第51話 助け船

「夜分遅くにすみません。警察です」

 ナミから見て右に立っていた若い男が、警察手帳を見せて言った。

「ナミ・クララシカさんですね?」

「はい、そうですが……どのようなご用件でしょうか?」

 今度は、左に立っていた中年の男が口を開いた。

「行方不明の少年を探しているんです」

「行方不明?」

「ええ。名前はユイカ・イルクラナス君、6歳。ルピアでご両親と住んでいたのですが、2週間前から行方が分からないと連絡がありましてね。捜索をしているところです」

 そのかん、若い警察官は雨合羽の前のボタンをはずし、制服の胸ポケットから写真を撮り出す。そこには、笑顔で笑っているユイカの姿が映っていた。

 ナミは見せられた写真から、警察官の男たちに視線を戻す。

「それで?」

「心当たりがないかなと」

「いいえ、ありません」

 ナミは迷うことなくはっきりと答えた。

「そうでしょうか?」

 若い警察官は、胸ポケットに写真をしまいながらナミに語りかける。

「最近この辺りで噂が立っているんですよ。未婚の女性の部屋に、子供が出入りしていると」

「……子供が遊びに来ることはありますよ。隣のご家族とは仲良くさせてもらっていますし。その子たちが私の部屋に出入りすることもあります」

「しかし、この辺りでは見慣れない顔だっていうんですよ。とても可愛らしいと評判です」

 ナミは警察官の言い方に違和感を覚え、思わず眉を寄せた。

「……何を仰りたいのですか?」

「我々はユイカ君が誘拐されたかもしれない、と考えているんですよ」

「それは大変ですね」

 ナミは他人事のように軽くあしらったつもりだった。しかし、警察は彼女よりも一枚上手だった。

「大変です。それでですね。未婚の女性がいる家を一軒ずつ回っておりまして、家の中を調べさせてもらっているんです」

 ナミは益々眉間の皴を深くした。

「つまり、私の部屋を見たいということですか?」

「その通りです」

 はっきりと頷く警察官に、ナミは鼻で笑った。

「趣味が悪いですね」

「趣味とかそういう事じゃありませんよ、クララシカさん。我々の仕事なのです」

「お断りします」

 そう言ってドアを閉めようとすると、若い男がドアの隙間に足を入れて閉めるのを阻止した。

「何ですかっ」

「静かにしましょう。ご近所の方の迷惑になります」

 若い警察官がわざとらしい笑みを浮かべて窘める。

「私にとっても迷惑です。帰ってください」

 力尽くで閉めようにも、足が邪魔で閉まらない。

「それとも、見られたくないものでもあるんですか?」

(どうしよう……)

 この警察官らは、ナミの部屋を検めないことには帰りそうもない。彼らは確信しているのだろう。彼女がユイカを部屋に住まわせているということを。しかし、ここでユイカが見つかってしまったらナミは誘拐犯扱いされてしまうし、その上ユイカとは離れ離れになってしまう。

 追々そうせざるを得ないとしても、それは今ではないとナミは思っていた。

 しかし、警察官をここで追い払う術がない。

(どうしよう!)

 その時だった。

 警察官の後ろから、若い男の声が聞こえた。

「そこで、何しているんですか?」

 ナミを始め、全員が声のする方を振り返った。声の主は自分に視線が集まると、被っていたフードを外し、玄関先の明かりに近づいた。レモン色よりもさらに淡い色をしたセミロングの髪に、宝石のようなブルーの瞳をした人物だった。

「……ユイル」

 それは紛れもなく、ナミの幼馴染だった。

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