008.揺れすぎる気持ち
そういえば、ヒロインっていつ出てくるんだろう。
ヒロインの名前がキャロルということしか分からない。
平民とは思えない類まれなる魔力を持っている為、特別に入学が許可された、と、キャラクター設定には書いてあった。
さらっさらのピンクブロンドの髪に、エメラルドグリーンの瞳。お菓子作りが大好きな少女。
…あっちゃー、これって、王子や公子からしたら、手作りお菓子なんて食べたことない、こんなの作れるなんて凄い!とか、オレのこと好きなのかな、とか、オレの為に?とか、そういう女の子らしさというか、そういうのを実感するイベントだと思うんだけど、既にジークとジェラルドにやってしまったよ、ママン…。
って言うか、勝手に食べてたんだけどさ、二人とも。
確かに、え、ミチル嬢が作ったの?!凄いね!的なのは若干あったけど、その後に言われたのは、君は色々規格外だね、っていう、貶されてるのか褒められてるのか微妙な言葉だったしな…。
ま、まぁ…それでもヒロインのお菓子にメロメロになるかも知れないし?
私の作る甘さとカロリー控えめの奴より、男子にはメリハリがあっていいかも知れんし。
「ミチル嬢の作るお菓子は、甘くなくていいな。食べやすくていくらでも食べられる。」
そう言ってジェラルドは私の作ったアーモンドケーキを口にする。
くどくないしね、と王子も一口食べる。
ゲームに干渉しちゃってる気がしてならないが、それを言うならどうして私ここにいるんですか、って話にもなるし、気にしたら負けなんだ、きっと。
そうだ、そうに違いない。
お菓子に関してはなるようになれー。
ヒロインがイケメンを落とす他のポイントって何だろう?
えーと、見た目?
あ、それは大丈夫。ヒロイン超可愛かったから、問題ないよなー。
…と、思いつつ、あれからすっかり自然体になってしまって、割と表情豊かになったモニカが、幸せそうにアーモンドケーキを口に入れる。
うん、可愛い。
「ミチル様は、お菓子作りの才能がありますわ。」
「そうですか?」
「一般的なお店は、リッチ感があって、確かに満足度は高いのですが、頻繁には食べれませんわ。ですがミチル様のは甘さもカロリーも抑えめなので、安心して食べれますし、ジェラルド様たちがおっしゃっていたように、くどくないので食べやすいです。」
ふむ…?
もしかしてこれ、ビジネスになるかも?
甘いものが食べたい!でもカロリーが気になって食べれない!そんな女性のニーズを掴めるのでは?!
もしかしてこれ、ビジネスチャンスかもよ?!
お店ってどうやって開くんだろう?
王子やジェラルド、モニカを通したら、背後に控えるお貴族様が目をつけない筈がない。
だからと言って、うちの実家は微妙すぎる。
うわぁ!地味にビジネスにおいては四面楚歌かも!
こうして考えると、他のライトノベルの転生者、才能あるし、知識もあるし、それを活かせる環境と、周囲に理解者もいるし、本当羨ましいわー。
前世でもそうだったけど、お金があればお店を作れる、というものでもないと思うんだよね。
いくら伯爵令嬢だのなんだの言ったって、私はただの小娘ですからね。
店を作る、内装だの業者とのやり取りだの、従業員の雇用だの教育だの、事案が山盛りな訳ですよ。
現実と言う名の壁は高く、今の私には壊せそうにないです…。
そう言えば、親が乗馬の会に参加することに難色を示し始めてるんだよね。
いくら上位貴族と仲良くなるのが良いことだと言っても、私は婚約者がいる身だしね。
それにいつもいつも馬を借りてるのも申し訳ないし。
うーん…乗馬を止めるか、親にお願いするか、どうしようかな…。
こうしてみると、私に出来ることって、本当に少ないんだと実感する。
例えば、親兄弟に歩み寄ったとしても、近づく心は無さそうなんだよね。
よくあるすれ違いとかじゃなくてさ。
すれ違える距離じゃない、っていうのだろうか。
私の心の中には、色んな期待と不安とが入り混じっていて、ぐちゃぐちゃだ。
ルシアンが実は婚約を好意的に受け止めてくれてる可能性もゼロではないと思いたいし、王子やジェラルドと仲良くしてることも嫌いではない。
狡いとは思うけど、自分に害のない程度に向けられる好意というのは、良い気持ちにさせることはあっても、嫌悪感を抱くものではないだろう。
かと言って、二人の気持ちを弄んでいいとも思ってないし、本当に二人が自分を思ってくれてるとも思わない。
何て言うか、気持ちと言う、不確かなものに頼らなくてはいけない恋愛というのは、酷く不安になるものなのではないだろうか、と思った。
ぶっちゃけ、利害関係があるから婚約するんです、の方が確固たるものがあって安心する。
ルシアンとの婚約がそうだったなら、こんなに心配にはならないと思う。
私やアレクサンドリア家には、アルト家にとってメリットになるものが見当たらないのだ。
だから、いつ捨てられてもおかしくない、そんな不安を拭いされない。
待てよ?
アルト家に捨てられないようにする、っていうことで何か出来ないだろうか?
例えばさっきのお菓子のお店の話をアルト侯爵に話して、応援してもら…える訳がないよ。
馬鹿言ってんじゃねぇよ、ですよ。
家を介在しないで立身する手段…。
……ヒロインは、平民の出身でありながら、ずば抜けた魔力の持ち主だから、貴族の子女ばかりが通うこの学園に特例として入学する訳ですよ。
と言うことは、魔力でもって自分の立場を作ることが出来るのでは…?
ところで、この世界の魔力ってどういう使われ方をしてるんだろう?
「私、図書室に行って参ります。」
多分だけど、悪役令嬢の私は魔力も大したことないと思う。
でも、なんかしたら増やせるとか、そもそも魔力の使われ方を知るべきだ!
魔力に関する本は、意外にあった。
ふむ、これなら読んでる内になにか思い付くきっかけになるかも。
「魔力?今度は何を始めるつもりなんですか?」
何故か付いてきた王子、ジェラルド、モニカの3人。
なんで付いて来たし。
「魔力というものを、よく知らないものですから、勉強しようかと思いまして。」
魔力に関しての授業が始まるのは高校からだ。
中学では基礎学習すらしない。
「魔力は16歳で判定を受けるからね、それまではいくら判定をしても、魔力の有無は分からない。」
と、王子が教えてくれた。
ほほー。
魔力の有無を判定する。その結果、魔力量なんかも分かるらしい。
魔力、とだけ書かれたタイトルの本を手にしてテーブルに着く。
他の3人は適当に本を選んで、読み始めた。
私、この人たちのこういうところ、好き。
マナーがいいんだよね、本当に。
重厚な表紙を開いて、一言一句逃さぬように、集中して読み始める。
魔力は貴族の血を引く者が持つ固有の能力であり、極稀に平民がその力を有することがあるが、それは大抵一代限りのことが多く、引き継がれることはない。
逆に、魔力を持たない貴族もいるが、その子孫には魔力を多く持って生まれる子供が誕生することもあり、魔力を持たないことが重要視されることもない。
16歳の目覚めの儀式を経て、魔力の有無が判定され、その魔力量も測定される。
貴族はその魔力を己の領地に注ぎ込むことで、結界を張り、魔物の侵入を防ぐ。
魔力量が多ければ多いほど、結界の範囲を広げることが出来るらしい。
その為、一族総出で魔力を注ぎ込み、結界を維持したりするそうだ。
私も16歳になったら、実家の結界に魔力とか注ぐのかなー。
なんかちょっとカッコいいね。偉そうにしてるだけじゃなくて、貴族がそうやってるから、守られてるのだとすれば、平民にとってもWIN-WINじゃない?
いいことだよね。
それ以外の魔力の使い道は、魔道具に注ぎ込むなどがある。
魔道具とは何ぞや?
屋外の街灯なんかは魔道具らしく、魔力を注ぎ込んだ魔石をはめておくと、夜間に点灯するらしい。
なるほど、魔力って、電気みたいなものなんだ。
それで、魔石は電池か。
ふむふむ。
電池があって便利なものとかなら、色々思い付くよ?
ドライヤーとか、お菓子作る時のハンドミキサーとか、懐中電灯とか、そういうのに使えるってことだよね?
たまにエマと買い物に行くけど、そういった商品は見たことないなぁ。
冷蔵庫とかレンジはどういう理屈なんだろう?
…あ、なるほど、コンセントがあるのね。
ということは、電力会社が存在するのかしら?
魔力にも限界あるよね?
もしかして平民が自転車漕いで発電するとか?!まぁそれはないな。
平民で魔力を少し持つ者は、その魔力を売ったりして小金を稼ぐようだ。ふむふむ。
魔力の売買を管理するのは国営と。なるほどね?
あー、だから魔力を沢山持つ平民なんかは国営の学園に通わされて囲いこまれて、電池にされるっていうことだな?
いいお値段で魔力が買われるといいんだけど。
コンセントがあるのは、貴族の屋敷だけで、平民の家にはないらしい。
そりゃそうか。
ただ、魔力を買うのはお金がかかるから、貴族でも冷蔵庫ぐらいにしか使わないらしい。
レンジは普通の貴族の家では使われることはないみたいで、主に皇都で使われてるとかなんとか。
多分前世の都心みたいなところで、使われるんだろうなぁ。部屋も狭かったりしてさ。
ここは寮で、本格的なオーブンとか置けないから、電子レンジならぬ魔力レンジが存在するんだな、きっと。
知れば知るほど、ゲーム開発者の適当さがよく分かるわ!
でもこの適当さ、嫌いじゃない!むしろ親近感!
休憩時間がそろそろ終わるよー、の予鈴が鳴った為、仕方なく図書室を出た。
魔力はなんか色々ありそうで、なんだか楽しそう!
早く16歳になって、魔道具とか作ってみたい!
寮の自室に戻ると、エマがにまにましていた。
何だろう、怖い。
「エマ、どうしたの?」
うふふふふふ、と笑いながら小さな箱を差し出してきた。
「?」
手の平に乗るぐらいの、ラッピングされた箱。
箱を受け取る。
「どなたから?」
引き続きにやにやしながら、どなたからだと思われますか?と質問返ししてきた。
この反応からして、男性からだろうな。
親からではない。絶対にない。
私にプレゼントをくれそうな男性は、二人。
王子とジェラルド。
でも、あの二人なら、学園でも会っているし…。
「分からないわ、どなたからなの?」
降参よ、と私が言うと、エマは困ったように、息を吐いた。
「婚約者のルシアン様からですよ。」
「えっ?!」
どくん、と心臓が大きく跳ねた。
「ルシアン様から?本当?」
嘘を吐く理由がございません、とエマに言われて、確かに、とは思ったけれど、信じられなくて思わず聞き返してしまった。
おそるおそるラッピングを外し、箱のフタを開ける。
中には、アレキサンドライトで作られたペンダントが入っていた。
こ、こんな高価なものを?!
私の横でエマが、まぁっ!と頰を赤らめている。
「アレキサンドライトではございませんか!こんな素晴らしいものを贈られるなんて、お嬢様は大切に思われてますね!」
そう、アレキサンドライトは貴重な宝石だ。
それを、私に?
「…侯爵家だからと言って、こんな高価なものを婚約者に贈るなんて、出来るのかしら?」
エマは私の言ってる意味が分かったようだった。
「ルシアン様からではなく、侯爵様から贈られたと、お嬢様はおっしゃりたいのですか?」
私は頷いた。
「そうだとしても、これだけのものを贈られるということは、お嬢様がアルト侯爵家に求められてるということなのですから、いいのではありませんか?」
そう言われて、私は大きく息を吐いた。
私は、愛されたいと思っているのかも知れない。
何でそんな風に思ってるのか、自分でもよく分からない。
例えこの婚約の相手がルシアンじゃなかったとしても、婚約が破談になることだってある訳で、絶対なんかないのに。
そう、絶対はないのだ。
変に執着していたことに気が付いた。
「エマ、ありがとう。」
「?どうかなさいました?」
何でもないわ、と答え、もう一度息を吐いた。
雫の形にカットされたアレキサンドライトは、親指の爪の大きさ程あり、当たる光によって色が変わった。
キラキラと反射して、神秘的だ。
アレキサンドライトのペンダントを首からかけ、服の中にしまった。
それから、私はルシアンの姿を頭に思い浮かべた。
黒いボサボサの髪の、猫背で、分厚い眼鏡で、顔が見えない少年のことを。
自覚ないけど、好きなのかな、ルシアンのこと…。
よく、分からない。
分からないけれど、ルシアンとなら穏やかな夫婦でいられるような気がして、彼と結婚出来たらいいな、と思う。
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