004.レディを目指します!

憧れのキース先生が結婚する話を聞いて卒倒し、ルシアンと顔を合わせづらく、図書室に行くのを控えている間に、冬休みに入った。


シアンはすっかり成猫になり、黒く艶やかな毛は撫でると滑らかで、うっとりする程だ。

瞳は吸い込まれそうに青く、美しい。

美猫だわー。


久々に帰った実家では、少し痩せた私に、若干驚いたようだったけれど、特に家族の態度が変わることはなかった。

まぁ、いいけど。

っていうか、ミチルの記憶にもあんまり家族の情報がなくて、何話していいのか分からないんだよね。


学園での成績は、両親の望むものではないかも知れないけれど、学年で10位内に入るぐらいだ。

先生方がおっしゃるには、今年はルシアンやジーク王子、ジェラルド、侯爵令嬢(悪役令嬢)のモニカなどがいるから、なかなかレベルが高いとのこと。

その中で10位なら健闘してる方なんじゃないかしら?


っていうか私、めっちゃ勉強してるんだよね。生まれ変わってから。

前世と違って、やったらやっただけ身についていくのが分かるから、勉強も、運動も楽しくて。

なんだかんだ言って刺繍も楽しくなってきちゃって、ハンカチに黒猫の刺繍とかしちゃったりして。

さすがに太り過ぎていたのもあって、まだまだ身体はむっちりしてはいるものの、入学当時に比べたら大分改善されている!されているの!


シアンと遊び、実家の敷地を走りまくり、作られ過ぎた料理を必死に残している内に冬休みが終わった。

家族との親睦?ナイナイ。


学園生活が再び始まっても、私はなんだか図書室には行けないままで、教室にいた訳だが、友達が何人か出来た。

脱ぼっち!青春だわ青春ー。


恋愛話にはまったく興味はない。

何しろ失恋したばっかりだし。

でも、人のコイバナを聞けない程辛くはないので、素直に聞いている。

まぁ、王子がカッコいいだの、ジェラルドが素敵だのきゃあきゃあ言ってるのを聞いてるだけなので、これがコイバナかどうかは微妙なところではある。

というかまぁ、キース先生への思いが本当に恋だったのかと言われると、分からん。

憧れと恋の間ぐらいのものだったのではないかと、早熟な私は思う訳です、はい。


何かとつるむお年頃の女子中学生、私はすっかり図書室に行くタイミングを失ってしまった。

さすがにルシアンに会って話をしたいと思うのに、行けなくなってしまった。

絶対付いてこられてしまうからだ。


あれよあれよとテスト期間に入り、今日は終業式だ。

今日こそはルシアンに会いたかったが、クラスも違う、難しいかもな。

来年度になったらなんとか図書室に行くチャンスを作ろう、そう思っていた私の所に、友人のエミリアがやって来て言った。


「アルト侯爵子息様、来年から皇国の学院に編入されるんですって。」


「…え?」


もう一回言って、とエミリアに言うと、間違いなく、ルシアンが皇国の学院に行ってしまうと言われてしまった。


ルシアンとは、特に何かがあった訳ではない。

ないのだが、凄く、嫌だ。


「ご準備がおありとかで、今日は終業式にもご参加されないそうよ。」


「――!!」


最後の挨拶すら出来なかった。

それは全て、私が図書室に行かなかったからだ。

別に足元が崩れるような感覚も、胸にぽっかり穴も開いたりはしない。手足の力が入らないとかそういうのもない。

ないはないけど、嫌だ、という気持ちがぐるぐるしている。


恋心ではない。言うなれば友情。

二人しか知らない関係で、見た目関係なく私と話してくれるルシアンが、私は好きだった。

太って、普通の男子なら話すのをためらうような私と、話してくれる優しい男の子。


あんなに自信がない自信がないって言うからどんなものかと思えば、めちゃくちゃ優秀で、要するにトップを取れてないから僕は駄目な子、っていう、自慢かコラ!っていう謎の自信喪失状態だった。


色々話しているうちに、父も兄もめちゃくちゃ優秀らしい、ということが分かった。

叔父も優秀だとは聞いていた。


私が勉強で分からない所があった時も丁寧に教えてくれて、凄く分かりやすかった。


言葉遣いも柔らかくて優しくて、好きだった。


可愛い私のシアンにそっくりな、私の少年。そんな感じだったのだ。


くだらない感情で、大切なものを一つ、失ってしまった。


あぁ、こんなことなら、あの時渡してきてくれたクッキー、受け取っておけばよかった。

シアンにも会わせてあげられてないし。


後悔、先に立たずとは言うけれど、これはあんまりだ…。




*****




中学2年生の春。


クラス替えで不運にも王子、ジェラルド、侯爵令嬢のお三方と同じクラスになってしまった。

多分ジェラルドはご学友という奴だから、6年間ずっと一緒のクラスだと思う。大人の事情って奴だ。


エミリアも同じクラスだったのは幸運だ。それは本当に幸運だ。


王子ラブなエミリアは、発狂しそうなぐらい喜んでいた。

あんまり喜んで、その姿を悪役令嬢モニカに見られて目を付けられないようにねー?とは伝えたけれど、舞い上がり過ぎちゃってたので、絶対エミリアの耳には届いておるまい。

だが、忠告はしたぞ、忠告は。


担任がキース先生になり、私の古傷を抉っては来るものの、諦めるしか選択肢がない!

誰にも言えないし!

私まだ、めっちゃ子供だし!

今年14歳だからね!


…そう、私、今年で14歳になるのです。

貴族社会では14歳から15歳の間に婚約者を持つことが一般的な訳です。それがうまくいかなかった場合、20歳ぐらいまでに結婚するのが望ましいです。


うちの両親は私の為により良いお相手を、なんて絶対に考えてくれないだろうし。

よく分からん人と結婚させられてしまうなら、自分で見つけたほうがいい訳だけど、そんな能力あったら前世で独身やってねぇよと、声を大にして、言いたい!


これなんて無理ゲー!


もし、私に商才があったならば、よく読んでた転生ラノベもののように華々しくデビューしちゃう訳ですが、そんな便利な才能もなく!


なんとしても、婚約者を見つけなくては!


Lesson3 淑女を目指すべし




エマと淑女とは何ぞや、という話を夕飯の和食を食べながらした結果、淑女とは、まず自分で料理を作りません、と駄目出しから始まって、毎朝走ったりもしません、と続く駄目出し。

手厳しい指摘をふんふん、と適当に流し、それ以外でお願いします、とお願いしたところ、エマは深いため息を吐きながら教えてくれた。


「私からわざわざお教えするようなことなどありませんでしょうが、茶道、舞踏、刺繍、社交、振る舞いなどのマナーを身に着けられることが、淑女しての嗜みにございます。お嬢様は既に茶道、刺繍、振る舞いは身に着けてらっしゃいますから、舞踏、社交を重点的にお勉強なさればよろしいかと。」


舞踏は体育の授業でやるらしいので、それで頑張ることにする。他で練習しようがないし。


社交ですかぁ。。。


どちらも自分一人でやれない時点で、私のテンションは下がっていった。




婚約者を見つける適正年齢に入ったからだろう、今年から体育の授業に必須項目として加わったダンスは、2クラス合同でやる。


王子やジェラルドと離れてしまったと嘆いていた女子たちも、この時ばかりは歓喜していた。


私は舞踏に関してはド素人もいい所だが、流石王子とジェラルド、既にレッスンを受けているのだろう、ダントツで上手だった。侯爵令嬢も。

侯爵令嬢なんかは、王族の結婚相手に選ばれることもあるのだから、幼少時から教えられているのかも知れない。王妃教育的な。


そして、案の定、私のダンスは酷く、上手い人にリードしてもらおうということになり、王子と組んだ。

侯爵令嬢の目が三角になってる…!

こっ、殺される…!


侯爵令嬢の目が怖くてダンスに集中出来ていなかった私に、王子はくすっと笑うと、ダンスに集中して、私を見て下さい、と言った。

何それ超カッコいい!一瞬くらっとしたわー。

天性のタラシとか超絶怖いわー。


思わず、「王子の美貌が眩しくて、これはこれで集中出来なさそうですわ…」と呟いてしまい、それを聞かれたようだ。

王子はぷっ、と吹き出して、踊りながらクスクス笑っている。

ううっ、恥ずかしい!


王子がクスクス笑いながら踊っているから、周囲は何事かと思ってこっちをチラチラ見てくる。


「もっ、申し訳ありません。耐性がないもので…。」


私の言葉に、王子は私の手を離して座り込んで笑い出してしまった。

んなっ?!


ダンスの教師が何事かと近付いて来ようとしたので、王子はすっと立ち上がり、いつもの澄ました顔に戻って、教師がこちらに来るのを止めた。


「申し訳ありません、予想外の発言に驚いてしまって。」


そうみたいっスね。


「い、いえ…。」


気を取り直して踊り始める私たち。


それにしても、上手い人って凄いな。足はついていけてない感じがするのに、それなりに踊れているような気になれるんだから。


「殿下は何歳からダンスをなさってるんですか?」


そう尋ねると、7歳からですよ、と教えてくれる。

と言うことは、もう6年は習ってるということだ。


「これだけ上手に踊れると、ダンスも楽しいと思えそうですわね。」


王子はちょっとだけ困った顔を見せた。


「純粋に楽しめない部分もありますけれど、踊ることそのものは好きですよ。」


含みのある言い方だな、とは思ったけど、ダンスは一人ではやれないから、相手が王子に惚れちゃったりとか、面倒もありそうだな。

これだけくっついて踊る訳だしさ。


「大変ですわね。」


ふふ、と王子は笑うと、「人ごとのようにおっしゃるのですね?」と悪戯っぽい目を向けてくる。


「さすがに、分相応という言葉を知っております。」


それに、やっぱり、キース先生みたいな大人の色気っていうの?そういうのがある人が好きなんだよねぇ。

なんかちょっと危なそうな、っていうか。


「ありがとうございました、ミチル嬢。また是非」


リップサービスもいただいてしまいましたよ!


今度はジェラルドと組むことになった。

おお、やっぱりこの人も上手だなー。

優しくリードしてくれる王子と違って、ジェラルドは力強くリードしてくれる。


「ミチル嬢、猫は元気か?」


「元気ですわ。いただいたおもちゃで今もよく遊んでおりますわ。」


シアンのことを思い出したら、自然と笑顔が浮かんできた。あぁ、可愛い。帰ったら撫で撫でして肉球ムニムニして、パンチくらいたい。


「そう言えば、前から聞いてみたいことがあったんだが。」


ジェラルドが私に聞きたいこと?なんだろう??


「何故毎朝走っているのだ?」


あぁ、そのことか。

確かに淑女としてはよろしくないどころかアウトだ。

あああ、婚活にマイナスじゃない?

既に一年走ってるから、みんなにも知れ渡っているし、淑女として婚約の対象に見てもらう難易度上がってそう!

なにも考えずに効率だけ考えてやっちゃって、己の首しめちゃってるよ!

うん、これはあれだ。方針転換をせねばなるまい。


「基礎体力作りですわ。」


「基礎体力をつける為に走るのならば、もっと早く走る為に平らな所を走った方がいいのでは?」


「ジェラルド様は有酸素運動という言葉をご存知ですか?」


なんだそれは?と聞き返されたので、知らないことがよく分かった。


「全力で走ると、体内に酸素を取り込まない、無酸素状態で走ることになり、体内のエネルギーを物凄い使います。その点有酸素運動は、体内に酸素を取り込み、その酸素が効率よく体内に循環することで、少ないエネルギーで長時間走れるようになりますから、体力作りに向いております。」


目をまんまるくしながら、「凄いな、ミチル嬢は。そんなことを知っているなんて、アレクサンドリア家の知識か?」とジェラルドに聞かれ、首を横に振った。


アレクサンドリア家は、武門に秀でた家なので、ジェラルドはそう思ったのだろう。


「いいえ?」


予想外の答えにジェラルドはきょとんとする。


「私、家族仲が良くありませんから。」


「随分軽く言うのだな。」


「私の人生において、障害にならないのであれば、大した問題ではありませんから。」


ぽっかーん、とした顔でジェラルドは私を見てる。


うん、淑女としての回答から逸脱してることは、もう分かっているのさ。

淑女路線は諦めるのさ!


何とかして、一人で生きていける術を身に付けなくてはいけない。


「ミチル嬢は、他の令嬢と違うな。」


「困ったことに。」


困ってるようには見えないぞ?と笑いながらジェラルドが言う。

何言ってんですか、かなり死活問題ですよ!


曲が終わって、ジェラルドが去り際に、楽しかった。また誘わせてくれ、と言って去って行った。


さすが、脳筋ですね!筋肉の話をしたから食いついてきたんでしょうが、そんなに詳しくありませんよ?!




帰宅した私は、エマに、毎朝のランニングの所為で婚約の対象に見られなくなってると思う!と言ったら、呆れたような顔のエマに、何を今更おっしゃってるのです?と言われた。


「再三再四お止めしても聞き入れてくださらなかったではありませんか?」


でもさー、それならさー、何でこっちの世界に普通にランニングウェアとかシューズとか売ってるのさー。

おかしくないー?


「それでね、間違いなく行き遅れになる予定だから、一人で生きていける力をつけたいと思って!」


「何故そうなりました?!」


その後、エマからお説教を食らい、シアンから猫パンチを3発食らった。

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