第17話 【輪廻の巨人】Ⅱ
「おいおい……ハスト。何でお前がこんな辺鄙な場所に居るんだ? リツも……偶然にもほどがあるぜ……?」
ロアは正直幾ばくか信じ難い感情でいた。何せ追放されたギルドのメンバーと再び相まみえることになることなんて、予想が出来ただろうか。
リアも勿論、驚愕していた。
「リツ………ハスト……何でいるの? 私たちの居場所嗅ぎつけたとか?」
「それはこっちの台詞だよ~! ボクたちは任務できたの! にしても……最近ギルド脱退したって聞いたけど…何で?」
リツはずっと溜め込んでいた疑念を解き放つ。
ギルド【エル・レクイエム】において、ロア・ゲノズィーバとリア・ゲノズィーバは主戦力なのだ。簡単にやめさせられる程甘くはない。
なのに何故カインはロアとリアの脱退を許可したのだろうか? リツたちの脳裏にはその疑問しかなかったのだ。
「何で………お兄……」
リアは困窮した表情で此方を見つめる。
実際困ったものだ。世界終焉の情報がどれほど知れ渡っているのか、もしかしたらカインと二人とミリアとアゼルくらいのものかもしれない。
そう考えると無闇に公言するのは得策ではない。
「ま、世界一周の旅だよ。うんうん、たまにはね、羽を休めてだなぁ……脱退したのも一時的なモノだ、旅行を終えたら復帰するよ」
別の言い訳をするという考えまでは良かったのに、その提案を実現する時に何故急に杜撰になってしまったのか。
だが、否定をすると色々と複雑になってしまう…故にリアはそのままロアの言い訳に便乗することにした。
「……うん、そうそう。ほら…私たち、いつも難しいクエスト任さられるから…たまには………ね?」
「そうだよ! 俺たちだって疲れるんだ、しかも休もうとしてもギルド長の奴勝手にクエスト委託するしよ……だからそうした」
苦しすぎる言い訳に、二人の心の中には羞恥心が満ち溢れていた。
絶対にバレる――ロアたちは完全に悟りきっていたが、二人の絶望は潰える。
「そうだったんだ! いつも忙しそうだったからね二人とも…たまには鋭気を養うのもいいと思うよ!」
「だな……ロアとリアは彼の有名の《
意外と呆気なく信じてくれた二人の反応に、ロアとリアは胸を撫で下ろす。
――だが、その安堵は一瞬にして無意味なものとなる。
「――で? お前らが何でこんな戦場に居るんだ? その人たちは? 紛争地に観光しに行くほど脳味噌が逝かれたのか?」
ハストは饒舌と化し、二人に質問攻めする。
当然だ……こんな全世界の人々が足を絶対に踏み入れたくない国・ダルクヴェインに観光旅行、傍から見れば頭のネジが飛んでいるとしか思えない。
どうやら態とあんな演技をしたらしい。
「う――そ、それは……だなぁ……こいつらは旅の道中に友達になったんだよ! 此処に来たのも文字通り世界一周してみたかっただけなんだよ!」
この状況ではリアたちの方が不利な状態だ――正直に話すのが先決というモノ。
するとリツが先手を潰す様に、元気溌剌に叫ぶ。
「ボクたちね、〈
「おい、リツ。秘密裏にって言っただろ、このガバガバマウス」
ハストは三歩歩けば忘れる鶏のようなリツの脳天に拳骨でグリグリと圧していく。
リツはその激痛のあまりに涙目でいた。
「痛い痛いっ!? ハスト痛いよ~っ! 馬鹿になっちゃううぅっ‼」
「もともと馬鹿だろうが」
数秒後、ハストはリツの脳天から拳を離し、眼鏡を上げる。そして話の軌道を元に戻す。
「……で、だ。お前たちの目的は何だ? 何でギルドを脱退した? きちんと答えてもらおうか」
「……お兄、もう隠しきれない……っ」
「だな……教えてやるよ、カインに公言すんなって言われてたが、お前たちの任務と関連してるしな」
と、ロアは諦めてこの旅についての顛末をきちんと話す――。
「……というわけだ」
「なるほどな、お前たちも俺たちと似たような任務を課せられていると……なら、少しの間…任務中だけでもいいから同盟を組もうか」
ハストの提案は理に適っている。その提案に、便乗したのは《魔弾射手》の青年…アゼル・ヴァーミリオンだった。
「いいな、協力すれば情報も手に入る。早めに片付けた方が良い……そうだろ?」
「お前は…アゼル・ヴァーミリオンだったな。お前とは気が合いそうだ、任務早く終わらせた方が良いだろうな……そこのところどうだ? ロア」
そう、全ての決定権はリーダーであるロアに託されている。たとえ同盟を組まないという選択をしようが、ロアの勝手だ。
だが、ロアにこの提案の断る理由が無いのだ。
ロアたちの目的は神々の《魂魄》を収集し、〈黄昏の魔笛〉の封印を強固にする。
ハストたちの目的はダルクヴェインの戦争の終結、そして【輪廻の巨人】と終焉に関する調査……現在のロアの目的とほとんど一致している。
故に。
「分かった。ハストたちに協力すりゃいいんだろ? 丁度いいや……じゃあ、早速で悪いが【輪廻の巨人】の居場所を知ってるか?」
ハストは即答する。
「ああ、リツが見つけてある。場所は南側にある洞窟らしい…俺たちも丁度向かおうとしていた」
偶然が重なる過ぎている…まるで神が因果律でも操っているかのようだ。そんな偶然に偶然が重なった状況、機を逃すわけには行かない。
ロアは「ああ」と言って、一応皆に確認を取る。
「それ問題ないな? 皆」
そして皆は首を縦に振り、南側へと振り返る。
一時的ではあるが、《
ロアの前には案内役の二人が立ち、四人を先導していく――――。
†
場面は変わって、『混沌団』――。
「待たせたな」
長であるべクスが【
「べクス様ッ! この石像こそ、例の遺産です……」
「そんな社交辞令はいい。今は封印を解くのが優先だ、即座に”リアラスブレス”、もしくは”ディバイアス”で封印を意地でも解けッ‼」
何処か必死になっているべクスに、側近のリアンは安堵していた。
いつもは「遺産はまだか……!」などと鬱憤を溜めており、それ故その怒りを部下やリアンにぶつけていた。
そんな地獄のような時間がやっと無くなる……そう考えると、どうにも嬉しくてたまらないのだ。
「フクククク……やっと、やっとだ! 我が名誉が一気に上がる……何より、やっと世界を壊せる……ッ‼」
べクスは嗤っていた。不気味に、狂ったように…そんな人間離れした表情に、リアンはご満悦なのだ。そんな狂気と歓喜の入り混じった空間に、男の声が響き渡る。
「”ディバイアス”ッ! ”ディバイアス”ッ!」
《
”リアラスブレス”は神や天使、もしくは神獣などの魔の因子を持たない神聖な存在の封印の解放に特化したスキル。
逆に”ディバイアス”は魔神や悪魔、魔獣などの魔の因子を持った存在を解放するスキルなのだ。
【
「もっとだッ! 何をぼさっとしている、二回の同時詠唱を図れッ‼」
魔力を平衡に操作し、一つのスキルを二回、三回と同時に発動する技能だ。
リアが毎回別の魔法スキルを同時に発動しているが、それが同時詠唱なのだ。ただ、初期の職業…《魔法師》や《
「ハッ! ”ディバイアス”ッッ‼」
魔導士たちはべクスの命令通り同時詠唱で封印の開放を促進させていく。同時詠唱は魔力を普通の倍使う……つまり。
「ウッ………!」
バタッ! と魔導士の一人が昏倒する。魔力を大量に使えば当然魔力欠乏症が生じる。当然の事象だ。
そうして、”ディバイアス”を連続で間髪入れず発動し続け十分後――。
「グッ――!?」
最後の一人が、魔力欠乏症によって昏倒した。だが、一向に封印が解ける気配はない。
べクスも流石に無理かと諦めかけていたその時だった――。
石像が突然眩い閃光を放ち、亀裂が入っていく。亀裂の隙間からはどす黒い液体が奔流し、洞窟内に地震が発生する。
「遂に……遂に悲願が叶うのか!? 私の……願いが……ッ‼ よし、リアン。私の牽制に回れ、私が迎え撃つ」
べクスはマントで隠していた鉄拳を現し、右腕を掲げる。
そして、突貫。一切の躊躇なく、彼はあらゆる音色が響き渡る洞窟内を疾駆する。同時に、【輪廻の巨人】の石像が完全に動き出し、灰色で全身を隠していた全容が、明らかとなる。
『ウラアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ‼‼』
その異形のような姿には、べクスとリアンも恐怖してしまう。
彼の炎と簒奪の神…プロメテウスの言っていた通りの外見――無数の腕と悍ましいほどに蠢く頭……まるで冷え切った場所に数十年放置したかのような蒼白な皮膚、鮮血に蝕まれた眼球、背中には翼――ではなく、紫紺の触手が腕同様に無数に生えて、蠢動していた。
「これが………ッ、【
べクスは畏怖ではなく、敬意を表していた。
夢にまで見た
世界は理不尽だ――ならば全てを終わらせ、再び始めるしかない。
†
ヴァルへリアは、魔獣を殲滅すべく人類に《職業》を与えた。だが、それ故の不条理も発生する。
それは、〝差別〟だ。職業は大きく分けて初級・中級・上級と区別され、その階位を上げるには、相応の功績や魔力、スキルの威力が限界へと伸ばさなければいけない。
だが、その道は実に厳しいもので、初級から中級へと昇格するにはD級の魔獣を千体討伐しなければいけない。
中級から上級へとなるとD級魔獣を六千体、その他C級、B級、A級、S級、SS級、SSS級の魔獣を計四千五百体斃さなければいけないのだ。
数を見るだけで気が滅入るレベル――そんな数の魔獣を殺すなど、到底不可能なのだ。
だが、人間や他種族にも才能のある人間、其れに非ざる人間がいる。斃せる人間もいれば斃せない人間も当然出てくる。
故に、差別が起きる。初級の職業を持つ人間は大概上に立つ存在の才能に対し絶望し、挫折する。もしくは上級職の人間が初級ないし中級職の人間を軽蔑する。
そして、べクスは「軽蔑される側」「挫折した者」なのだ。
彼はヴァルへリアでも名の知れた《
確かにべクスは握力や身体の柔軟性、反射神経や動体視力が優れている。だが、所詮は初級の《拳闘士》だ。《拳闘士》の派生形である中級職・《
これらの職業へと到達することが出来ない……べクスは絶望した。
故に高みに居る人間たちには追い付けない――気づかされた時、何もかも絶望へと落ちていた。
そんな絶望の日々を送っていたべクスだったが、とある噂を嗅ぎつけたのだ。
それこそ……ダルクヴェイン随一にして、ヴァルへリアで最も優秀な《召喚術師》の遺産が発見された、と。
その召喚獣とは、奈落に棲む国一つを滅ぼせる魔獣…【
――世界を壊せば、何もかもが虚無に帰す……そうすればこんな不条理な世界を作り直せる。
その為なら、己が身を、大事なものを棄てられる。その覚悟を背負って、六十年間生きてきたのだ。
†
――ずっと、その悲願を叶えると誓ってきた。
そして、その悲願が現在眼前に或る……こんな好機は恐らく一生来ないであろう……べクスは鉄拳を【輪廻の巨人】の方へと翳し、リアンに命令する。
「リアンッ!
その命令に、忠実に従うリアンは懐から
「……”マギアエンチャント”――”サルモニアスレイヴ”」
すると、べクスの背後に魔法陣が出現し、まるで何かを注ぎ込むように黄金の流体がべクスの身に纏わりつく。
「よし――【輪廻の巨人】よ、私の配下に付け。そして世界を破壊しろッ‼」
リアンの職業は魔法師系統中級職…《
そしてべクスに付与してもらった魔法スキル…”サルモニアスレイヴ”は、動物や召喚獣を隷属させる洗脳に似たスキルだ。
そんなスキルに【輪廻の巨人】が懐柔されれば、確実に世界が滅ぶ――。
『ウ……アアァ……』
洞窟を崩落させかねない唸り声……どうやら悩んでいるようだ。一見知性が欠如しているように見えるが、考える知能はあるらしい。
「さぁッ‼ 従え! 私の僕となり、世界を破壊しろッッ‼‼」
べクスが暗澹たる空洞で叫んだ瞬間――――。
「おおっと、危機一髪か? お前らは……その様子だと『混沌団』の団長ってとこか?」
カツッ! と、ブーツの音が鳴り響き、臙脂色の髪が靡く。そして右手には、漆黒の柄を持ち、鯉口から漆黒と深紅の炎が螺旋に吹き荒れる。
そしてその少年の背後には、四人の少年少女が立っていた。
その正体は――。
「貴様ら、何者だッ!?」
べクスが焦燥感を露わにしながら叫喚する。
「俺たちはそうだな………神を殺す集団……う~ん、何だ? 何て名乗ればいいかな?」
「やっぱりシンプルにさ……ゴニョゴニョ」
薄紅色の髪の少女は天真爛漫な表情で臙脂色の髪の少年の耳元で囁く。少年は「ふむふむ…」と頷き、そして深呼吸をする。
「気恥ずかしいが――――フゥ」
少年――ロア・ゲノズィーバは堂々と叫ぶ。
「俺たちは神を殺すことを目的に行動する集団……人呼んでパーティ【
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます