010.毎日がジェットコースター!

あ、夢だったか、と納得した。

それにしては随分私に都合の良い甘々な夢だったなぁ、と思いながらベッドから起き上がると、ドアが開いてエマが花を活けた花瓶を持って入って来た。


「あ、お嬢様、お目覚めですか?」


「あ、エマ、おはよう…。」


「おはようではございませんよ、今は夕方でございます。」


お倒れになられたこと、覚えてらっしゃいますか?と聞かれた瞬間、色んなことが思い出されて、顔がかっと熱くなった。


「婚約者のルシアン様がお嬢様を抱きかかえて寮に戻られた時には本当驚きましたわー。」


驚いたと言いながら、うふふふふ、とにやにやしながら言うエマを、私は睨むしか出来なかった。


あ、あれは夢ではなかったと言うのか…!

なんてことだあああああああああ!!!


「今、お茶を入れて参りますわ。」


エマが部屋を出たのを確認してから、ベッドの上でもんどりうった。


いやああああああ!!

意識を失った挙句、抱きかかえられて寮に戻ったなんてええええぇっ!!


うううううう、明日、どんな顔して会えばいいのー!!

お礼言わなきゃだから、絶対行かないとだし!!


あああ、何であの時意識を失ったのよ、私のバカバカバカ!!


いや、でも、あれ以上は精神に異常をきたすだろう!

強制終了は当然のことだった!


す、好きとか、いいいいい、言える訳ないですし!!


…ルシアンがあんな人だったなんて…色々詐欺じゃない?


イケメンだったとか、実は運動神経は、いや、一番になれないとは言ってたけど、確か悪くなかったな…

あんなオドオドしてたのに、今じゃそんな素振り全くなくって、余裕を感じるし…。


あれですか、帝都デビューして、オレ、実はいけるんじゃね、って思っちゃったし、実力も元々兼ね備えていた系ですか?!


それに、一年の時から私のこと、好きだったみたいなこと言ってたし。

なんで私はそのことに気が付かないかと言えば…あああああ、キース先生に夢中だったからだああああ!


もう一度ベッドでもんどりうっていたらドアが開いて、エマが紅茶をもって戻って来た。


お行儀が悪いですよ、とエマに怒られた。

はい、すんません…。




翌日、登校するとモニカが嬉しそうな顔で言った。

この嬉しそうな顔は、私が無事に来たから、ではなく、にやにや、の部類だ。


「色々とお聞きしたいことがありますから、本日、お茶会にお誘いしても?」


アア、コレ、逃げられないパターン…。


「…はい…。」


午前中は、本来昨日やるべき筈だったことを授業の合間にこなしていた為、バタバタして終わった。


ルシアンにお礼言えてない。

これじゃ失礼な奴と思われちゃうよー!と、思っていたらお昼休みになり、ルシアンが教室に入ってきた。


自然と身体に力が入ってしまう。


あ、そうだった。

ランチを一緒に行く約束を申し付けられていたのだった!


今日はヒロインを連れていなかった。

まぁ、あれだけ冷たく言い放てばな…。

これで来てたら鋼メンタルとして、逆に尊敬…はしないな、うん。


「参りましょうか。」


優しい笑顔で言われてしまって、何も言えなくなった私はルシアンに着いて教室を出た。

イケメンとか美人の笑顔って、逆らえない何かがあるよね…。


廊下を歩いていると、女子生徒たちがチラチラとルシアンを見てる。

これだけのイケメンならば、無理もない。

出来るなら私もあっち側に回って、イケメンを眺めてニヤニヤしたい。


あのポジション、一番安全で楽しくていいよね?!

どきどきも程々だし、キレイなものも見れるし、いいことだらけだよね?


当事者って、結構大変だよ!

ヒロインとかやっぱり心臓に毛が生えてるぐらいじゃないとやれないと思う。

ぼっちにも気付かないぐらいのメンタル!


「何を考えてらっしゃるんです?」


イケメンを遠巻きに見ていたかったとか、ヒロインはメンタル強いですよ、とか言えない!


「えっと、あの…今日はキャロル様、は来てらっしゃらないのだなと思って。」


これは、本当。


ルシアンはふぅ、とため息を吐いた。


「今日も何かと言い訳をして付いて来てましたが、説明して分かってもらいました。」


昨日の説明で納得しないで今日も着いて来ようとするとか、すげぇよ、ヒロイン。

鋼メンタル過ぎるよ!


そしてそんな鋼メンタルにした説明って何だろう、怖くて聞けない…。


「ルシアン様は、彼女みたいな方は、お好きではないのですか…?あの…とても可愛い方ですし。」


聞いたタイミングが悪かった。食堂に着いてしまって、返事を聞けなかった。

なんとなくもやっ。


私はマカロニグラタンとサラダとスープのセットを選んで、席を探した。

ルシアンは先に席を取ってくれていたようで、こちらに向かって手を軽く振ってくれた。


私、この手を振られる行為が、昔から好きなのだ。

昔と言うのは、前世から。

親しみがこもってる気がして、好きだ。


だから、ルシアンが私に向かって手を振ってくれたのが嬉しくて、ちょっと笑顔が、出てしまう。


そんな私の顔に目敏く気付いて、ルシアンがどうしましたか?と聞いてきた。


「いえ、その…ルシアン様が私に向かって手を振って下さったでしょう?それがちょっと、嬉しかったのです。」


ルシアンはきょとんとしている。


「あ、あの、仲の良い方にしか、しないものでしょう?手を振るというのは、ですからその…。」


ちょっと好意を持ってますよ?にも聞こえてしまうかも知れぬ!と思ったが、こ、婚約者ですからね!と己に言い訳をする。


ルシアンは私の言葉に顔を赤くするでもなく、にこっと微笑んだ。

いやいや、手慣れ過ぎじゃない?

もうちょっとさ、もう、コイツ可愛いな、みたいなさ、って私あざといいいいい!!


「ミチル様は可愛い。」


びっくりしてトレイを落としそうになったのを、ルシアンがトレイを支えてくれた。セーフ!

私のマカロニグラタン、セーフ!


顔が熱くなったのが、分かる。

慌てて椅子に座って、水を飲んだ。

落ち着け、落ち着け私!


ルシアンは顔を背けて声を殺して笑ってる。

えっ、ちょっ、笑うとこじゃないよね?!


咳払いすると、ルシアンはまだちょっと笑いが消せない様子で、憎らしいので睨む。


「そんな顔をされても、可愛いだけですよ?」


くすくす笑うルシアン。


むきゃーーっ!!

湯気が頭から出そうー!

弄ばれてるー!!


前世ではそれなりの年齢だったのに、年齢=彼氏いない歴を着実に積み重ねていた私!

別方向に経験と知識はあろうとも、こと、恋愛関係においては幼稚園児並みと言っても過言ではない!


つまり、どうしていいのか分からない!

乙女ゲームをプレイしていたけど、あれは選択肢があるからね!


よく分からないけど、皇都デビューによりキャラ変したルシアンは、何やら私より経験豊富な様子?!


…はっ!もしかして、ルシアンが飛び級してまでこっちに戻って来た理由って、皇都で遊び過ぎた所為でいられなくなったとか、そういう?!

それであれば、なんか色々納得がいくというか?!


「そう言えば、先ほどのミチル様の質問の答えですが。」


質問?何かしたっけ?


…あぁ、キャロルみたいなタイプをどう思うか、って聞いたんだった。


「彼女が、と言うよりは、ミチル様以外の女性は、私にとってどうでもいいです。」


「!!!」


まっ、マカロニが変なとこ入るから!!


「婚約者のいる異性に向ける態度として不適切な態度は、慎むべきことです。己の品位を下げますし。その所為でミチル様にこんな質問を受けることが、まず私としてはありえないことです。」


イケメン!発言内容までイケメン!!

大変!惚れてしまいそう!


召し上がらないのですか?と聞かれて、自分が全然食べていなかったことに気が付いた。


「食べさせてさしあげましょうか?」


勢いよく首を横に振って拒否を示し、慌ててマカロニグラタンを頬張る。


残念、とルシアンは言った後、「二人きりになったときに、食べさせて差し上げますね?」と、笑顔で言われてしまった。


あ、甘い…!

この人、ハチミツのように甘いよ!

そのうち私溶けるよ!!


「また…っ、そうやって私をからかって…!」


「からかってませんよ?ただ、2年間ミチル様の側にいなかったので………その分を取り戻したいし、言葉遊びをするより、素直に申し上げた方がミチル様には伝わるようでしたから。」


なんかちょっと、不自然な間があったよね?そしてその後の笑顔一瞬怖かったよ?!


余計なことを話せば即死級のカウンターパンチが来る、ということを学習したので、黙々と食べることにした。

どうだ、これなら甘いトークも出来まい!


「一生懸命食べるミチル様も可愛いですね。」


ぐはぁっ!


駄目だ!この人多分、目が悪いんだと思う!


「ルシアン様はおっしゃることが全部甘過ぎて、私、死んでしまいそうです!」


「それは、私の言葉がミチル様の気持ちに影響を与えてると思っていいですか?」


違った!この人、目だけじゃなくて頭もおかしい!


ふと、周囲からの視線に気付いて、見回してみたら、女性陣が顔を真っ赤にして、ヤラレてた。


私たちの会話の糖度の高さにヤラレたようだ!

さもありなん!


「本当はもっと言いたいのを、これでも我慢してるんですけどね?」


もっと?!


「死んでしまいそうですから、抑えめでお願いします…!」


私の必死のお願いにルシアンは微笑んで、「早めに慣れて下さいね?結婚後は、容赦しないので。」


ぎゃーーーっ!!!


周囲の女性陣もご臨終を迎えたようだ…。

ふふ…私も限界ダヨ…。




放課後のモニカとのお茶会は、モニカのご満悦な笑顔から始まった。


「ミチル様とルシアン様の蜜月の話は随所から伺っておりますわー。伺っているだけで笑みが我慢出来なくなるなんて、生まれて初めてですわ!」


うふふふふふふ、と嬉しそうに笑うモニカ。

くそう!他人事だと思って!いいな、他人事!

私もそっちに回りたい!


出された紅茶を飲む。美味しい。

ほっとする。


まだ高校生活二日目なのに、ジェットコースターみたいな二日間で、息も絶え絶えだよ…。


「ここまで甘いと、殿下とジェラルド様の入る余地はなさそうですわね〜。」


モニカの言葉に、思い当たる節があった。


ルシアンは2年の不在期間を払拭したいと言っていた。それがあるからこそ、こんなにも過度に甘く接しているのだろう。


「ルシアン様に好意を抱いている方たちも、ルシアン様があまりにもミチル様を溺愛なさるから、入り込む余地はないと諦め始めているようですわ。」


そっちもあったか!

って言うかそっちの方が凄そうだ!

あれだけのイケメンだもの!


なるほどー。

あの甘さにも理由があったんだね。


当人たちがラブラブだったら、自分もイケるかも?とか思わないもんなぁ。


なんか、そう思ったら、次からの甘々トークにも、耐えられるような気がしてきた!


「それで、昨日は何があったのですか?」


蛇に睨まれたカエルのように、冷や汗がダラダラ出てきた。


話すまで帰しませんわよ、とトドメを刺されたので、最後のアレは除いて話した。


まぁ!とモニカは喜んでいた。


…あ、そう言えば今日、お礼を言ってない!

しまったー!


「モニカ様、昨日のお礼にルシアン様にお菓子を焼きたいので、失礼させていただきたいのですが、よろしいかしら?」


「勿論ですわ!ルシアン様との愛を育まなくてはなりませんものね!」


なんかモニカまで変なこと言い始めてるけど、気にしちゃいけない。




翌日、ルシアンの好みが分からなかった為、甘い奴と、甘くない奴の二種類を作って持って来た。


お菓子を手に、C組の教室の中をチラッと覗くと、キャロルが一生懸命ルシアンに話しかけてた。

一方、ルシアンはキャロルと目も合わせようとせず、手元の本を黙々と読んでる。


鋼メンタルすげぇ!


は、話しかけられない、と思って廊下から引き続き覗いていると、キャロルがカバンから何やら可愛くラッピングされたものを取り出してルシアンに差し出した。


きっとお菓子だ!

ラッピング可愛い!さすが女子!

ピンクにハートが描かれている、女子感満載なラッピングだよ!


ど、どうしよう!

私のお菓子、2袋あるけど、白と青だ!

女子感ない!


ルシアンは首を横に振って、受け取りを拒否する。

キャロルは顔を真っ赤にして、こっちに向かって走って来た。

私に気付いて立ち止まると、私の手にある袋を見て眉間に皺をよせ、私の手から袋を取り上げると、その場に叩きつけた。


「!!」


周囲もあ!という声をあげた。


キャロルは泣きそうな顔で廊下に走って出て行ってしまったけど、泣きたいのはこっちだよ!


私は叩きつけられたお菓子を拾った。


ルシアンが青い顔して私に駆け寄ってきた。


「ミチル様!」


私がショックを受けているのではないかと、心配そうにしている。


実は昨日、失敗してもいいように多めに作っていて、沢山あるからと王子とジェラルドにもあげようと持ってきていたのだ。


それを袋から取り出し、ルシアンに差し出した。

ルシアンは予想外のことにびっくりしている。


「一昨日、寮に送っていただいたことのお礼を忘れていたので、お菓子を焼いたのです。」


白い方の袋を持ち上げて、こちらは甘い奴、と説明。青い方の袋を持ち上げて、こちらは甘くない奴、と説明した。


「ルシアン様が甘いものがお得意か分からなかったので、二種類作りましたの。」


「甘いものも、甘くないものも好きです。ミチル様が作って下さったのですから、両方いただきたいのですが、構いませんか?」


勿論ですと答えると、ルシアンは破顔して、2つとも手にした。

わぁ!イケメン!


「ありがとうございます。」


キャロルに叩きつけられて砕けてしまったクッキーは、チーズケーキのボトムにでもしようっと。


「ランチの時に、ルシアン様のお好きなお菓子を教えて下さいませね。では、ごきげんよう。」


「はい、また後で。」


教室に戻ったら、モニカに速攻捕まって、さっき起きたばかりのことを言われた。

ねぇ、ちょっと早くない?!

草の者でも放ってるの?!


「それにしても、キャロル様は大変なことになりましたわね。」


「え?そうなのですか?」


はぁ、とため息を吐きながら、モニカ用に別途渡しておいたクッキーを食べるモニカ。


「表面上、ミチル様が別の袋をお出しになられたから、問題にならなかったように見えますけれど、人のものを奪って叩きつけるなど、許されませんわ。」


あー、まぁそうだよねー。

私もあの瞬間、めっちゃびっくりしたもんなー。


持ってて良かった、予備!とは思ったけど、せっかく作ったものを床に叩きつけられたんだもんなー。


っていうかコレ、悪役令嬢にヒロインがやられることで、悪役令嬢設定の私がやられるって、おかしくない?

立場逆転してるし。


「ミチル様を溺愛するルシアン様が、さすがにお許しにならないでしょうし。」


うーん…まぁ、そうか。


「ランチの時にお渡しすれば良かったですわ。こんな大事になってしまって、本当に申し訳ないです。」


ミチル様は人が良すぎますわ、と言われたけど、タイミング悪かったのは事実だよねー。


「キャロル様は、注意を受けたりなさるのかしら?あまり酷く怒られないといいのですけれど。」


何というか、まだ許容範囲だったりするので、私的にはダメージがない。


「お菓子を台無しにされてしまったのに、ミチル様ったら…。」


「王子たちに、と思って持って行ったのですけれど、婚約者以外にお渡しするのも良くなかったですし、こうして見ると、いいところに落ち着いた感じがしますわ。割れてしまったクッキーも、汚れてはおりませんし、帰ったらチーズケーキのボトムにして侍女と食べますわ。」


「その発想はありませんでしたわ。」


唖然とした顔でモニカに言われてしまったが、まぁ、いいのだ。


私はルシアンにお礼が渡せたし、王子たちにお菓子あげて不快な思いをルシアンにさせずに済んだし、クッキーはチーズケーキになるし。


乙女ゲームなら、お菓子を叩き割られたヒロインが、イケメンに慰めてもらうスチルとか見ちゃうとこだよねー。




ランチの時間、ルシアンに物凄い謝られた。

ルシアン悪くないよね?


「もう、ルシアン様は悪くないのですから、これ以上謝らないで下さいませ。」


ですが…と言い淀むルシアン。


「割れたクッキーは粉々にして、溶かしバターと混ぜてチーズケーキのボトムにして食べるのですわ。だから何も無駄になりませんから、ご安心なさって。」


仕方ない、というように苦笑したルシアンは、そのチーズケーキも食べたいです、と言ってきた。


「床に落ちたクッキーですよ?」


「ミチル様はそれでチーズケーキを作るのでしょう?なにも問題ありません。それに私は、チーズケーキが好きなんです。」


「まぁ!それならもっとちゃんとしたのをお渡ししたいですわ。」


それはまた別の機会にお待ちしております、と嬉しそうに言われてしまった。


「分かりましたわ。」


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