第4話 クレリック(1/2)
次の日の夕方のことである。
ララが店の裏で商品を出し入れする業者と話し込んでいる為、ナミが一人で店番をしていたときだった。
「やあ、嬢ちゃん」
彼女に声を掛けたのは50も過ぎた痩躯の男で、口元に無精ヒゲを生やしてにっこりと笑っていた。
ナミはその男の姿を見るなり、満面の笑みを浮かべ、彼の傍へ行った。
「クレリックおじさん!」
「元気だったか? ん?」
クレリックの質問に、ナミは首を大きく振った。
「元気です」
「そうか、それなら良かった!」
クレリックはナミの頭をぐりぐりと撫でまわす。それは彼女にとって少し痛かったが、久しぶりに子供のような気分になって嬉しかった。
クレリックはナミの母の弟である。彼とは1年ほど会っていない。それは彼が年に1度しか、故郷である『シュキラ』には帰ってこないからだ。
彼は隣街の『ルピア』で靴を作る仕事をしており、噂を聞く限り、クレリックが作る靴は人気があるため、いつも忙しいと言う。そんな彼が村に帰ってくるときは、毎年10月にある収穫祭の時だけだ。しかし、今はまだ6月。そのお祭りまでまだ4か月もある。
「何をしに、いらっしゃったのですか?」
ナミが興味本位でそんなことを聞くと、クレリックはなぜかあたりに人がいないことを確認すると、ナミにだけ聞こえるようにこんなことを尋ねた。
「嬢ちゃんに聞きたいことがあってよ」
彼は昔から、ナミのことを『嬢ちゃん』と呼ぶ。
「何でしょう?」
どうんなことを聞かれるのかと思っていると、彼の口からはナミが全く想像もしなかった名前が出てきた。
「ユイル、知らねえか?」
彼女はその名前を聞いた瞬間、深い藍色の瞳を見開き、驚いた顔を見せる。
ユイル・イルクラナス。
それは、ナミの幼馴染であり、片思いをし続けている相手である。
「その顔は知らねえってことだな?」
クレリックが確かめるように聞く。ナミは、大きく頷いた。
「そっか。ならいいんだ。困ったことがあると、よく嬢ちゃんの所に泣きついていたことを思い出してよ。いるんじゃないかと思ったんだが、違ったみたいだな」
すると、クレリックは「仕事の邪魔して悪かったな」と言って、さっさと去ろうとしてしまう。ナミはとっさに追いかけ、店の前で彼のよれよれのシャツを掴み、動きを止めた。
「な、なんだっ?」
クレリックが驚いて振り向くなり、ナミは尋ねた。
「ユイルが、どうかしたんですか?」
彼らの傍を、少女たちの集団が過ぎ去っていく。学校の帰りなのだろう。きゃは、きゃはと楽しそうに笑っているが、こちらはそれどころではなかった。クレリックは声を低くして言った
「……悪いが教えることはできねえ」
「どうしてです? ユイルが悪いことでもしましたか?」
声を潜めずに話すナミに、クレリックは顔の前に人差し指を立てて「静かに」という仕草をした。
「声が大きい」
「人にバレるといけないことですか?」
「……」
クレリックは、どうしようか悩んでいるようだったが、観念したように大きくため息をついた。
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