第5話 クレリック(2/2)

「分かった。話すよ」

「今、話してもらえますか」

「今?」

「後で落ち合って話そうっていっても、おじさん、逃げそうなので」

「……信頼されてねえな」

 笑みを浮かべているものの、悲しさがにじみ出ている表情を見て、ナミは途端に悪いことをしたような気分になった。

「そういうわけじゃ……。そうですよね。ごめんなさい」

 ナミはクレリックのシャツから手を離すと、顔を伏せた。すると、クレリックはナミの気持ちを察した。

「心配なのは分かるよ。ユイルは今まで音沙汰なかったろうし、お前たち仲良かったもんな」

「……でも、彼が『ルピア』に行ってからのことは、全く知りません。もう、7年になります」

「そんなになるか」

 ナミは、仕事の為に身に着けていたエプロンをきゅっと掴み、クレリックを上目遣いに見上げた。

「あの……おじさんは、どうしてユイルのことを知っているんですか。ユイルのお母さんでさえ、彼の居場所を知らなかったのに……」

 クレリックは、ばつの悪そうな表情を浮かべ、頭をガシガシと掻いた。

「俺も奴のことを知ったのは、ここ3ケ月くらいの話さ」

「そうなんですか?」

「ユイルの母親からも、以前から探してくれとは言われていたが、仕事が忙しくてそんな暇もなかった。だがな、今から3ケ月前、俺の所に二人の男が現れた」

「二人の男?」

「そうだ。ユイルを探していると言っていた」

「ユイルを? どうして?」

 すると、クレリックははっとして、咳払いをすると、ナミににっこり笑って言った。

「嬢ちゃん、悪いがここで話すことはできない。それから落ち合って話すこともできない」

「やっぱり、ダメですか?」

 『ルピア』に消えた片想いの相手。もう、二度と会うことができないと思っていた人の手がかりが、今、目の前にあるのに失ってしまう。

 その切実な想いが顔に浮かんでいたのだろう。クレリックは深くため息をついた。

「まあ、ダメなんだが……、その、なんだ。代わりにお前に手紙を書くよ」

 ナミはきょとんとした。

「手紙?」

「嫌か?」

 ナミは首を横に振った。手紙が嫌と言うわけではなく、意外な手段だったので少し驚いただけだった。叔父が手紙を書くとは思わないので仕方ない。だが、この際ユイルのことを知ることができるのであれば、何だって良かった。

「勿論、構いません」

「それなら良かった。あ、そういやあ、お前、今家族と一緒に暮らしてなかったよな?」

「はい」

「じゃあ、そっちに直接送るから、住所教えてくれるか?」

「分かりました」

 ナミはポケットからメモ紙を出すと、さらさらと住所を書いて、クレリックに渡す。

「今は、ここに住んでいます」

「そうか。分かった」

 クレリックはナミからもらったメモ紙を、ズボンのポケットに無造作にしまい込むと、ナミに背を向け、彼は周囲を見渡した。

「手紙は少し落ち着いてからでないと書けない。すぐには無理だ。それでもいいか?」

 背を向けながら話されたので、ナミは少し位置をずれて叔父の声が聞こえるところに立つ。

「いいです」

「それから、ソフィア姉さんやカンナさんにもこの話はするなよ」

 ソフィアはナミの母の名で、カンナはユイルの母の名である。カンナは、今でもユイルのことを待っており、元気にしているのか心配している。それ故に、本当は教えてあげたい気持ちもあったが、言ったところでどうしようもない。ユイルが見つかったわけではないのだから。

「……分かりました」

「それから、一つ忠告しておく。ユイルがお前の所を訪ねても、助けるな」

 ナミは藍色の瞳を見開いた。

「どうして――……」

 ナミは、一呼吸おいてから尋ねる。

「彼を助けることが、危険なことだからですか?」

「その通りだ」

 すると、クレリックは歩き出し、店を後にしてしまう。その背を目で追うと、叔父は後ろ手に手を軽く振っていた。

「……危険って、どういうこと?」

 ナミは暫くクレリックの姿を見つめていたが、店の奥からララの声がして仕事に戻った。

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