第8話 束の間の休息
「う~ん、宿代どうしよ……財布多分盗られただろうし…困ったな」
盗みが多いことである意味有名なラルフラム公国の中心部、噴水の前でロアは困り果てていた。
盗られた財布の中には今後の宿代である金貨六枚と銀貨三十二枚が入っていた…一般人からすれば大金だ。恐らく悪用されているだろう。
「えっと……じゃあ、私が宿代を払います! ロアさんが困ってたら助けるのが私なので!」
――やはり、天使…否、女神だ。金銭的に困り果てている人間を、普通なら簡単には助けない…ロアの知る人間というのはそういうモノだ。私利私欲で動く人間しか見たことのないロアにとって、ミリアは本当の女神のように思えるのだ。
「良いのか?……結構宿代かかるんだが……」
「いいんですよ、困ったら人を頼るのも、一つの手段ですよ?」
ミリアの優しい言葉に便乗して、図々しい奴が口を開いた。
『そうよ、人間なんて一人で生きれるほど崇高な存在でないもの。支え合って頼るってのは不可欠なのよ!』
さっきまで良い雰囲気だったのを、腰に携えた残念女神に水を差されたことでロアは溜息を吐いた。
「はぁ、ミリアの言った言葉に便乗しただけじゃねーか。ミリアの方が幾分か頼れるは」
『な、何よ~‼ 折角フレイヤ様がアドバイスをしてあげたっていうのに~っ!』
――今まで簡単に人に頼ってこなかったロアが、初めて人に頼った瞬間であった。
「んじゃ、ミリア。宿代は頼んだ」
「はい!」
威勢のいい返事をしたミリアに微笑みながら、ロアたちは改めて宿へと踵を返した。
†
『いらっしゃいませ、お客様。部屋はいかがにしましょうか?』
三人は扉を開けて今日泊まる宿の受付へと向かう。ロビーの人間がの愛想は良く、流石ラルフラム有数の三ツ星宿というべきか。
「う~ん……迷うなぁ。三人部屋だとミリアの財布に負担がかかるし……」
三人部屋を選ぶことは容易にできない。女の子二人と一緒に寝るなんて、絶対に誤解される。この三ツ星宿はあくまで普通の宿なのだ、せめて兄妹であるロアとリアが二人部屋で、悪いとは思うがミリアを一人部屋にすべきか……苦悩していると、隣の変態妹がロビーにこう言った。
「一人部屋で……トリプルベッド」
リアの爆弾発言に、ロビーは「え!?」と驚愕の声を洩らし、他の客も唖然としていた。トリプルベッドなんて普通の宿にあるはずもなく、ロビーも困惑していた。
「は、はぁ……トリプル……い、今すぐ用意いたします…」
額から汗を伝わせたまま、ロビーは部屋を用意すべく何処かへ行ってしまう。ロアはロビーの背中を見た直後、リアの方へ向き直った。
「はぁ……これで俺は女たらしのハーレム野郎になった……リア、お前なぁ勝手に決めるなよ」
「でも……これならミリアの財布の負担も減るし…お兄はハーレムを築ける。うぃんうぃん」
リアは微笑みながらVサインをしていた。正直あまりモテないロアにとっては千載一遇のチャンスと言ってもいい状況だが、公衆の面前でこんなことをして、しかも無理難題な注文を押し付け、タチの悪い客と思われているはずだ。
しかし、早く休みたいところ……故にロアは諦めて状況を受け入れることにする。
「しょうがない、今回はリアの注文を認める……が、次変な注文突き付けたらこき使ってやるからな」
「……エッチなお願いとかも?」
リアの反省の色も見えない発言に、ロアは手刀でリアの小さく華奢な頭を叩き斬るように打つ。
「お前なぁ!? 妹にエロいこと命令するまで堕ちてもないし性癖も持ってないんだよなぁ……はぁ、さっさと行くぞ」
ロアの叱責を、リアは一切として耳を貸さず脳天を擦りながら唸っていた。リアにとってロアの説教なんて聞き慣れた、謂わば環境音のようなものなのだ。
そして、部屋が用意され、三人は一つの部屋に入っていく。早速ロアは荷物を整理している――その後ろでリアは即座にベッドに潜り込み、就寝する。ミリアは温厚篤実にロアの荷物整理を手伝う。
「……おい、リア。起きやがれ、自分の荷物ぐらい自分で整理してくれ――はぁ、仕方ない、ミリア、そこのリアの服とかクローゼットとか棚に突っ込んどいてくれ」
「あ、はい!」
放り投げられたリアの鞄を拾い上げ、中身を出していくミリア。その中は、服が二割、下着八割という頭のおかしい荷物だった。肝心な着替えをほとんど持ってきておらず、縞柄パンツやレースの盛られたブラ…やけに際どい下着が大量にある。
ロアは極端な荷物の中身に、今回何回目かの溜息を吐いた。
「はぁ……リア、お前さぁ…多少服持ってこいよ。下着大量に持ってきてどうするんだよ」
正直、リアは可愛い。実際、夜這いに来てくれたら抱いてもいいぐらいだ。だが、兄妹という絶対的な壁とミリアと言う仲間がいる…故に簡単には手を出せない。
「ま、いいか。確かこの部屋にはシャワーがついてるんだっけか?」
「はい、先に入りますか?」
ミリア小首を傾げ、問いかける。確かにここ数日体を洗っていないから、汗とか汚れを綺麗さっぱり流したいのも事実……だが。ロアは首を横に振った。
「いや、先に入りなよ、ミリア。俺は大丈夫だし、女の子は清潔=命…だろ?」
冷え切った水のようなイケボで丁重に断る。ミリアは頭を数回下げて感謝の言葉を告げた。
「あ、ありがとうございますっ! では、お先に失礼します!」
そしてミリアは自分の荷物から着替えを用意し、シャワー室へと足を運ぶ。その途中で、手から若葉色のブラジャーを落とす。
落ちたブラジャーをロアは拾い上げ、ミリアに渡す。
「落としたぞ、ミリア。可愛い下着だな……」
「あ、あうぅ……え、えっと……ありがとうございますっ!」
咄嗟に出てしまった言葉に、ミリアは頬を紅色に染めてモジモジする。そして急ぎ足でシャワー室を向かい、扉を閉める。
「……行ったか。よーし、ロア君頑張っちゃうぞぉ」
ロアはミリアが扉を閉めたのを確認し、慎重にシャワー室に忍び足で向かう。彼は――覗こうとしていたのだ。
受付での真面目な言葉を堂々と裏切り、ミリアのたわわに実った華奢で、純白で、美麗な裸体を己が眼に刻み込もうとしているのだ。
「さて、扉の軋む音がしないように……よーし、成功した」
小声で独り言を呟きながら、ロアは押戸を音が鳴らないように少しずつ開ける。この光景はさながら空き巣や覗き魔だ。
向こう側でシャワーのお湯が流れ、タイル床に弾く水滴の音が雨のように響く。そしてカーテンの裏側には綺麗で理想的な体躯のラインがシルエットとなって眼に映る。
これだけでも眼福眼福、目の保養になる光景だ。
よく聞くと鼻歌を歌っているようだ。ミリアはやはり天使と言うべきか、可愛い。語彙力が彼方へ吹っ飛ぶレベルで可愛い。
(こりゃ凄く尊い目の保養だ、眼福だぜ。そろそろお暇させてもらうかな?)
心の中で満悦な表情を露わにするロアは、行きと同じように慎重に忍び足で去っていく――はずだった。
扉を開けようとしたその時、腰元から声が聞こえる。それも憎らしいほどにウザい奴の声が……。
『あら、覗くだけでいいのかしら? ロア。男なら大胆に行動するべきよ!』
――忘れていた。部屋に着いてから一度もこの魔剣ヴァル・ラグナを外していないことに。不幸なことにこの魔剣にはウザったらしい駄女神が宿っている。勿論声もだだ洩れだ。
つまり……。
「え……へ?」
背後から繊細で鈴のように高い、呆けた可憐な声音が鼓膜に響く。恐る恐る振り向くと、そこには裸でタオルを持ったミリアが立っていた。
「スゥー……女神様、どうか赦しを。そして――ご馳走様」
大きく息を吸い込み、ロアは本物の女神が居る前でミリアを女神として奉り、赦しを乞う。その直後に反省の意を一瞬で吹き飛ばすような一言を吐き、合掌した。
「キャアアアアア――――ッ!?」
一瞬、時が止まったかのような静寂に包まれ、刹那――ミリアは悲鳴を上げ、しゃがみ込む。ロアは「サーセンしたー!!」と言い残し、脱衣所を即座に脱出した。
『ちぇ~っ、折角ロアの不甲斐ない姿を見れると思ったのに……』
フレイヤは人々を導く女神とは到底思えないような発言をする。ロアは扉の向こうで息を切らしていた。
「はぁ、はぁ……ま、目に見えてた結果だな」
自業自得。自分で行った行為だ、残念でも無ければ当然。気を取り直してベッドの横たわろうとしたその時――。
「……お兄?」
寝惚けたリアが目の前に立ちはだかっていた。服は着崩し、肩が露出しており、髪もさっきとはまるで別人のように爆発していた。
「はん? どうしたリア。腹でも減ったか?」
ロアの問いかけに、リアは首を横に振った。
「……さっき、叫んでたでしょ? ミリアの裸…見たとか?」
「ナッ――! 何で分かるんだよ!? お前寝てたじゃねーか!?」
「事実…でしょ? だったら――」
リアは小首を傾げ、ロアを責める。そして何故か急に服のボタンをはずし始めるリア。
「私の見ても、問題ないよね……?」
何の脈略も無く、突如上半身を曝け出すリア。羞恥心がみじんも感じられない寝惚けた表情、その顔の下の裸体は、実に艶美だ。
実の兄が言うことではないが、実にエロい。胸は一般人より大きく、マシュマロのようで、更にウエストもあり得ないほど零細で、絹のような肌艶……ロアは血縁関係にもかかわらず見惚れてしまった。
「――よーし、リア。今日は一緒に寝ようかぁ」
理性が制御できず、ロアは指をくねらせながらリアに近づく。まるで変質者のように。
そして、リアの華奢な体躯に触れようとしたその刹那――――。
バッ、シュゥゥンッッ!!
部屋の外から、銃弾が放たれるような轟音が鳴り響き、ロアは咄嗟に外に視線をやる。すると眼前には、紅蓮の火焔が飛び込んでくる。
「魔剣ヴァル・ラグナ!」
硝子を打ち破って来た銃弾を前に、ロアは即座に魔剣ヴァル・ラグナを抜剣し、銃弾を真っ二つに切り裂いた。同時に紅蓮の火焔も霧散する。
先の轟音に気づいたのか、着替え終えたミリアが脱衣所から出てくる。
「ロアさん、リアさん! 大丈夫ですか? 何があったんですか!?」
完全に混乱しているミリアを諫めようとするリア。一方ロアは銃弾が放たれた咆哮を睨みつける。
そこには、まるで焔のように赤いローブを纏った人間が長銃を抱えて逃亡していく姿があった。
三人は確信した――このラルフラム公国は、思っている以上に危険な国みたいだ、と……。
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