055.ジュビリー対策

端的に言うなら、ジュビリーは領地の主要都市とは思えない規模だった。

本当にあの父親は、というかその前の領主もだろうから、先祖代々、無能だったということだ。


まず、道がずっと補修されていないのだろう、ガタガタで、馬車で入った時にも揺れた。

馬車もそうだけれど、中央広場周辺に集まっている店に物品を運ぶ台車なども揺れて大変だろう。


アレクサンドリア領は農業が盛んな土地だし、内陸でもあるから、海産物を取り扱ってるお店はなかった。

お肉屋さんもあるにはあったけど、値段は高めだった。あまり畜産をやってないのか。

家畜から肥料取れるし、もっとやってるものなんだと思ったんだけど、そういうものでもないのかな。


服飾系のお店も1店舗しかなかった。農作物を売るお店ばっかりが並んでる。商品過多な状態だから野菜の値段は王都に比べると格段に安い。新鮮だったのに。

それは消費者にとってはありがたいことだけど、農業に携わる人たちにとっては由々しき問題で。


「野菜が恐ろしく安かったわね。」


「あれだけ安い値段で売られているということは、生産者の元に入る利益はもっと少ないということでしょう。食べるものを作っているから生きてはいけるのでしょうが、豊かな暮らしには遠いわ。」


あの野菜、王都に売りだそうかな。王都だともっと高いし。

領地外に出すことを考えたほうが良さそう。


「セラ、王都でアレクサンドリア領の野菜を売りだしたいのだけれど、王都で生鮮食品を取り扱ってる領地は何処なのか調べてもらえるかしら。

アレクサンドリアより遠くから運び入れてる野菜が主流なのだとしたら、売りだせるチャンスがあると思うのよ。あと、それぞれの領地で取れる野菜の種類も調べておいてね。」


王都で野菜販売をしたいけれど、これまでその商売をやっていた人たちとぶつかるのは良くない。

なるべく被らないものにしたいのだ。まぁ、そんなの難しいだろうけど。

あとはその領地の主力商品じゃないものであれば、こちらにもチャンスがあるので、そこを狙う。


「セラ、奥まで見て来ていたのでしょう?」


セラは肩をすくませた。


「不衛生だったわー。」


働き盛りである大人の男も女も、幼い子供、老人もいて、汚れた衣服のまま土の上に座っており、セラに物乞いをする者たちが多くいたそうだ。


「病気を持っているようだった?」


「いるにはいたんでしょうけど、健康そうに見える者も多くいたわよ。」


なるほど…。ということはなにがしかの理由で住む場所と仕事を失った人たちが年齢性別を問わずにいて、スラム街に流れていってるということなのか。

今のところ病気になってる人は少ないとしても、雨季がくれば途端に不衛生になる。

そうなる前に対策を取らないとだよね。


「アビス、商業エリアで空いている店舗があったら、商人ギルドを呼ぶ手配をして下さい。それと、役所と、職業訓練所を作りたいと思います。」


「ご主人様、無知な私をお許し下さい。

やくしょ、しょくぎょうくんれんじょとは、一体どういうものでございますか?」


あ、知ってる前提で話しちゃってた。

いかんいかん。


「役所というのは、領民と私の間に入る組織ですね。アビスを役所の所長にしましょう。

とりあえずは困ったことがあったら相談出来る場所にしたいのです。」


この世の終わりみたいな顔にアビスがなってるけど、どうした?

大丈夫?ただでさえ白いのに青白くなっちゃってるよ?


「力不足で申し訳ございません…。」


はっ!

あああああ、違う!そうじゃないんだってばー!


慌てて訂正する。


「違うの、アビス!アビスの能力が、ということではないのよ。どれだけアビスが優秀でも全てを網羅することは事実上不可能だわ。貴方にはもっと多岐に渡って見ていただきたいから、一つの都市だけに目を向けている場合ではないの。」


未だ傷付いた顔のアビスが私を見ている。

どうでもいいけど、美形の傷付いた顔って、ぐっとくるね…。新しい扉開いちゃいそうで怖い。


「どれだけ相手のことを思っても、その人にはなれないのだから、真に望むものを与えるのは難しいのよ。

それにね、与えられてばかりいるとその人は駄目になるの。与えられることに慣れて自分で生きていく力や気力を失うの。

自分たちの住む街を、自分たちで良くしていきたいと思ってもらえるようにならないと、住んでる人たちは街を大事にしないわ。与えられるばかりでは不満も持ちやすいのよ。」


役に立ってると感じることで得られる自己肯定感は、とても大切なんですよ。

組織運営を円滑に行う為には、適材適所に配置し、いかにやる気を引き出し、成果を上げてもらうかにかかっている。


そこまで言ってようやくアビスは立ち直ってくれた。ほっ。

良かった。まだノーマルでいられそう。


「理解致しました。ではご主人様、もう一つのしょくぎょうくんれんじょというのは?」


「アレクサンドリア領は農業に携わるものが多くて、他の職業を営む者が少ないでしょう?農業以外の職業を試してみたいと思っても、ここにいては出来ないの。

職業訓練所では未経験の職業の技術を覚えることで、職業の自由を与えたいのよ。」


なるほど、とルシアンが呟いた。


「スラム街の健康な人間に新しい職業に就かせようと言うのですね。」


「そうです。」


さすがルシアン、察しがよくてびっくりです。


「それにしても、職業訓練所とは、面白いですね。」


そう言って何かを考え始めたので、そっとしておく。


「大人はそれでいいとして、子供はどうするつもり?」


セラさんもあいかわらず鋭いです。


「学校を作りたいと思っています。

お店を見て、あまりの識字率の低さに驚きましたし、支払いの際にも手間取っていたり、騙されていたりもしてましたし。」


本当はその場で不正を正すべきなのは分かってるけど、根本的な対策をする必要がある。


「学校を作るのは難しいんじゃない?そんな大人数を収容する建物を作るのはお金も時間もかかるわよ?」


無論その通りですよ。


「えぇ、ですから教会にその責務を負っていただく代わりに、領主から寄付金を納めるということでいかがでしょう。」


この世界の教会は、大概貧しい。

王都の教会はそうでもないみたいだけど。

神父様は字も書けるし、人に教えることも得意だろうし。

教会は広く作られてるし。

孤児院のような役割もね、果たしていただきたい。


「考えるものねぇ、さすがは転生者様、なのかしら?」


感心して言うセラに、私は苦笑する。


「思い付いても、実行する力が私にはありませんわ。」


「そこから先はワタシたちがなんとかするからいいのよ。

ミチルちゃんはもっと自分に自信を持っていいのよ!」


セラの言葉が嬉しくて、ちょっとだけうるっときてしまった。


「ありがとう、セラ。本当に頼りになるわ。」




アレクサンドリア家を出て、王都に戻る。

馬車の中ではセラもいるから大丈夫なんだけど、屋敷に戻ってから、ルシアンと二人になるのが正直怖い。


…昨日、あんなキスをされてしまった所為で、ぐるんぐるん考えてしまって、緊張状態が続いてる。

あの後、ルシアンに抱き締められて眠ったんだけど、熟睡出来なかった…。


どぎまぎしている私を見て、セラがひと言、「青春だわぁ」と呟いた。


え、ちょ、どのへんが青い春でしたかね!?


屋敷に戻って直に、ロイエから報告があるとかでルシアンは書斎に行ってしまった。

でも正直ほっとした。

ひと呼吸置ける、と思って。

セラが側にいてくれればまだ、と思ったのに、セラもやることがあるとか言っていなくなってしまうし…。


部屋に戻ったものの、刺繍もする気になれないし、本を読んでみても頭に入ってこないし、もうどうしていいのか分からなくってクッションを抱きしめてカウチに横になった。


このまま、先に寝てしまおうか…。

いや、でも、明日は?

その場しのぎのことして逃げてると、この前みたいなカギかけられちゃうみたいなのも困るしな…。


うっ!逃げ場がない!

こういう時って普通実家が逃げ場なのに、実家一緒に行ったし!!

一人でなんて絶対行かせてくれないし、そもそも実家でのことでしたし!?


っていうか私の頭の中、ルシアンとのキスとその後のことばっかりなんだけど?!

欲求不満なの!?


「解消してさしあげましょうか?」


いつの間にかルシアンが笑顔で、腕を組むようにして壁に寄りかかっていた。


いやーーーーっっ!!




…実はちょっと逃げてみたんですね、性懲りもなく。

当然ですけど直に捕まりまして。

定位置に納まってオリマス。

ミチル如きがルシアン様から逃げられる筈もなく…。


「そんなに嫌でしたか?」


子犬みたいな顔で聞かないでー!!


「い…嫌では…。」


顔を背けられないように、両手で顔を掴まれており、色々と逃げられないこの状況。


「ない…です…。」


良かった、とルシアンは柔らかく微笑む。

う、イケメンの笑顔が眩しい…。


嫌じゃないよ。嫌じゃないけど恥ずかしいんだよ!

意識しちゃうの!!


「恥ずかしい?」


「はっ、恥ずかしいです…っ。」


「可愛い。」


声が…声が甘い…。

もう本当に、声だけで腰砕けそうだよ…。何という殺傷能力なんだ…!


「ミチル、愛してますよ。」


不意打ちの愛の告白にびっくりして顔を上げた瞬間、ルシアンが私の唇を割って舌を入れてきた。


「!」


抵抗出来ないまま、ルシアンが唇を離すまで、キスは続いた。

息まで貪るように吸われて、唇が離れても呼吸は乱れたままだ。


私はこんな状態なのに、ルシアンはいつもと変わらない涼しげな様子だった。


こ、こんなキスをしたのに、なんでこんないつも通りなの…。


恨めしげに見つめると、ふふ、とルシアンは微笑んだ。


「そんな目で見つめられると…もっとしたくなります。」


「?!」


慌てて視線を逸らす。


分かっておりますとも。えぇ、十分に。

この濃厚な大人なキスも慣れなければ、真の夫婦にはなれないことも分かっておりますとも…。

でも…でも心臓が…心臓がもたないよ…!!


動揺している私の髪を、ルシアンが撫でる。


世の恋人たちやご夫婦はこういうのを乗り越えてるんだよね、前世なんかもっと凄いヒトタチもいた訳ですし…。


私がもやもやしてる間も、容赦なくルシアンのキス攻撃は続きます。

最初に大人なキスをされてしまった所為なのか、いつものキスすら緊張してしまう。

頬に触れられるのも、髪を撫でられるのも、ルシアンの動き一つ一つに過剰に反応してしまう。


うぅーっ、ドキドキするよー!

絶対私の心臓の音とかルシアンに伝わってると思うの。

それなのにルシアンのこの落ち着きっぷり!


「いちゃこらしてるとこ夕食よー☆」


ドアがバーン!と開いてセラが入って来た。


「?!」


「セラ…ミチルが驚くからノックを。」


呆れた様子のルシアン。セラはウインクして言い切る。


「ミチルちゃんを驚かせる為だからノックしないわよ!」


なんでよ?!


でも、ちょっと脳が溶けそうだったので、助かりマシタ。

やばかったです。

なんか余計なこと言いそうでした。




「はぁ…。」


翌日、教室に着いてすぐに、アンニュイなため息を吐いているモニカさんを発見しました。


「モニカ?」


声をかけると、モニカは私の存在に気付いてなかったみたいで、びくりと肩をさせた。


「あっ、ミチル。おはよう。」


「どうなさったの?ため息を吐いてらしたけれど。」


モニカの顔が赤くなる。

美少女の赤面は可愛い!眼福!朝から眼福です!


何でもないと言いかけて、モニカは私の耳元に顔を近付けて言った。


「ミチルと二人だけで話したいことがあるのです。」


「?勿論、よろしくてよ?放課後?」


一瞬考えた後、モニカが首を振って言った。


「いいえ、フレアージュ家に来ていただきたいのです。誰にも聞かれたくないのです。」


それを聞いて、「女子会ですわね」と笑いながら答えると、ジョシカイ?と聞き返された。


「えぇ、淑女だけで集まってどなたかの屋敷に泊まって、夜着で夜通しお喋りするパジャマパーティーなんていうのもありましたわ、あちらでは。」


知人女性と同居していた私は、毎日がパジャマパーティーみたいな感じだったけど。

あの気の置けない何でも話せる開放的な感じは、楽しかったなぁ。


モニカがカッと目を見開いて「それですわ!」と言った。

あまりの勢いに、遠く離れた生徒たちもびっくりしてこっちを見る。


「明日の夜、フレアージュに泊まりに来て下さいませ!寝かせませんわよ!」


「問題のある言い回しではありますけれど、承知しましたわ…。」

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