ラルフラム公国篇

第7話 ラルフラム公国

「……で、お兄。その女誰? まさか、寝取ってきたとか……!?」

「変な誤解だ。物凄くズレた発想だな、コイツはミリア。今日から俺たちと一緒に旅をすることになった《召喚剣士》のエルフだ」

 ロアは変態的な誤解をし、ミリアとロアを睨みつけるリア。ミリアは頬を紅潮させながら手で口を隠していた。ロアはもう慣れたものだから適当に誤解を解きつつ淡々とミリアのことを紹介する。

「え……寝取りって……ロアさん、この娘は?」

「ああ紹介遅れたな。この捏造バカ野郎は俺の妹のリアだ、いつもいつも変なこと言ってくるが、宜しくしてやってくれ」

 リアは頬を膨らませてロアの腹をポカポカと叩く。

「……変なこと言わないで。純粋な子に変なこと教えちゃダメって習わなかったの? もうっ」

 ロアは腹を叩く銀髪の少女の頭を鷲掴みにし、軽く力を入れる。

「俺はそんなこと言ってない! あと最初に言ったのはリアだろうが?! ミリアは純粋なの! 簡単に変なこと教えんなよ?」

 ミリアはシスターだ。シスターと言うのは純潔であり、純心であるというが鉄則だ。ミリアの存在意義を失うわけには行かないという謎めいた使命を帯びたロアは、リアに釘を刺す。

 そしてロアは手を離してリアを解放する。リアは頭を撫で、ミリアは「あわわ…」とリアを心配するような声を出していた。

「だ、大丈夫なのでしょうか? リアさん……ロアさん! 女の子に暴力はいけませんよっ!」

 ミリアは人差し指をロアの唇に軽く当て、注意を喚起する。一瞬胸が苦しくなるロアは、「お、おう」と返事をし、ミリアは指を退かす。

『なーにラヴロマンスしてんのよ二人とも。さっさと次の神殺すんでしょ? だったらさっさと行くわよっ!』

 魔剣に宿るフレイヤが二人に突っ込みを入れると、二人は急に意識して顔を赤らめる。謎の雰囲気に包まれるこの空間、三人は気を取り直す――。


「で、次はどこ行くんだ? フレイヤは攻略したから……近場から攻めるっていう方針で行くのか? リア」

「……そうだね。外側から攻めてたら効率悪いしね、次は……ダルクヴェインとか?」

 リアの提案に、ロアは鼻で笑い、返答した。

「冗談か? リア。面白いな、あんなスラム国行くぐらいなら遠回りした方がマシだ。もっとまともな国をだなぁ……」

 ニアマリア帝国の隣国であるダルクヴェイン公国は、ヴァルへリアの中でも屈指の荒廃さを誇り、毎日空は暗く、硝煙の匂いが漂う紛争状態が日常風景な国に行くぐらいならもっとまともで行きやすい国に行った方がマシと考える。

 更にダルクヴェイン公国の守護神は地獄より深い「奈落」の支配神であるタルタロスだ。もう少し後にした方が装備的には最適解だろう。

 ロアは熟考する。この帝国に近く、荒廃していない国という条件にぴったりと嵌る国は――。

「あ、あのぉ……」

 ミリアが恐る恐る手を挙げて、何か言いたげな表情でロアの方を見つめる。

「どうした?」

「近くに確かラルフラム公国があったはずですが……どうでしょうか? あそこならご飯も美味しいですし、宿もすごく綺麗なんですよ!」

 …ラルフラム公国。ニアマリアの東側に位置する発展した公国で、ダルクヴェイン公国とは全く正反対のような国で、建築物も美麗で、尚且つ料理も絶品…確かに最適な国だ。

 ロアはミリアの頭を撫で、褒め称える。多少ここからだと遠いが、頭の固い二人と違って柔軟な考えをするマリアは、今後も役に立つ存在に化けるだろう。

「はわわわ……」

「お兄……セクハラ。私にもナデナデして……」

 と言って、リアは可愛らしく頭を突き出す。所謂…嫉妬? と言うべきなのか。ロアは溜息を吐きながら作業的に頭を撫でる。

 ――そして、その光景を魔剣越しから眺めるフレイヤ。半ば呆れて眺めていた。

『傍から見ればハーレムね、ロア? そんないちゃついて、鼻の下伸ばしてどんだスケベね』

「おい、俺は変態ではない! ただし合法なら俺は大歓迎だ!」

 ――やはり、ロアは変態なのかもしれない。フレイヤは呆然としながら、沈黙していた。


  †


 まず三人が向かうのは、ラルフラム公国行きの馬車を見つけることだ。その為にはまずこの『ユグドラシルの樹海』を超え、再びイルクリークに戻ることが現在の目標だ。

 ――――が。

「はぁ………はぁ…待て、遠過ぎる。かれこれ二時間歩いて全く景色変わってないんだけど……」

 ロアは膝を抱え息を荒げてフラフラしていた。ただでさえ体力が無いのに、更にロアはそれ以前に疲れ果ててぶっ倒れたリアを負ぶっていた…疲労困憊なのだ。

「大丈夫ですか? 少し休みますか? 二人の身体が心配です」

 何たる天使だ。ロアは感激していた。一つ一つ気配りが出来て、尚且つ温厚に接してくれる…これを天使と言わずなんというか?

 しかし、ラルフラム公国までは軽く三日はかかる――出来るだけ早く達成したと思うロアは、出来るだけ効率的な方法で移動したいと考えている。

 馬車だと三日だし、列車に至っては世界でも数本しか通っていない代物だ、こんな辺境の帝国なんかに通っているはずがない。

 …と、苦悩していると、あることを思い出す。

「そういえばミリアって《召喚剣士》なんだろ? だったら敏捷性が高くて三人が乗れるような神獣を召喚できないのか?」

「え?……一応できますけど……いいんですか?」

 何か怖い意味合いで質問するミリアに畏れながらも「うん」と頷き、そしてミリアは白銀の細剣を抜剣し、地面に突き立てる。

「…我が礎以て、顕現せよ――”サモンズ・ダンテ” 【瞬閧の白獅子レプス・レオ】!」

 ミリアが詠唱した途端、細剣と同じような白銀の魔法陣が展開され、そして超巨大な雪色の獅子が降臨した。

「コイツに乗るのか?」

「お兄、何で当たり前のこと言ってるの……? 馬鹿?」

 相変わらず辛辣なリアに心を抉られながら、ロアは獅子の背中に乗る。ミリアが先頭に乗り、リアがロアの後ろに乗り、腕をホールドさせる。

「それでは…行きますよ? ちゃんと私の背中に掴まって下さいね? 振り落とされるので……」

「そこまで速いのか? グリフィンならまだしも、獅子でそこまで速度出るか?」

 ロアは疑問に思った。まず召喚スキルを一切として扱わない故、知識も無いからか、獅子は鈍足と言う謎の偏見を持っているのだ。

 ミリアの忠告を半信半疑で聞きながら一応ミリアの腹部分を掴む。すると――。

「ひゃうぅ!?」

「うん……? どうした、ミリア」

「い…いえ……その、ソコはぁ…きゃぅっ‼ だめぇ……」

 嬌声を上げてミリアは身体をうねらせる。今ロアが触れているのは股関節らへん…もしかしてとロアは少し力を強くしてみる。すると更に身体を震わせ、艶美な嬌声を上げる。

「ああぁぁぁんっ!………」

 どうやら、股関節部分がミリアの性感帯らしい。ロアは「すまん」と一言謝罪し、きちんと上の部分をホールドし、掴まる。

「お兄…テクニシャン。変態じゃないって言ったら……墓穴堀だからね?」

「あーはいはいお兄ちゃんは変態ですよ。…っと、それよりミリア、出発していいぞ」

 ロアが中々出発しないミリアの顔を覗きながら問いかける。その問われた本人は、顔を紅潮させて息を荒げていた。

「は、はひ……そうですね……」

 呂律の回っていないような喋り方で応答するミリアは、【瞬閧の白獅子】の鬣を軽く撫で、耳元に顔を近づける。

「全速力で、ラルフラムまで、お願い――!」

 そして【瞬閧の白獅子】に命令を下し、そして獅子が咆哮を上げ、刹那。

「オワッ――!?」「キャッ――!?」

 ロアとリアは全く同じリアクションをし、困惑していた。そう、あり得ない速度で獅子が疾走しているのだ。グリフィンには乗った経験があるロアでも、遥かに凌駕していると思うしかない、それ程までに速いのだ。

 ミリアの忠告を聞いていて正解だと思った二人は、突風に押し退けられないように全力で掴まっていた。

 

 そして、三人は僅か七分で馬車で三日かかるラルフラム公国の門に到着し、検問通ってラルフラムの門前町に行き着いた――。


  †


「はえ~、綺麗だな。活気づいてる」

 ラルフラムの門前町フュリアは、全体的に紅蓮の屋根と煉瓦で構成された家が軒並び、人々は道端で奇術や演奏、芸と言った様々な娯楽を披露していた。

「凄いですね! 特にあのギターの演奏なんて、もうプロの領域じゃないですか!」

「ん? ミリアはこう言った演奏が好きなのか?」

 ロアの質問にミリアは凄く元気に頷いた。シスターと言うからてっきり演奏とかには無縁なのではと思っていたが、意外と娯楽に関しては緩い部分もあるのか、ロアは関心する。

「……ん、お兄見て、見て…! 串刺しマジックだって……見に行こ」

 一方リアは全く正反対を見て、人の入った箱を串刺しするという奇術に瞳を煌めかせていた。そう、リアは一般人とは少し観点が違く、こう言った危ない橋渡のようなスリル満点の芸が大好きなのだ。

 ミリアは「え…危ないですよ!」と小声で叫ぶが、ロアはミリアを安心させるべく肩に手を置く。

「大丈夫だ、奇術は”本来できないと思われるコトをやってのける”という大道芸の一種なんだ、あれは絶対に死なない」

「……本当ですか?」

「見ればわかるよ」

 ロアとリア、ミリアは目を見張り、固唾を呑んで串刺しマジックに視線を送っていた。

 そして始まり、剣を持ったタキシードの男がもう一人の男を箱の中に入れ、そして剣を適当な場所に――突き刺す。

 一本…二本…三本……中の人なんて気にせずにタキシード男はお構いなく剣を突き刺し、貫く。

 剣が五本に到達し、タキシード男が腕を伸ばして堂々と叫ぶ。

『それでは! これよりはこの扉を開けたいと、思いま~す! もう一度言っておきますが、中の人は…生きています』

 と言って、タキシード男は鍵を解錠し、箱の扉を開ける。すると、中の人が何事もなく生きており、満面の笑みを魅せていた。

「す……凄いですよロアさんっ! 人が生きてますよっ! 血も垂れてませんし……凄いですね‼」

 ミリアの子供のような好奇心旺盛かつ無邪気な反応を見て、ロアはほほえましく感じていた。こんな成長すれば誰でも分かるだろうギミックを、こんなにも可愛らしく驚愕している……比べて――。

「……つまんない、軽く怪我とか死なないのかなぁ……?」

 リアはあり得ないほどに物騒なことを口に出しながらガッカリしていた。普通の人間ならこの光景を「凄い!」と言って讃えるが、リアは寧ろ「死んでほしかった」と言わんばかりの言葉を発していた。

「…おい、純粋な子を前に物騒なこと言うな」

「……でも、串刺しマジックって多少怪我した方が成功したって言えるんじゃない? 死んだら大成功……」

 ロアは目の前にいる銀髪のグロ大好きな美少女妹の華奢な肩に、威圧と迫真を帯びた手を当て、満面の笑みを向ける。

「リア――貴様はどういった花火を魅せてくれるんだ?」

「……やっぱり、人間だから…赤とか?」

 リアが首を傾げて冗談を吐く。ロアは「そうかそうか」と頷き、リアの蟀谷を拳でグリグリと思い切り圧す。

「いたい、いたい……」

 リアは少し痛みを感じながらも、寡黙に反応する。その二人のじゃれ付き合いに、ミリアは爆笑していた。

「ふふっ…あはははははは! 二人って仲良いですよね! とても兄妹とは思えないです」

「そうか? 嬉しいなぁ、俺とリアはなんせ兄妹だからな!」

 ロアが得意げに自慢していると、リアも賛同する。

「うん、お兄と私は…凄く仲いい……」

 と、兄妹愛を見せつけている二人は、さっきとは打って変わって肩を組んでいる。そして、三人が今日泊まる宿へと踵を返す――その時、ロアはふと気づいた。

「――? あれ? おかしいな……」

 何か異変に気付いたロアに、ミリアは首を傾げこちらを窺う。

「どうしたんですか? ロアさん。何かありました?」

「いや――財布が無いから…さ。おかしいな、ここに入れたはずなのにな……」

 ロアの財布がいつの間にか入れていたはずのポーチから消えていたのだ。あの移動の最中に落とした可能性はない。ポーチはちゃんと閉まっていた確実だった。

 ……となれば。

「はぁ……思い出した。ラルフラム公国って人口が多いから…盗みとかが頻発してるって聞いたな……チッ、面倒なことが起こった」

 ロアは後頭部を掻き、溜息を吐いた。――想像以上に攻略が面倒くさそうな国に来てしまったと、後悔する。

 

 



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