086.バレンタインデー

カフェで食べられるスイーツは、フォンダンショコラと3色プリン(カスタード、チョコ、抹茶)、ティラミスの3種類。


プレゼント用には、ショコラ・ボンボンと、ナッツをたっぷり入れた板チョコ、ほうじ茶チョコレート、生チョコ、オレンジピールのチョコレートがけの5種類に決まった。


王子やジェラルド、フィオニア様、ルシアンにも味見をしてもらった。

男子は甘すぎるのは好きじゃないみたいだった。

ルシアンも、美味しいですね、とは言うものの、反応は穏やかな感じだった。

やっぱり甘いのはあんまりなんだと確信を持つ。

甘くない奴にするんだ!


ちなみに、王子とジェラルドには、カフェでの新作スイーツとだけしか言ってないので、バレンタインのことは知らない。

モニカはどれをあげるのかなー。反応を物凄い窺ってる様子は可愛かった。




いよいよ今日はバレンタインデー!

私もルシアンに食べてもらうようにチョコレート系のお菓子を作るぞ!

セラとロイエには、ルシアンを喜ばせたいから、絶対に完成するまでルシアンを部屋に入れないでくれと強く強くお願いをしておいた。


生クリームをたっぷり使い、砂糖を少な目に、粉よりも水分量を多めにしたので、しっとりした生地が出来上がった。このへんの見極めはパティシエに教えてもらった。

生チョコのようにすぅっと口で溶けるように焼き上げた生地を、粗熱が取れるまで冷ましておく。

生クリームにブランデーを入れてしっかりとたて、冷ましておいた生地の上にぬり、ゆっくりと巻いていく。


巻いてからしばらくは、生地とクリームが馴染むように少し時間を置いておく。


さて、お茶でも飲んで完成を待とうっと。

やっぱり、チョコにはコーヒーだよね。


コーヒー豆をミルに入れてゴリゴリ砕いていく。

ネルドリップ用だから、一番細かい目で。

酸味は程々、苦味はそこそこ、前世でのマンデリンのようなフルーティなコーヒーがこちらにもあって良かった。


ネルを軽く濡らして、挽いたコーヒー粉を入れる。真ん中にくぼみを作り、お湯を高い位置から少し注ぐ。

コーヒー粉がお湯を吸ってふわふわと膨らむ。

蒸らしの為に少し待ってから、またお湯を注ぐ。

これを繰り返して出来上がり。


「いい香りですね。」


こっ、この声…は…。


ドアを見ると、ルシアンが腕を組んでドアの所に立っていた。

心なし、ちょっと機嫌悪そう。

何で?立ち入り禁止にしたから?


「完成したらお持ちしようと思っておりましたのに。」


「貴女が、私の為にお菓子を作って下さってる姿も見たかった。」


ということは?ロイエとセラは一応止めてくれたのかな?


「二人なら廊下で寝ています。」


寝てる?!

ルシアン、二人に何を?!


「大丈夫、ちょっと気を失ってもらっただけです。」


ちょっと?!

気を失うのにちょっとって表現、正しいの?!

しかもそれ大丈夫って言えるのか?!


ルシアンは私の元へ来ると、私の腰に腕を回した。


「…怒ってらっしゃるの…?」


「いいえ?」と言ってにっこり微笑むルシアン。


怒ってる…!この笑顔の時は大体怒ってる!!


「成功するか心配だったので、ルシアンにはまだお見せしたくなかったのに…。」


「失敗したとしても、ミチルが私の為に作って下さったものですから、いただきます。」


そう言って私の頰を撫でる。


イケメン!超イケメン!

でも、食べ物は危ないから止めた方がいいよ?!


「用意しますから、お掛けになって。」


頷くと、私のおでこにキスをしてから座った。


ケーキにそっとナイフを入れ、カットしていく。

うっ、柔らかくて切りづらい!

前世だと糸で切ったりしたもんね、ロールケーキは。


なんとか崩れないようにカットして、お皿に載せ、フォークと一緒にルシアンの前に置き、コーヒーもカップに注いで置いた。


「どうぞ、お召し上がりになって、ルシアン。」


後でメッセージカード書こうと思っていたから、こんな乱入されてしまって、書けてない…ふふ…。

色々ぐだぐだになる予感。


「食べさせて欲しいです、ミチルに。」


えぇっ?!


…怒ってる…まだ怒ってるよ…。

何がそんなに気に入らなかったのか不明。

ここは大人しく言うことを聞こう…。


隣に座り、フォークでケーキをひと口サイズにカットし、ルシアンの口に運ぶ。

口に入れると、ルシアンが無表情になった。


もしかして、失敗した?

クリームの味見もしたし、焼きあがった生地の端っこは食べて焼き加減と味は見たけど。

一緒には食べてないからなぁ…。


「甘くない。」


あぁ、それで無表情に。


「ルシアンはあまり、甘いお菓子がお好みではなさそうだったので…甘さを抑えたチョコレートケーキにしてみたのです。

お口に、あいまして?」


ルシアンは微笑むと、とても、と言ってくれた。


今の!今の笑顔!!きゅんときた!きゅんって!!

許されるなら、床で悶絶したい!ゴロゴロしたい!

きゃーっ!ルシアン様ーって悶絶したい!!


次のケーキを口に運ぶ。


美味しそうにルシアンはケーキを食べていく。

口に入れた時に一瞬目を細めるのがまた…!


あぁ、自分の作ったものを、こんなに美味しそうに食べてもらえるなんて、幸せ…。


「ブランデーの香りが、とても良いですね。

苦味がクリームで中和されて、とても美味しいです。」


奮発して良いブランデーにしたからね!

全然分からないから、セラとロイエに相談にのってもらって候補を選んで、パティシエにもクリームと相性の良いブランデーを相談したのだ!

だからブランデーだけは自信ある!


「なによりですわ。」


ぺろりと食べてしまうと、おかわりを要求されたので、いそいそと切り分け、いそいそとルシアンの口に運んだ。

甘くないとは言え、クリームたっぷりだった為、2カットで満足したらしく、ルシアンはコーヒーを飲んでる。


「とても美味しかったです。ありがとう、ミチル。」


笑顔からは怒りが消えていた。

ほっ。

一体何に怒っていたのかさっぱりだったけど、お怒りがとけて本当良かった。


「お口に合ったようで、何よりですわ。」


良かった良かった、大成功ですね。


お菓子の出来に満足して、気分良くコーヒーを飲んでいたところ、ルシアンの指が私の髪に触れる。


予感というか、何と言うか、私は慌ててカップをテーブルに置いた。


ルシアンの顔が近付いてきて、私の耳に唇が触れる。


ひっ。


「バレンタインデーは、チョコレートと愛の告白をいただける日なんですよね?」


ひえっ、催促された!


この前フライングして言っちゃったのに!

いやっ、でも言えないけど!私を食べてなんて!!

あぁ、何て言おう?!


メッセージカードも書けてないし、本当にぐだぐだ!

目の前で食べてもらったし、直接言うから、最悪メッセージカードはいいとして!

最大の難関ですよ、愛の告白とか!!


「る、ルシアン…。」


「はい。」


お慕いしてます、とか、ちょっと違うし。

気の利いたこと言おうとするから、失敗するんだよね、きっと…。素直な気持ちを…。


「…ルシアンのことが…誰よりも好きです…。」


恐る恐る反応を見ると、ルシアンが無表情だった。


えっ!

駄目?!

いつも愛してるって言ってくれるルシアンに、好きとかじゃ物足りなかった?!

っていうかおまえまだ好きとか言ってんのとか、そういう反応?!


あああ、何て言えばいいの?!


「あのっ、私、ルシアンのお側にずっといたいですっ、色々駄目な所ばかりな私ですけれど、ルシアンのご迷惑にならないように努力しますから、どうかお側に」


強く抱き締められ、あまりの強さに一瞬息が出来なかった。蛙が潰されたような声が出そうになったのを、必死で止めた自分、グッジョブ!


「ミチル、愛してるって言って?」


耳元で囁かれる声に、背筋がぞくぞくする。

甘い…!ルシアンの声が甘い…!

耳元でこんな甘い声で、その内容はいかんと思う!


ルシアンの息が耳にかかる。

いや、これ、かけてる?!

あっ、噛まれた!


ああああああ、へるぷっ。

腰が…腰が立てなくなる…っ。

耳は私の弱点なのだ!ルシアンの所為で嫌ほど思い知った。


「あ…あい…して…ます…。」


恥ずか死ぬ!

心臓がばくばくする!


「もう一度。」


「…愛…してます…。」


死んじゃう、本当に死んじゃう!

心臓が…心臓が…!!


「もう一度。言って、ミチル。」


ルシアンから放たれる強烈な色気に、目眩がした。

心臓が鷲掴みにされるような感覚。


「ルシアン…愛してます…。」


繰り返しているうちに、胸が苦しくてたまらなくて、思わず抱き付いてしまった。


「…私も、誰よりも愛しています、ミチル。永遠に、私だけのものです。」


そう言ってされたキスは、心なしか甘くて苦かった。




セラは痛むらしいお腹を手で抑えながら部屋に入って来た。


「セラ?!」


「あぁ、ミチルちゃん。無事で何より。」


無事で何よりってどういうこと?!


「ごめんねぇ、ルシアン様を止められなくて。」


「いえ、それはなんとか間に合ったので大丈夫ですけれど、セラ、ルシアンに酷いことをされたのですか?」


はは、と笑いながら椅子に座ると、セラはテーブルに突っ伏した。


「これで手加減とか…本当に死ぬ…。」


死ぬ?!


「ロイエと二人でルシアン様がミチルちゃんの所に行くのを止めてたのよ。」


うんうん、ありがとうございます。

セラにお茶を淹れて出す。


「どうやら、バレンタイン関連でミチルちゃんと一緒にいられる時間が減っていて、苛立ってらっしゃったみたいでね。

しかも私とロイエの3人でブランデー買いに行ったり、パティシエの所に行ったりしてたでしょ。

しかも当日、ミチルちゃんの元に行こうとするのを止めたものだから、お怒りになって。」


えっ?!そんなことで怒ったの?!


呆然とする私にセラが引きつった笑みで言った。


「ミチルちゃん、ルシアン様の独占欲、舐めてるでしょ。

それは良いとして、いや、良くないんだけど、廊下で引き止めた私とロイエに攻撃をね。」


寝かせてきたとは言ってたけど…。


「古武術の体術も凄いのよ、ルシアン様は。

一瞬で間合いを詰められて、腹に一発と、首に食らって気絶よ…いたた…。」


痛むらしい首に手を当てて痛みに耐えるセラ。

…うわぁ…。

容赦ないな…。


「…ルシアンって…一体どれだけ強いのですか…。」


「ミチルちゃんが関わった時は最強じゃないかしら。」


逆らっちゃいかん人に嫁いでしもうたー…。


「ごめんなさい、セラ。 次からは抵抗しないでルシアンの好きなようにしていただきますわ。」


「おかしい…遠ざかった筈の監禁が近付いているような気がしてならないわ…。」


ハハ…。

気の所為ダヨ…。


「あ、そうだ、セラ。」


カフェにお願いして作ってもらった、オレンジピールのチョコレートがけの入った箱をセラに渡す。


「いつもありがとう、セラ。」


予想してなかったらしく、驚いた顔をしている。


「ありがとう…嬉しいわ…!」


「本当は手作りをお渡ししたかったのですけれど、ルシアンが嫌がりそうなので、既製品でごめんなさい。」


途端にセラの目が死んだ。


「そうね、血の雨が降るわね…。」


「さすがにそんな…。」


まさか、それぐらいで…。


足止めしただけで気絶させられた人が目の前に…。


「私の手作りは、ルシアンだけに差し上げることにします…皆さんの為にも…。」


そうして、と答えるセラの顔色は引き続き悪い。


ロイエにも同じオレンジピールのチョコレートがけをプレゼントして、日頃の感謝を伝えた。


お義父様とラトリア様にも届けてもらった。

ちなみに、失敗した時用にもう一つ余分に買っておいたものを、ルシアンにあげることにした。

…ほら、みんなもらってるのに自分にないとか、気に病みそう。手作りをもらってても関係ないって言うか。


メッセージカードには、

お仕事頑張って下さいませ、でも無理しちゃ駄目ですよ、と書いた。


それを見たセラに眉間をツンツンされた。


「何よその色気のないメッセージは。

父親に書いてるんじゃないんだから。

ちょっと別人格になって甘えた事書いてみなさいよ。」


別人格て…それが出来てたら苦労しない…。

愛され女子が口走ってたことでも書いてみればいいのかな…。


「"無理をしたら、ミチル、悲しいです"とか?」


「お?嘘っぽいの来たわね。」


嘘っぽいて!ひどっ!


「私らしくないことを書いても、ルシアンは直ぐに見抜いてしまいますわ。」


確かにね、とセラも頷く。


「"お疲れの時に召し上がって下さい"」


「ふむ、ミチルちゃんっぽいわね。

いつもルシアン様の身体の事とか気にしてるものね。」


当然です。

妻ですから!


「"妻より"って書くだけで喜んでくれそうな気もします。

あまりルシアンに言ったことありませんし。」


「そうね。喜びそう。」


うんうん、と頷きながらオレンジピールを食べるセラ。

セラは甘いものが好きなようで、食べるたびにキレイな顔が可愛くなってて、きゅんとした。

あかん、セラが可愛い。

っていうか、この人本当に男子なの…?


「モニカのように、"愛を込めて"って書くとか。」


「ホワイトデーは倍返しなんでしょ?大丈夫?」


ひっ!

無理!!


倍返しはルシアンには伝えてない。身の危険を感じるから…。さすがにそこはね…。


「倍返しは女性の希望ではありますけれど、絶対ではないのですよ?」


「知ったら喜ぶわよー。」


いやいや!

私の身の為にも結構ですから!

本当は3倍返しと言われていることは、絶対に秘密だ!

プレゼント攻撃も凄そうだし、絶対に教えられない!


無難に、"お疲れの時に召し上がって下さい"にしておいた。


ルシアンが書斎にいない隙に忍び込み、机の上に置いておく。

よしっ、これにてミチルのバレンタインは終了です。


明日、カフェに寄ってどんな感じだったかリサーチしようっと。

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