第14話 癒えない心と身体

 昨晩は結局、ミリアの召喚スキルで【瞬閧の白獅子】を召喚し、超高速でダルクヴェイン公国へと足を運ぶことにした。


 時刻は深夜十二時――流石の戦乱国家であるダルクヴェインでも戦わず眠っている……戦士や兵士も休養は摂るものだ。当然だ。

 ロアは周囲を見渡す。

 周辺には街灯一つも無く、闇黒に包まれていた。まるで「奈落」だ……。戦乱国家ダルクヴェインの土を踏み、数歩進むと謎の感触に襲われる。

 何か軟らかく、気色悪く、スライムでも踏んでいるかのような感触だ。

「リア、悪いが”ルミネラ”で周辺を明るくしてくれ。どうにも視界が悪い」

「……ん。”ルミネラ”」

 そう言ってリアは《神巫女ビショップ》の神聖スキルである”ルミネラ”で周辺に光を灯す。

 瞬間――四人は愕然とした。同時に吐き気を催し、精神が削がれていく感覚に襲われる。

 ロアが踏んでいたのは…無数の臓物だったのだ。ズボンの裾は赤黒い血に染まり、一歩踏み入れていくたびに「グシャッ」という生々しい音が鳴り響き、その度に精神が削れていく。

「な、なんだこれは……!?」

「嘘……全部臓器なの……? 死体も……うぅ」

 アゼルは過去汚れ仕事を生業としてきたからか、慣れているような表情で慎重に歩いていく。一方ロア、ロア、ミリアはこういった人間の臓腑や死体を殆ど目にしないからか、陰鬱な表情をしていた。

 リアとミリアはこの凄惨な光景を見て嗚咽する。よく見ると数々の死体が山積みになり、粉砕された骨が土に軽く埋まっている。

 首を刎ねられた者、腕や足を失くした者、腹を引き裂かれ臓腑を引きずり出された者……見るに堪えない光景だ。

 だが、流石に最低限の休養は摂りたい。出来れば進みたくないが、休めないのは苦痛だ……ロアたちは転がる死屍累々から目を逸らしながら足を進めていく。


  †


 地獄の道を歩くこと五分――やっと明かりのある建物を発見し、そこへと向かう。

 建物の扉を開けると、新聞紙を広げて座る六十代ほどの痩せ細った老人がいた。その老人はロアたちの存在に気づき、生気の感じられない表情で一瞥する。

「……いらっしゃい」

「あの、一泊泊まりたいんですが……」

 ミリアが老人に話しかけると、老人は新聞紙を折り畳み置かれた名簿のような手帳に何かを書き始める。恐らく宿泊人数を記入しているのだろう。

「二階の部屋を自由に使っていい…だが、環境は保証しない」

 何か不穏な言葉を残して、再び新聞を読み始める。…まるで宿とは思えないほど大雑把でガサツな態度だった――ロアたちは煮え切らない不満を抱きながら、二階へ続く階段を昇る。

 

 二階へ上がり、一歩踏み出すと「ギィ…」という軋みを上げていた。床の木材も歪な形をしており、壁も壁紙が剥がれていたりヒビが入っていたりと、全体的に崩壊した宿だった。

「戦乱国家だけあって、宿もボロイのな。流石にここまで壊れているとなると相当他の街とかも被害が甚大なんだろうな」

 ロアは厭味を吐き捨てる。ロアとリア、そしてミリアの故郷であるニアマリア帝国の宿だったら空気が美味しく、ヒビや軋み一つも無く、受付の態度も快いモノだろう。

 此処まで人格が無く、環境が過酷となると攻略は難しくなるだろう……。

「ここで良いだろう」

 アゼルは最奥の部屋の手前にある扉の前で足を止める。見る限りだとこの扉が一番綺麗だ…それでも壁紙やらが剥がれているが。

「……ん、私もそう思う」

 アゼルに同調するリアは即座に扉のノブを回し、扉を開けるとそこには質素な内装があった。

 ベッドは二つ、机が一つ、トイレが一つ……まるで四人組が休めるような設備ではない。皆、この国に来てから疲労感がどんと錘のように圧し掛かる。

 臓腑や死体を見て、更に全体的におんぼろな宿に泊まらされ…疲労困憊どころではない。

 流石に四人も寝れるわけも無く、協議の結果ロアとアゼルが床で眠り、リアとミリアがベッドで寝るという風に決定された。

 勿論風呂もあるわけでも無く、だが汗まみれのまま寝るのはどうも気分が悪い。

 故にリアはある提案をする。

「お風呂なんだけど……私の”ウェイヴクリア”で汚れとかを落とせる、問題ない……」

「お、そりゃありがてぇ。リアは優秀だな~」

 リアの提案に感謝し、ロアはリアの頭を撫でる。…だが、同時に不安も生まれる。

「ん? そんな魔法スキルを使えるのはリア、貴様だけなのだろう? 流石に男の身体の洗うのは……」

 そう、いくら下ネタ製造機であるリアでも、男の裸体を見れば羞恥心が露わとなる。更に、男側も多少――否、途轍もなく恥ずかしい。

 女に裸を見られるのは流石に駄目だ。……そこでリアは無表情で単純明快な答えを出す。

「……だったら、二人は身体を洗わないってことで」

 その答えは実に単純で、互いに羞恥しなくても済む解決法だ……だが、男側からすればそれはそれで駄目なのだ。

「ファッ!?」「おい」

 二人は唖然としていた。事実、男は一日ぐらい体を洗わなくてもあまり気にしない(個人差がある)が、実に鬼畜だ。

「さ、流石に……なぁ? アゼル」

「そうだ、鬼畜にもほどがある。体を癒したいんだよ僕たちは」

 珍しく息が合うロアとアゼルは、リアに必死の抵抗をする…が、そうはいかない。

『アンタらさ、そんな体を洗いたいなら外で行水すれば? 女の子に対するデリカシーが無いのよ』

 ロアの腰に携えられた魔剣フレイヤがリア側に回り、ロアたちに反論する。だが、そんな鬼畜女神に反論したのは、男神というロアとアゼルの味方であるプロメテウスだった。

『何を言うか、馬鹿女神。我には分かるぞ、ロアとアゼルがそこの女性らに遠慮していたことが、な。故に体を現せないというのは愚かな選択だと思うがな』

『はぁッ!? 高慢野郎にだけは謂われたくないわねぇ?』

 ロアの魔剣ヴァル・ラグナとリアの『アストラル・テン』の先端から電撃が奔っている。

 流石にこのまま神同士が小競り合いをするのは見るに堪えない。このままお互い休めないのは悪手だ。

「…んじゃせめて、この部屋で身体を洗わせてくれ。身体を拭くだけだからな」

「ん……交渉成立、だね」

 リアもその提案に同意し、ミリアも「それいいですよ」と便乗する。そして喧嘩していた神々、同志的存在であるアゼルも満場一致だ。

 

 …と、いう訳で。

 まず身体を洗うのはリアとミリアだ。

「…じゃ、やるね?」

「は、はい!」

 リアとミリアは一糸纏わぬ裸体で立っていた。勿論ロアとアゼルはベッドの横で蹲っていた。視界を遮るために……。

 リアは中々に大きい双丘を隠しながら『アストラル・テン』をミリアの方へと向けて、詠唱する。

「……”ウェイヴクリア”」

 聖職者スキル”ウェイヴクリア”――体にこびり付いた汚れや汗を跡形も無く洗浄する便利な魔法スキルである。だが、怪我は治癒しないというご都合主義ではない。

 ミリアの身体についた汚れが見る見るうちに塵となって霧散し、元の綺麗な肌を取り戻していた。

 リアは自分にも”ウェイヴクリア”を行使し、身体の隅々まで綺麗になり、純白の体躯となる。

 そして二人は着替えを開始する。リアは下着を穿かずに真っ先にニーソを履く。リアの変態具合が分かる光景だった。一方ミリアはリアとは違ってきちんとパンツを「スー」と丁寧にゆっくりと履いていく。

 …そんな一寸先は天国状態を視れないロアは、嘆きの声を洩らす。

「クッ! 何故だ……天国を視れない自分が憐れだ……!」

「この変態野郎が、女の裸を見て喜ぶなど、馬鹿にもほどがある。大人しくだなぁ……」

 辛辣な暴言を吐き捨てるアゼルに溜息で返す。

「はぁ……全くテメェも男だろ? アゼル。俺は覗くぜ…! 楽園をよぉ!」

 ロアは二人に聞こえぬよう囁く。前回、失敗したのにもかかわらず懲りもしないロア…逆に才能なのではないだろうか。

「………はぁ、しょうがないなぁ。一緒に見ようか、ロア」

 さっきまで拒否していたアゼルが突然手のひらを返すようにロアの提案を受諾する。アゼルも男だ、多少の下心はあっても可笑しくないだろう。

 二人はリアとミリア居る方向へと身体を向け、ロアがアゼルにアイコンタクトを取る。アゼルもこくりと頷く。

「よーしいくぞー……せーのっ!」

 ロアが掛け声をかけると同時にベッドから身体ごと露呈させる。

 するとミリアの頬が紅潮し、リアも突然の事態に驚いて恥部を隠す。そしてミリアが口をパクパクさせて――。

「い、い、い、い…いやああああああ‼」

「お兄、変態」

 リアはを責めていた。ロアも必死の弁明を図る。

「いやいやいや、俺だけを責めるなリア。アゼルも共犯なんだ! 俺だけが咎められる謂われは無いッ!」

「……でも、アゼルはちゃんと言いつけ通りに目を瞑っているけど?」

 リアの発言にどうにも脳が追い付かないロアは、隣で立ち尽くしているだろうアゼルの方を向くと、アゼルはきちんと座って瞳を閉じていた。

「お、おいアゼル? 俺を裏切ったのか?」

「ハッ、そんな変態趣味は僕にはない。危険を冒してまでも見るものではない」

 さっきまで共犯のような言い方をしていたアゼルは、ロアを騙していた。理由は単純で、ロアの絶望する顔が視たかったからである。

「おいアゼル、何言ってやがる! テメェも共犯だ、いい加減認めろ!」

 横暴な態度を取るロア、まるで暴君だ。そんな暴君に、天誅を下す者がいた……ロアの腰でカタカタと微かに動くものがあった。

『…アンタさぁ、女の子が裸でいるのに遠慮も無し……赦されるわけないわよねぇ』

 そう、豊穣の女神にして魔剣ヴァル・ラグナの礎・フレイヤだった。フレイヤは性別上では女だ。更に目の前には途轍もない恥辱を受けている信者もいる。

 流石にフレイヤも一、二回程度のスケベは許容するが、態とで数回やってるとなると、少し容赦できない。

『そんなアンタには…お仕置きよッ!』

 そう言ってフレイヤは自力で魔剣ヴァル・ラグナを動かし、ロアの頭蓋に弾丸の如く魔剣ヴァル・ラグナを発射する。

 ガコーンッ! という気持ちいい音が鳴り響き、ロアはその場で失神する。

 そんなロアの無様な姿を見てアゼルは思わず立ち上がり、高笑いする。

「フハハ! 一本取ったぞ! ずっとロアに懐柔されまくりだったからな、これぐらいは許されるだろう?」

 ラルフラムでの戦闘でも敗北し、本心ではあるが懐柔されたのだ、ロアに勝ちたいという欲望があってもいいだろう。

 …そんな勝利の味を嘗めていると、横から「ゴゴゴゴゴゴ……!」と謎の威圧感を感じ取る。するとそこには着替え途中のリアとミリアが居た。

 リアも思わず『アストラル・テン』を投げ槍のように持ち、アゼルの方へと狙いを定める。

 そして――。

「『天誅ッ‼‼』」

 フレイヤとリアは同時に叫び、アゼルに魔剣と杖を投擲する。アゼルもロアと同じように失神し、倒れ込む。

 

 結局、男二人組は身体を洗うことなく床に寝かされたそうだ――。

 

 


 

 

 

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