第5話 《極致魔剣士》ロア

『アタシの眷属よ! 熾きなさいっ‼』

 最初に攻撃を仕掛けてきたのはフレイヤだった。フレイヤは大量の魔法陣を背後に展開し、そこから何十体もの獣が姿を現す。恐らく召還スキルの一種だろう。

「悪いリア。そっちの動物園は任せた! 俺はこっちの豹変ぶりが凄い女神ぶっ殺すから‼」

 どさくさに紛れてフレイヤに対する罵詈雑言を吐きまくるロアの指示に従ってリアは召還スキルによる獣の殲滅に専念する。

「”インフェルノ”! ”ヴォルハルト”! ”ディアニレイズ”!」

 リアの三つ同時のスキル発動が炸裂する。リアの突撃してきた虎は炎の斬撃により悶え苦しみ、更に押し寄せるヌーの群体は迅雷の鎖による心臓麻痺で死に絶え、背後から奇襲を仕掛ける豹とチーター、そして獅子は闇黒の蛇に巻かれ、息絶えた。 

 しかし獣たちは理性を完全に喪失しているかの如く突撃する…鷹や鷲、象や猪と言った凶暴性の高い動物が次々と召還され、絶え間なく攻撃が行われる。

 その攻撃に負けじとリアもスキルを撃ち続ける。

「”セイクリア”、”エイルン・フレア”――もう、メンドクサイ! こうなったら……」

 次々と暇すら与えないと言わんばかりに召喚され、突撃する野獣たちに腹を立てたリアは、一気に二つの大魔法を繰り出す。

「……”ディス・シンボル”」

 刹那――フレイヤの展開した魔法陣が硝子の様に砕け散り、そして本人が茫然とする。

『ナッ――!? 魔法が発動しないって……アンタ、何者よ‼』

「今話してる暇ない……”クリーク・レイ”‼」

 リアの二つ目の大魔法が起動する――獣どもの頭上に、謎の「雫」がゆっくりと降り注ぎ、直後。


 バッッ‼ シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンンッッ‼‼


 白亜の閃光が一瞬にして神殿中を覆い尽くす。そして閃光が止んだ時、突進してきた野獣たちが塵も残らず消滅していた。

 賢者スキル”クリーク・レイ”…高密度に凝縮された魔力と閃光を一気に開放し、その閃光によって魔物や普通の生物を塵も残さず燃やし尽くす。

 これによって鬱陶しかった獣たちも召喚されずに済む。一端の面倒は片付いた。

 しかし――。

『フフッ……こんな多少の魔法でアタシを倒せるとでも? 来なさい! アタシの可愛い僕たちぃッ‼』

 フレイヤが不敵な嗤いをこぼして叫ぶ。現在のフレイヤではスキルを使用することは一切として不可能だ。

 しかし、フレイヤの声に応えるように周囲に立っていた多くの女神像が段々と砕け散り、そして剣や鎧を身に纏った女神が五体、ロアの方に接近する。

「お、やっと俺の方に敵意が向いたか。リアを危惧しての事か? まあいいか……」

 ロアは女神を前に煽り発言をして、そのまま魔剣ヴァル・ラグナを構える。

『へぇ~、見ない魔剣ね。ヴァルハラのロキの〈終焔の魔剣レーヴァテイン〉とも違うし…気に入ったわ! その魔剣からは物凄い邪気を感じるわッ‼』

 フレイヤは身体をうねらせながら、ロアの持つ魔剣ヴァル・ラグナを指さす。ロアはそんな言葉に耳も貸さずにそのままフレイヤを護るように囲う女神たちを標的に突撃する。

「”リフィロディア”ッ‼」

 ロアは漆黒の刃から深紅の斬撃を放ち、女神どもに攻撃を仕掛ける。だが、びくともしない。

 やはり神というのはステータスは桁違いなのだろう。――しかし、別の原因も見られる。

『嘗めてんのぉ⁇ そんな剣士職の初期中の初期のスキル程度でアタシを、アタシの僕の【パンテオン】を殺せるとでも思った?』

 フレイヤは嘲笑する。そう、ロアの使用しているスキルは剣士職の初期スキルである”リフィロディア”…人知を超えた存在にとっては虫が止まった程度のダメージなのだろう。

「ハッ、冗談を――”リフィロディア”‼」

 ロアは懲りずにまた”リフィロディア”で女神を攻撃し続ける。しかし、いとも容易く攻撃を反射され、ロアはその反撃を受ける。

「ぐあっ――! しぶといな……”リフィロディア”ッ‼」

『無駄よ無駄よ無駄よぉ‼ まだ分からないの? 愚鈍な人類め……さっさと死に絶えなさい!』

 ロアは大量の血を吐き、跪く。腕には深い切り傷、脚は軽い骨折をしており、臓器は軽く一つ潰れているだろう……。

 こんな重傷を負ってまでも、ロアは愚直に”リフィロディア”を放ち続ける。


 ロアの職業は、剣士職最強の《魔剣聖》。あらゆる魔剣を扱うことが可能で、上級の闇魔法のスキルを扱うことも可能な《暗黒騎士》の上位互換の職業である。

 そんな最強の《魔剣聖》が、何故初期スキルの”リフィロディア”しか使わないのか……。

 フレイヤはロアの愚鈍さに不思議に思い、そして結論に辿り着く。

『……! フフ…もしかして、アンタ”スキルを一つしか使えない”の? ならそんな馬鹿で愚鈍な行動をするのにも辻褄が合うわぁ! へーそうだったの……』

 嘲笑するフレイヤに対し、ロアは歯噛みする。図星のようだ。

 ――そう、ロア・ゲノズィーバはスキルを一つしか使用できない…否、習得できない《極致魔剣士ハイランダー》で、その上魔力もスキルを一回発動できる程度の魔力量しかないのだ。

 妹であるリアとは正反対の存在、リアが「神童」であるならロアは「異端児」と言ったところだろう。

 ロアはこの「欠落した能力」によって、過去、苦く辛い黒歴史を作ってきた――。


  †


 時は遡り、十年前――――。


「この馬鹿野郎ッ!」

 男が、怒鳴りつけて一人の七歳の少年に平手打ちを喰らわせる。――痛い、何故? 俺が何をした? 一生懸命訓練にも取り組んだ、剣技の型はすべて覚え、構えて見せた。

 それなのに、俺が何をしたんだ?――少年は意味朦朧な涙を流しながら、「何で……?」と男に問いかける。

 すると男は今度は胸倉を掴み上げ、再び怒鳴り散らす。

「お前が一つのスキルしか使えねーのがいけないんだろうが‼ 何か? 俺をからかっているのか? ふざけるのも大概にしろクソガキッ‼」

 ――まったくもって意味が分からなかった。俺がいつ、どこで大人をひけらかす様な言動をしたんだ? ただ俺は、大人たちに従順に従っているだけなのに…どうして怒鳴られ、殴られる?

 …そういえば、親から聞いた。俺は「ハイランダー」と呼ばれる”スキルを一つしか扱えない”という性質を持って産まれたらしい。

 ――そんなこと、酷すぎる。俺の覚えが悪い、構えがなっていないというのなら、まだ理解は出来る。

 だが、何故生まれ持った性質を蔑む? そんなのは子供が決めるものではないはずだ……何で、俺だけを蔑む? 虐げる?

 頭の中は疑問で一杯だった。此処までする理由が何処にあった? 大人は理不尽だ、存在のなにもかもを否定し、侮蔑する。

 

 男はスッキリしたのか、俺を置いて何処かへ行く。

「あぁ………スキルが一つしか使えないなんて、要らないよ……だったらいっそ――」

 俺は虚空を仰ぎながら涙を伝わせる。こんな無能な性質を持っているぐらいなら死のう…そう決意したのだ。そして手に持った真剣片手に、心臓を突き刺そうとしたその時――一瞬閃く。

「……ん? そうだ……! スキルが一つしか使えないなら、それを活かせばいいじゃん!」

 俺は、逆転の発想を思い付いた。そう、スキルが一つしか使えないならソレを極めに極め、磨きに磨けば、大人たちは俺を認めてくれる…そう思った。

 早速俺――ロアは一人の訓練を開始し、数か月が経過しようとした時――。


「……ねぇ、お兄ちゃん。何で初期のスキルの”リフィロディア”練習してるの……?」

 妹のリア。五歳の俺の妹だ。妹のリアは「オールティアーズ」という全てのスキルを扱える性質を持つらしい。まさしく俺とは正反対の存在で、なおかつ腹が立つ肉親だ。

「……俺に話しかけないでくれ。お前の名誉が傷つくから…お願いだ」

「そうなの? じゃあ……ごめんね」

「謝らないでいいよ……俺が好きでやってるから」

 本来、この年の兄妹は仲良くするものなのだろうが、生憎今は己を磨き上げたい…故に俺はリアを邪険に扱っているのだ。

 

 そして、八年が経過し――俺は《魔剣聖》へと成り上がり、ギルド【エル・レクイエム】に入団した。俺は気づくと、ニアマリアでも名の知れた最強の《魔剣聖》として名を馳せ、周囲から認められるようになった。

「宜しく頼む。ロア・ゲノズィーバだ、そして――」

 …更に今、隣には邪険に扱っていたはずの妹が、微笑みながら立っていた。

「……リア・ゲノズィーバ、宜しくお願い……します」

 リアも、《賢者》として名を馳せ、街を通れば「賢者様」と呼ばれて慕われている。


 兄弟そろって有名人な、そんな二人が【エル・レクイエム】に入団して、更に二年――――。


  †


 そして現在、ロアは過去の記憶を蘇らせながら、強く握っている魔剣ヴァル・ラグナをフレイヤに誇示する。

「実はこの魔剣、偶然”とある魔物”を討伐してねぇ……名前を〈呪縛の世界蛇ヨルムンガンド〉っていうんだよ……」

『っっ!?〈呪縛の世界蛇〉…ですって……? どういう……』

 フレイヤは目を見開き、驚愕する。〈呪縛の世界蛇〉…絶海に生息するSSS級の魔物で、それを討伐した際に手に入れたのが――。

「そうだ、〈呪縛の世界蛇〉の戦利品が、この魔剣ヴァル・ラグナってことだ。凄く便利でね……っと、これ以上言ったら対策されかねない。やめとくぜ」

『何? その奥の手を隠しているような言い方。でも、この【パンテオン】には勝てないでしょうけどね! キャハハハハ‼』

 なお傲慢であり続けるフレイヤにロアは流石に笑いがこみ上げてきた。ここまで傲慢だと怒りを通り越して笑えて来るものだ。

 ――ロアは漆黒の魔剣を片手に、まるで極東の剣を扱うように構え、そして静かに詠唱する。

「………贖罪状態サクリファイス、魔剣ヴァル・ラグナよ、熾きろ」

 刹那、漆黒の刃に深紅の脈が迸り、片刃にルーン文字の羅列が刻まれる。そしてロアの腕に茨のようなモノが巻き付き、血液と魔力を吸い取る。

『な、何よその気色悪いモノッ‼ あぁ、虫唾が奔るわぁ!【パンテオン】、あの男を殺しなさいッ‼‼』

 嫌悪感がこもった命令を下し、女神たちが翼を広げ聖剣を振りかぶる。しかしロアは全く動じずただ、不敵な哄笑をしていた。

「フクククク……”遍くは一刀にて潰えるリフィロディア・ワン”……」

 

 ―――――――刹那、時が停止かの如く静寂に包まれ、そしてフレイヤは愕然としていた。

 女神たちが、大量の鮮血を噴水のように吹き流がして倒れ込む。聖剣も刃が消え去り、そして周囲の障害物が跡形もなく消え去る。

『あの【パンテオン】が死んだ……?』と言わんばかりの唖然ぶりを魅せ、ロアとリアはその姿を見て抱腹絶倒する。

「ははははははははははははははッッ‼‼ なぁリア、あの高慢な女神をどう思うよ?! 俺のこと見下しといて僕がやられれば絶望する! 面白いよなぁ?」

 ロアはさっきの真面目な表情とは打って変わって、指さし絶望するフレイヤを嘲り笑う。リアもまた、くすくすと笑っていた。

「ふふふ……お兄、笑いす…ふふふっ、確かに……面白い」

「だよなぁ! 女神さまの名が廃れるぜヘッヘ」

 二人がフレイヤを嘲笑っていると、フレイヤが焦燥感を露骨に表してロアを問い質す。

『ねぇっ!! 何なのよ今のスキル!? アンタ、”リフィロディア”しか使えないって……』

「はぁ……俺は《極致魔剣士》だ。スキルを一つしか操れない異端の《魔剣聖》だ。だから俺はこの初期スキルの”リフィロディア”を極め、そして『極致』に達した…っつうわけだ。今のがその”リフィロディア”だ」

 ロアは大爆笑をぴたりと止めて、淡々と説明をする。


 そう、今のはあくまで”リフィロディア”の一つ。スキルは一つしか扱えないが、逆に考えれば「派生」は可能ということになる。今のはロアが編み出した”リフィロディア”の派生形…”遍くは一刀にて潰えるリフィロディア・ワン”だ。

 その仕組みは訊く限りでは単純なものだ。

 普通の”リフィロディア”をSSS級魔物が跡形もなく消えるほどまでに一度で数万回発動させるというものだ。一度に数回スキルを同時に発動させるというのは理論上可能ではあるが、実践するとなるとあり得ないほどの訓練と技量が必須となる……。

 だが、そのあり得ないほどの訓練と技量に費やす時間を一気に解消してくれた代物、それこそがロアの持つ魔剣ヴァル・ラグナだったのだ。

 魔剣と言うのはSSS級魔物という最上級危険度の魔物からドロップする武装の一つで、その威力と性能は神の力にも匹敵するほどとも謳われるほどだ。

 魔剣ヴァル・ラグナには様々な特殊能力が付与されているのだが、その中でも”遍くは一刀にて潰える”の習得に最も役立ったのが、スキルの多重行使が可能である『冥王の権化』と一瞬的な全ステータスの無敵状態の付与をする『魔蛇の権化』の二つが特に優秀であった。

 この二つの特殊能力が融合することで、今まで抱えていた”遍くは一刀にて潰える”の完成条件が整うのだ。


「――ってわけだ。お前の質問には答えた、じゃあ、戦いを再開しようか……」

 奥の手ではあったが、”遍くは一刀にて潰える”を発動したことでロアが脅威であることはフレイヤも重々理解したであろう。

 ロアはフレイヤの否応すら問わず真っ直線に突進する。本体も未知数の力を持ち合わせているだろう…正直スキルを使えるのは多くて二回程度だろう。

 だが、ロアはそんなことすら忘却の彼方に消し去り、フレイヤの脳天に刃を振り翳そうとした、その瞬間――。

「ウッッ――――!?!?」

 急にロアの心臓部に肉を引き剥がされるような激痛が迸り、地面に這いつくばる。リアもロアを心配して身体に治癒スキルや状態異常回復スキルを精一杯付与する。

「お兄!? 大丈夫? フレイヤに何かやられたの? ……それとも、その魔剣?」

「そ、う…だ。ちとヴァル・ラグナを過信したようだ……つつッ」

 ヴァル・ラグナは様々な形状がある。エルフの郷の前に戦いで使った普遍状態ニュートラル、そして現在使っていたのは生命と魔力、五感を等しく奪い取り、力の糧とする贖罪状態サクリファイス

 つまり今のロアは半魔力欠乏症と老衰が引き起こされているというコトになる。

 現在のロアは全く身動きが出来ない状態に陥っている、絶体絶命の状況なのだ。

「”エヒュリケイス”! ”エヒュリケイス”っ‼」

 リアは兎に角状態異常を回復させる魔法スキル”エヒュリケイス”を昏倒するロアにかけまくる。

 もしも、今まで一緒に居てきた肉親が死んだら、唯一と言っていいほど好きだった兄が、ここで神に殺されようものなら、リアは永遠に殻に閉じこもり、悲しみに明け暮れるだろう。

 過去、リアは必ずロアと一緒に生活してきた。ロアが家出をすれば一緒に家出をし、ご飯を食べたくないとロアが思えば、リアもご飯を食べなかった。

 常に共にしてきたロアとリアという一つの兄妹のどちらかが欠ければ、片方も欠ける――つまりロアが死ねばリアも死ぬ。

 ロアは舌を噛む。…リアだけは死んでほしくない……だったら――俺は。


 回復スキルを付与し続けるリアの頭に手を置き、そして撫でるロア。リアは涙を流しながら此方を向く。

「お兄………」

「ありがとうな、リア。お前のおかげで結構持ち直せた…最後に”オーバーロード”と”テルミア”を付与してくれ」

 剣を杖にロアは立ち上がり、リアに懇願した。リアはその言う通りに最上級の強化スキルである”オーバーロード”と”テルミア”をロアに付与し、高慢に嘲る女神にヴァル・ラグナの切っ先を向ける。

『へぇ……まだ立てたの? やっぱり魔剣の代償は大きかったのね?』

「当たり前だ……ゴフッ、だが――俺は貴様を殺して、さっさと終焉を阻止しなきゃいけねーんだよ!」

 世界が終われば何もかも消滅する…そうすればこの努力が無為となる…その為には神を殺すことすら厭わないと決意した。ロアは有言実行を志している、故に一度決めたことはやる主義なのだ。

 ロアは再び”遍くは一刀にて潰える”を発動しようとしたその時、とある光景が脳裏をよぎる。


『俺が神を復活して見せる――!』


 ミリアに告げた言葉を、思い出すロアは踏みとどまった。単純に神を殺して《魂魄》を〈黄昏の魔笛〉に捧げればミリアの願いは潰える……それはロアの信条に反することだ。

 ロアは魔剣ヴァル・ラグナを構えることを止めて、詠唱する。

「……魔剣ヴァル・ラグナ、贖罪状態維持――抜剣状態(スラッシュブレイド)‼」

 ヴァル・ラグナが深紅の輝きを放ち、そして刃の部分が三日月のように反れた刃へと変化し、付いていなかったはずの鞘まである。

 極東の剣の形らしく、敏捷性に優れ攻撃力が普遍状態より高いそうだ。

 ミリアの願いを叶えるなら、この形状が一番丁度いい。

『その変な剣は何? そんなすぐへし折れそうな剣でアタシを殺せるとでも? 嘗められたものね‼』

 フレイヤは自分を虚仮にするような言動をしたロアに対し憤慨する。ロアはその憤慨ぶりを見て哄笑する。

「……フッ、まあいい。知る由もない技を教えてもねぇ、無意味だし、一撃で決めるから、全力で来い」

『ええそうさせてもらうわ! 〈天命の樹セフィロト〉解放ッ! 勝利ネツァク‼』

 フレイヤが詠唱をした途端、途轍もなく巨大な「樹」が背後に出現し、深緑の珠が光り、黄金の剣が天井に無数に生成され、謎の黄金の霧がロアの方へと迫り来る。その霧はリアの方にも向かい、そしてリアの足が金に侵食されている。

「リアッ!」

「大丈夫……こんなのすぐ解けるから…早く……殺しちゃって!」

 己が身を呈してリアはロアに叫ぶ。ロアはその強い信念を受け取り、フレイヤの方を向く。

 ロアはヴァル・ラグナの柄の前に手を翳し、腰を屈ませる。不思議な構えをして、静かに呟く。


「……”遍くは虚無に帰すリフィロディア・ゼロ”」


  †


 闇黒、空虚、奈落――そんな世界に存在する言葉で表せるは不明な空間に、豊穣神フレイヤは立ち尽くしていた。

『ここは……どこ? アタシ、さっきまで神殿であの愚鈍な奴らと戦って……』

 フレイヤが状況を確認していると、どこからか聞き覚えのある声が響き渡る。


「愚鈍が何だって? フレイヤ。…何でお前がここに居るか、教えてやる」

 そう、ロア・ゲノズィーバの声だ。

 フレイヤは兎に角この訳の分からない空間から抜け出したいという願望に駆られ、敵であるロアに質問する。

『ここはどこなのよ!? 早く出して頂戴‼』

「せっかちだなぁ……ここは【虚無】だ。俺の”遍くは虚無に帰す”で世界の扉を開き、そして貴様をここに転送して閉じ込めた…ってわけだ」

 ”遍くは虚無に帰すリフィロディア・ゼロ”――ロアの編み出した”リフィロディア”の派生形の一つ。

 世界と虚無の扉を”遍くは一刀にて潰える”以上の回数発動させ、不可視の壁を断ち切って虚無空間を作り出す…といったものだ。

「この【虚無】にいる者はたとえ神だとしても【虚無】の一部となり、ヴァルへリアに帰還することが一切として不可能となる」

『はあっ!? 意味が分からないわ! 兎に角、何としてもヴァルへリアに返しなさい! アタシは神として賛美を味わいたいの!』

 まるで子供の我が儘を聞いている気分になるロア。こんな自己中心的な奴が神とは思えない。

 このまま野放しにすれば延々と喚き続けるだろう…それだけは阻止したい。

 ロアはフレイヤに告げる。

「んじゃ、条件を設ける。お前を【虚無】の一部にはしない。…だが、その代わり俺の魔剣ヴァル・ラグナの礎となって共闘しろ」

『そんな条件呑まないに決まってるじゃない! 魔剣なんかの礎になればアタシの存在意義が消えるわ!』

「ちなみにだが、【虚無】に呑まれた者は存在自体消滅する……それだけは嫌だろう?」

 きちんと脅迫をするロア。本来欲しいのはフレイヤの《魂魄》…【虚無】に消えるのだけは何としても避けたい。だが、フレイヤは恐らく【虚無】に消えるのは裂けるだろう。

『…あぁもう! まぁ? 【虚無】に消えれば賛美も食せないし、不本意だけど魔剣の礎になった方がマシだわ!』

 ロアの予想は的中し、フレイヤは応諾してくれた。ロアは「よし」と言って、魔剣に詠唱する。

「……全喰状態グラリオス、フレイヤを我が魔剣の糧とする!」

 そしてフレイヤの身体が紫苑の粒子となり、天上へと消える――――。


  †


「……にい………お兄……」 

 誰かが呼ぶ声、遠く、遠くから。俺――ロアは瞼を瞬時に上げて、見えるは青空と――銀髪の美少女妹のリアが目に入る。

 リアは倒れるロアを思いきり抱き締め、涙を流していた。ロアも子供らしく泣くリアのことを抱き締める。

「……悪いな、無理しちまったな。神と戦うっていうのは、結構苦労するもんだな……はは」

 ロアは内臓や筋肉の痛みに耐えながらも乾いた笑いをする。

「もう……心配したんだから…! 出来る限り戦闘は…控えてね?」

 リアの上目遣いによる懇願、当然断ることは許されない。これ以上リアに悲しい顔をさせたくはない。ロアは戦闘を出来るだけやらないというリアの言葉を心の奥底に留め、ロアは立ち上がる。

「ってそうだ。お前さっきのフレイヤに喰らった変なヤツは大丈夫だったのか? 足が金になってたけど……」

 リアは何事もなく立ち上がり、そして細く白い美脚をさする。

「大丈夫……何か急に金化が解けて…動けるようになった」

「急に? 一体………あ」

 ロアは一つ忘れていた。――フレイヤを魔剣ヴァル・ラグナに封じ込めたことを。

『ちょっと! アンタが自分で封印したのに、忘れるだなんてどういう了見なのかしら!?』

 魔剣からさっきまで聞いていた高飛車で耳に障るような声が放たれる。本当に魔剣にフレイヤの《魂魄》を封じ込められたようだ。

 しかし……封じ込めてしまえばフレイヤの《魂魄》を〈黄昏の魔笛〉に捧げない…どうするべきかロアは熟考していた。

 すると――。

「じゃあ……”ソウルコンセプション”」

 リアが何か閃いたのか、死霊術師ネクロマンサースキルの”ソウルコンセプション”を発動する。

 このスキルは魂の複製体を創造する上級のスキルである。”ソウルコンセプション”が発動した途端、魔剣ヴァル・ラグナから聖なる光の塊が出現し、リアの掌に向かう。

「そっか、そうすれば効率がいいか。俺も折角の神の力を失わずに済むからな、ありがとうなリア」

 ロアはその効率的かつ画期的な方法を思い付いたリアを「よしよし」と言いながら撫でる。これぞシスコンというものだろう。

 フレイヤはその兄弟愛(?)の光景を見ながら呆れた微笑みをする。


 これで、一柱目の神を殺し、その《魂魄》を獲得することが出来た。ロアとリア、最強の兄妹は、次の神を殺す旅へと出る――――。

 


 


 


 

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