第16話 【輪廻の巨人】Ⅰ

 銃声が鳴り響き、魔法による砲撃の轟音が鼓膜を刺し、爆発音と爆炎が荒野を蹂躙する――。

 この戦争を行っているのは二つの派閥。

 一つは『封神団』――《召喚術師》の遺産…【輪廻の巨人ヘカトンケイル】を完全に封印し、安寧を取り戻すことを目標に掲げている一派。

 もう一方は『混沌団』――『封神団』とは真逆の思想で、【輪廻の巨人】を甦らさせ、ダルクヴェインを…否、世界を混沌と崩壊で満たし、世界を書き換えることを目標としている一派だ。

 そんな二つの派閥のうちの一つ……『混沌団』の本拠地――――。


  †


「報告いたしますッ!」

 戦争が勃発している荒野の南側に位置するは、『混沌団』の本拠地にしてヴァルへリアで最も硬い金属アダマンタイトで構成された漆黒の塔――バハムートの尾。

 その最上階…第四十二階層に、ローブと鶴嘴を装備した調査兵が入ってくる。その部屋の中には齢六十程度の老人と、二十代後半くらいの男がいた。

「何事だ? 調査の進捗報告なら必要ない、現場に戻り給え」

 老人――べクス・エレヴィトンは、兵を一蹴する。彼は『混沌団』の団長にして、ヴァルへリアでも優秀な部類に入る《拳闘士モンク》なのだ。

「いえ! 実は……先程【輪廻の巨人ヘカトンケイル】と思しき石像を発見いたしましたッ‼」

 調査兵の報告を聞いて、べクスは玉座からバッ! と立ち上がり、顎を下げに下げていた。

「何!? それは誠か?! 今まで発見できなかった遺産が何故………!?!?」

 それもそうだ。

《召喚術師》の遺産の噂が広まったのは七十年も前……そんな長い年月、ずっと国民が探しても探しても見つけられなかったものが、突如出現したのだ。当然驚愕するだろう。

 べクスは一旦平静を装い、調査兵に命令する。

「……まあいい。では魔導士大隊を向かわせろ。全員、《上級魔法師アークウィザード》で編成するよう。そして封印の解除を試みたまえ」

「ハッ!」

 威勢のいい返事をし、部屋を去っていく。

 べクスは突然、羽織っていたマントと鎧を脱ぎ捨てるという奇行に走る。その行動を、側近のリアンが制そうとする――その時、べクスは野太い咆哮を上げる。

「リアンッ‼‼」

 その高圧的な威圧に気圧され、リアンは思わずその場に留まってしまう。

 べクスの表情は、狂気の笑みで満ち満ちていた。まるで悪魔のような享楽に堕ちた嗤いだ。

「私はな、勇んで滅ぶ世界を見たいのだよ……! その為ならこの命、惜しくない。あの憎らしい奈落の支配神を殺すために……!」

 ベクスの思想は、まるで神を殺す元・冒険者…ロア・ゲノズィーバと酷似している。…だが、似ているのはあくまで「神を殺す」という結論だけ。

 そしてべクスは玉座から離れ、扉を開ける。

「私も向かおう。もしかしたら凶暴化している可能性もあるからな…私なら余裕だろう」

 自分の実力を過信しているべクス。そんな傲慢なべクスに対し、不安を抱いていたリアン……。

 

 べクスは知らなかった神レベルの魔獣の恐怖を、強さを――――。


  †


「まずは……二つの派閥とやらを調べなきゃな」

 ロアは皆に宣言する。

 決して、二つの派閥の関係に口を出すつもりは無いが、遺産である【輪廻の巨人ヘカトンケイル】の手掛かりを持っているのは間違いなくこの二派だろう。

 だが、国民がそんな詳細な情報を知っているとは思えない……知っていてもその派閥の名前程度だろう。

 ………では、何故先程の女性は戦争の発端を知っていたのだろうか?

「だね………でも誰に聞く……? 図書館とか情報屋とかなさそうだよ?」

 リアは正論を呟く。此処まで凄惨な状態だ、図書館などあったとしても殆どが分書されているだろう。情報屋はあり得そうだが、詐欺に遭う可能性もある。

 ロアは経験があるのだ。

 かつて【エル・レクイエム】に入団する前ロアとリアは魔物の情報を得るべく情報屋へ赴いた。あの時はギルドの存在を知らなかったのだ。

 そして情報を聞き出したが、魔物の情報一つだけとは到底思えない金額を請求され、疑いもせずに払ってしまった。

 後日、あの情報屋が詐欺をしていたと分かり、以降ロアとリアは情報屋には気を配っているのだ。

「ではギルドか? いくら紛争状態の続いてる国とはいえ、冒険者ギルドの一つや二つあるはずだ」

 アゼルは便乗する様に意見を提案する。ロアもそれが妥当だと思った――冒険者は謂わば「危険な仕事も請ける便利屋」のようなものだ。故に兵士として徴兵したり、策略を講じたり、兵士の指導を行ったりと協力している冒険者もいるだろう。

「でも、此処に来てから冒険者のような人は見かけませんでしたよ……?」

 ミリアがアゼルの提案を否定する。そもそも、ダルクヴェインには人が殆どいないのだ。いても負傷者や親子供、武装している通行人は一度も見ていないのだ。

 身を隠しているかもしれないが、身を隠す意味が見出せない。

 どうにも膠着状態なロア・ゲノズィーバ一行――正直、人間(エルフ一人)の脳ではよい考えが思いつかなかった。

 すると、魔剣ヴァル・ラグナに宿る女神…フレイヤがロアに言葉を投げかける。

『ロア、アタシの能力の《天命の樹セフィロト》に「特定の領域内のあらゆる記憶を読み解くことが出来る」って能力があったはずよ。名前は理解ビナーよ』

 途轍もなく重要な事を教えてくれたフレイヤに、初めて尊敬の念を抱いたロアであった。

「助かるよフレイヤ! よし……魔剣ヴァル・ラグナ――《天命の樹》、理解ビナーッ‼」

 すると、漆黒の剣は藍色に輝きだし、帯のような謎の物体が魔剣へと収束し、刹那――――。

 ロアの脳内に膨大な記憶が流れ込み、同時にそれらが展開していく。人の記憶や自然の記憶、精霊の記憶や魔力の記憶……あらゆる物質や概念の持つ記憶がロアを襲った。


『あいつら、絶対に赦さない!』

『『封神団』に遺産を絶対に渡すなッ!』

『『混沌団』は災厄しか生まない…殺してでも遺産を奪取し、破壊しろ』

『呼び覚ませ! 我らが破壊の象徴!』


 あらゆる憎悪や怨嗟、怨讐が宿った負の言霊が流れ込み、同時に脳に絶大なダメージを与える。

「うぐぅッッ!?」

「お兄!? どうしたの……?」

「だ、大丈夫ですか?!」

 リアとミリアが倒れそうなロアを支え、慌てる。突然、何の変哲も無く悶え出したロアを寝そべらせ、安静にする。アゼルは冷静沈着な表情でフレイヤに問うた。

「おい、フレイヤ。これはどういうことだ? 何でロアは急に苦しみだした?」

『当たり前よ。ロアが受け取ったのは数千…下手したら数万単位の魂の記憶を読んでいたのよ? 人間の脳で処理が追いつくと思って?』

 アゼルは「チィッ」と悔しみの舌打ちをして、ロアを見守ることにする。


 ロアは、最後にこんな記憶を読んで、気絶した――。


『貴様は我が手に在り。故に来る時……即ち世界終焉の時、貴様は解き放たれ、世界を蹂躙する存在となる。世界を内側から破壊して見せよ』


 その記憶は、悪意に満ちており、何か狂信的な感情も垣間見えた。そこは、遥か地下……暗闇が空間を支配していた。

 肌寒い――恐らく此処は洞窟だろうか? 何でここに……?


 そんな疑問が浮かぶ中、ロアは意識を失った。


  †


 時は遡って、十分前――。

「ね~何でボクたちこんな国に来なくちゃならないの~??」

「静かにしてくれよ……俺たちは【輪廻の巨人】と遺産戦争の終結を依頼されているんだ……慎重に、秘密裏に、な」

 ダルクヴェイン公国の門で立ち尽くす藍色の髪の眼鏡をかけた青年と、薄紅色のサイドテールの美少女――どうやら彼らは任務で此処に赴いたらしい。

 嫌がる美少女を前に、青年は無視して注意する。

 青年の名前はハスト・ルイエル、少女の名前はツバキ・リツ。

 彼らは豊穣神フレイヤが統括する国…ニアマリア帝国一番の強豪ギルド【エル・レクイエム】の団員である。

 ハストの職業は《黒魔導士ウォーロック》、リツは《舞巫女》……どれも上級の職業だ。そんな彼らの任務――【輪廻の巨人ヘカトンケイル】の調査とこの現在勃発している戦争の終結……ギルドが任されるような任務ではないと思われるが、【エル・レクイエム】はヴァルへリアの各国の中枢ともつながっている超巨大ギルドだ。

 こういった任務も任されることがある……何故、こんな少人数での任務なのかと言えば、【輪廻の巨人】は禁忌とされていた召喚獣なのだ。

 それ故、そんな禁忌を秘匿している事を、世界が知れば血眼になってダルクヴェイン公国を滅ぼしに軍を率いてくるだろう。

 それでは〈黄昏の魔笛〉の封印をしている神の一柱が消える……即ち世界の終わりを促すこととなる。

〈黄昏の魔笛〉の存在を知るのは【エル・レクイエム】とニアマリア帝国の皇帝とニアマリアを動かしている中枢のみだ。故にその中で留めておかなければ混乱を招きかねない。

「……で? ボクはどうすればいいのー?」

 リツは気だるげな表情でハストに問いかける。質問された張本人であるハストは眼鏡をクイッと上げ、返答する。

「リツ、お前は”エザリアルワルツ”で強力な瘴気を探知しろ」

「はーい……我太陽神にこいねがう、この地を蝕みし瘴気を我が音色で雪ぎ給え――”エザリアルワルツ”」

 リツは最東端に位置する異端の国…ヤマト帝国の巫女が扱う神楽鈴という道具を用いて、魔物や悪魔の持つ瘴気を察知することの出来る《舞巫女》の上級スキル…”エザリアルワルツ”を発動する。

 鈴の音が銃声鳴り響く戦場を静寂に帰すように鳴り、黄金の小精霊ウィスプが舞い上がり、瘴気を探る。

 燦然と輝く小精霊は、一斉に南側へと疾風の如く飛翔し、地中へと潜っていく。

 そしてリツの脳内に小精霊の意志が流れ込む。

「……南側の洞窟だね。しかも人が一杯いる。隠密行動とか出来るの? ハスト」

 ギルド長カインからは「誰にも素性を知られず、遂行しろ」と達示を受けている。そこに人が密集しているとなると、任務遂行は困難を極める。

 ……だが、ハスト・ルイエルは違う。

「俺を誰だと思っている? 巷では〈静謐なる青薔薇〉なんて呼ばれてるんだ。容易いことだ……”リーゼ・ミュストル”」

 ハストは左手に付けた漆黒の手袋を外し、中指に嵌められた銀色の指環が霧散し、突如周辺に灰が舞っているかのような風景へと変貌する。

 それは霧で、二人の姿が雲散霧消している。

 ――”リーゼ・ミュストル”。《黒魔導士》の特性の一つ…”魔族憑依ディアモス・スペクト”のスキルで、その能力を持つ魔族は、吸血鬼。

 吸血鬼の能力の一つ「霧化」のスキルだ。

 だが、吸血鬼のスキルを扱える《黒魔導士》はそういない――やはりというべきか、【エル・レクイエム】には優秀な人間が集まるのだろう。

 そして、ハストとリツは黄金の小精霊が示す場所へと隠れながら向かう。


  †


「ロアさん……大丈夫ですか?」

 ロアが気絶してから五分後――リアの回復魔法スキルのおかげで何とか意識を取り戻した。だが、未だ頭痛は消えること無くロアの大脳を突き刺す様に苦しめる。

「ミリアか……大丈夫だ…いつッ……! 多分リアが治してくれたんだろうが…ミリアもアゼルも協力してくれたんだろ? 一応感謝するよ……」

 薄弱な表情で全員に感謝を述べる。まるで死に際に言う遺言のようだ……が、簡単には死なないのがロアの強みのようなものだ。

 神と殺し合いをして、命を持っている時点で奇蹟に等しいことだ。

「……それで、貴様はその魔剣の能力で何を見たんだ?」

 アゼルは苦悶している人間を前に容赦なく問い質す。

 頭痛に堪えながらも、ロアは上体を起こして質問にきちんと答える。

「ああ……どうやらあの女が言ってた派閥の名前は『封神団』と『混沌団』らしい…『封神団』は……何だろう、遺産を壊そうとしてるのかな? 『混沌団』は何か遺産を呼び覚ますとか……」

 あいまいな表現で語るロアに、何となくでしか理解していない三人だった。

「えっと……何かもっと具体的な記憶は無いんですか?」

 ミリアが一番に質問する。先刻発動したフレイヤの能力の一つ、理解ビナーであらゆる記憶を読み取ったはずなのだ。そんな曖昧な言い方をされて困るというモノだ。

「すまん……詳しくは…。だが、一つだけ残っているんだ…謎の声……憎悪とかじゃなくて、狂気みたいな、信念みたいな……」

「……それって、何?」

 リアが小首を傾げる。ロアは一字一句間違えず、記憶を辿って語る。

「――『貴様は我が手に在り。故に来る時……即ち世界終焉の時、貴様は解き放たれ、世界を蹂躙する存在となる。世界を内側から破壊して見せよ』…って」

「世界終焉って……お兄」

 リアは何か勘付いたようにロアに視線を送る。

 世界終焉――ロアたちがギルド【エル・レクイエム】を追放された原因にして、旅の目的と深く関係している言葉だ。

 もしかしたら何か【輪廻の巨人ヘカトンケイル】が関連しているのではないか? 二人はそう悟ったのだ。

 そしてもう一つ、記憶を呼び起こすロア。

「そういえば……何か洞窟みたいな場所だったなぁ……でも具体的な場所は分からないんだ…赦してほしい」

「そ、そんな謝らないでくださいっ! ロアさんのおかげで良い情報が手に入りましたし、感謝してますよっ」

 必死にフォローするミリア、やはり天使だ……ロアは一旦安堵しながら、立ち上がる。

「おい、もういいのか? まだ安静にしてた方が……」

 珍しくロアを気に掛けるアゼルに、少し張り詰めていた精神が緩む。ロアは微笑みながら、アゼルに意地悪のような発言をする。

「珍しいじゃねーか…硝煙の臭いで頭でもやられたのか?」

「ナッ――!? 人の心配を……ッ!」

 ロアはアゼルの怒りを笑い飛ばす。

「冗談だって、そうカッカすんな。俺はもう大丈夫だ、何か意外と早く治まったな……まあいいか」

 ロアは気絶した際に落としてしまった魔剣ヴァル・ラグナを拾い上げ、腰に携える。そして皆に一つの確認をする。

「じゃあ、次の目標は【輪廻の巨人】がいるだろう洞窟の捜査……でいいか?」

 三人と二柱は一斉に返事する――。

「「「『『異議なしッッ‼』』」」」

 段々と確信に近づいてきた気がしてきた全員であった。その為には『封神団』と『混沌団』の目的や素性を知らなければいけない……。

 道は険しいが、タルタロスを殺す為なら、苦労も厭わないつもりで、彼らは此処に居るのだ。


 そんな決意を表明したロアたち一行――彼らの前に、が姿を突如現した。


「ロア……何でお前が此処に?」

「ええ!? ロア君とリアちゃんっ!? 久しぶりだね~、どうしたのぉ?」

 ロアとリアは呆然としていた。

 衝撃的だったのだ――かつてのギルド仲間にして、同期の冒険者……《黒魔導士》のハスト・ルイエルと、《舞巫女》のツバキ・リツと出会ったことが。


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る