踊る人々<セラ視点>

本来の結婚であれば遅すぎるくらいではあるけど、ミチルちゃんのことを溺愛してやまないルシアン様が、ミチルちゃんの意向に沿って白の婚姻を続けていたのは、屋敷の人間には周知の事実。

その理性は、鋼の精神力とまで呼ばれていたのに。

それが一転。


ワタシの前には、気怠げにロイエの淹れたコーヒーを飲むルシアン様。

この時間からコーヒーを飲むということは、まだ寝ないということだ。


「こんな時間にコーヒーなんて飲んだら、寝れなくなるんじゃないの?」


「片付けなくてはならないものがある。」


ため息を吐くその姿はとても17歳には見えない。

何かしらこの色気。以前より増えてないかしら?


「それがあるから、白の婚姻を破棄したの?」


ちら、とルシアン様は私を見る。


「今度は皇女への接触を図ろうとしているようだ。」


ルシアン様の言葉に呼応するように、ロイエが報告書をワタシに差し出した。

受け取った報告書をざっと読んで、思わずため息を吐いてしまった。


「新しい玩具のつもり?アレに求心力はないわよ?」


破壊力はあるけど。


あの皇女ではお話にはならないと思うんだけど、別の思惑があると考えるのが自然よね。


「多分本来の目的はそこではないでしょう。キャロル嬢がいなくなったことで、これまで手間暇かけたものが無駄になりましたからね。手っ取り早い方法に出たのではないですか?」


ロイエが冷たく言い放つ。


報告書をロイエに返すと、ロイエは報告書を暖炉にくべた。パチパチッ、と音を立てて一瞬で燃え尽きる。


「あれでも一応皇国の皇女なのよね、立場は。

利用価値としてはそこかしら?」


「本体に揺さぶりをかけるのが一番無駄がありませんから、手段としては正攻法であるとは言えます。

カーネリアン様の研究発表で利用方法を思い付いた、といった所でしょう。」


魔力の器に関する研究論文は、カーライル王国を通して皇都に報告され、他の国にも論文は広まっているという。

その結果、皇女が使える、と判断されたか。


「二ヶ月ですか。そろそろ皇女も痺れを切らす頃ですね。」


ロストア語を使えない皇女が、当初の予定通りにロストア語の学力向上として王城の一室に閉じ込められ、何の進展もないまま、もうじき二ヶ月になる。


「近々、アルト家は公爵位を賜り、ミチルが転生者であることも知らしめられる。

器に関しての目的も達成されず、私とのことも無駄足だったと分かれば皇女もすぐに皇都に帰るだろう。」


準備が整ったのね。

最近、ルシアン様がミチルちゃんへの身体的接触を過剰に増やしていたのは、この所為だったのねぇ。

まぁ、この人が単純に我慢出来なくなったと言ってミチルちゃんに手を出すような可愛い性格じゃないことは、よく分かってるけど。


転生者は、どの国も喉から手が出る程に欲しくなる存在。

それがルシアン様と白の婚姻であると知られれば、ミチルちゃんへの各国からの接触は増える。

それを防ぐ為にも、そろそろ、夫婦になっていただかないといけないとは思っていたけれど、ルシアン様としては強引に進めたくなかったようだし。

ここにきてモニカ様から何か焚き付けられたミチルちゃんが、ルシアン様を自発的に受け入れてくれたのは、一番良い形だったと思う。


「皇都に戻れば、皇女は奴らと手を組むだろう。

女帝も打つ手がなくて困っている筈。」


ロイエはいつの間にやらほうじ茶に淹れ直して、ルシアン様の前に出す。

ワタシも欲しいなーと目で訴えると、一瞬冷たい目で見られたけど、ワタシにもくれた。なんだかんだロイエは優しい。


「皇女が動けば、ミチルに危害を加えられるだろうことは想像に難くない。」


あの皇女がこのままミチルちゃんに何もしないとは思えないもんねぇ…。

鉄扇に遅効性の毒でも塗っておけば良かったわ、ホント反省。


「あちらの準備は?」


「次男が思った以上に使えそうでしたので、そちらと接触しておりますが、公爵夫妻と長男は無理そうです。」


「公爵か…。」


あの食わせ者の公爵は、妻の為なら何でも汚いことをする男だから、面倒なのよね…。

ルシアン様と方向性は近いけど、あっちはやり方がスマートじゃない。


「その点であれば、既に手を打っておりますし、さすがに公爵としても息子二人を失うような愚策は取らないでしょう。

…何しろ、夫人がそれを望まないでしょうから。」


ルシアン様はほうじ茶をひと口飲むと、息を吐いた。


「手段は任せる。」


ワタシとロイエは、主人に礼をした。

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