005.淑女なのに腹筋が割れるかも知れません!

夏に入った頃、私は贅肉とサヨナラした。

一年半に渡るランニング生活のお陰である。

アディオス、贅肉!世話になったな!


けれど、だ。

つるんぺたん、と表現するのが相応しいような身体になってしまった!

デブ故の巨乳は脂肪ですからね、すっきりサヨナラしてしまいましたよ!!


もっと女らしい身体になりたい。

ばいんばいんとは言わないけれど、もう少し出るとこ出て欲しい。


ぱっと思いつくのはベリーダンスだが、色々と無理過ぎるので、無しだ。

この世界でそんなことしたら破廉恥罪とかで投獄されそう…。

まぁ、そもそも論として、ベリーダンス踊れないんだけどさ。


ダンスの授業以来、王子やジェラルドとは話すことが増えた。まぁ、同じクラスだし、あり得ないことではないのだけれど、困った。


ヒロインを虐めるキャラ設定だったのに、ヒロインより先んじて虐められるとか、どういうことなの?!


けれど、何故か虐められない。

どうしてだろう?と思ってエミリアに聞いたところ、私が二人に好意を持っていないのが分かるからだと思う、と言われた。

なるほど?


それに、二人の態度もレディに接するというよりは、同性の友人に話しかけるような感じに見えるらしい。


な、なるほど?(震え声)


あと私が、女子たちが王子たちにアピールしようとした時に邪魔しないから、というのもあるようだ。


恋は盲目、じゃないけど、なんでもかんでも排除に向かう人たちでなかったのは、ありがたい。

それなら応援しちゃうよー。特定の人だけ贔屓はしないけどもー。


そんな訳だったから、私が大分ダンスが上手になっても、王子やジェラルドと踊る回数は減らなかった。


どうも、他の女子との接触を減らす為にも、間にミチル入れとけ、みたいな暗黙の了解というか、そういうのがあるらしい。


私を除いたみんなの利害の一致がそこにあるようだが、私のことは無視ですか、そうですか。


そんな訳で、今、ジェラルドと王子が私と同じテーブルについて、私が作ったお菓子を勝手に食べている訳だが。


カロリーを減らした身体に優しい私の貴重なお菓子を、カロリーなんか気にしなくていい君たちが何故食べているんだね?!と突っ込んだこともあるのだが、スルーされ、モニカ嬢まで食べてる。

モニカ嬢的には、太りにくいお菓子と聞いて、誰よりも食いついていた。

まぁ、そうだよね。


最初、モニカ嬢は私を凄い敵視していたのだが、私を通すことで王子やジェラルドとの会話がしやすくなったことで、私への見方を変えたようだ。


それが良かったのか、王子たちも最初に比べるとモニカを敬遠することもなく、普通に話すようになっている。


そんな訳で、モニカ嬢には謎の親友認定をされた。

なんで?!

敵認定は困るけど、親友はもっと困るよ?!


「ため息を吐いてたけど、何かあったのか?」


「ランニングもいいんですが、もうちょっと別の運動を取り入れたいなと。女性らしいというか。」


淑女はダンスぐらいしかしないぞ?とジェラルドに止めを刺された。


うぅ…ですよね…。


「何かやってみたいものはあるの?」と王子。


「女性らしさは関係ないですが、乗馬には興味があります。」


モニカが怪訝な顔になる。淑女としていかんかったらしい。

前世ではお金持ちの子女はやってる、高貴なスポーツだったんだけどなー。


「皇国では女性も乗馬をするのが流行っているらしいから、我が国でも取り入れてもいいかも知れないね。」


この王子、結構考えが柔軟だよねー。

ヒロインにベタ惚れになってライバルの侯爵令嬢とかに酷い仕打ちをするから、アレな人かと思っていたんだけども。


っていうか、そんな人すらおかしくさせるだけの力が働くってこと?なにそれ怖い。


「やってみたいです、乗馬!」


「じゃあ、俺が教えてやるよ」と、5個目の豆腐ブラウニーを口に入れながらジェラルドが言った。

食べすぎだろ。


「本当ですか?!ありがとうございます!」


騎士の家柄だもんね、乗馬も得意と見た!

そういう意味で言ったらうちの実家も馬は沢山いるのだけど、女の私が乗馬したいなんて言ったら監禁されそうだ。


「楽しそうだね、私も参加しようかな。」


王子もニコニコしながら言う。

ジェラルドはじっと王子を見つめる。


いかにも参加したいのに、淑女としてはそんなこと言えない!って顔に全部書いてあるモニカに、いい人な私は助け船を出してあげようと思う。


「モニカ様もいらっしゃいませんか?乗馬はしなくても、見学なさるのも楽しいかも知れませんよ?」


私の言葉にモニカの表情がパァッと明るくなり、よろしくってよ、との有難いお言葉を頂戴した。


さすがにねー、私一人だけ参加だと妬まれる可能性が高すぎるからねー。

最大勢力のトップであるモニカを味方につけておくのは大事だよねー。




*****




今日はハーネスト家にお邪魔している。

乗馬だ、乗馬。


前世では一度だけ乗馬体験をさせてもらったのだけど、楽しかったなー。

翌日の筋肉痛は凄まじかったけど。


ジェラルドの子供時代に使ってた乗馬用のシャツとキュロットを着せてもらった。

うんうん、つるんぺたんだから問題ないね。

ううっ…!

女子特有の凹凸があれば、男子のキュロットとかシャツとか、着たらちょっと嫌らしい感じになる筈なのに全然そんなことないよ!


私の乗馬スタイルを見て、王子とジェラルドはちょっとだけ無言だった。

どうせ凹凸ないなとか思ってんでしょ。

ふーんだ!

そんなの自分が一番分かっとるわい。


「さ、乗るか。」


「はーい。」


支えてもらいながら、こわごわ乗馬する。

おお!視線が高い!


ジェラルドと王子はさらっと乗ってて、なんかカッコいい。さすが、慣れてる。

思わず見惚れる。


「なんだ?」


私の視線に気付いたジェラルドが言った。


「いえ、さすがですね。さらっと馬に乗られて、ステキだなと。」


一瞬虚を突かれたような顔になったが、すぐにいつもの悪戯顔になる。


「どうした?惚れた?」


「まさか?」


「否定が高速過ぎる。淑女ならもうちょっと恥じらうとかそういうもんだろ。」


呆れた顔のジェラルド。

脊髄反射で否定してたわ、すまんな。

でもちょっと、ジェラルドの聞き方もないよね?


「そうですねー、ジェラルド様に好意を抱くことがあれば、そういう顔を私もするのかも知れません。」


ジェラルドはため息を吐く。

おまえに好意を抱くことはねぇよ、とはっきり言われて、さすがの騎士殿もちょっとダメージ受けたっぽい。


「さ、歩くぞ。」


ジェラルドと王子の後に付いてゆっくり歩かせる。

ゆっくりな歩みでも、馬の身体が上下する為、振動が体幹に響く。

それに抗うようにインナーマッスルに力を入れ、姿勢を正す。

腹筋割れたりするかなー。シックスパック!

遠去かる淑女!

前世だったらカッコいい女だったのになー。


午前中の乗馬が終わり、お昼になった。

ハーネスト家の料理人が作ってくれたと言う料理は、成長期の男子二人には大変満足の高いものだと思うが、色々気になる女子には高カロリー過ぎる。

その所為であまり食べられなかった。

モニカ嬢もほとんど食べてない。彼女は運動してないから、余計食べれないよねー。

次回があるなら、自分で作ろうかな…。


午後は少しずつ走る練習をした。

走っている時にお尻を鞍の上に乗せてると、一歩ごとにお尻を叩かれてるみたいになるので、太腿の内側で鞍を挟み、お尻を浮かせる。


「ミチル嬢、なかなか上手いじゃないか。」


「精一杯ですけどね?!」


しばらく走っていたら、太腿の内側の筋肉が悲鳴を上げ始めたので、私は乗馬を止め、ストレッチを始めた。


「な、何をなさってますの?!」


ストレッチをする私の姿を見てモニカが悲鳴をあげる。

あぁ、しまった。

これちょっと淑女はやっちゃいかん格好だったな。

と、思い直して、問題のなさそうな体勢のストレッチだけをやることにした。


王子とジェラルドは私がいなくなったことで、存分に馬を走らせて楽しんでる。

わぁ、私が腐女子だったら、よだれものの美少年二人が汗キラキラさせて笑顔で戯れてる図!


「眼福ですねー。」


カッ、とモニカの顔が赤くなる。


あなたはまた、そんなはしたない言い方をなさって!と怒られてしまった。

申し訳ございません、と謝って、タオルで首と顔の汗を拭いていく。


「貴女は、本当にあのお二人に関心がないのね。」


呆れたようにも見えるモニカの表情に、ちょっと苦笑した。そうかと思うと、モニカはぐいっと身を近付けて来た。

お?


「ずっとお伺いしたいと思っていたのですけれど、ミチル様の理想の方って、どんな方ですの?」


その瞬間、頭に浮かんだのはキース先生ではなく、何故かルシアンだった。

多分、ルシアンに質問されたあの時を思い出したのだ。


「…落ち着いた方ですね。」


「落ち着いているのであれば、あのお二人も落ち着いてますわよ?」


あー、うん、確かに。

年齢の割に落ち着いているとは思う。


「頭の良い人がいいです。」


「お二人とも頭脳明晰でいらっしゃるわよ?」


本当は、大人の色気がある人がいい訳ですが、そんな言葉とてもじゃないけど言えない。モニカに張り飛ばされそう。破廉恥ですわー!とか言って。それか心底軽蔑されるか、顔真っ赤になってぷるぷるされるとか、そんな反応が予想されます、ハイ。

むしろそんなモニカ可愛いな?

まさかの百合フラグでしょうか?!あらたなジャンル開眼か!?

…ってそんな筈はなく。


「…理想通りだからと言って、好意を持つかどうかはまた、別の話だと思いますわ。」


さっき思い出してしまった所為か、ルシアンが頭にちらちら浮かんで、気分が晴れない。


「ミチル様は、どんな方とご結婚されるのかしらね。私、凄い気になりますの。」


「結婚出来ないかも知れませんよ?」


まぁ、そんな、とモニカは首を横に振る。

貴族ですからね、独身はありえないんだよね。

最終手段は誰かの後添えみたいな形で結婚させられるのですよ。

それも駄目なら修道院…。


「ミチル様は、色々と鋭くていらっしゃるのに、ご自身に関しては鈍感ですのね?」


「鈍感力を制するものは、人生を制しますよ、モニカ様。」


「またそんな訳の分からないことをおっしゃって、私を煙に巻こうとなさって!」


モニカはぷんすかしているが、嫌、本当だって!

何にでも気づいたり傷ついちゃう人は生きづらいんだってば!

気付いてるのに気づかない振りが必須な貴族社会で、鈍感さは命取りだけれども。

根底の所で、鈍感でいられたら、色んなことに耐えられる気がする。


ぷんすかしてるお嬢様の機嫌を直そうと、王子に関する話題を振って、王子様ステキトークを聞いてる内に二人が戻ってきて、その日は解散になった。


それから定期的に乗馬の会が開かれるようになり、私は乗馬用にシャツとキュロットとブーツを購入し、モニカや他の令嬢と一緒に参加した。

他の令嬢は誰も、乗馬をしようとはしなかった。ふふ…。




*****




放課後、廊下を歩いていた所、キース先生とすれ違った。

手に大量の書類を持っていた為、キース先生の職務室に運ぶのを手伝うことにした。

ゲームならここからロマンスが始まっちゃうぐらいですよ?!


職務室に書類を運び込み、お礼にとお茶に誘われた。

先生の侍従が入れてくれた紅茶は、皇国で最近流行りのものらしく、とてもいい香りがした。

フレーバードティーという奴ですね。

はぁ、ほっとする。


「そういえばミチル様は、王子やジェラルド様と乗馬をやってるんだって?」


「そうなんです。二人とも教え方がお上手なので、少し乗れるようになって来ました。」


いつも乗せてもらってる馬、可愛いんだよねー。

乗馬が終わった後、ブラッシングをして飼い葉を食べさせ、水を飲ませる所までやらせてもらってるからか、大分私に慣れてくれた。

顔触らせてくれるし。


「家に戻ったら私用の馬をいただけないか、お願いしてみるつもりです。」


どうか両親に磔にされませんように。


「本当に乗馬が気に入ったんだね。こちらではあまり女性は乗馬をされないみたいだけど、帝都では普通に女性もやるからね。もっと広がればいいのにと思うよ。」


そう言ってにっこり微笑むキース先生の笑顔に、自然と口元が緩んでしまう。

いかんとは思うけど、あー、ほんと先生カッコいい。


照れ隠しにクッキーを一ついただく。紅茶が入ってていい香り。バターもたっぷり使われていてサクサクして美味しい。

クッキーって結構美味しく作るの難しいのに。


「こんなことを教師が聞くのはなんだけれど、ミチル様はどちらがお好みなんだい?」


「?!」


まさかキース先生からそんなことを聞かれるなんて!!

ちょっと心臓に短剣刺さった感じがするわ…。しかもちょっと抜けないわ…。


「よくモニカ様も交えて一緒にいらっしゃるし、乗馬も教えていただいたりしてるし、良い雰囲気だと教員の間でも話題になっているんだよ。」


「…は…はは…。」


返答に困ってお茶うけにと出されたクッキーをもう一ついただく。


「このクッキー、美味しいですね。」


強引に話を別のネタに変える。


「そうだろう?紅茶もクッキーも皇国にいる妻から送られて来たんだよ。」


ぐさっ。

なんか心臓にヤリが突き刺さったわー…。貫通したわー。

衛生兵!衛生兵は何処だ!


「そんな貴重なものをいただいて申し訳ありません。お仕事のお邪魔ですので、失礼致しますわ。」


ごちそうさまでした、と丁寧にお礼をして職務室を辞去する。

脱兎の如く逃げだした。もう無理!

この上、キース先生から惚気でも聞かされたら出血多量で死んでしまうわ!




寮に戻り、着替えてようやくひと息吐いた私に、エマが手紙を差し出した。


「旦那様からでございます。」


今日はちょっとイレギュラーイベント多すぎじゃないですかねー。

キース先生の話で私のHPは大分削られているんですけれどねー。


「お父様から?」


エマが入れてくれたお茶を飲みながら手紙を読む。

わざわざ手紙を送ってくるなんて珍しい。っていうかありえなさ過ぎて怖い。

良い予感がしない。


手紙には、成績が向上してるとのこと、大変結構、といったことが書かれていた。

こんなことを伝える為だけに手紙書いてくるような人だったかな?そんなことを思いながら更に読み進めていたところ、最後に爆弾が投下されていた。


「えええええええええええ!?」


「お嬢様、淑女はそんな声出しません。」


エマ、そんなことを言ってる場合ではないのよ!これを見て!と手紙を押し付けたところ、エマも同じように悲鳴を上げた。


『追伸、おまえの婚約者が決まった。次の休みに戻った時に伝えるから楽しみにしていなさい。』

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