第9話 教団との邂逅

 ……正直、夜は眠れなかった。

 いつ襲撃に遭うか、殺されるか、そんな「死」という恐怖に怯えながら三人は眠っていた――同じベッドで。

「……狭い」

「しょうがない…三人一部屋が無茶過ぎた」

「テメェが言うな」

 他人事のようにロアの横でリアは呟く。ミリアも反対方向で「あはは……」と愛想笑いを振り撒いていた。明日もあるというのに、未だ眠れていない三人だが、これは得策だと思える。

 いつさっきみたいに窓から銃弾が飛んでくるか、はたまた暗殺されるか分からない危篤状態なのに、安眠できるはずもない。

 だったらせめて場が和むような、雰囲気を壊す様な話で気を紛らわせた方が良い。

 実は一応、警備も施してある状態だ。

 ロアは魔剣ヴァル・ラグナに宿る豊穣の女神・フレイヤがいる。彼女の〈天命の樹セフィロト〉の能力は優秀と聞く。

……《天命の樹》。豊穣の女神フレイヤの持つ固有能力であり、十の神聖な魔術を宿した「樹」だそうだ。

 実際、この情報は文献にも記載されている有名な情報だ。〈天命の樹〉は王冠ケテル智慧コクマー理解ビナー峻厳ゲブラー栄光ホド勝利ネツァク基礎イェソド美麗ティファレト慈悲ケセド王国マルクトという十の魔術があり、それらは人が扱うには勿体ない崇高な魔術ばかりで、人一人余裕で殺せるレベルの強力な能力なのだ。

 魔剣ヴァル・ラグナの操作権力の五割はフレイヤにある為、そう言った能力発動も行えるという訳だ。

 これだけでも十分に頼もしいが、更に念には念を入れてミリアの召喚した【聡明なる梟ナレッジ・オウル】という未来予知のスキル”ディルフィネス”を扱うことが出来る神獣と【銀嶺の魔狼フェンリル】と呼ばれるSSS級魔物の模倣体も召喚されており、七キロ圏内なら追跡が可能な上、鉤爪や牙で他者を絶対零度の氷結で包むことが出来る特殊能力を持つ。

 これだけ警備を固めていれば襲撃に遭う心配はない…はずだ。

 ロアは多少の不安感を抱きながら寝返りを打って、溜息を吐いた。すると、前方か「ひゃうっ!」という可憐な声が耳に響き渡る。

 その声の主は、白金の髪を持つエルフの美少女・ミリアだった。どうやら耳にロアの吐息が当たったようで驚いてしまったようだ。

 耳が長いというのはやはり不便な点もあるだろうか? やはり人間もエルフも耳が性感帯なのだろう。少し心躍るようなエルフの生態に、血が沸騰するように興奮した。

 ロアはにやけながらミリアの長耳を人差し指で突いてみる。

「はうぅ!? ろ、ロアさん!」

「すまんすまん! 何、ミリアの反応が可笑しくってさっ」

「もうっ!」

 二人はイチャイチャしてる最中、リアとフレイヤは呆然とした眼差しを向けていた。

「……リア充って、目に毒だね」

『…えぇ、リアの言う通りね。人と髪が居る前で堂々とイチャついて……羞恥心が欠如しているわね』

 人をまるで重症患者のような言い方で、ロアに哀れみの視線を向ける。


 ――そんなこんなで、三人は奇襲に遭うこと無く朝を迎えることが出来た…が、寝不足と言う大きな代償が付き纏っていた。


  †


 翌朝、三人は装備を整えて早速街へと出向いた。理由は、このラルフラム公国を司る支配神…プロメテウスのいる神殿を探すこと、そして昨晩の奇襲についての捜査だ。

 

 実は数刻前、ロアとリアの所属していた【エル・レクイエム】の団長…カインから通達があった。

『恐らく君たちは既に教団らに目をつけられていると思う』

――正直、呆気なく状況を呑み込めてしまう程の伝言だ。これが本当なら、昨晩の奇襲とも辻褄が合う……こんな短時間で情報が広まるものなのか? と疑いたくなるが、恐らく事実だろう。

 昨晩奇襲を仕掛けた奴の服装から察するに、あれはこのラルフラム公国を支配する焔の神プロメテウスの教団の人間だろう。

 世界の終焉より己が忠義を尽くす神を選択する…実に愚かだと思う。

 しかも、教団の実力は計り知れない。神の恩恵を直接享けているような奴らがわんさかといる、ある意味最悪な狂信者どもの巣窟だ。

 この伝言を受け取ったロアたちは、教団を片っ端から潰すことを決意する。狂信者と言うのはどこまでも背信者に付き纏う…謂わばストーカーのような存在だ。

 そういった連中は根から潰していくのが得策なのだ。

 現在ロアたちは街を散策し、神殿調査もとい教団の捜索に当たっている。


「こんにちは~!」

 三人は街の大通りを通っている。様々な格好をした人々が跋扈する中、天真爛漫な笑みで挨拶を振り撒くミリアに「こんにちは」と気前よく挨拶を返してくれる人が七割を占めている。

「お前って万人に優しいのな、尊敬するは」

「いえいえ! 人みんな挨拶をすれば笑顔で挨拶してくれる…人間は美徳な生物ですよ」

 聖人、天使、女神……遍く善良な存在を超える一種の光輝のように思えてくる。ロアは「人間は良い奴もいれば悪い奴もいる。故に無闇に声をかけるべきではない」という偏った思考を持っている。

 一方リアは相変わらずと言っていいほど怠惰で、現在ロアの背中で眠っている。流石に変な誤解だけはされたくないから、出来れば降りてほしいものだが……。

「……おい、リア」

「邪魔しないで……今、敵の気配を探してるから……」

 ――意外と、怠惰な人間も一生懸命協力しているんだと、ロアは関心を抱く。

 ロアも一応周囲の様子を観察する。見る限り、異常性は見当たらない。いつも通り皆奇術や演奏をしている、ここまで反映された国はそうそうないと改めて実感する。

 そして、ロアたちは適当に街を散策し、他愛もない話をしながら歩いていると、それは突如として訪れた――。


「よーしフレイヤ、次言ったらお前のご飯抜きにしたるは!」

『ちょッ!? やめてよそれだけはっ! アタシの唯一の楽しみなのっ!!』

 ロアの腰で必死に人間に懇願する女神…本来ならあり得ない光景だ。

 二人が不毛な争いを繰り広げている中、目を瞑って咲敵をしていたリアが突如瞼を上げた。

「お兄! 敵の反応を確認した……十時の方向…あの建物の三階……」

 リアの報告に、ロアは腰に携えた魔剣ヴァル・ラグナを抜剣しようとするが――ロアは自分の立場を考えた。

 ロアはスキルを一つしか使えない、その上魔力も体力と一般人以下…つまり無闇に戦闘はしない方が良いのだ。

「ミリアッ‼ 応戦を頼む。リア、お前はミリアの牽制を頼む!」

 近接攻撃と神獣召喚を得意とする《召喚剣士》のミリアを前衛に、多種多様な魔法スキルを扱える《全能魔導士》のリアを後衛に移るよう指揮を行うロア。

「――なぁ、フレイヤ」

 突拍子もなくロアは魔剣に問いかけた。

『何?』

「お前の《天命の樹》を使用する際に、俺の魔力は消費されるのか?」

『いいえ。《天命の樹》はあくまでアタシの固有能力よ。だからアタシの魔力から差し引きされるわ』

 フレイヤは丁寧に説明してくれた。未知数の存在相手に二人だけでは流石に不安だ。ロアも協力しなければ恐らく…死ぬ。

 己の魔力を消費しないとなると、都合がいい。ロアは不敵な笑みを浮かべ、魔剣ヴァル・ラグナを掲げ、高らかに宣言した。

「フッ――魔剣ヴァル・ラグナ、普遍状態維持…解放――〈天命の樹〉!!」

 刹那――漆黒と深紅の炎が螺旋に吹き荒れ、刃が生成される。そして、刃にルーン文字が夥しいほどに刻まれる。

 同時に、跋扈していた人間たちがロアの魔剣ヴァル・ラグナを見てか悲鳴を上げて逃走しだす。

 完全に通行人が逃走したのを確認し、厳戒態勢に突入する。

 

「――――穿て、”インフェルノ・アッモ”」

 そこは、照明一つない部屋の中。深紅のローブを纏って窓から三人の「敵」の様子を観察し、ヴィンテージの長銃を構え、一言。 

「魔法師」系統の職業…火焔術師の”ソル・インフェルノ”と「弓使い」系統の《魔弾射手》の”ゲイル・アッモ”の複合スキル”インフェルノ・アッモ”を唱え、引き金を躊躇なく引いていく――。


 狙っていた建物の窓が「パリィン!」と豪快に砕け散り、昨晩目にした焔の銃弾がロアにめがけて飛んでくる。

 咄嗟の事でロアは反応できず、防御体制もまともに行えなかった。

「オワッ—―!?」

「……”ミラージュア”」

 リアが物理攻撃を反射する魔法師スキル”ミラージュア”で銃弾を跳ね返す。ロアは「感謝する!」と一言告げてミリアの居る前衛へと走っていく。

「ミリア、敵の居る建物に向かう。…準備は出来ているか?」

「……はい、勿論です!」

 ミリアは満面の笑みを魅せて応答する。この笑顔、絶対に守護しなければならない——謎の使命感に駆られながら、二人は狙撃手の居る建物へと入っていく。

 一方リアは、二人に追従するわけでも無く道にを五つほど展開する。そして遅れて二人についていく――。


  †


「僕の領域に踏み入るなんて……とんだ馬鹿もいたもんだ」

 階段を駆け上がる音に、青年——否、少年は溜息を吐いた。まるで人を全て軽視しているかのような言い草。

 彼の名前は、アゼル・ヴァーミリオン。ラルフラム公国の支配神プロメテウスを信仰する教団…〈始原の燈火〉の一人である。

 アゼルの職業は《魔弾射手》……魔法スキルの付与された特殊な銃弾を放つことのできる「弓使い」系統の中級職だ。

 現在アゼルは任務に勤しんでいる。その任務は、「神に歯向かう反逆者を討て」というものだった。この世界は神々によって創られた神世だ、髪を殺す者が居れば、当然殺す――というのが教団の方針らしい。

 そして今…抹殺対象が此方に向かっている。正直、近接戦に持ち込まれるとアゼルの方が不利になる。アゼルの持つ狙撃銃・クロイツェルは遠距離用の銃だ、近接には不向きすぎる。

 しかし、アゼルは不敵に向かってくる敵に対し嘲笑していた。明らかに不利な状況なのにも関わらず、余裕を見せていた。


 バギッ――ドガアアアアンッッ!!


 突如、部屋の扉が轟音と軋みを上げて破壊される。そこには、三人の青年少女らが姿を現す。

「……へぇ、お前が俺たちを狙っていた、教団の連中…ってことだな?」

「僕の正体をもう突き止めるなんて…流石だね、反逆者」

 取って付けたような称讃の言葉、そして変わらず不敵な笑みを浮かべるアゼル。ロアたちはどうも、この少年の事を良い印象とは思えなかった。

「そりゃどうも……っと、さて、早速だが。お前らの信仰するプロメテウス様の神殿を教えてもらえるか?」

 ロアは、相手が自分たちを抹殺しようとする教団の人間に無意味な問いかけをする。

「冗談抜かせ、反逆者。貴様らが神を殺すド畜生だということは百も承知だ。故に、貴様らは此処で息絶える」

 アゼルは勝利宣言をし、直後持っていた狙撃銃クロイツェルを狂気の笑みをこぼしながら銃を構え、即座に発砲する。それをロアは悉く剣で反射し、同じような不敵な嗤いを向けていた。

「お前のソレ……対人用の銃じゃねーか? 物騒な奴だ、神の教え? とやらに”人を殺すな”って書いてなかったか? 狂信者どもめ」

 教唆煽動。圧倒的に煽り倒していくロアに、アゼルは燃え滾って来たのか口角を引き攣らせた。

「生憎、僕の信仰する神様の聖典には、”殺生を禁ずる”なんてのは記述されてなくてね——っと、戯言ゆいごんはそれでいいのかい?」

 二人の闘志が、爆発する最中ミリアとリアも便乗し——。

「……やれるものなら、やってみろ」

「そ、そうですっ! 私はロアさんたちの味方ですっ! 多少の憂いはありますが……でも、大事な人を殺すことは、絶対に赦しません!!」

 

 こうして、神を殺す存在と神を崇拝する存在との戦闘が、幕を開ける——!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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