐欺だと思う!!キスした意味ないし!

いや、したくなかったとかって意味じゃなく、ああああああ!誰に言い訳してるんだ、私!


へ、平常心平常心。

深呼吸深呼吸…。


それにしても、お見送りまでしてくれるなんて、この王太子、律儀っていうか、優しい人だなぁ。

それなのにこんな状態で本当すみません!


王太子は私の様子を見て最初、驚いていたけど、すぐに困ったように微笑んで、気を付けてと見送ってくれた。


今日は同じ馬車に乗っているセラが、ぼそっと変な事を言っていた。


「油断も隙もない。まったく…」


ルシアンもなんとなく不機嫌。


「セラ、何かありました?」


「また気がついてないのね?

一国の王太子が、わざわざ、いくら属国になってるからと言って宰相の息子夫妻を見送りに来る訳ないでしょ?」


「?それでしたら、何故?」


「ミチルちゃんが言う通り、あの王太子は女性に慣れてないんでしょうね。

それで、一目惚れしたミチルちゃん会いたさに来たのよ、きっと。来た瞬間からずっとミチルちゃんの事を目で追ってたし」


私に一目惚れ?!まさか?!


「セラにではなく?!」


「なんでよ!」


私なら間違いなくセラに一目惚れすると思うけどな?!


「ルシアン様に抱き上げられてるし、首筋に徴もあったしで、さすがに諦めざるを得ないと理解したようだったからいいけど…本当、気を付けないといけないわね」


ルシアンの顔を見上げる。

にっこり微笑んでるけど、何処か仄暗い。


「正攻法ではルシアン様に敵わないと思った人間達が、どんな行動に移すのか、考えるだけで恐ろしいわ。

死人が出そう…」


え、死人?!

怖い!!


「屋敷に籠りたいです。怖い…」


死人とか不穏過ぎる。

皇都っていうのは魔窟なのか。何か手段を選ばない人達の巣窟のような印象を受けるけども?!


「自ら監禁を希望するような事言ったら、ルシアン様が喜ぶだけよ?」


えぇ?!

どうしていきなり監禁に?!

普通に引きこもりたい!


ルシアンが珍しくため息を吐いて、私をぎゅっと抱きしめる。


「本当に、閉じ込めてしまいたい」


監禁コースきましたー!

はぁ…でも、貞操の危機と比べたら、監禁の方がマシな気がするよ。


「まぁ、駄目ならそうなるわね」


監禁が一番安全に思えるって、どういうことなの。


ルシアンの手が私の髪を撫でる。


「絶対に誰にも渡しませんから、安心して下さい。どんな手段を使っても守ります」


枕詞が気になります。

その"どんな手段を使っても"って、一瞬カッコ良かったけど、ちゃんと考えると不穏!!

ルシアンの場合、ありとあらゆる手段が取られそうで!


馬車が走り出して間もなく、眠くなって来た。

程よい揺れと、温かさと…これあれだ。電車みたいな感じ。しかも誰かさんの所為で睡眠も足りないし…。

その誰かさんは、ふふ、と微笑むと、私のおでこにキスをして、おやすみなさい、と言った。


眠気に逆らおうとしたら、セラの声がした。


「寝れる時に寝ておいた方がいいわよ」


え…なにそれ、何か引っかかる言い方…。

何で寝れなくなるの…?


問いただしたいのに、眠気に勝てず、そのまま目をつぶってしまった。




「ミチル」


誰かが名前を呼ぶ声と、頰とおでこに柔らかい感触がした。


「そろそろ起きませんか?」


あぁ、そうか。

ルシアンのお膝の上で眠ってしまったんだ…。


ぼんやりしている私を、ルシアンの手が撫でる。


「まだ、眠そうですね。可愛い」


そう言ってルシアンは私の顔のあちこちにキスをする。

セラはにこにこして止めてくれない。

アルトファミリーは基本ルシアンを止めない。下手したらけしかけるという恐ろしさだ。


カーテンを開け、ルシアンが言った。


「そろそろ皇都が見える頃です」


高台に到着した馬車の窓から、皇都の全景が見えた。


巨大な白の外壁に囲まれ、中央に聳え立つ城は、シャンボール城のような外観で、あまりの壮麗さに感動する。


昨日の離宮と言い、この世界の建物は、かつての世界からすると世界遺産並みの貴重な建造物が多いよね。

カーライル王国の王宮も美しいし。


「皇室が用意した屋敷に1年程滞在しようとしたんですが、少し手狭だったのもありますし、防犯面の脆弱さが気になりましたので、父と相談して屋敷を購入しました。

定期的に父も皇都を訪れますし、丁度良いと言う事で」


アルト家の財力が怖い。

そんなぽんと屋敷買わないで。

前世で言うなら皇都なんて東京都心でしょ。そんな場所の屋敷を軽々と…。


しかも防犯て…いや、アルト家だもんね、常にその辺に注意を払わないといけないんだろうな…。


「エマとリュドミラは既に屋敷に入って準備を整えています。屋敷にいた頃と変わらない環境を整えるようにしましたので、不自由はないかと思いますが、何かあればすぐにおっしゃって下さいね」


「はい…」


皇室から補助は出るのだろうか?皇室の為にこんな屋敷まで…それとも貸しは作らないぜ的な?


遂に来ました、皇都。

どんな街並みなんだろうな。


「皇都観光しましょうか」


ルシアンがにっこり微笑んで言った。


仕事は?!

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