ダルクヴェイン公国篇
第13話 常闇の前哨戦
闇と魔物が支配する時間帯――夜。
太陽が沈むと魔物は本格的に活動を開始し、人間や普通の動物をも襲撃する。
そんな夜に、四人は草原が広がる仄暗い景色を眺めながら舗装された道を歩いていた。
「…ねぇ、お兄」
唐突に可愛い銀髪の美少女…リアが話しかける。
「どうした?」
「次はどこ行くの? 近場から攻めるって言ってたけど……」
そう、ロアたちは第二の国である簒奪の往行する国…ラルフラム公国の神を殺し、次に目指す国を決めようとしているのだ。
…「近場から攻める」。ロアたちの住んでいたニアマリア帝国は西に位置していた。
先刻まで居座っていたラルフラム公国は帝国の右隣に位置していた。そして此処から一番近い国……それは。
「はぁ……やっぱり、あそこしかないのかねぇ?」
ロアは辟易していた。リアもミリアも「あー…」と全てを察したような表情で唸る。一方蚊帳の外のアゼルは首を傾げていた。
「どういうことだ? ロア。あそこって……?」
「ああそっか、アゼルは居なかったからな。一応こっから一番近い国っつったら…ダルクヴェイン公国だ」
アゼルは予想の斜め征く返答に、唖然としていた。
…ダルクヴェイン公国。平和なニアマリア帝国とは全くと言っていいほど乖離している戦争と死人が絶えない紛争国家だ。
ダルクヴェインに訪れた浮浪者は大抵、飛び交う銃弾や魔法スキル、斬撃や砲撃で入国数秒で死ぬといっても過言ではない…そんな危険すぎる国に、わざわざ赴こうなど、無謀であり愚の骨頂である。
どうやらダルクヴェインが戦争を繰り広げているのには理由があるらしいが、今となってはそれすらも破綻しているらしい。
「は? ロア、お前、頭逝かれたんじゃないのか? ダルクヴェインなんて魔境、行けるものか」
アゼルは罵詈雑言を吐く。ダルクヴェイン公国は魔境を超える場所などと揶揄されている……そんな場所に身を投じる人間はそういない。
「だよな……でも、近いのあそこだけだし、いずれはこの世界の国の神々を殺すんだから、遅かれ早かれダルクヴェインには絶対に行く」
ロアの言うことは的を射ていた。
そう、このヴァルへリアには二十もの巨大な国家が存在する…そこを支配する神々を殺し、《魂魄》を獲得する。
ギルド長カイン曰く、終焉を齎すとされる災厄の魔道具〈
そう、つまり全世界の神々を殺さなければならない――それは戦乱国家であるダルクヴェイン公国も例外ではない。
「どうするんですか? ダルクヴェイン公国は後回しに出来ますが……私も流石に行きたいとは思いませんね……」
寛容であるミリアもロアの意見に否定する。人間だれしも死ぬのは怖い…せめて万全の状態で行きたいと考えているのだろう。
……だが、時間が無い。
ロアは足を止めてミリアの前で跪き、手を優しく取る。
「ミリア、お前は絶対に守る! 今は時間が無いんだ……悪いが、いいか?」
ミリアは頬を紅潮させ、「はうぅ~」と羞恥を露わにする。
――そこに、一人の無神経な奴が水を差す。
「お兄、それってナンパみた……」
「黙れ」
リアの言葉を悉く遮るロア、相変わらずのやり取り。…ミリアが口をパクパクさせ、ロアとリアは漫才のような会話をする。
アゼルは呆れていた。
「……お前ら、何やってるんだ? もう深夜に突入するぞ、早めに行かなきゃな」
そう、三人はすっかり忘れていた。ロアはコートのポケットに入れていた懐中時計を取り出し、時刻を確認する。現在の時刻十一時五十分――魔物が凶暴化する深夜に突入しつつあった。
ロアはアゼルの言葉で我に返り、周囲を警戒する。見渡すと、デス・ハウンドやヴォイド・バンシーのような低級の魔物は勿論、アビス・レオやデーモンシャーマンなどの中級レベルの魔物が草原を徘徊していた。
「……流石に、不可避か」
ロアは辟易して、魔剣ヴァル・ラグナを
「俺とミリアが前衛で、俺が右側でミリアが左側をやってくれ」
「りょ、了解しましたっ!」
ミリアは
「リア、お前は俺の牽制を。アゼルはミリアの方を頼む」
リアは寡黙に「うん」と頷き、アゼルは「承った」と淡々とした返事をし、各持ち場へと走っていく。
そして戦闘が始まる――まず、ロアが魔剣ヴァル・ラグナで魔物を華麗に切り裂いていく。スキルを一回分しか使えない魔力量ゆえ、唯一のスキルである”リフィロディア”は絶対に使わない。
正面のアビス・レオの顔面を突き刺し、直後右側からデス・ハウンドが襲い掛かるが、ロアは刃を一瞬でその方向に弧を描くように振り、デス・ハウンドの首を刎ねる。
リアはデーモンシャーマン数十体と魔法戦を繰り広げている。”ファイアボール”や”チェイルヴォルト”などの低級の魔法スキルを放つが、リアにそれは通用しない。
リアの持つ最上級の杖『アストラル・テン』には炎と簒奪の神プロメテウスが礎となっている……謂わばロアの持つ魔剣ヴァル・ラグナと同類の武器だ。
それ即ち――。
「試してみようかな……? 〈虹彩の火焔〉…
刹那、『アストラル・テン』の先端に琥珀色の焔が灯され、周辺に火花が舞う。すると、デーモンシャーマンが発動した魔法スキルが突如霧散する。
プロメテウスの固有能力…〈虹彩の火焔〉の一つ――琥珀は、魔法スキルに宿った魔力から「魔」の要素を浄化し、魔法を霧散させるという能力を持つ。
リアは無表情で魔物の方へと歩み寄り、デーモンシャーマンが慄く。しかし、リアは容赦なく杖で打撃を喰らわす。
何故、魔法を使わなかったかというと、あの
一方、ミリアとアゼルは――。
「おい、貴様は《召喚剣士》なのだろう? なら、追尾性の高い低級神獣を召喚しろ。僕がそれを追ってこの
「は、はいっ! アゼルさん。でも……私にも敵を倒させてくださいね?」
「当然だ。貴様にも協力してもらわなければ意味がない」
不愛想な態度でアゼルはミリアの命令を下す。ミリアは文句の一つも――否、憤怒の感情一つも出さず忠実に従う。
そしてミリアは”サモンズ・ダンテ”で追尾性の高い低級神獣【
【追跡の猟犬】の額には翡翠色の結晶が埋め込まれており、深夜でも輝いて見える。アゼルはその結晶を頼りに逃げ惑う魔物の頭蓋を次々と狙撃していく。
「”ゲイル・アッモ”…”エクソシズム・アッモ”」
マッハレベルの弾丸や魔物を浄化する魔弾……流石、《魔弾射手》なだけある。
ミリアも負けじと妖精のような可憐な剣捌きで魔物を次々と殺していく。だが、ミリアは魔物を殺す度に、何か苦しそうな表情だった。
「……何で、そんな苦しそうな表情をするんだ? 魔物を殺すのがつらいのか……なら」
アゼルは苦虫を噛み潰したような表情をするミリアに対し、疑念を浮かべる。殺したくなければ殺さなければいいのに、何故殺すのか?
教団との戦闘の時は凄まじい判断力で教団の人間を蹴散らしていたのに…何故、そんな
そんな疑念を脳の片隅に置いて、アゼルは狙撃銃クロイツェルでミリアと対峙している魔物を撃ち抜いていく。
そしてアゼルはミリアの方へと走り寄り、先の疑念をぶつける。
「……何でだ、貴様はそんな魔物を殺す度に苦しそうなんだ? 僕らを…神を討った貴様が、何故そんな表情をする?」
「そ、そんなつもりはないんですっ! 私、変ですよね……何で神や人は躊躇なく倒せたのに……魔物は同じようにできないんですかね……私にも分からないんです……」
ミリアは苦悩していた。神の創造した人間や創造主である神すらも殺したのに、神と敵対する魔物の命を取ることに躊躇するのか――そんなジレンマと罪悪感に苛まれる。
そう、仮にもミリアは修道女…即ち神の使徒だ。そんな神の使徒である自分は、慈悲を与えるべき人間を殺そうとしたのか……。
深い罪悪感に苛まれるミリアの姿を、アゼルは静かに見つめていた。
神に背くことは簡単ではない…背けば、不幸や罪が己に振りかかる……アゼルにはその気持ちが分かるのだ。
いくら神や教団のやり方に不信感を抱いていたとはいえ、信仰していたことには変わりない。
「……だが、今は一旦アイツらの許へと戻ろう」
アゼルはそんな罪悪感とジレンマを一旦置いていき、ミリアに言い放つ。ミリアは「は、はい…」と煮え切らないような返事をし、ロアたちの許へと戻る。
人を、神を殺すことは神々に反逆しているだろうか? たとえそれが世界の終焉を阻止するためでも……信仰とは艱難辛苦なもので、罪悪感から逃れられないものなのだと、アゼルは改めて確認する。
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