第37話 腕の中の少年-1
「先生、今日は本当にすみませんでした」
ナミは、泣きつかれたユイカの背中をさすりながらヤヒリに言った。すると彼はユイカの頭を優しく撫でる。
「ナミさん、謝らないで。お礼を言ってよ。ありがとうって」
きょとんとするナミに、ヤヒリは微笑んだ。
「謝られるのは辛い。僕もユイカ君のこと見ていたのに、怪我までさせてしまって、ちゃんと見てあげられなかった」
「そんなこと――」
ヤヒリは首を横に振る。彼の顔からは笑みは消えなかったが、目は悲しそうだった。
「あるんだ。医師なんだから。最善を尽くしたかった」
「先生……」
ナミはユイカの右腕に巻かれた包帯を見る。彼が泣き止み、疲れて眠ってしまっところで、ヤヒリとミワという看護師が処置をしてくれたのだ。
彼らが手当てをしている間、ナミはユイカの腕の状態を見たが、両腕ともに噛み跡があり、数か所あった内一か所ずつ出血していた。
「あの、ユイカはどうして自分のことを噛んだんでしょう?」
ナミは遠慮がちにヤヒリに尋ねる。
それに対しヤヒリは顎に手を当て、少し考えながら答えた。
「推測するに、怒りや悲しみと言った感情をどうしたらいいのか分からないんじゃないかな。どうやらユイカ君は、行き場のない感情を、自分を傷つけることで解消しようとしているんじゃないかと思うんだ」
ナミは眉をひそめた。
「どういうことですか?」
ヤヒリは何度か口を開くのを躊躇ったのち、言った方がいいと思ったのか、考えたことを口にする。
「ナミさんは、ユイカ君のご両親が育児放棄していないって言ってたけど、やっぱり僕は疑うべきかと思うんだ。こんな風になるなんて、虐待も含めて、家庭で何かあったとしか思えない」
ナミは信じたくない気持ちがあったが、ユイカの様子を見たら頷くしかなかった。
「……はい」
「認めたくないのは分かるけどね。でも、ユイカ君のことを考えたらそうは言ってられないんじゃないかって思う」
ナミは自分の胸の中でぐっすり眠っているユイカの顔を覗き、ユイルのことを考えた。彼がユイカのことを虐待しているとは思えないが、先ほどのことを考えたら疑わざるを得ない。
そして、ユイカに同じようなことをさせないように、ナミは行動に移さなければならなかった。
「先生」
「うん?」
「もし……そうだとしたら。ユイカの両親に、育児放棄とか虐待の疑いがあったとするなら、私はどうしたらいいですか?」
ヤヒリは「そうだなあ……」と言って、言葉を続けた。
「児童相談所に相談することかな。それしか方法はないよ。君はこの子と血は繋がっていないし、法的な繋がりもない。でしょ?だから、公的機関に任せて『そういう現場を見たから調べてもらえませんか』としか言いようがない」
「そうなったら、ユイカはどうなりますか?」
「もし、児童相談所がユイカ君のご両親の状況を見て、教育できる状況ではないと判断したら、この子は児童施設に入れられる」
「児童施設……」
「両親の片一方に問題があるだけならいいけど、両方に問題があったらそうなってしまうってこと」
「それは辛いですよね……」
「そうだね。とても悲しいことだ。でも、両親の元にいて辛い思いをさせるのもとても悲しいことだよ」
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