第15話 《召喚術師》の遺産

 翌朝――初めに起きたのはロア・ゲノズィーバだった。

「ふわぁ~、よーし! 早速調査を始め――」

 

 ドゴオオオオオオオオオオオオオオッ‼‼

 

 眠気から醒め切っていない状況で、鼓膜を破壊するような轟音という名の目覚ましによって飛び起きる。

「……何!?」「ど、どうしたんですか!?」『何よッ!?』『うるさいではないか!』

 部屋内は騒然としていた。当然だ、ニアマリア帝国は戦争が一切として無い平和な国で、早朝に聞く音は大抵小鳥の囀りなのだ。神も同じようなものだ。そんな平和惚けしている三人と二柱が驚かないわけがない。

「……チッ、うるさいな。外の状況を確認する、一応戦闘態勢に」

 一方アゼルは何故か冷静沈着に状況確認をしながら狙撃銃クロイツェルを手に取り、スコープで外の様子を覗き込む。

 アゼルも平和な方のラルフラム公国の出身なのに何故こうも冷静なのだろうか? ロアは疑問を抱く。

「何でそんな冷静なんだよ」

「僕は汚れ仕事をやっていたといっただろう? 多少の轟音など、耳に染み付いている」

 アゼルはぶっきらぼうに答え、状況報告をする。

「どうやら噂は本当のようだな。外で乱闘が起きている。爆発兵器や魔導兵器、兵士が闊歩している」

「おい、まだ朝七時だぞ!? 早過ぎねぇか!?」

 ロアは驚愕する。朝七時と言えば、ロアたちは朝食を食べている時間帯だ。そんな時間に銃や兵器で交戦しているのだ、単純に怖いとしか思えない。

「早く出ないと、多分此処も標的になると思いますッ! 急いで準備しましょう!」

 ミリアが喧騒とした様子で指揮を執る。三人はミリアの指示通りに数秒で装備を整え、部屋を即座に出ていく。木の軋みなど知ったことではない…当然だ、現在四人と二柱は危険な場所に立たされているようなものだ。しかもいつ崩壊するか分からない宿の老朽に意識を向けるのは愚かだ。

 そして受付へと到着し、うたた寝する老人に銀貨五枚を投げつける。顔面に銀貨を投げられた老人は「ん!?」と慌てた様子で周囲を見渡す。

 だが、既に誰もいなかった。

 

「おいおい……何だよこれ」

 その光景は、実に凄惨なモノだった。

 鳴り響く轟音、その轟音の原因は火薬が大量に詰め込まれた爆弾と、爆裂魔法スキルを放出する兵器たちだった。

 うおおおおおッ‼ という兵士たちの雄叫びと、銃声。陸を駆ける兵士もいるが、魔道具による飛翔を可能とする空戦兵もいる。

 空から一方的に撃たれる兵士は実に憐れだ。更に魔導兵も参戦して混沌を極めている。

「神様…神は居ないのでしょうか? どうして此処まで争い合えるのですか……?」

 ミリアにとっては不思議なことでしかない。平和な箱庭で生きてきた温室育ちの修道女が、こんな残酷な現実を目の当たりにすれば、絶望するのも無理は無いだろう。

 ……だが、ミリアの脳裏には昨日の夜の戦いの光景がよぎる。

 人間を愛し、平等に接するはずの修道女が、何故人を倒す? 神を殺す? そんなジレンマが奔走する。

 一瞬躊躇ってしまうが、今は考えている暇は無いのだ。此処はニアマリアやラルフラムのような安寧が或る場所ではない……此処は戦場だ、立ち尽くしていればいずれ死ぬ。

 今はただ避難するしかないのだ。

 ロアは東方面を指さし、皆に言い放つ。

「あそこに人が密集してる! 急いで避難した方が良いッ‼」

 いつも屁理屈やら我が儘を言っているリアでも、流石にこの状況下だとふざけることさえ不可能だ。無気力なリアでも、この戦場を目の当たりにすれば生き急ぐものだろう。

 ロアは全力で疾駆する。人がいる方へと…リアもロアの背中を追っていく。続いて二人も駆けていく。

 そして辿り着いたのは、まるで地獄のような場所だった。

「え………こんなことって」

 リアは絶句していた。それもそうだ、今見ているのは、あらゆる怪我を負った兵士や飢餓に苦しむ子供だ、絶対に見ることの無い…話程度の光景が、現実にある。

 そう考えると、実に胸が苦しくなる。

 アゼルは「チッ」と遺憾の意がこもった舌打ちをし、腰に提げた鞄から応急処置用の道具を取り出す。

 包帯や絆創膏、回復薬や鎮痛剤、絶大な回復力を誇るディエル草の湿布、心臓を動かす雷撃スキルが付与された装置など、様々な道具が取り揃えられている。

 そしてアゼルは昏倒している幼女の横に屈みこむ。

「至急治療をする。ロアは僕と協力して止血と応急処置を、リアとミリアは子供たちに適当な飯でも食わせておいてくれ」

「あ、ああ……だが、そんな道具何処で……」

 ロアは困惑しながらもアゼルに問い質す。アゼルは相変わらず不愛想に答える。

「何、これは自分用だ。だが、あくまで応急処置だ、回復はリアやミリアの回復スキルでやらないと意味ないが」

『流石我が信者だけある。人に恩恵を授け、人を救う…やはり我の信者はそうでなくてはな!』

 プロメテウスの自慢に対し、本人は否定する。

「盗みの神が何を言う。僕は貴様のような神に忠義を尽くした覚えはないぞ」

『何だとッ!? 貴様……』

 憎まれ口を叩くアゼルに、憤怒するプロメテウスであった。

 そんな中、ロアとアゼルの方に一人の女性が歩み寄ってくる。

「あのぉ……ありがとうございます。私の娘を治療してくれて……」

「…大したことではない。所詮は応急処置だ、簡単には治らない。――」

 直後、アゼルはロアの方にアイコンタクトを送る。――「良い機会だ、聞き込みをしてみよう」と。

 そのアイコンタクトを瞬時に理解したロアは、女性に話しかける。

「あの、何でこの国は戦争ばかりしているんでしょうか? 俺たちは旅をしていて、この国に関する知識が薄弱でして……」

「何で……ですか。難しい話ですね。私が生まれたころからすでに戦争は勃発してましたからね…聞いた話によればダルクヴェインにいたとされる《召喚術師》の遺産を巡っていると……」

 女性は期待以上の情報を教えてくれた。

 曰く、九十年前にダルクヴェインを救った《召喚術師》がいたらしい。その遺産…国一つを消滅させる能力を持つ魔獣…【輪廻の巨人ヘカトンケイル】を取ろうとする二つの派閥による戦争だったらしい。

 だが――――。

「皆、段々と戦うことが楽しくなっているんです……! 一般人に構わず狂ったように……皆、何でこんなことを……」

 女性は、泣いていた。

 ロアたちにはこの女性の気持ちが理解できる。無関係な住民を巻き込んでまで戦闘を愉しむなど…狂気の域だ。何故そこまでして争いを好む? 

「なるほど。ありいがとうございます……でも、今は治療に専念しましょう。リア、回復スキルを」

「ん………”ヒリア”」

 聖職者のスキル…”ヒリア”。通常では掠り傷はちょっとした切り傷を治すのに重宝するスキルだが、修練や上級職になることで”ヒリア”の精度や威力が上昇する。

 そしてリアは《全能魔導士オールティアーズ》だ。回復系のスキルは勿論、蘇生スキルも会得している。

 そんな生まれながらの才能に加え、《賢者》という魔法師系統の最高職だ。魔法スキルの精度も威力も段違いなのだ。

 相当深い切り傷を負っていた幼女の傷が、見る見るうちに完治していく。

「わぁ……す、凄いですね。お嬢さんの魔法……もしかして聖職者だったり……?」

 ロアは静かに首を横に振った。

「……違う…私は《賢者》」

「け、賢者!? え…えええええええ!?!?」

 女性は大層驚愕していた。当然だ、このヴァルへリアという世界に《賢者》という魔法師系統最高職を持つ人間やその他の種族はたったの四人しかいないのだ。

 そんな稀少の中の稀少な存在が、今目の前で自分の肉親を治療しているのだ、無理もない。

「まあ…何だ……驚いたかもしれないが、出来れば静かにしてほしい。よし、治ったな」

「も、申し訳ありません……」

「大丈夫だ。それよりも、次の負傷者の治療に当たってほしい」

 まずアゼルが応急処置を施し、その傷の上からリアが”ヒリア”や状態異常を消す”エヒュリケイス”、臓器が負傷していた場合再生スキルの”リジュネア”を付与する…この順番で二人は負傷者の治療を熟す。

 一方ミリアは、飢餓に苦しむ子供や空腹状態の兵士などに料理を振る舞っていた。

 料理は基本的にポトフや携帯食に向いているサンドイッチ、温野菜、ミネストローネや豆煮などを作っていた。

「はい、あ~ん」

 ミリアは調理を終えた後は子供たちに料理を食べさせていた。…その姿はさながら聖母だ。

 傷が完治した兵士たちにはサンドイッチや軍用携帯食料を持たせる。

「ありがとうございます、聖女様」

 兵士たちはミリアの事を「聖女」と敬称し、再び戦場へと帰還する。

 そんな中、子供たちの一部にはこんな事を言う子供もいた。

「人参やだー! 食べたくなーい!」

 自分の嫌いな食材が入っていれば、当然嫌う…子供は自制心が無いから、それ故我が儘を言ってしまう。

 そんな時、ミリアは怒ることなくあることをする。

 それはその子供が嫌いな人参を下の方に忍ばせ、その上に他の食材を被せる……こうすれば人参を見ることなく安心して食べられるだろうと考えた。

「はい、あ~ん」

「あーんっ」

 子供はさっきとは打って変わって満面の笑みでミネストローネを食べる。

 …ロアは、ふと思った。

「……何か俺たち、ボランティアみたいだな」

「確かにそうですね……」

 ミリアは微笑みながらロアの言葉に同調する。そして、ロアは自嘲する様に呟いた。

「俺たち……今から神を殺すんだぜ、不思議だろ? 人間にとっての信仰対象を、殺すなんてさ」

 ――そう、ロアたちの本来の目的は「神を殺すこと」だ。

 人を救うことではない。一歩間違えれば人間を貶めるような行為なのだ。

「で、でも……! ロアさんは世界を救うために…仕方なく……っ!」

「……ああ、そうだな。俺たちは世界を救うんだ……そう、暗示しねーとな」

 ロアはミリアの肯定する発言に、少し安堵していた。自分の犯す罪を、認めてくれる人間がいるというのは、実に安心できるものだ。

 ……干渉に浸っていたロアは、ふと周囲を眺めると負傷者はいなくなっていた。子供たちも殆ど回復しており、安定していた。

「………もう皆、回復」

「僕たちの役目は終わった。本来の目的を達成するぞ、ロア」

 リアとアゼルは此方へ寄って、近況報告をする。ロアたちの本来の目的…奈落の神タルタロスの調査だ。

 十分な情報は手に入った――あとはその情報を頼りに探ればいいだけの話だ。

 まず調査すべきは…………。

「…【輪廻の巨人ヘカトンケイル】か……」

「………まずそれだよね」

 どうやら全員満場一致のようだ。

『ふむ……ヘカトンケイルか。中々面倒な相手かも知れないぞ』

 プロメテウスはまるで何かを知っているような言葉を呟く。ロアはその言葉を逃さず問い質す。

「どういうことだ? 神界にそんな怪物が居たのか?」

『ああ……奴は奈落に住んでいた……腕を二万本、頭を二千個持った巨人だ。我々にとっては敵ではなかったが…人間が相手するとなると話は別だ』

 プロメテウスの忠告に、ロアは否定する。

「いや、分からないぞ。もしかしたら既に死んでいるか、消滅しているか……」

 戦うとは限らないのだ――実は遺産は無くて、民は無意味に争っているか、既に出現していたが封印されているかだ。

『確かにそうよね……出来る限り楽に殺した方が最善だと思うわ』

 フレイヤはロアの憶測に賛同する。出来る限り迅速に殺した方が先決ではある。

『フッ……まあ我にとってはどうでもいいコト。貴様らの自由にしろ…我は忠告はしたからな』

 そうして、四人の今の目標が決定した――。

 ダルクヴェインの《召喚術師》が遺した遺産…【輪廻の巨人】を調査し、同時進行でタルタロスの事も調査する。

 

 ロアたちは再び、硝煙が漂い、轟音が鼓膜を震わす戦場へと踵を返す――。

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