007.ヒロインの真似事をしていたようです。
冬休みが開けて、学園に戻った私は、ぼんやりと窓の外を見ていた。
あーもー、何もやる気が起きないよ…。
モニカは私から話を聞きたそうに、チラチラこちらを見ている。
でも、モニカはきっと分かってくれないと思う。
エミリアもそうだ。
彼女たちは私と違って、舞い込む婚約の話も沢山あるだろうから、一つの婚約に一喜一憂もするまい。
数ある婚約の中で最上位のものを!と望む彼女たちと、一つしか来ない婚約に縋りつくしかない私とでは、状況が違い過ぎる。
「ミチル嬢。」
呼ばれて顔を上げると、余裕の無さそうなジェラルドと、物凄い笑顔の王子が立っていた。
王子、笑顔なのに、怖い…。
「ちょっと聞きたいことがある。来てもらっていいか?」
ジェラルドと王子の後をくっついて行く。モニカも付いて来たそうにしてたが、呼ばれていないので来れない。
たどり着いたのは図書室。人がそもそも来ないから、こういう時に便利なんだろうな…。
椅子に座るように促されたので、素直に腰掛ける。
正面の椅子に二人が腰掛ける。
圧迫面接か?
「ミチル嬢、ルシアン・アルトと婚約したって本当か?」
深刻な顔をしてるから、何を言われるのかと思ったら、その話?!
「本当です。」
ジェラルドは額を手で覆うようにして、苦虫を噛み潰したような顔になった。王子の笑顔は引き続き怖い。
怖い笑顔って初めて見た!
「…で、ミチル嬢はこの婚約をどう思ってるんだ?」
「当家は伯爵家ですし、私もこの通りですから、アルト侯爵さまからのお申し出をお断りする理由なんてありませんわ。」
私の意思は皆無で進んだ婚約だからなー。
「それは、その、ルシアン・アルトのことを?」
え?何でこんなこと聞くの?
…まさか…?
どきり、と心臓が跳ねた。
い、いやいや、そんなまさかな…いくら弱ってるからと言って、そんな自分に都合良いことを考えるなんて、私も結構夢見がちだな…。
大きく息を吐く。気持ちを切り替えねば。
「決定事項として父から伝えられました。」
ルシアンの意思もない婚約。
まぁ、貴族にありがちだけれども。
ジェラルドはあからさまにほっとした顔をした。
王子の笑顔の怖さも半減した。
やめて、本当にそうなのかなって思っちゃうから、本当やめて。
「特に想う方もおりませんから、婚約そのものに異論はありません。ルシアン様がどう思ってらっしゃるのか、分かりませんし…。」
皇都でステキな人見つけてる可能性ありだしさ。
ジェラルドはにやりと笑い、はっきりと言った。
「じゃあ、まだオレにもチャンスはあるってことだよな?」
どくん!と心臓が跳ねた。
顔が瞬間的に熱くなったのが分かる。
「なっ?!」
「ちょっと待って、ジェラルド。それなら私にだってチャンスはある筈だよ?」
王子がジェラルドに言った。
え?本当に、本当なの?
何これ、もしかしてドッキリ?!
「お、お二人とも、私のことをからかわないで下さいませ!」
こんな乙女ゲームみたいな展開ある訳ないし!私、悪役令嬢だし!
ジェラルドと王子は、二人してため息を吐いた。
な…なんだよぅ…。
「おまえ、ほんっっと鈍感だな。」
呆れ果てた顔で私を見るジェラルド。
「まさか、何もなく私たちがミチル嬢に近付いていたと思ってらっしゃったのですか?」と王子。
近付いたって、近付いたって王子…そんな直球な?!
「…………っ。そんなに、身の程知らずでは、ありません…。」
にやにやしながらジェラルドが顔を覗き込んでくる。
っていうか何なのこの状況!なんなのー!!
「じゃあ、改めてオレたちをそういう目で見てもらって、ミチル嬢に選ばれた方が婚約者ということで、いい?」
え?婚約?
急にすっと、熱が引いた。
頭が冴えてきたわー。
「いや、駄目でしょう。いくらなんでも。」
「何でだよ、ミチル嬢はその気がない婚約なんだろう?オレも公爵だし、アルト家に負けることはないし、ジークだってそうだ。」
なんかどんどん冷静になっていく私。
「ですから、余計に駄目なのではないですか。」
きょとんとしている二人。
「既に婚約が決まっているものを、後から爵位が上の者が奪うなど、国の上に立つ者として正しい行いではありません。しかも相手はアルト家。皇国を始めとして諸外国からも自国に、と乞われる程の名家です。そんなアルト家の面子を潰してまで手に入れる価値は私にはありません。」
世界を救う聖女の力でも持ってるんなら話は別だろうけど、そんなものない。
ヒロイン虐める悪役デブ令嬢だったんだし。
「もし、私がルシアン様に振られて、お相手がいなかったらお声かけ下されば参りますわ。そんなことはありえないと思いますけれど。」
あぁ、こうして私の選択肢は消えていくのだな…いや、元よりこの二人は選択肢にないけれど。
「早く振られろ。」
「何の呪詛ですか?!」
そんなことより、と王子は私とジェラルドの会話をぶった切って言った。
「今も私たちに興味はなさそうだから、どんな男性が好みなのか教えて?努力します。」
にこにこ笑顔の王子。
うん、この王子、きっと腹黒いと思う。
でも、嫌いじゃないよ!むしろ好感度アップ!
理想の異性像。
さすがに何度も聞かれているので、答えに淀みがなくなってきたよ。
「頭が良くて、落ち着いてて、品が良い人。」
「え、オレたち、それクリアしてると思うんだけど、まだ足りないってこと?」
自分で言うな!
と、ツッコミたいところだけれど、実際そうなんだから仕方ない。
仕方ないので、ドン引かれてもいいので、一番譲れない理想を教えてあげようではないですか。
大盤振る舞いですよ。
「男性特有の色気を持つ方がいいですわ。あ、男性らしい、という意味ではございませんよ。」
「そ、それってどういう人がよく持ってるものなの?」
予想外の内容に戸惑いを隠せない王子。
本当すまん。
「年上の方ですわ。でも、年齢がいってらしても精神年齢が幼い方はいらっしゃいますから、単純に年齢がいけばいいというものでもないのです。」
そして出来れば黒髪がいい。
アイドル二人から告白を受け、これからどうしたもんかな、と思い始めていた。
あの二人とどうにかなる予感は1ミリもしないけれど、向こうがそうだと言うなら、周囲の女性たちは気が気じゃあるまい。
特にモニカ。
ヒロインを虐める悪役令嬢筆頭の彼女が、王子に告白された私を放置する訳がない。
「お戻り早々申し訳ありませんわ、ミチル様。今度は私の人生相談に乗っていただけますわね?」
いい笑顔でお誘いを受けました。笑顔って、凶器になるんだね、初めて知った。ハハ…。
戻って来たばかりなのに、再び図書室に戻るハメに…。
今日は一体何て日なんだ…。
とりあえずモニカには包み隠さず本当のことを言おう。その上で嫌われたならそれまでだ、っていうかそうなるだろうけど、多分今誤魔化したとしても、いずれバレて、関係は悪化しそうだ。
素直に、婚約の相手がルシアンであること、それから王子とジェラルドに告白されて断ったことを話した。
「おっしゃる通り、お二人がミチル様との婚約を強引に進めれば、アルト家が黙ってはおりませんね。そのことにお気付きになるなんて、さすがですわ。」
今のところ貶されることもなく、順調に話は進んでいる。
なんか褒められたけど、複雑な気分…。
「お二人はミチル様に振られて納得はされてないのでしょう?」
「そうみたいですが、私が譲れない絶対条件をお二人はまだお持ちではないので、無理かと…。」
絶対条件?とモニカが聞き返してくる。
破廉恥結構、大いに結構、ということで、モニカにも、私が異性に求める絶対条件である、男の色気について力説したら、モニカは顔を真っ赤にしてしばらく机に突っ伏していたが、あの二人に現時点でそれが備わってないことは分かっていることなので、なにやら納得していた。
「以前は、キース先生に憧れておりました。」
「あぁ、なるほど…。」
私があの二人に全く反応しなかった明確な理由が分かって、モニカは物凄く得心がいったようだった。
「ミチル様がジーク様をお選びになっても、私、恨みませんからご安心なさって?」
「え?!」
予想外な発言に変な声を出してしまった。
モニカは含みも何もない笑顔で話し始めた。
「ミチル様と一緒にいると、楽しいのです、私。
これでも侯爵令嬢ですから、集まってくる方たちは、当家と繋がりを持とうとする方たちばかり。ですが、ミチル様はそういったことをなさらず、誰にも公平で、あのお二人にも媚びることをなさらない。」
モニカの言葉は続く。
普通の令嬢ならアルト家との婚約を解消してあの二人のどちらかと婚約をするだろうと、でも上に立つ者としてそれをしては駄目だと私が止めた。
二人が己の妻に求めるのは、高い自制心と広い視野。見た目だけ美しくても王妃にも、公爵夫人にもなれませんのよ、ほほ、と言われた。
そういう意味で言うなら、モニカは適している令嬢だと思う。
素直にそう伝えると、モニカはちょっと悲しそうな顔をした。
「魅力というのでしょうね、私にはそれが欠けているのだと思いますわ。」
魅力?そんなもの、私のほうが無いと思う。
「同じ歳の男性がモニカ様の魅力に気がつくには10年ぐらい必要だと思いますわ。」
「まぁ…私、お嫁にいけませんわね。」
「許されるなら私がお嫁にいただきたいぐらいですけれどね?」
ま、と言ってモニカは頰を赤くした。可愛いわー。
「私は、ミチル様がどなたを選んだとしても、応援しますわ。」
本当可愛いなー、この人本当に悪役令嬢になるの??
超良い人だよ?!
ヒロインが現れたら、みんなおかしくなるのかな…。
ゲームならありえそうだよね。スイッチ入っちゃって、みんなヒロインぞっこんラブになって、おかしくなっていくの。
正直に、あのイケメンズに告白された直後の私は、浮かれてたと思う。
寮に戻って冷静に考えると、やっぱり色々とないな、っていうことが分かってくる。
まず、あの二人が本当に私を好きになったとは思わない。多分だけれど、転生者である私は、他の令嬢と違うのだ、真正の貴族令嬢とは違う部分があるのだと思う。
つまり擬態出来ていない。
日頃見慣れてないタイプの女性だから、イケメンたちはヒロインに惚れるのだ。
その軽めなことを、ヒロインに先んじて私はやってしまっているのだろうと思う。
そう考えると色々納得がいく。
ヒロインと私の大きな違いは、ヒロインのようなあからさまな好意を出していないこと、私が伯爵令嬢だということ。これに尽きると思う。
いくらどれだけ美少女でも、いくらどれだけ頭脳明晰で運動神経抜群で、凄まじい魔力を持っていたとしても、平民なのだ。
愛人ならありでも、王妃や侯爵夫人にはなれない。
ここは、厳然たる階級社会なのだ。
けれどヒロインにぞっこんなイケメンたちは、こんなに素晴らしい人がいるのに、どうしてそれより劣る、貴族というだけの女を娶らなくてはいけないのか、という疑問に陥り、貴族令嬢を貶めていく。
そもそも、ゲームはヒロインが選ばれてハッピーエンドだが、現実ならそうもいかない。
ヒロインを選んだ王子やお貴族様はどうなるんだろう。やっぱり勘当かな?
今後、どうしていけばいいのかなー。
ルシアンとの結婚が私の人生で一番いいとは思うんだけど、ルシアンの気持ちが分からないからかなり自信ないし。
だからと言って転生ライトノベルにあるような特殊技能も知識も私にはないし、どうやってこの世界で無難に生きて、善行を積み、次の転生に備えるか、ですよ。
っていうか最近、次の転生のことあんまり意識しなくなってるな。まぁ、それはそれでいいのかも知れない。死後の世界のことばっかり考えてるってちょっと病んでるだろうし…。
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