056.我慢の限界?
今日はモニカの家に泊まりに来ております。
侯爵と夫人は領地に行ってらっしゃるということだった。モニカ(と使用人)しかいないので、心置きなくパジャマパーティーが出来ますよ!
夕食もいただき、お風呂もいただいて、あとはもう寝るだけの状態で、同じベッドの上に座る。
「こういったことは初めてですわ。なんだか胸がドキドキしますわね!」
「前世では、同性の方と暮らしていたので、毎日がパジャマパーティーみたいな感じでした。」
「まぁ、楽しそう!」
「楽しいですよ。淑女同士だから話せるようなことを夜通し話したりするのです。
一緒に食事を作って、新しく購入したドレスを見てもらったりしました。」
あぁ、懐かしいなぁ…。
モニカがふっと悲しそうな顔をする。
「その大切な毎日は、愚かな方たちの所為で終わらせられてしまったのですね…。」
「ですが、今はこうして幸せですから、前世に悔いはありませんわ。」
この前ルシアンにも言われた。
まぁ、ショッキングな死に方だからねぇ…。
「前世で一緒に暮らしていた人にもう会えないのだけは、正直に淋しく感じます。それ以外は特に。薄情で申し訳ないのですけれど。」
苦笑混じりに言うと、モニカはホッとした顔になった。
私が記憶を取り戻したのは数年前だけど、それ以前に魂が転生しているのであれば、私が死んでから最低でも17年は経過している。
よっぽどでなければ、あの人はまだ生きてるだろう。
「それなら良かったですわ。こちらにはルシアン様がいらっしゃいますしね!」
「そうそう、ルシアンがいますから、前世はどうでも…?!」
はっとしてモニカを見ると、モニカ的にんまり笑顔になっていた。
しまっ…た…考え事をしながら答えたから…!
この前ルシアンにも考え事をしながら答えると、思ってることをそのまま答えてしまってると言われたばっかりだったのに…!!
「うふふふふふ、ミチルったら可愛いですわぁ!」
顔が熱くなる。
「もー、今日は女子会なんですから、素直にお話いただかなくては!」
そ、そうだけど…!
悔しいのでモニカにも王子のことを聞いてみる。
「モニカはどうなのですか?王子のこと。」
途端にモニカの頰が赤くなる。
「お慕いしておりますわ…先程私から申し上げましたから、素直にお話しますけれど…。」
うんうん、と頷いてモニカの次の言葉を待つ。
モニカは引き続き頰を赤らめた状態です。
うわぁ、なんかドキドキしてきた!
「以前は存じ上げなかったのですけれど、殿下って腹黒じゃありませんか?」
あれ?腹黒って、頰を赤らめながら言う言葉だったっけ?
「え、えぇ…ソウデスネ…?」
確かに王子は腹黒だと思うけどさ…。
「そういったところもお慕いしておりますわ。」
ハハ…と乾いた笑いを浮かべていたら、肩をガシッと掴まれた。
「?!」
「先日のお茶会ではちゃんとお答えになりませんでしたけれど!ミチルはルシアン様のどういった所を好ましく思ってらっしゃるの?!
あ、私は殿下のあの見た目と内面のギャップと、実は精神的に弱い面と、みなさんには完璧に見えるように努力を重ねるお姿が好きなのです。」
モニカの目が、さぁ、今度はユーの番よ!と言っていた。
モニカ様コワイヨー。
逃げられないヨー。
恥ずかしくはあるものの、でも、聞いてもらいたい気持ちもあったりなんかしちゃったりして。
意外に私も乙女なところがあったり。
「る、ルシアンの何処が好きかと言われても…実は困るのです…。」
だって、ルシアンは…。
「ルシアンは、私の理想そのものなのです…。」
モニカは頰を赤らめ、まぁぁぁっ!と感嘆の声をあげる。
「私がまだキース先生に憧れていた際に、ルシアンに理想のタイプを聞かれて、それからルシアンは私の理想の男性に近付けるよう努力をして下さって…。」
「きゃーっ!ミチルってば愛されてますわーっ!」
恥ずかしくて堪らなくって、枕をぎゅっと抱き締めて顔を埋めた。
「乙女の夢ですわよ、ミチル!」
うぅ…そうだよね、うん…。
枕から顔を上げる。
「でも、それぐらいして下さらなかったら、ミチルは預けられませんわ!
我らの妖精姫のお相手として相応しくありませんもの!」
「そ、その妖精姫というのは、どなたが付けたあだ名なのですか?先日ルシアンに教えていただいて、初めて知ったのですけれど…。」
私ですわ!とモニカが言い切った。
え?モニカ?
モニカが付けたの?!
「うふふっ、だってミチルは美しくて気高くて、妖精の姫君のようだったんですもの!」
ここに犯人いた!
そして頭の中が常春って意味ではなかった!
「さすがに、身に過ぎたあだ名ですっ!」
「そういう所も良いのですわ!」
恥ずかしくてまた枕に顔を埋めてしまった。
枕から顔を上げると、目の前にモニカの顔があった。
近い!
そしてモニカの顔が超真剣!
「!」
「ミチル、ルシアン様とはどこまで進んでますの?!」
「?!」
枕に顔を埋めようとしたらモニカに奪われ、モニカの後ろに隠されてしまった。
枕返してーっ!
私の防波堤がー!!
「結婚なさってから結構経ってますもの、やっぱり最後まで…?」
両手で顔を覆ってモニカから逃げる。
なんて直球で聞くのこの人!淑女でしょ!!
「もー!ミチル!今日は全て話す日ですわよ!」
「そっ、それを言うならモニカこそ!殿下とは何処までいってるのですか?!」
指と指の間からチラッとモニカの様子を伺うと、モニカがもじもじしていた。
「く、口付けを…していただきました…。」
王子、手が早いな?!
直後モニカに肩を掴まれた。
「それで、ミチルはどうなのですか?」
「ま…まだ…最後までは…。」
「えぇっ?!」
どういうことですの!とモニカに肩をガクガクと揺さぶられた。
「ミチルが拒否してらっしゃるの?!」
「…拒否というのか…出来ましたら卒業するまでお待ちいただきたいとは、言いました…。」
「まさか、口付けもしてらっしゃらないとはおっしゃいませんよね?」
呆然とするモニカから枕を奪い返して抱き締める。
「そ、それはされております。」
「えーと、それは軽めの?」
「!」
今日のモニカ、ぐいぐい来る!
「耳まで真っ赤ですわ、ミチル。そのご様子ですと、濃厚な方もご経験済みでいらっしゃるのね。」
ここ数日前からですケドネ…。
「モニカは?」
モニカの耳も赤くなった。
「つい、先日…。」
あぁ、それで月の日の朝、ため息を吐いて…。
王子、手ぇ早過ぎですよ!!もうちょっと自重して?!
お互いにその時のことを思い出していたんだと思う。
少しの間赤い顔して無言になった。
「それでミチルは、ルシアン様に卒業まで、我慢させますの?」
どきっとした。それとちょっとひんやりした。
そうか、私はルシアンに我慢を強いているのか…。
「自分のことばかりで…ルシアンに我慢させてることに、気が付いてませんでした…私…駄目な妻ですわ…。」
それなのに、皇女に嫉妬だけはして、挙句あんな拒絶までして…。
「モニカ…私…。」
大人なキスに過剰反応してる場合ではなかった…。
「まぁ、卒業までお待ちいただきたい気持ちは私も分かりますわ。やっぱり、卒業して初めて大人になった、というのがありますものね。」
そうなのだ。
でも、やっぱり、我慢させてるんだよね…。
水の日の朝、フレアージュ家から学園に向かった私は、なんとなく気分が晴れなかった。
「ミチル。」
名前を呼ばれて顔を上げる。この声はルシアン。
「ルシアン…おはようございます。」
私の表情が優れなかったからか、ルシアンは心配そうに私の顔を覗き込んだ。
ルシアンはいつも、私のことを心配してくれる。
「どうしました?」
「夜、大事なお話があります。お時間をいただきたいのですけれど、お忙しいですか?」
「…ミチルが望むのであれば、時間を開けますから、気にしないで下さい。」
いつでも、私を最優先に考えてくれるルシアン。
「いえ、お仕事が終わってからで大丈夫ですわ。お待ちしております。」
私が眠ってから仕事をする生活は、今も続いている。
帰りの馬車の中でも、あまり色々話す気になれなかった。
緊張していて、雑談する余裕はなかっただけなんだけど。
セラとルシアンは最初は話しかけてくれたけど、私の反応がぎこちないのに気付いて、そっとしておいてくれた。
ただ、ルシアンは私の髪をずっと撫でてくれた。
その優しさに、なんだか泣きそうだった。
夜着を着て、ベッドの上で正座してルシアンを待つ。
この状態で待つの、初夜以来…。
ドアが開き、ルシアンがやって来た。
私を見て、少し困ったような表情になる。
心臓の鼓動が早まる。
緊張する。怖いという気持ちもある…。
でも…。
ルシアンは私の隣に座り、私の髪を指で梳いてゆく。
何度か梳いてから、私の名を呼ぶ。
「ミチル…。」
「はい。」
真っ直ぐにルシアンを見つめる。
「…モニカ嬢に何か言われたのですか?」
「言われたと言うか、気付かされたと言うのか…。」
「気付かされた?」
言わなくちゃ。
今、言わなくちゃ…!
「ルシアン、あの…。」
ルシアンは何も言わず、私をじっと見つめる。
金色の瞳に、何もかも見透かされている気持ちになる。
抱いて下さいとは、さすがに言えない。言った瞬間爆発出来る自信がある。
言えないけど、でも…。
ルシアンの頰にキスをする。
瞬きもせず、私をじっと見つめるルシアン。
勇気を振り絞り、ルシアンの唇にキスをする。
唇を離したときに、私がルシアンの瞳に映っていた。
私だけを映してる瞳。
もう一度私からキスをした。
ルシアンの舌が私の唇の中に侵入するのを、必死に受け入れる。
「…っ。」
いつもは、恥ずかしくて、苦しくて、逃げてしまうのだけど、逃げちゃ駄目だと、何度も自分に言い聞かせて、ルシアンを受け入れる。
ルシアンの腕が私の頭と腰に回され、そのままベッドに押し倒された。
背中に、ベッドのスプリングの柔らかい感触。
唇が離れる。
「…途中で、止めてあげられる自信がありません。」
うあ!ルシアン様、それ、ドキドキさせるだけの発言ですよ!!
ルシアンの耳が赤い。
そっと触れると、ルシアンが恥ずかしそうに笑った。
あぁ、もう好き過ぎる。
頰に触れるルシアンの手を掴んで、手のひらにキスをする。
「ミチル…。」
ルシアンの唇がまた私の唇に重なったとき、ルシアンの首に腕を回した。
「もう…ミチルは意外な所で大胆になる…。」
困ったように笑うルシアン。
「駄目、でしたか…?」
「いいえ…いつもなら、自制するんですが…。」
艶っぽい笑みを浮かべたルシアンに、背中がぞくりとする。
「もう、我慢しない。」
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