逃がさないと決めたから。<ジーク王子視点>
隣で出来たばかりの婚約者の話をし続ける親友に、呆れを通り越してうんざりしていた。
何処か壊れたのではないか?
むしろここまで来ると洗脳ではないかと疑いたくなる。
何度その話をすれば気が済むのかと聞いたら、自然と口にしてしまうのだから仕方ないだろうと言われる始末。
「いい加減、ジェラルドの婚約者の話は聞き飽きた。」
ジェラルドに自制せよ、という目を向けるも、ジェラルドは仕方ないだろう、本当に愛らしいんだから、と飄々と言う。
本当に、手に負えない。
こんなに恋に溺れる奴だとは。
ミチルが半眼になって、何とも言えない表情をし、それから横のルシアンを見る。
私もちら、とルシアンを見た。
ミチルも私と同じことを考えたのだろう。
かつてのルシアンもミチルに溺れているように見えたが、あれはどちらかと言うと、そう見せてミチルを追い込んでいるようにも、周囲の令嬢たちの気持ちを削ぐのにも使っていたようにも見え、本心は分からない。
聞いたところで、またあの笑みで、溺れておりますよ?と言ってのけるに違いない。
以前のことを思い出したのだろう、ミチルが赤い顔をして俯いた。
「どうかしましたか?」
そう言ってミチルの顔を覗き込むルシアン。きっと、ミチルがどういう流れで顔を赤くしたかも分かっているだろうに、こうしてミチルをいじるルシアンはドSだと思う。
「な、なんでもありません。」
慌てて首を横に振ってこれ以上聞いてくれるな、という意思表示をするミチルに、ルシアンは微笑んで言うのだ。
「私にとってこの世で一番愛らしいのはミチルだけですよ。」
言ってからミチルの手の甲に口付けるルシアン。
途端にミチルが耳まで顔を真っ赤にさせる。
ほら、やっぱり。
全部分かった上でミチルをいじるのだから。
ミチルとルシアンの様子を、モニカが頰を赤らめてじっと見つめている。
モニカはミチルが大好きだ。好き過ぎてこちらが不安になるぐらい好きだ。
そしてそのミチルがルシアンに溺愛される様を見るのも何よりも好きなようで、こうやって、頰を赤らめて見つめるのだ。
…可能なら、頰を赤らめて見つめるのは私だけにしてもらいたいのだが。
己の中に、モニカへの好意があることに気付いたのはいつだったか。
最初はきつめに見える目も、口調も、態度も苦手であったのに、気が付けば彼女を目で追ってる自分に、ジェラルドのにやにやした視線で気が付いた。
ある時から、モニカから高慢な態度が消えた。
自然に笑うし、話すし、以前のように棘ついた態度は消えて、ミチルの作ったお菓子を美味しそうに頬張る、可愛らしい令嬢に様変わりしていた。
ある時、モニカに何があったのかとミチルに尋ねた所、ミチルが思い出したように話してくれた。
モニカ様はお立場がお立場ですから、周囲にご自身を利用しようとなさる方たちが集まって、モニカ様そのものに目を向けて下さる方は多くはないのです。
けれど、モニカ様はそんな周囲の方たちにすら気を配り、守ろうとなさる、優しいお方なのです。
それ以外は、年頃の令嬢らしく、可愛らしいものも、甘いお菓子も好きな、普通の方なのです。
その言葉は、私の中にストンと落ちてきた。
それから、恥ずかしくなった。
私は、モニカの何を見ていたのだろうかと。
私自身が王子としての鎧を纏うように、彼女も侯爵令嬢としての鎧を纏っていただけなのに。
そんなことも見抜けず、勝手に高慢であると決め付けて遠ざけていた。
こんなことで私は王などなれるのか。
皆、私を文武両道の理想的な王子であると賞賛するが、王族を面と向かって侮辱する者などいないのだから、それを安易に信じられる程愚かではない。
ルシアンはミチルに愛される為に己を変えた。本当に、あれは変えたのか?
元々あぁだったのでは?
私のように、人知れぬ努力の末の結果ではなく、元々持ち得ていたのではないか?
ト国の使節には子供だからと侮られ、契約もままならない私は、本当に王太子として相応しいのか?
書類の海の溺れ、己の自信の無さに溺れ、息が出来なくなりそうだった時、モニカが私にキャラメルをくれた。
「お疲れがお顔に出てますわ。疲れていると思考も後ろ向きになり、出来ることも出来なくなるもの。
疲れた時には、甘いものを食べてご自身を甘やかすのも、時には良いと思いますわ。」
秀才だ、未来の賢王だなどと持ち上げられながら、こんな風に裏で必死に努力している姿を見ても、モニカは顔色を変えなかった。
こんな姿を令嬢たちが見たら、私への好意など吹き飛ぶのではないかと思っていた。
「呆れないの?」
「何をですの?」
そう言ってモニカはキャラメルを頬張る。
「モニカ嬢たちが思っていたような人物と、私は大きく乖離するだろうから。」
そんなことありませんわ、という言葉を待っていた私を無視して、モニカは書類を手に取る。
「あら、これでしたら私もお手伝い出来そうですわ。」
「え?」
モニカは私の正面に座ると、慣れた手付きで書類を捌いていく。
手元にはミチルが作ったフセンが置かれている。
「殿下は王になられるのでしょう?神ではなく。」
何故そこで神が出てくる?
王を目指していると答えると、モニカはふむふむ、と表情も変えずに頷いた。
「でしたら、出来ないことがあっても構わないと思いますわ。カリスマも大事ですけれど、この人の為に何かしたいと思わせる人物の方が良いと、父が申しておりました。
お仕えのし甲斐があるとか。」
そこでモニカは顔を上げ、キャラメル、お気に召しませんでした?と聞いてきた。
私は慌ててキャラメルを口に入れた。
甘くて少し苦味のある味だった。
そんなやりとりをぼんやりと思い出していた。
モニカの元には、婚約の申し込みが殺到していると聞く。
けれどどれも成就していない。
それがフレアージュ侯爵の思いなのか、モニカの思いなのかは分からない。
自分の思いを伝えて、モニカとの関係性が壊れたら?
そう思うとモニカに何も言えない。
その間に、彼女を誰かが選んだなら?
あれほど婚約を拒否していたジェラルドだが、婚約者に会った途端に恋に落ちた。
もしかしたら、モニカもそうかも知れない。
恋はするものではなく、落ちるものだと言う。
こうして何年も側にいるのに、モニカに恋心を抱いてもらえない私では、無理だろう。
案外、私も何処かの令嬢とお見合いをしたなら、ジェラルドのように恋に落ちるのかも知れない。
「…私も婚約しようかな…。」
疲れていたのだろう、思わず言葉にしてしまった。
突然、モニカが目をキラリと光らせた。
「まぁっ!殿下も想う方がおりますの?!」
そう言うなりモニカは勢いよく私の前まで来て、祈るように私を見つめる。
その目を見て、私は分かった気がした。
モニカはまだ、恋に憧れている乙女なのだ。
まだ、誰にも恋をしたことがないのだと。
あぁ、耐えられない、と思った。
この笑顔を、私以外の誰かに向けられることなんて。
瞳に映るのも、名を呼ぶのも。
誰かに、このまま渡すくらいならば…。
私は少し困ったような表情をモニカに向けた。
「うん、いるよ。
ねぇ、モニカ。私は心配なんだ、その令嬢が私からの婚約を受け入れてくれるのかが。」
ミチルはふ、と目を逸らした。彼女の察しの良い所、私は好きだな。
一方のモニカは全く気付いてないようだけれど。
ねぇ、モニカ。
私は確かにルシアンほど優れてはいないけれど、それなりに出来ることもあるんだよ。
「殿下からの婚約をお断りするような令嬢なんておりませんわ、ご安心なさって下さいませ!」
よく、ジェラルドに腹黒殿下と言われるけれど、それぐらい出来なくては王族など務まらない。
「そっか。」
私はとびきりの笑顔をモニカに向け、目の前の彼女の手をそっと自分の両手で包んで言った。
「では、私との婚約、受け入れてくれるね?モニカ。」
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