第12話 一片の焔は消え失せる
『フハハハ!
プロメテウスは一人、高笑いをしていた。一方二人は絶望の淵に落とされていた。
それも当然だ――あの伝説の神獣である【大洪水の聖蛇】の最高火力のブレス…”アルドノア・カラミティ”の攻撃によって消滅したはずなのに、完全復活していたのだから。
意味朦朧だった。そして、二人はあの言葉を思い出す。――『言っただろう? 我の炎は不朽不滅だと』…と。
文字通り、不朽不滅の炎…どんなにも弱点である水属性の攻撃を与えようが、彼は消滅することは無い……いくら奪い取った炎とはいえ、その能力はまさしく”神”の領域だ。
「ど、どうしましょう…リアさん」
「流石に予想外だった……あんな最上級の神獣のブレス受けても死なないとか」
見ての通り、窮地に立たされている二人は絶望していた。ロアの”
リアは『アストラル・テン』を握り、そして思い出す。
今現在、プロメテウスの灯した紫紺の焔…
「……”ヒュリアヴリング”」
雪の結晶が舞い上がり、プロメテウスへと吹雪が突撃する。刹那、プロメテウスの炎が宙へと霧散し、本人は驚愕していた。
『――ッ!? 何だ、
それもそうだ、颶風術師や賢者、更に言えば氷結術師の魔法スキル…いくら《賢者》である人間でも、ここまでのスキルを扱える人間はいない……。
リアは特別…唯一無二の存在である《
追撃は続く。あの”ヒュリアヴリング”で炎の勇ましさが漸減していた…恐らく先の”アルドノア・カラミティ”の影響で炎が弱まっているのだろう。
「”シルフィア・ランツ”‼」
颶風術師の上級スキル”シルフィア・ランツ”。リアの持つ杖『アストラル・テン』が葉色の粒子が集まり、ゆっくりと廻り出し、螺旋が創り出される。次の瞬間、速度が加速され、竜巻に変化する。
その竜巻は段々と巨大化し、雲をも吸収し、天空が震えあがっている。リアはその竜巻を思い切り振り上げて、プロメテウスの方へと投擲する。
刹那――プロメテウスの心臓を貫き、纏っていた紅蓮の炎が一瞬にして消滅する。
『ぬわああああああッ!? 今のは……風…竜巻? ウグッ‼』
プロメテウスは心臓を押さえ悶絶し、困惑していた。風属性の葉負うスキルなのは理解している…しかし、中に仕込まれた杖の正体がどうも掴めない。
あの竜巻だけならまだしも、あの杖にも強力な力が宿っていた――一体何なんだ?
リアはまるでプロメテウスの思考を読み取る様に説明する。
「教えてあげる。私の杖『アストラル・テン』は、一年ぐらい前にお兄と行った幽界探索の時に取った戦利品。
そう、『アストラル・テン』は幽界の王の《魂魄》が宿っている…幽界の住民は皆神や魔とは乖離した存在で、抵抗因子もある。当然、プロメテウスも例外ではない。
気づくと、炎の威力も弱まっていた。先の【大洪水の聖蛇】の攻撃は相当響いていたみたいだ。
リアはこのまま教会に強制連行しようとするが、ふと下を見下ろすとそこにはアゼルと邂逅した場所の上空だった。
そこで記憶を巻き戻す。
あの時、リアはいざという時の為に深紅の魔法陣…
今のプロメテウスは相当弱体化されている……リアはミリアに告げる。
「ミリア、悪いんだけどこの【
「え!? それは無謀すぎます! この飛竜が居なくなれば私たち確実に死にますよ?!」
リアは確信したような瞳と笑いを魅せて――。
「大丈夫。私を信じて」
その言葉には、絶対的な勝利の予感があった…ミリアは勇気を振り絞って、深呼吸をする。
「はいっ! 私はリアさんの仲間です! 人間を信じずに、神は信じられませんからねっ!」
そう言ってミリアは、召喚スキルを解除する。【天窮の飛竜】が消滅し、二人は落下していく。風が気持ちいい…なんてことは無く、途轍もなく寒い。
下を見ると、地面と目と鼻の先ほどの距離まで近づいていた。
「ミリアッ! 私に掴まって‼」
「は、はいっ!」
リアは『アストラル・テン』を構え、ミリアと手を繋ぐ。そして地面は間近まで迫り来る。プロメテウスは二人の背中を追跡し、落下していく。
『我から逃げようと思いなよ人間がッ‼ 我の炎が猛り狂うッ! …〈虹彩の火焔〉、
プロメテウスは最後の焔というべきか、今までより遥かに規模の巨大な火焔が体を包み込み、全速力で二人を捕縛しようと手を伸ばす。
リアは『アストラル・テン』に跨り、叫ぶ。
「”フィレイリア”っ‼」
瞬間――二人の身体が浮遊し、マッハ単位の速度で街道を疾駆する。急な行動に、プロメテウスは動揺し、地面に激突する。
すると、深紅の魔法陣が姿を現し、爆発と轟音が巻き起こりプロメテウスを横へと吹き飛ばす。
ドゴオオオオッ‼ と崩壊音が街を覆い尽くし、プロメテウスの意識が一瞬朦朧とする。眼前に広がるは、見慣れた光景…教会だった。
教会内にはリアとミリアの姿は無く、ただ――――。
「よぉ、神様。随分と無様な姿だな。大人しく降参して、命を差し出せ」
魔剣を構えた臙脂がかった黒髪の少年…ロア=ゲノズィーバの姿があった。プロメテウスは酷く怯えていた。当然だ、現在のプロメテウスは瀕死状態、炎の威力も最初と比べて途轍もなく弱まっていた。
そんな状態で、狂気の嗤いを向けられているのだ。当たり前の反応だ。
『………フクク、だが我はまだ負けていないッ! 我には燈火がある! 神の焔だ! 永遠の焔だ! たとえ我の身体を消滅させようとも、魂の焔は消えることは無い‼』
ロアはプロメテウスの足掻きに、呆れ果てながら魔剣ヴァル・ラグナの形状を
「……貴様は簒奪者だ。その罪を、虚無という牢獄で懺悔しろ。――”
次元を解放し、プロメテウスを虚無の世界へと転送させる――――。
†
『此処はどこだ? 我は一体………?』
プロメテウスは闇黒の中困惑していた。虚無の世界……文字通り「無」だ。
何も無い――否、何も無いというのも無い。そんな空間の中、プロメテウスは必死に松明を振り、焔を出そうとする。
しかし、焔は灯らない……プロメテウスは疑念を抱く。
『どうしてだ!? 我の焔が――点かない?? 我の焔は不朽不滅のはず……』
「その、”我の焔”って言うの止めろよ、プロメテウス。それは元はお前の焔じゃなくて、最高神ゼウスの物だろう? まるで自分だけの
ロアはフレイヤ戦の時のように外界からプロメテウスに話しかける。
そう、プロメテウスの持つ〈虹彩の火焔〉…否、ヴァルへリア全体の焔はプロメテウスの物ではない。あくまでアレは
貪欲に侵された神や人間は大抵、独占欲も強くなる…欲望は謂わば、魂に対する燃料なのだろう。
…神とは、己を高め他者を蹴落とす性根の腐った奴しかいないのだろうか?
『ふざけるな! 我を此処から出せ! 最高神が悪いんだッ‼ アイツが炎に対する注意が足りなかったから我は奪い取った! 騙される方が悪いんだ!』
「そうだな……それは俺も否定できない。騙される方が悪いなんて至高は人間の奥底に眠っているものだ、仕方ない」
ロアは否定するかと思いきやプロメテウスの言葉に賛同する。しかし――一瞬で掌を返していく。
「…だが、貴様の不祥事のせいでどれだけ世界に被害を与えたのか理解しているか? 確かに焔は大事だ…しかし、デメリットもある。戦争や天災…それが積みに積みあがって、混沌と化している」
『知ったことではない! 我は人々を愉しませ、ヴァルへリアの革命を……』
傲岸不遜な態度を取り、プロメテウスは叫ぶ。普通の人間であれば、「神一柱の自由で世界を作られていない!」的な正義感溢れる言葉を言うのだろうが、ロアはそうではない。
ロアは過去に大人どもから虐待的な言動を受けていた…人間の稚拙さを理解している。勿論、自分の業もだ。
しかし、混沌はいずれ『終焉』へと昇華することがある。『終焉』…ロアたちの阻止すべき現象。
〈黄昏の魔笛〉を封印するには神の《魂魄》が必須…プロメテウスもまた礎の一つ。『終焉』を阻止しなければ何もかもが崩壊する。
それだけは嫌だ――ロアの中では決意が固まっているのだ。
「……はぁ、じゃあせめて今までやって来た罪業を懺悔しろ。二度とするな。そして、お前の《魂魄》を奪い、複製する。それでいいだろう? そうすれば今も生きられるし、《魂魄》も奪える……ウィンウィンだろ?」
ロアは一つの提案を投げかける。何も殺して存在を消すわけではない…リアのスキル”ソウルコンセプション”さえあれば魂を複製できる。
つまり実質的にプロメテウスは死なない。精々魔剣ヴァル・ラグナの礎になるかリアやミリアの武器の礎になるかだ。
罪業は消えない…だが、悔いて善意に換えることは出来る。
『…はぁ、恐らく此処にずっといれば我は消滅するのだろう? ならば仕方ない、貴様に乗ってやらんでもない』
「交渉成立だ。よし、今回お前の魂はリアの『アストラル・テン』に封じるか。リア、それでいいか?」
外界に居るリアにロアは問いかける。リアは頷く。
「……うん。問題ない。神の力、どんなものか…知りたい」
「そうか。それじゃ、テメェを外に出してやる――――」
ロアはそう言って、”遍くは虚無に帰す”を解除し、刹那。闇黒の世界が眩い光に包まれる――。
†
「――さて、リア。どういう能力が付与されたんだ?」
「分かってるんじゃないの? お兄。プロメテウスの権能…〈虹彩の火焔〉」
二人は普段のように会話をする。
リアの持つ最上級の杖『アストラル・テン』の中に炎と簒奪の神・プロメテウスの《魂魄》が宿り、フレイヤのような武器の礎となった。
そして、『アストラル・テン』に授けられた権能は、〈虹彩の火焔〉…先刻、プロメテウスとの戦闘の際に使われた能力。
七つの最強にして最凶の焔が凝縮された燈火だ。リアもまた、神の力を己がモノにした存在となった。
ミリアもリアとロアに対し唖然とした表情を向けていた。
「凄いです! 本当に神の力を…神の魂を……!」
「凄いもんだよホント。リアの魔法の才能ってのは、神懸かってやがる」
神の魂を複製できる人間なんていないし、まずやろうともしないはずだ……ロアの周囲には才能に溢れた人間しかいないのだろうか?
ロアの”スキルを一つしか扱えない”という体質を並べると、貧相に見える。
…だが、ロアの二つの剣術スキルが無ければ、絶対に神の《魂魄》は手に入らなかったはずだ。
「さて……プロメテウス、懺悔は済ませたか?」
ロアはふと『アストラル・テン』に宿る神…プロメテウスに問いかける。その問いにプロメテウスは不遜な態度で答える。
『勿論、我は二度とこのような事をしようとは考えぬ。誓おう』
プロメテウスの郵政審も見れたところで、ロアは教会の外へと踵を返す。次の国に向かう――その前にロアは「やること」を一つ、思い出す。
教会の外にはロアが倒したアゼル・ヴァーミリオンが居る。
アゼルは優秀な《魔弾射手》だ、遠距離系統の人材も欲しいと思っていたロアは、昏睡するアゼルの方へと向かい――。
パシィンッ‼
平手打ち。
アゼルはハッと瞼を上げて即座に起き上がる。ロアの方を睨んでいた。
「何をする貴様! 昏睡している人間に平手打ちする奴があるか!」
「そんなことはいい。アゼル、お前はさっき『この国のやり方に疲れた』って言ってたな?」
アゼルは舌打ちして憮然とした声で返答する。
「ああ。僕はな、昔から虐待を受けていて最終的に家を勘当されたんだ」
「「「………」」」
三人は無言でアゼルの昔話を聞く。如何にも重そうな話ゆえか、緊張感が三人に襲い掛かってくる。
「それでな、僕は教団に拾われたんだ。それで殆どの仕事が異教徒の始末や神に対する生贄の準備だった……正直精神削られたよ、あれは」
アゼルは平然と語っているが、途轍もなくつらい過去だ。話を聞いていた三人は何も言えなかった。
親から捨てられ、教団では人を殺戮し…心が病まないわけがない。
アゼルの心の奥底の辛さを、ロアは何となく理解していた。ロアも過去、”スキルを一つしか扱えない」という体質上、数々の大人や親から虐げられていた。
…ロアは深呼吸をし、アゼルに手を差し出す。
「なぁ、アゼル。よかったら俺たちと一緒に神を殺す旅に行かないか? お前は神に、神を狂信する教団によって苛まれてきた…なら、神々を殺して復讐を果たそう……な?」
実際、目の前にアゼルの病みの元凶が居るが、この旅で神を殺せば神や教団に対する怨恨が晴れるかもしれない…そう考えたのだ。
アゼルは悩む。
このままロアと一緒に旅についていくか? はたまた教団に居続け汚れ仕事を延々と熟して闇を心に溜め込むか……そんな二択を強いられる。
…だが、そんな選択は一瞬で消え失せる。
「……ああ、僕はお前たちに付いて行くよ。反逆者――いや、ロア」
アゼルは差し出されたロアの手を強く握り締め、立ち上がる。ロアとアゼルは互いに友情を確認し、笑顔を交わす。
思わず外から傍観していたリアとミリア、そして二柱の神も微笑む。
『にしても、やっぱりロアの剣術って凄いわよね。よく《
魔剣ヴァル・ラグナに封じられた豊穣の女神フレイヤが独り言のように呟いた。魔剣ヴァル・ラグナの能力のおかげでもあるのだろうが、無数の斬撃を繰り出せるロアもロアだ。
プロメテウスもフレイヤの独り言に便乗して、震えながら呟く。
『あれはもはや人間の為せる業ではない…フレイヤ、貴様もロアの”遍くは虚無に帰す”を受けたのだろう?』
『ええ、虚無の世界って行ったこと無いからアタシ焦っちゃったもの。ロアって本当に人間なのかしら……ハイランダーって何なのかしらね』
二柱はロアの持つスキル…”リフィロディア”に対し恐怖と称讃の意を込めた会話をしていた。
そして話題に上がっていた本人…ロア・ゲノズィーバはラルフラム公国の入り口の方角を向き、アゼルは傍に落ちていた相棒…狙撃銃クロイツェルを拾い上げ、ロアの向く方に視線を向ける。
リアとミリアも同じ方向を向き、沈みかかる
「よし、次の国に行こう! ……そう――神々を殺すために、な」
三人は「おー!」と咆哮し、同時に夕日が沈み一番星が輝きだす――。
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