048.嫉妬

ゴージャス!!


それがシンシア皇女の第一印象だった。


王子が言っていたように歓迎してないのに開くことになった歓迎会。

アルト侯爵家の後継のルシアンが参加しないで済む筈もなく。その妻であり、先日行きがかりで伯爵位を賜っちゃった私も参加しない訳にもいかず、やって参りました、(非)歓迎会。

非の位置あってるかな?


そう、皇女。

皇女はマーメイドラインの真っ赤なドレスを着た妖艶な美女だった。

確かあの人、私と同じ年の筈なのに、あれはもう少女には見えないよ?

だって、めっちゃナイスバデーだし!

出るとこ出てるし!くびれ凄いし!何あれ凄い!

フェロモンむんむんですよ?!


あれに、言い寄られてたの?ルシアン…。

うっ、なんか急に持病が…。


「ミチル。」


名前を呼ばれた方に振り向くと、モニカがこちらに向かって来ているところだった。


王太子の婚約者だからね、侯爵令嬢だし、彼女も必須参加だよね。


「殿下から贈られたというドレスですよね?モニカによく似合ってますわ。」


今日のモニカはロイヤルブルーのエンパイアラインのドレスで、私がデザインしたネックレスを付けている。

ハーフアップにした髪に、カサブランカが挿してあり、とても美しい。


「神話に出てくる美の女神のようです。」


まぁ、とモニカは頰を赤らめた。

本当モニカは可愛い。王子がモニカを泣かせたら絶対許さん。まぁ、それはないだろうけど。

婚約してからの王子のモニカ溺愛っぷりといったら…。

モニカが幸せならいいのだ、うん。


少し会話をしてから、モニカは王子の方に向かった。

壇上からずっと王子が見てて落ち着かなかったからね。

本当は迎えに来たいだろうに、今日はシンシアが横にいるから壇上から動けないのだろう。


「どうしました?私の妖精姫。」


つい、シンシアを見てしまう私に、隣に立つルシアンから声がかかる。


妖精姫ってなんだ?!


「まぁ、ルシアン、妖精から怒られてしまいますわ。」


妖精から悪戯されそうだから止めて。

本当悪戯超えて呪われちゃうかもだからね。


「ミチルは妖精姫と呼ばれているそうですよ?」


えっ?誰に?

何それ、もしかして頭の中が常春とかそういう?!


「容姿の話です。」


それだと尚更理解不能なんだけどな…。


ふふっ、とルシアンは楽しそうに笑うと、私のおでこにキスをした。


周囲の令嬢たちからきゃーという声が上がる。


…恥ずかしい…。


ジェラルドがこちらに駆け寄って来た。強張った表情で。


「ルシアン、皇女がお呼びだ。」


心臓がぎゅっと痛んだ。


行かないでと言えればいいけど、皇女相手にそんなこと言える筈もない。


無表情なまま、ルシアンは私の頰を撫で、皇女の元に向かった。


皇女の前に行ったルシアンは、流れるような所作で礼をする。満足気な皇女の顔が見えて、見たくなくて、そっとテラスに逃げた。


嫉妬してる。


皇女に、ルシアンを取られるのではないかと。


ルシアンがお世辞でも皇女を褒める言葉も、作り笑いでも見たくない。


自分の中に、こんなにドロついたものがあるなんて、知りたくなかった。

みんな、この気持ちとどう戦っているの?


仕方のないことだって分かってるのに、頭は冷静なのに、心臓が痛くて仕方がない。

ズキズキと痛む。苦しい。


「おや、こんな所に妖精のように美しい方が…。」


声に驚いて顔を上げると、水色の髪、水色の瞳の美しい男性が立っていた。

私、この人を知ってる。


姉が妄想で懸想した、フィオニア・サーシス様だわ。


風に靡く水色の髪は月光を反射するようにキラキラと光り、神秘的だった。

王国内でも絶大な人気を誇るフィオニア様に、納得がいった。これは、確かに美しい方だ。


「ご機嫌よう、フィオニア様。」


「貴女のような美しい方に、名を知っていただけているとは、光栄です、アレクサンドリア女伯。」


美しいとは、モニカや、シンシア様のような方を言うのだと思う。

以前の太っていた時に比べればマシだとは思うけど、私は美しくない。

家族はずっと、私のことを醜い、アレクサンドリア家の人間とは思えないと言い続けていたのだから。


思わずため息がこぼれる。


「ここは寒い。お身体を冷やしてはいけません。中に戻りましょう。」


「いえ、私は…。」


皇女とルシアンが一緒にいる所を見たくない。


「お辛いでしょうが、逃げては通れない道です。」


そんなに、ルシアンと皇女のこと、有名なのか。


「大丈夫です、貴女をお守りする者は多くおります。」


さぁ、と促されて中に戻ると、楽団による演奏が始まっていた。


中央で皇女と踊るルシアンの姿に、涙がこぼれてしまった。


「ミチル。」


お義父様とお義母様だった。

お二人も当然来ているよね。


あぁ、貴族の嫁なのに、こんな、泣いてしまって、怒られてしまう。


お義母様がそっと私の涙をハンカチで拭いてくれた。


「…申し訳ありません…私…駄目な妻ですわ…。」


「いいえ」とお義母様は首を横に振り、私の肩を抱いてくれた。


曲が終わり、皇女は次の曲もルシアンにねだったようだ。遠目にも分かる。

その姿に、周囲から声が上がる。


「皇女という立場でありながら、なんと品のない行いをするのか。」


「信じられませんわ…。」


ざわつく会場の中で、誰もが皇女とルシアンを見つめる。

ルシアンがどうするのかを見ているのだ。


皇女の機嫌を損ねるのは正しい行いではない。

でも、ここで続けて踊れば皇女とルシアンが恋人であるという既成事実のようなものが出来てしまう。


「私と、踊っていただけますか?」


フィオニア様が私の手を取り、甲に口付けた。


どうしよう、お断りするのも無礼になってしまう。

判断に迷っていたら、勢いよく肩を掴まれ、抱き寄せられた。


だ、誰?!


「!?」


ルシアンだった。

無表情に見えるけど、明らかに怒ってる。


そんなルシアンを見て、フィオニア様はふっと笑った。

挑発するかのような視線に、私は戸惑う。


な、なんだなんだ。

一体何が起こってるんだ?!


「他の男に触れられるのすら許せないのであれば、ご自身でお守り下さい。」


「言われるまでもない。」


ホールの中央に取り残された皇女は、持っていた扇子を力任せにへし折った。

シーンと静まり返っていたホールに、ボキッという音が響く。


うわぁ!


「ではまた、アレクサンドリア女伯。」


歌うように言ってフィオニア様はホールの中央に向かい、皇女の手の甲に口付けた。


何を話してるのかは分からないけど、皇女とフィオニア様は踊り出した。

周囲も何事もなかったように踊り始める。


「…これはまた、愉快なことだ。」


そう言って微笑むお義父様の笑顔はめっちゃ黒かった。

怖い、怖いです。


私は何となく、ルシアンの顔が見れなかった。

見たくなかったと言うか。


「あら、大変。ミチルったら顔色がよくなくってよ。」


突然お義母様が私を見て言った。


「ルシアン、ミチルが具合が悪そうだからもうお帰りなさい。陛下には私たちから申し上げておくから。」


「はい、ありがとうございます。」


ルシアンに肩を抱かれながらホールを後にし、馬車に乗り込んだ。


「ミチル。」


答えたくない。

声を聞きたくない。

あれは浮気とかそういうことではない。

そういうことじゃないのだ。


私は、自分の中のドロドロしたものが怖くて仕方なかった。

たったあれだけのことで、こんなにも心乱れる程、自分が弱い人間だなんて知りたくなかった。


今口を開けばきっと、私は言ってはならないことを口にしてしまう気がする。


ルシアンが私を抱き寄せようとするのを、手で制した。


止めて。

もう心を乱されたくない。


ルシアンは無理強いをしようとはせず、それ以上何も言わなかった。


その日の夜、私はルシアンと一緒に眠ることを拒んだ。




テラスにいたからかも知れない。

私は風邪をひいた。

熱で頭がぼんやりする。


エマだけを側において、私はベッドに横になっていた。


「何があったのですか?旦那様と。」


「何もないわ。ルシアンは何も悪くないの。」


ルシアンを、傷付けてしまっただろうか。

こんな嫉妬深い私に、ルシアンは呆れてしまうかも知れない。


「では、どうなすったのですか?昨日の夜会で何か?」


「皇女様がルシアンに想いを寄せていることは、以前より分かっていたことなのに…凄く、凄く嫌だったのよ。」


吐いた息が熱い。

また熱が上がったのかも知れない。


「ルシアンが望んだ状況ではないと分かっている筈なのに…どうしようもなく…貴族の…妻であれば、顔になんて出してはいけないわ…それなのに…私泣いてしまって…。」


思い出しただけで涙がこぼれた。


「嫉妬してる自分が…怖くなって…こんなに…醜い私なんて…ルシアンに…嫌われて…しまうわ…。」


「…ミチル様は、旦那様を、本当に想ってらっしゃるのですね。」


好きなのは好きだった。でもこんなに、己を制御出来なくなるまで想ってるなんて。


「好きになんて…ならなければ良かった…。」


「なんて事をおっしゃるのです。深く誰かを想うことが悪いことな訳ありません。」


愛されてると感じるだけならば、恥ずかしいだけで幸せだった。

ふわふわとして、何処か非現実的で。

でも、愛してしまったなら。


愛し愛されるのは、とても幸せなこと。

でも、それだけではないのだと知った。

己の中の、見たくはなかった醜い一面と、向き合わなくてはいけない。

その勇気がなければ、人なんて愛せないのかも知れない。そうじゃ、ないのかも知れない。

一生嫉妬せずに生きる人もいるだろう。


今思い出しても苦しい。


美しい皇女と、ルシアンは、お似合いだった。


「…一人に…して…眠りたい…。」


「おやすみなさいませ、ミチル様。」


エマが出て行った後、私は枕に顔を押し付けた。


涙が、止まらない。

枕は私がこぼしただけの涙を、すべて吸い取った。


カチリ、と何処かでカギの閉まる音がした。


「…エマ…?」


枕から顔を上げると、ドアの前にルシアンが立っていた。


その姿に、私は息を飲んだ。


ルシアンは無表情に私を真っ直ぐに見つめている。

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