第6話 《召喚剣士》ミリアの過去

「ミリアー、いるか~?」

 豊穣神フレイヤとの戦闘の後、ロアはリアをキィプスの外に待たせて教会の扉をコンコンと叩く。ロアの声に反応して修道服を着た美少女が走り寄ってくる。

「ロアさん! 戻ってきたんですね……ところで…フレイヤ様はどうなったんでしょうか? 私との約束…忘れてませんよね?」

「ああもちろん。お前の願い通り、フレイヤは殺して、復活…させた? というべきかな」

 ロアは「魔剣に封印した」ということを復活させたと断言するには迷ったが、一旦魔剣ヴァル・ラグナをミリアに見せる。

「これが、ミリアが信仰しているフレイヤ様だ」

「……? これは魔剣というものでしょうか? これがフレイヤ様…どういうことでしょうか?」

 ミリアは困惑していた。当たり前だ、進行している神が魔剣なんて言う事実、簡単には呑み込めないだろう。

 ロアは魔剣の中に居るフレイヤに囁く。

「おい、フレイヤ。起きてくれ、お前の信者が目の前にいるんだ、挨拶くらいしたらどうだ?」

 ロアの言葉に反応して、魔剣がミリアの目と鼻の先まで近づきフレイヤが言葉を発す。

『こんにちは、わたくしはこのニアマリアを統べる豊穣の女神フレイヤでございます。わたくしの信者に逢えて光栄でございます……』

 全力で性格を繕い隠すフレイヤの姿を見て、笑いがこみ上げてくるロアは全力で笑いを堪えながら真顔で告げる。

「あー…コイツ態度繕っているから敬わなくていいぞ。本当は高慢で高飛車な我が儘な女だから」

『ちょっと! 変な出鱈目を吹聴しないでよ! 折角の”温厚で寛容な女神様”っていう仮面が剥がれたら、信者たちが失望しちゃうでしょ⁉』 

 フレイヤは今話していた信者ミリアのことを無視して大胆にボロを出してロアに強く当たる。ミリアはその光景を見て唖然としていた。

 ロアは溜息を吐いてフレイヤに呆れた口調で知らせる。

「フレイヤ、時すでに遅し。ミリアの前で堂々とボロ出すなんて、とんだ馬鹿女神だなぁ! ははははは‼」

 ロアは愚かなことに本性を信者の前で暴露するフレイヤに大爆笑を贈呈した。ここまで単調な神がいただろうか。

 フレイヤは今更気づいたのか唖然とするミリアを前にして慌てていた。

『え……あ、ちょ……ち、違うのよ?! アタシは本当はこんな感じじゃなくてもっと……あーもう! 繕うのも面倒だわ! そうよ、アタシフレイヤはこれが本性よ! 失望したかしら!?』

 フレイヤは開き直ってミリアに強い口調で問いかける。ミリアは俯いた。

 やはり温厚篤実という名で通っているフレイヤ様が、こんな高飛車かつ高慢な女神だと知れば、誰でも愕然とするだろう。

 ――しかし、ミリアは違った。ミリアは顔を上げて微笑んでいた。

「ふふっ、やはり神様というのは未知ですね。伝説や聖書で伝わるフレイヤ様と本当のフレイヤ様というのは全く異なるものです。だから、私はこういうフレイヤ様も悪くはないと思いますよ?」

 この娘こそ、本当の女神なのかもしれない。ロアは悟ってしまった。目の前にいる残念女神とは違って、こっちのほうがきちんと女神のような性格を持っている。

『え? でも、アタシ、こんな感じで性格悪いし我が儘だし…いいの? こんな女神でも?』

「いいんですよ。私は信仰し、尊敬している女神さまを見捨てるほど薄情ではないはずですよ?」

 傍観者であるロアですら、感動してしまう程に寛容で、優しいミリアに、フレイヤは――。

『う……うわあああああああぁぁぁん‼ こんな優しい信者がいたなんて……アタシ、初めて知ったわ……! ありがとうね、ミリア』

 フレイヤは魔剣の中でずっと号泣していた。実際ここまで真摯な信者はフレイヤにはあまりおらず、殆どが作業的に信仰しているのそうだ。そう考えるとミリアのような信者は非常に稀有で、失くしていけない存在なのだろう。

 

「で、だ。ミリア、フレイヤはこの帝国から消え、俺の魔剣ヴァル・ラグナの中に封印されているわけだが…お前はどうする? このまま魂が失せた女神像に祈祷するか、俺と一緒に神々を殺す旅に出るか…だ」

 ミリアのもとを訪れたのはフレイヤを魔剣に封じ込めた旨を伝えることもあるが、もう一つ用事があったのだ。

 このまま何もない空虚な像を崇める人生を送るか、フレイヤの居る魔剣を持つロアとリアと一緒に「神々を殺す」という使命を負って旅に出るか。

 二つの選択肢を与え、選んでもらう。ミリアの人生が、この二つの選択によって分岐する。

 ミリアは熟考していた。そこにはいない”神の偶像”を崇め、偽りの信仰心を植え付けられるのか、それか魔剣に宿る神と共に神を殺すというシスターとしてあるまじき行為をする旅に出るか。

 究極の選択を突きつけられ、ミリアは躊躇しながらも、決意した。

「私は――ロアさんたちと一緒に、旅に出ます! 私にとって、フレイヤ様は命ですからっ!」

「……分かった。俺はミリアの意志を受け取った……が、一つ疑問に思ったんだ」

「?」

 ミリアは首を傾げていた。そう、この任務で最も重要なことをまだロアは知らない。

「ミリアの職業は何だ? それ次第で結構立ち位置が変わるんだが……」

「あ、そうですよね、流石に戦闘に参加しなきゃ意味が無いですよね……」

 と、何か不安を抱いているような表情で、ミリアはどこかへ走り去っていく。ロアとフレイヤの頭上には「?」が浮遊していた。


 ミリアが何処かへ行ってから数秒後――ミリアが純白のローブを羽織り、魔法陣の描かれた手袋と白銀と黄金の細剣レイピアを携えたミリアが走り寄ってきた。

「えっと……ミリア…だよな? お前の職業って《僧侶》系統のやつじゃないのか?」

 ミリアは教会の人間だ、教会の人間の殆どは《聖職者》と言った《僧侶》系統の職業が九割を占めている。しかし、ミリアの服装は《僧侶》系統の装備とは全く異なるものだった。

「違うんですよ。私、教会でシスターをやっていますが、実は《召喚剣士》なんですよ。物理攻撃と召喚スキルに特化した《魔法師》系統の職業なんです……」

 ミリアはまるで自分の職業を嫌悪しているような表情でモジモジとしていた。ロアはその表情に訝しげにミリアの顔を窺い、そして問いを投げかける。

「……まさかミリア、過去に何かあったか? 《召喚剣士》なんて魔法系統じゃ相当高位な職業じゃないか」

 図星だったのか、ロアの方を上目遣いで覗きながら唇を震わせていた。

「実は私――――」


  †


 眼前には、燃え盛る森と、悶え苦しむ同胞たちの姿。

 事の発端は、人間族と魔族が結託し太古の魔法”アストラル・プラム”を奪う為にその魔法が納められているとされるエルフの郷・ティロアルを襲撃したそうな。

 エルフの人々は皆身体が燃え、灰燼と化し、森に住まう動物や妖精たちも悲鳴を上げ、慟哭していた。

 そんな地獄のような場所の、まだ被害が及んでいなかった一軒家にまだ幼い少女と父親らしき男が肩を強く握っていた。


「ミリア! この地下道から脱出するんだ!」

「いやだよ……私、お父さんと一緒がいい………ヤダッ‼」

 まだ幼い少女、突然親と離れ離れになるような言い方をされれば、当然拒絶するだろう。

 父親が、何故少女を逃がそうと必死になるのか、それは少女が立派な《召喚剣士》になりたいからという夢を抱いているからである。

 既に夢は潰え、嫌々授けられた職業を持った親より、将来有望な娘を生かし、その希望を託す…それがこの父親の願いなのだ。

「さぁ! お願いだ……オレなんかより、ミリアの方が大切なんだ…お願いだ!」

「嫌……いやだよ! お父さんが生きなきゃ私………」

 少女はただ泣きじゃくれていた。父親は――肉親を失うと心の拠り所も無くなる…孤独というのは生物にとって最悪な状態だ。

 そうなれば、この少女は永遠に悲しみに暮れるだろう…この父親も重々承知している。

「――オレも後で行く! だから……今は我慢してくれ‼」

「ホント?」

「ああ、だから……今は速く行ってくれ、ミリアッ‼」

 父親は必死に叫んでいた。娘に…一片の希望に生きてほしい、その為なら位の血すら惜しまない。その覚悟を持って、叫んだ。

 ミリアは地下道へ続く階段へと足を踏み入れ、父親の方を振り向き。

「――うん! お父さん……待ってるからね……!」

「約束するぞ! ミリ――――ッッ⁉」

 

 しかし、その約束は目の前で潰えた。父親の背後にいたのは、黒い外套を被り、剣を持った男の姿だった。

 その見知らぬ男は父親の心臓を剣で貫き、そして切り捨てる。少女はその殺人現場を目撃し、愕然とした。

「おとう……さん…お父さん‼ 嫌ッ! 死んじゃヤ‼」

 少女は叫喚した。もう、魂の逝った父親の屍を前に。少女は踵を返し、父親の方へ寄り添おうとしたその時――。

『貴様もエルフか? ……ならば死ねぇッ‼』

 男は何の躊躇いもなく幼い少女に刃を向け、猪のように突進してくる。少女は恐れ慄き、地下道の会談へと駆け降りる。

 暗い、暗い、暗い――闇に包まれ、拙い道を少女は全力で疾駆する。父親を喪失した悲愴感、殺され命の炎が消える恐怖、二つの負が混濁し、何も考えないでただ走り抜けた。

 そして辿り着いたのは――――。


「はぁ……はぁ……はぁ…ここは………?」

 やっと見えたのは、暗闇から一転して暁光が見ゆる仄かに明るい空があった。少女の心には安堵が宿った。やっとあの地獄の夜から抜け出した、父親を殺した男から逃げ切った……その安堵と共に、悲しみがこみ上げてきた。

「う……う……うぅ…」

 大事な父親を殺された、その悲しみは深淵より深く、そして癒えないモノだった。

 少女が慟哭していると、そこに一人の老人が現れた。

「どうしたんじゃ、娘よ。こんな所で何をしていたんじゃ!?」

「うっう……だぁれ? お爺さん……?」

 少女は突如現れた老い耄れた神父服を着た七十ほどの老人に遭遇し、真っ先に問うた。 

 その老人は五歳ほどの子供の姿を見て、溜息を吐いた後にシワまみれの手を差し伸べた。

「ワシはこの教会の神父をやっているオルフ・エッセングラという者じゃ。嬢ちゃん、名前は?」

「私……ミリアっていうの。オルフお爺さん、私ティロアルから逃げてきて、お父さん、殺されちゃったの……ぐずっ」

 老人――オルフは驚愕した。このエルフの郷キィプスからティロアルまでの距離は大体一日ほどかけないと辿り着かないほどの距離だ。そんな距離を、この少女はこんな短時間で駆け抜けたのか? 一体この少女は何者なんだ? オルフは疑問を抱かずにはいられなかった。

「嬢ちゃん…いや、ミリア。お前さんは今日からワシの孫じゃ、お前さんの父親は死んで、恐らく故郷も危険な状態なのだろう?」

 少女は涙を袖で拭きながら「うん」と頷いた。オルフは肩を掴み、少女に告げた。

「ワシも丁度、自分の孫もとい弟子が欲しくてなぁ……ミリアの職業は何なんだ?」

「私の職業……? 確かお父さんが…《召喚剣士》って……」

 ミリアが《召喚剣士》と言った瞬間、オルフは更に驚愕してしまう。《召喚剣士》は魔法職の中でも上級の職業だ、こんな幼い女の子が《召喚剣士》になれるというのは稀少なものだ。

 オルフは思った――この娘なら、育て甲斐はある、と。

「…《召喚剣士》というのは稀少な存在だ、お前さんを育て上げたいと思うんだ、ワシは。…そうすれば世界中の人々を救えるだろう……どうじゃろうか?」

 少女は苦悩した。父親も言っていた通り、《召喚剣士》は稀少らしい。でも、復讐だけはしたくなかった。

 仕返しをすれば、あの時の男のようになってしまう……だったら――少女は決断する。

「私、決めた…この《召喚剣士》? の力を、人々を救う為に使いたい! お父さんのくれた勇気を、ダメにしたくない!」

 

 この少女が絞り出した勇気を、無碍にしたくない。オルフは教会へと少女を連れ込み、まずシスターとしての教養を叩きこんだ。

 泣くこともあったが、オルフの教育方法は揺るがなかった。希望だけは失いたくない…そう思って、オルフは多少厳しい方法で教育していった。

 次に《召喚剣士》としての修業を行った。神獣を召喚するスキルの扱いを極め、剣技を叩きこんだ。

 女の子というコトもあってか、オルフは少女に細剣の剣技を教えていた。

 

 その少女――ミリアの過酷な過去から十年後――――今やミリアは修道女長としてシスターに教えを説き、神の啓示を聞き、シスターとしての人生を謳歌してきた。

 ミリアの職業である《召喚剣士》としての仮面は、シスターとしての尊厳を踏み躙るというコトで、ずっと封印してきた。


 そして現在――。


  †


「………ということが、ありまして……」

「なるほどな……何か、悪いことを聞いたな。だが…だとすれば無理に強制することは出来なくなったな……」

 ロアは困惑していた。こんな壮絶な過去を知って、簡単に強制は出来なくなった。《召喚剣士》としての自分を封印してきたミリアにとっては、この顔は好ましくないのだ。

「でも! 私、神様に祈りを捧げることが生き甲斐なんです! 祈ることで…お父さんの魂が喜んでいるように思えて……だから、私はフレイヤ様の為に、ロアさんの為に生きます‼」

 ロアの心に響いた。神こそがミリアの生きる存在理由、そして心の拠り所であるのがよく理解した。天国にいるであろう父の魂を弔うための存在…それを尊ぶ純真さ――そして、ロア自身の為に生きると言ってくれた言葉。

 男にとってこの言葉は、心の癒しとなる。ロアはその強い意志を改めて感じ取り、手を伸べる。

「ミリア……俺たちと一緒に、神を殺すという大罪に付き合ってくれないだろうか?」

「……はい!」

 ロアの誘い文句に、ミリアは凄く輝いている笑顔で、ロアの手を優しく抱擁した――。

 

 これでロアとリアという二人のパーティに、《召喚剣士》のエルフ・ミリアが加わった。物凄い戦力で、そして癒しとなる存在が一人増えた。大きな進歩だ。

 そしてロアとミリアは教会をあとにし、そしてリアの待つキィプスの門へと踵を返した。


 


 

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