088.禁断症状
ルシアンとお義父様、ラトリア様が皇都に向かってから一週間が経過した。
「無事、済んだみたいよ。」
することもなく、のほほんとお茶を飲んでいた私に、同じようにのほほんと正面に座ってお茶を飲んでるセラが言った。
一瞬何のことかと思ったけど、あぁ、そうか。
バフェット公爵の野望を一番良いところでぶっ壊すってお義父様が言ってた…。
「ですが、そうなるとどなたが皇太子になられるのですか?バフェット公爵家のご長男ではないのでしょう?ご次男ですか?」
「皇女よ。」
「皇女?!」
思わず声が裏返ってしまった。
セラが苦笑して、手を横に振る。
「あぁ、説明が足りなかったわね。ミチルちゃんにはまだ話していない事だったわ。」
さすがアルト家…謀略の為には嫁如きには内密なのだな。
いえ、全然内密で結構です。
「女帝は本来皇位を継ぐべき立場ではなかった事、知ってるわよね?」
セラの問いに頷く。
「他に男子がいなかったし、当時の皇女二人は共に結婚していた。上の皇女には子供がいたけど、下の皇女には長らく子供が出来なかったの。誰よりも早くに婚姻を結んだのにね。
本来であれば下の皇女の方が皇帝に向いていたけれど、子供が出来なければ皇室の血は途絶えてしまう。
皇室は苦肉の策として、上の皇女を帝位に就けたわ。配偶者である伯爵には、政へ参加させない事を誓わせ、彼女が暴走しても止められるようにと議会も新設して。」
喉を潤すと、セラは再びは説明してくれた。
「それから間もなく、下の皇女、バフェット公爵夫人は二人も公子を産んだ。対する女帝が産んだ子供は二人とも皇女。議会は婚姻を結ばせ、血の温存を図ろうとしたのだけれど、夫人が激しく拒絶し、そうこうするうちに女帝は皇子を出産した。
血筋だけ見ればこれで解決したかに見えたんだけど、あの女帝に、そっくりな気質の皇女が育ってね。
バフェット家とは対立するしで政治が荒れていったのよ。
自分の息子が帝位に就いてからの立場を盤石なものにしたくなった女帝が、リオン様の弟君、キース様にちょっかいを出したのは聞いてるわね?」
頷く。
それで結局、キース先生は皇女とは結婚せずにカーライル王国に戻り、レンブラント公爵家を継いだ。
子供が出来ない身体だったから、ラトリア様が後継になったわけだけれど。
「ルシアン様はシンシア皇女を名実共に失脚させる為の手段をかなり早い段階から模索していたの。
その為に、同じように皇都にいたフィオニアに皇国内を徹底的に調べさせたらしいの。ご自身も別の方向から調べてらっしゃったみたいよ。
何か皇女を黙らせるものがないかをね。」
ルシアン…既にその頃からアルト家の人間としての適性発揮しまくりだね…。
「その調査の中で、偶々見つけたのよ。
本来皇位を継ぐべきだったデリア皇太子と、その婚約者との間に生まれたもう一人の皇女を。」
あぁ、それでさっき皇女って…。
「よくその方がご落胤だと分かりましたね?」
何処ぞの一族みたいに、身体の何処かに星型のアザでもあるのか?
「ディンブーラ皇国圏内で、アンクの付いた装飾品を身に付けていいのは、皇族とマグダレナ教会の教皇だけの筈なのに、その娘が首から下げていたペンダントには、アンクが付いていたのよ。そんな物を、辺境の修道院にいる娘が身に付けている訳ないでしょ?それで、その娘の事を調べた結果、皇女だと分かったの。
直ぐにリオン様に報告が上がって、リオン様から皇女の祖父、クレッシェン公爵に話がいき、保護したの。」
アンクは女神を意味するものだから、気安く手にしてはいけないものなんだよね。
それを、修道院にいた女の子が付けてたら、目立つよね。
「彼女の名前はアレクシア姫といってね。
姫の持っていたペンダントには仕掛けがあって、その中にデリア皇太子から婚約者のルシェンダ様への恋文が入っていたのよ。
その内容から確信に至ったらしいわ。まぁ、そうでなくても、姫は父親であるデリア様にそっくりだったみたいだけど。」
シンデレラストーリーみたい!
凄い!そんな話現実にあるんだ!
ちょっと感動する!
「彼女は自分が何者か知らないまま、クレッシェン公爵の元に隠されて、令嬢として、ひいては世継ぎの御子に相応しい人間になるように教育が施されていったの。
定期的にフィオニアがそのチェックに行ってたのよ。
皇族に相応しくないと判断された場合は、そのままクレッシェン公爵の元で普通の令嬢として生きられるようにと、存在は隠されていたの。
その為に皇国に残っていたフィオニアだったけど、姫が十分に育ったのを確認して、カーライル王国に戻って来たという訳なの。」
ははぁ…なるほど…。
なんかもう、やってることがスパイ映画じゃないけど、全部諜報活動みたいな感じで、言葉もないよ。
リアル影の一族なんじゃん、やっぱり…。
「それで、そのアレクシア姫が世継ぎの御子として認められて、バフェット公爵の野望は潰えた、という訳なのですね。」
長い説明で喉が渇いたのだろう、セラはお茶を飲み切ると、2杯目をカップに注いでいく。
「バフェット公爵夫人はね、むしろ喜んだそうよ。」
「え?」
喜んだ?何で?
「夫人は元々、皇位には関心がなかったそうなの。
でも、皇太子死亡の原因を作った女帝の事がどうしても許せず、その子供すら憎んだ。
女帝の子を皇位に就けない為だけに、バフェット公爵家は暗躍し続けていたのよ。
夫人は、兄であるデリア皇太子を心から尊敬していたからね。」
あぁ…野心じゃなかったのか…。
それが逆に悲しい気持ちになる。
「だからね、デリア皇太子の子供であるアレクシア姫が世継ぎの御子になるなら、全身全霊でお仕えすると、バフェット公爵家全員が誓ったと聞いたわ。
毒気の抜けた顔で、すっきりしていたって言うから、勝手なものよね。」
確かにね…色々な人が巻き込まれただろうに…。
まぁ、王族なんてものは、そんなものなんだろう。何処か浮世離れしているというのか。
神に人間の倫理が通用しないように、王族にも民の倫理は通じないというのはよく聞く話だ。
「今は大急ぎでアレクシア姫が皇城に入城する為の準備が進んでいるらしいわよ。
政治的な混乱がないように、直接介入はしないものの、リオン様達が調整をしているみたい。
ウィルニア教団も解体になるみたいで、その件についてカーライル王が皇都に呼ばれて、今朝方出立されたんですって。」
教団に最も汚染されたハウミーニア王国の隣国であるカーライル王国に、協力を要請といったところかな?
「春になったらキース様は皇国の貴族籍を賜って、正式にアレクシア姫にお仕えするらしいわ。
だから、ラトリア様は繰り上がってレンブラント公爵になられるの。」
アルト家が遂に皇国も支配下に置くってことですね、分かります!
「ルシアン、春までに戻って来られるでしょうか…。」
セラはにやりと笑った。
なにその、悪い顔。
「今一番働いてるの、ルシアン様らしいわよ。
ミチルちゃんと離れているのが耐えられないルシアン様が、物凄い勢いで段取りを決めてるんですって。
最初はルシアン様に抵抗していた皇城の官僚達も、あまりに的確な指示と、無駄の無さに最近は言いなりになって働いてるみたい。」
はは…あっちでもチートっぷりを発揮してるのか。さすがだな、あのイケメン。
とは言え、ですよ…。
「寂しい?」
そんなこと、と言おうとして、言葉を飲み込んだ。
ため息と一緒に、「寂しいです」と素直に言うと、セラに頭を撫でられた。
「一度こちらにお戻りになるそうよ。
卒業式もあるし。」
一度戻る、と言うことは、またあっちに行くってこと?
なんだか、もやっとする。
学園も卒業して、ようやく夫婦らしく暮らしていけると思っていたのに、これですか?
酷くない?
「それでね、ルシアン様からご命令を受けて、私の方で2人の護衛を見つけたの。あとは必要に応じて人数は増減すると思うわ。」
ん?
何で急に護衛の話に?
きょとんとしている私に、セラが呆れたように言う。
「ルシアン様が、ミチルちゃんとこれ以上離れていたくないからカーライル王国に帰るって言い出してね。
慌てた皇室が、あっちにルシアン様とミチルちゃんの為の屋敷を用意しているそうよ。」
は?!
「えぇっ?!」
いや、ちょっと待って。
「皇都に持って行く用のドレスは、大奥様と、ロシェル様が絶賛製作中らしいわ。
ロイエはここに残って、ルシアン様の代わりをしばらく勤めることになるわね。
私はミチルちゃんと一緒に行くんだけど、そうするとカフェを見れる人間がいなくなっちゃうから、そこは大奥様とロシェル様が引き受けて下さるって。」
いやいや、待ってよ。
「あと伝える事なんだったかしら?
アレクサンドリア領は引き続きアビスに見てもらうでしょ?
王太子殿下とモニカちゃんの結婚式が終わってからあっちに行くから、そこは問題ないし。
うん、とりあえずそんなところかしら?」
「問題大アリです!」
「何処が?」
「えっ、だって、私の気持ちは?」
「ルシアン様と離れてて寂しいんでしょ?だからお側に行くのに、何の問題が?」
どうしよう!ぐうの音も出ません!
「ちゃんと卒業してからだし、あっちで新婚生活送ればいいわよ。こっちにだって戻って来ない訳じゃないし。
皇都での生活なんて、なかなか出来ないんだから、楽しめばいいわよ。
ゼファス様もいるし、あっちには。
あ、そうそう、アレクシア姫が、ミチルちゃんに会うのを楽しみにしてるらしいわよ?」
なんで?!
*****
三週間ぶりに帰って来たルシアンは、無言だった。
無言で私を抱きしめて、動かない。
ちなみに既に30分程が経過した。そしてここは玄関ホール。
周囲は出迎えた使用人達が、微動だにせず、ルシアンの次の言葉なり行動なりを待ってる。
「…ルシアン?」
名前を呼ぶと、ようやく私から少し身体を離したものの、じっと私を見つめる。
…いや、そんなに見つめられると恥ずかしいからね?!
セラが苦笑まじりに言った。
「ミチルちゃん、ルシアン様、お疲れだろうから、部屋で休まれたらどうかしら?お茶もお菓子も、食材も全部お部屋に用意してあるから、しばらく出て来なくて大丈夫よ?」
わぁ、用意周到。
閉じ込められること前提だよね?それ…。
「ルシアン、部屋で休みましょう。」
ルシアンの手を掴んで、階段を上がる。
何も言わずついて来るルシアン。振り返ると、じっと私を見てる。
何で?!
部屋に入った瞬間、かちり、と背後で音がした。
…カギ、ですかね、今の音…。
いきなり閉じ込めラレタ…。
振り返ろうとした瞬間に腕を引っ張られて、キスされた。
「!」
そのまま壁に背中を押し付けられる。
何度も何度も、啄むようなキスが繰り返された。
唇が離れた後も、じっと見つめられて、落ち着かなくて、今更なんだけど、お帰りなさいと言ってみる。
「ルシアン、お帰りなさい。」
そっと手を伸ばしてルシアンの頰に触れると、ルシアンは私の手に自分の手を添えて、手のひらにキスをする。
「…会いたかった…ミチル…。」
絞り出すような声に、胸がぎゅっとする。
たった三週間。だけど、高校に入ってから、私とルシアンは長く離れたことがない。
最長で二週間。
「ミチルのいない生活に耐えられない。」
そう言ってルシアンは私を抱き締める。
私の頰に、まぶたに、こめかみにキスが落とされる。
くすぐったい。
耳を甘噛みされ、髪に頬ずりされる。
そっとルシアンの背中に腕を回し、ルシアンの胸に顔を埋める。
ルシアンの体温が伝わる。ルシアンの匂いも。
自分が思っていた以上に、自分も寂しかったんだな、としみじみ思った。
「ミチルの顔が見たい、声が聞きたい、髪に触れたい、肌に触れたい…たった三週間なのに、それ以上に長く感じられて、このままミチルに会えなかったらと思うと、耐えられませんでした。死んでしまうかと思った。」
私も寂しかったけど、ルシアンのそれ、凄いな?!
「そんなに…私を…?」
私を抱き締める腕に力が入る。
「ミチルが欲しい。ミチルだけが欲しいのに。」
あまりの熱烈さにどきどきする。
「名前を呼んで。」
「…ルシアン。」
「もう一度。」
「ルシアン。」
もう一度、と言われたとき、ルシアンのあまりに切なそうな声に胸がきゅんとして、自分からルシアンにキスをした。
ルシアンの手が私の頭と腰を掴み、身じろぎも出来なくなった。
離れた唇をルシアンが軽く噛み、キスをされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます